大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)4909号 判決
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〔判決理由〕一、(保険契約の締結および事故の発生)
請求原因第一項記載の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると請求原因第二項記載の事実が認められる。
二、(訴外友治の自賠法三条に基づく責任)
友治が本件自動車の所有者であることは当事者間に争いがなく、証人松本友治の証言および弁論の全趣旨によると、友治は本件自動車をその営むタイヤ修理業のために使用し、本件事故当時も右営業のためタイヤを運搬中であつたことが認められる。
ところで、被告は、本件事故は親と子および夫と妻とで構成する家族共同体内部で起つた問題であり、これにより共同体が破綻したというような事情は存しないから、原告は夫たる友治に対して損害賠償請求権を有しないか、少くともこれを行使し得ないものであると主張する。
夫と妻または親とその未成熟の子で構成している家族生活共同体内部の問題については、共同体の内部で愛情と道義に基づいて解決されることが望ましく、実際上も、右のような共同体内部で加害行為が起つた場合、被害者の受けた損害は共同体内部の経済的、精神的負担で解消されるのが通常で、被害者が共同体の分裂の危険をおかしてまで加害者を相手に損害賠償を請求することはほとんどあり得ないことであるし、また、右のような関係にある加害者と被害者との間には親族としての無限定の協力扶助義務があるから、加害者が被害者を扶養する義務のある者であるときは、被害者は、少くとも受けた傷害の治療費および治療期間中の生活費等の損害は加害者の協力扶助義務の面で直ちに填補してもらえる関係にあり、被害者が加害者に対して損害賠償を請求する実益はないということもできよう。
しかしながら、個人主義をたてまえとする民法の制度の上では、夫婦、親子といえどもそれぞれ独立の人格者とされ、別個の権利義務の主体であるから、その間に加害行為がなされ(右のような親族間での加害行為が過失によつてなされた場合は違法性を欠く場合が多く、かかる場合には法的救済の問題は生じないこともちろんであるが。)違法性が肯定される場合は、被害者と加害者との間に損害賠償の権利義務が発生することは否定できない。そして、わが法制上、夫婦および親子間の訴権を制限するような制度は存しないし、親子あるいは夫婦間においては、親族としての情誼から損害賠償請求権の行使を差控えるのが一般であるとしても、それだけでは特定の権利者が選択した権利の行使を制限する理由にはならない。
また、協力扶助義務を理由に損害賠償請求権の行使を制限する考え方は、同じく家族生活共同体を構成する者相互間でありながら、加害者が扶養義務者であるか、未成年の子等の要扶養者であるかによつて被害者の保護に差異を認めるという奇異な結果を導くことにもなりかねず、さらに、協力扶助義務は無定量であるとしても、現実には扶助義務者の資力や収入等の経済的事情からら十分な扶養義務を履行し得ない場合もあるので、扶養請求権のみによつて被害者を十分救済することができ、これがあるからといつて損害賠償請求権の行使を認める実益はないと断定することはできない。家族生活共同体の構成員の一員が受けた損害は、それが全くの第三者の行為に基因するか、扶養義務のある他の構成員の行為に基因するかを問わず、いぜんとしてその構成員の受けた損害であることに変りはなく、いずれの場合にも要扶養者たる妻または子の治療費等は夫または親の負担となることが多いであろうが、発生した損害が事実としてどのような形で填補されているかという問題と損害賠償請求権の発生の有無ないしその行使の可否とは別個の問題であり、被害者が加害者に対して扶養請求権を有する場合、つねに扶養請求権が先順位で行使されるべきであるという積極的な理由は見出し難い。したがつて、夫婦ないしは親と子で構成している家族生活共同体内部で発生した不法行為であるからといつて、その被害者が当然に損害賠償請求権の行使を制限され、共同体の破綻というような特別の要件が備つてはじめて行使が許されることになるのではない。ただ、夫婦および同居の親族間には互助義務があり、相互に共同体としての家庭生活を円満に保持する義務があるから、夫婦あるいは同居の親族間で損害賠償請求権を行使することは通常の場合には右義務に違反し、権利の濫用になることが多いと考えられるが、保険会社に対し自賠法一六条一項によつて損害賠償額の支払を求める前提として被害者が保有者たる配偶者ないし親族に対し同法三条に基づく損害賠償請求権を行使しても実質的には何らの紛争をもたらすことはなく共同体を破壊するおそれは全くないから、共同体保持の目的に反しないことはいうまでもない。
そして、本件事故が不法行為を構成することもちろんであり、したがつて、友治は本件自動車の保有者として原告に対して本件事故による損害を賠償する責任がある。ところで、右賠償すべき損害のうちに現実に出費を要した損害が含まれることはいうまでもなく、また、逸失利益等の消極的損害については、現実の出費ではないが、夫婦・親子等の近親者だけその請求が許されないとすべき特別理由はなく、ことに事故の結果被害者に重大な後遺症が残り自活能力が失われたような場合には加害者の個人的な資力に期待するほかはない扶養義務によつては被害者の保護を全うし得ないことが多いであろうことを考慮すると、消極的損害であるからといつて自賠保険による保護の対象から除外すべきではないと考える。しかし、慰藉料請求権を認めるかどうかについては検討を要するところである。不法行為が夫と妻または親と未成熟の子どもで構成している家族生活共同内部でなされたとしても、不法行為がある以上、被害者が精神的、肉体的苦痛を蒙るであろうことは容易に考えられるところであるが、不法行為が過失によつて発生した場合、それが円満な家族生活共同体を破壊するようなものでない限り、被害者の苦痛は同時に加害者の苦痛として互いに慰め合い宥恕し合うことが期待されており、かりに発生しているとしても、その不法行行為が円満な共同生活の維持に致命的な影響をもたらすことなく、その後も円満な共同生活が相当期間続けられているときは、被害者は加害者に対する宥恕の意思を確定的に表示しているものとして慰藉料請求権は消滅しているものと解するのが相当である。
そして、証人松本友治の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故によつて愛児を失い精神的打撃を受けたことが認められるが、右精神的損害は、自己の身体の完全性を高度に喪失した場合のように生涯消えることなく苦痛がつきまとうようなものではなくて時の経過とともに軽減され得るものであり、本件事故のために原告夫婦の仲がまづくなつたようなことはなく、その後も円満な夫婦共同生活を続けていることが認められるから、原告は友治に対して慰藉料請求権を有しないというべきである。
(本井巽 笠井昇 伊東武是)