大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)5093号 判決 1972年3月22日

原告 国

訴訟代理人 上野至 ほか三名

被告 弘中正二 ほか六名

主文

原告の各請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

(原告)

「原告に対し、

被告市村栄一は金六〇〇万円、被告弘中勝、被告弘中正二は各金五二五万円、被告黒川辰子、被告小林愛子、被告弘中花枝は各金二五〇万円、被告黒川健亮は金三〇〇万円及び各これに対する昭和四三年八月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(被告ら)

主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一1  原告は、昭和四二年七月三〇日現在、訴外四古谷林業株式会社(以下単に滞納会社と略称する)に対し、左記法人税債権合計二、四〇〇万四、七三〇円(事業年度昭和三五年一月一日より同年一二月三一日まで、納期限昭和四一年三月八日)を有している。

本税額  一、二九四万六、三五〇円

加算税額   一二九万四、六〇〇円

旧利子税額  一五三万七、九八〇円

延滞税額   八二二万五、八〇〇円

以上合計 二、四〇〇万四、七三〇円

2  右滞納税の発生経過はつぎのとおりである。

滞納会社は前記事業年度において立倒木売却代金三、五三三万二、五〇〇円の収益がありながら、これによる右事業年度の課税標準である所得においての確定申告を法定申告期限たる昭和三六年二月二八日までにしなかつた。

そこで、昭和四一年二月八日当時滞剥[会社の主たる事務所の所在地を所管する大阪福島税務署長は、前記の通りの法人税額等の決定並びに無申告加算税の賦課決定をなし、同決定通知書を前同日滞納会社の当時の商業登記簿上の清算人たる訴外田上岩市(住所大阪市西淀川区佃三丁目二四五番地)あて「法人名滞納会社、代表者名清算人田上岩市」と記載して書留郵便にて送達し、その頃前記税額は確定した。(右賦課決定通知書の名宛人は実体上の納税義務者と合致しており、唯その代表者として記載された清算人田上岩市は登記簿上に止まり、実体上の代表権限を有するものではないが、真実の代表者であつた被告黒川健亮や実権をもつていた弘中武一は叙上の結果になることを当初から予想しており、又、叙上の結果になつたことを知り得べき状態にあつたものであるから、右賦課決定通知書による告知は有効である。)

二  滞納会社は昭和三五年二月二二日頃被告らに対し左記の通りの不当利得返還請求債権を取得した。その経緯は次のとおりである。

1 昭和二九年三月一九日山林開発を目的として資本金一〇〇万円で設立された滞納会社は、昭和三二年二月一日株主総会の決議により解散し、同日被告市村栄一、同黒川健亮が清算人に就任し、その後昭和三三年一一月二六日右両名が清算人を辞任し、同年同月三〇日訴外潮功が清算人に就任し、同年一二月二四日被告黒川健亮が清算人に就任し、昭和三五年二月一二日、右被告は清算人を辞任し、同日訴外田上岩市が清算人に就任した。

2 滞納会社は、昭和三五年二月一九日、その所有の山口県佐波郡徳地町大字野谷字大原六八五番地山林二四万七、九三九・二五平メートル上の立倒木(底地は訴外亡弘中武一、被告市村栄一の共有、持分各二分の一全部)を三、五三三万二、五〇〇円で、又訴外亡弘中武一と被告市村栄一とはその共有にかかる前記

底地を三六六万七、五〇〇円で何れも訴外十条製紙株式会社に売り渡した。

3 右訴外会社は、昭和三五年二月一六日、右各代金の支払のため前記山林立倒木及び底地の代金合計額に相当する金額三、九〇〇万円の小切手(支払場所三井銀行小倉支店)を振出した。

右小切手は同日、同支店の保証小切手額面二、九〇〇万円と一、〇〇〇万円の二枚に取組まれた後同年同月二二日、三井銀行広島支店の訴外亡弘中武一名義の預金口座に二、九〇〇万円が、石田三郎名義(架空名義)の預金口座に一、〇〇〇万円が夫々入金された。

4(一) 右入金中の二、九〇〇万円については、その後昭和三五年三月二二日に、(1) 被告弘中正二に三〇〇万円(自己宛小切手)、(2) 被告弘中勝に三五〇万円(振込先三和銀行宇部支店)、(3) 被告黒川健亮に三五〇万円(振込先三井銀行日本橋通支店)、(4) 被告市村栄一に六五〇万円(振込先三井銀行梅田支店)が又昭和三五年二月二三日、同月二六日、同年三月一日、三月二二日に何れも訴外亡弘中武一に対し二〇〇万円(振込先山口銀行第二支店)九九二万九、〇〇〇円(自己宛小切手)、七万一、〇〇〇円(現金)五〇万円(振込先山口銀行第二支店)が各送金されており、

(二) 又、前記一、〇〇〇万円については、訴外弘中武一が昭和三五年二月二六日これを引出した。

5 以上、要するに、前記山林立倒木並びに底地の売却代金三、九〇〇万円は、被告市村栄一に六五〇万円、同弘中勝に三五〇万円、弘中正二に三〇〇万円、同黒川健亮に三五〇万円、訴外亡弘中武一に二、二五〇万円、それぞれ分配されたこととなるが、訴外亡弘中武一受領の二、二五〇万円中には、底地代金三六六万七、五〇〇円が含まれているので、右訴外人の本件立倒木売却代金受領分は、これを差し引いた残額一、八八三万二、五〇〇円となる

6 ところで、滞納会社の財産たる右立倒木売却代金の分配は、何らの権限を有しない前記分配金取得者らが、清算人田上岩市不知の間に、無断で行つたもので、従つて、右分配金取得者らの利得は法律上の原因を欠き、且つ、右利得によつて滞納会社に同額の損失を与えたものである。

7 被告らは、前記分配金は右立倒木売却代金ではなくて、被告らがその所有する滞納会社の株式を田中富治らに譲渡した代金であると主張するが、

(一) 右株式譲渡行為は、当時株式譲渡所得が非課税であつたことを奇貨として、被告らをして本件立倒木売却に伴う法人税負担を回避せしめるために仮装された取引であり、真実同取引の両当事者間には株式譲渡の効果意思はなかつたものである。よつて、右取引は通謀虚偽表示として無効である。

(二) 又、仮りに右通謀虚偽表示の主張が認められないとしても、右株式譲受行為につき、他の株式譲受人の代理人をも兼ねたと解される右田中富治の株式譲受の意思表示は、相手方である弘中武一および十条製紙株式会社関係者の欺罔行為により法律行為の要素に錯誤をきたした結果なされたものであるから、無効である。

即ち、十条製紙轄博ョ会社が本件立倒木およびその底地を買取るに際し、滞納会社の実権を握つていた弘中武一は右売買による所得に対する課税を免れるため、会杜の株式譲渡の方法を採ることを希望していたので、弘中武一と十条製紙株式会社関係者は相談の上、法律知識にうとい田中富治らを株式譲受人とすることにしたのである。

田中富治らは、右のような事情のもとに本件株式を譲受けることになり、田中富治は本件株式譲受につき他の譲受人らから代理権を授与されてその交渉にあたつたものであるが、昭和三五年二月頃山口市の亡弘中武一宅で本件株式を買受ける際、同人に対し将来の滞納会社の公租の負担につき尋ねたところ弘中武一および同席の十条製紙株式会社の関係者らは譲受人らに迷惑はかからない旨答えたため、田中富治もその言を信じて右譲渡を受けたものである。

しかし、当時滞納会社には本件立倒木の外財産はなく、これを訴外十条製紙株式会社に右株式譲受代金と同額で売却することとし、且つ、右売却代金を以て田中富治らの前記株式譲受代金の支払にあてることとなつていたので、右立倒木売却による所得につき滞納会社に課せられる法人税については、滞納会社にはその支払にあてるべき財産がなく、結局田中富治らにおいて清算人或は残余財産の分配受領者として、国税徴収法第三四条の責を負わねばならなくなる筋合であつた。

従つてもし田中富治において右事情を知つていたならば到底右株式譲渡を受けたとは考えられず、しかも田中富治の本件株式譲受契約の右動機は、右株式譲渡契約締結当時弘中武一に対し表示せられているものであり、同人は右事情を了知していたものであるから田中富治の右譲受の意思表示には「要素に錯誤」があり無効である。

(三) 又、仮りに、前記(一)、(二)の主張が認められないとしても、清算人田上岩市が十条製紙株式会社から受取るべき滞納会社帰属の本件立倒木売却代金の受領権限を同人及び訴外田中富治らの個人債務たる本件株式譲受代金の弁済として、弘中武一に対して与えた行為は、清算人としての職務権限の乱用にあたり、しかも、右受領者たる弘中武一も右事情は充分了知していたので、前記受領権限授与行為は無効である。

(四) そうすると、被告らは、前記(一)、(二)、(三)のいずれにしても株式譲渡代金として受取つた本件立倒木売却代金を所持すべき法律上の原因を欠くこととなり、他方滞納会社においては被告らと田上岩市又は田中富治間の前記各行為により本件立倒木売却代金相当の損失を蒙つているので、結局、被告らの右不当利得と、滞納会社の右損失との間には因果関係がある。

8 よつて、滞納会社は被告らに対し立倒木売却代金三、五三三万二、五〇〇円相当の不当利得返還請求権を有することとなる。

三  ところで、訴外亡弘中武一は昭和三六年一一月六日に又その妻弘中ツネは昭和四〇年二月二五日いずれも死亡したので、右弘中武一の不当利得返還債務一、八八三万二、五〇〇円は、同人らの嫡出子である被告弘中正二、同黒川辰子、同小林愛子、同市村栄一、同弘中勝、同弘中花枝が法定相続分とおりこれを継承した。

四  よつて滞納会社は

被告市村栄一に対し金九六三万八、七五〇円

弘中 勝に対し金六六三万八、七五〇円

弘中正二に対し金六一三万八、七五〇円

黒川辰子に対し金三一三万八、七五〇円

小林愛子に対し金三一三万八、七五〇円

弘中花枝に対し金三一三万八、七五〇円

黒川健亮に対し金三五〇万円

の各不当利得返還請求債権を有するものである。

五  原告は、第一項記載の滞納国税徴収のため、昭和四三年七月三〇日前記各不当利得返還請求債権を昭和四三年八月一五日限り支払うよう定めて各差押える旨の決定をなし、右債権差押通知書はいずれも昭和四三年八月一日から二日頃にかけて、各被告らに到達して差押の効力を生じた。

六  よつて、原告は同日右各差押により、前記各債権の取立権を取得したが、被告らは前記指定日までにその支払いをしない。

そこで、原告は被告らに対し前記差押債権の各一部である請求の趣旨記載の各〇〇〇これに対する前記支払期日の翌日である昭和四三年八月一六日以降各完済に至るまで年五分の割合による利息金の支払いを求める。

(被告の認否)

一  請求原因第一項の事実の内、その主張の事業年度において滞納会社につきその所有の本件山林立倒木売却代金三、五三三万二、五〇〇円の収益があつたことは認めるが、その他の事実は不知。

二  同第二項の1ないし4の事実は認める。

三  同第二項の5の事実中同項記載の被告らおよび訴外弘中武一の受領した金員の性格が立倒木売却代金であるとの点を否認し、その余の事実は認める。右金員は株式譲渡代金である。

四  同第二項の6、8の事実は争う。

五同第三項の事実については、弘中武一、同ツネが同日頃死亡したこと、並びに、原告主張の弘中正二ら六名がその相続人となつたことは認めるが、原告主張の如き不当利得返還債務を承継したとの点は否認する。右の如き債務は当初より発生していない。

六  同第四項の事実は争う。

七  同第五項の事実の内、その主張の日、その主張の債権差押通知書が被告らに到達したことは認める。

八  同第六項の事実の内、その主張の金員を被告らが支払つていないことは認める、原告がその主張の債権の取立権を取得したとの事実を否認する。

(被告らの主張)

一  滞納会社の昭和三五年二月初旬、当時の発行済株式総数は四、〇〇〇株で、その株主は左記一欄表の旧株主らんに、その所有株数は同株数らんに、各記載のとおりであつたところ、右旧株主は、その頃、夫々の有する滞納会社の全株式を同表相手方らん記載の者に、同表譲渡価格らん記載の価格で譲渡したものであり、(売主側は弘中武一が旧株主を代理し、買主側は田中富治、田上岩市が代理した。)原告主張の金員三、五三三万二、五〇〇円は右株式譲渡代金であるから、被告らには何ら不当の利得はない。

表<省略>

即ち、

1 滞納会社は、訴外亡弘中武一が実質上出資をなし同人及び同人の子や家族らを株主として設立された同族会社であつて、前記一覧表の「旧株主欄」及び「株数欄」に記載のとおり夫々滞納会社の株式を有していた。

2 しかし、昭和三二年二月頃になつて、滞納会社は隣接山林の買収計画の失敗、台風災害等で経営が行き詰り、解散せざるを得なくなつたが、弘中武一としては、当初本件立倒木を他に売却処分して滞納会社を清算することを考えたが、そのために山師、ブローカーの類いがひんぱんに同人宅を訪れることとなり、煩わしくなつたため、知人のすゝめもあつて、自から清算することは諦めて同社の全株式を他に譲渡する方針を採り、前記のとおりの当事者間に株式の売買がなされたのである。

3 他方、株式譲受人の一人である木材業者田中富治も十条製紙株式会社との間において、本件立倒木を一旦十条製紙株式会社に売却した後も尚、同山林に立ち入つて立木を伐採搬出し、同立倒木中パルプ材はそのまま十条製紙株式会社に納付し、その他の一般用材はこれを他に売却の上、右売却代金を立倒木売却代金三、五三三万二、五〇〇円と前記パルプ材の納入価格との差額に満つるまで十条製紙株式会社に納付し、右差額を上廻る額についてはこれを田中富治らの利得となし得る約束になつていたので、従つて、三、五三三万二、五〇〇円で滞納会社の全株式を買い受け同額で滞納会社の唯一の財産である本件立倒木を十条製紙株式会社に転売しても尚実質上利得がある訳で、田中富治らも右利得を見込んで本件株式を買受けたものである。

4 そして、本件株式の譲受人の一人である田上岩市が滞納会社の清算人に就任し、本件立倒木を十条製紙株式会社に売却したが、右田上岩市は株式買受にあたり買主代表であつたから、右株式買受代金支払方法として、十条製紙株式会社に対して、右立倒木売買代金を弘中武一(売主代表)宛に送金するように指示し、十条製紙株式会社は右の指示により弘中武一に送金した。

即ち、弘中武一らは株式売買代金として、右送金を受領したものであつて、原告主張の不当利得の生ずるいわれはない。

二  請求原因第二項7の主張は「時機におくれた攻撃、防禦方法」の提出にあたるから却下を求める。

(被告主張の二に対する原告の反論)

請求原因第二項の主張は予備的主張であるから何ら「時機におくれた攻撃、防禦方法」となるものではない。

第三証拠関係省略

理由

一  原告の請求原因二項の1ないし4に記載の事実、同5に記載の事実の内被告ら及び訴外弘中武一の受領した金額(その性質の点を除く)、同三項記載の事実の内原告主張のとおり弘中武一および弘中ツネが死亡し弘中正二ら六名がその相続人となった事実、同五項記載の事実の内原告主張の債権差押通知書がその主張の日頃被告らに到達したことは、いずれも当事者間に争がなく、而して<証拠省略>および弁論の全趣旨によると本件滞納会社が請求原因一項1記載の法人税を負担したことが認められる。

二  <証拠省略>を綜合すると次の事実が認められる。

訴外弘中武一は、昭和初年頃から本件山林底地二四万七、九三九・二五平方メートルと地上立木とを所有していたが、昭和二四、五年頃になつて、自己並びに親族を株主として同山林(立木)を出資し、株式会社組織で木材伐採搬出と造林の事業を経営することを計画し、昭和二九年三月一九日、本件滞納会社を設立し、(会社設立については当事者間に争がない。)、株主として、右訴外および被告市村栄一(右訴外人の実子)が各一、〇〇〇株、被告黒川健亮(訴外弘中武一の娘婿)、訴外小林長次(同)、被告弘中正二(同訴外人の実子)、弘中勝(同)、訴外市村純子(市村栄一の妻)が各四〇〇株宛を引受けた。

ところが、当初の計画と異なり最適経営規模を保つ上で必要な隣地の買収に失敗した上、台風で林道が流され、又、人夫賃の高騰等があつて計画通りに行かず、結局昭和三二年二月一日本件滞納会社を解散するの止むなきに至つたが、昭和三二年頃になつて山林ブームが生じたゝめ、同社の実質上の経営者たる弘中武一は出来ればこの際同社の唯一の財産たる本件山林を高値で売却して本件滞納会社を清算しようと考えた。

しかし、右売却意向が広まるや、同人宅を無資力な山林ブローカーがしきりに訪れるようになり、同人としてはこれがわずらわしくもあり、又、同方本で清算したのでは山林売却益並びに清算所得に各課税せられることや、当時有価証券の譲渡所有が非課税となつており、従つて同人ら所有の株式を山林価格で他に譲渡する方法をとれば、それだけ課税負担を免がれ得て有利となることもあつて、当初の自分の手で同山林を売却して本件滞納会社を算する計画を変更して、資力ある買手に本件山林価格相当額で、滞納会社の全株式を譲渡する方法にあらためるにいたつた。

そして、昭和三三年頃には山陽パルプが同山林買受を希望し、弘中武一と山陽パルプ間で前記方法での山林売買方が検討されたが同方法によると、結局山陽パルプの決算書類に右買受けた解散会社の株式が投資勘定として掲上されることとなり、かくては不良会社に投資したとの印象を与えることとなつて、対外的対内的に思わしくないというところから、結局右交渉は成立しなかつた。

そして、その後、十条製紙株式会社小倉工場がパルプ原料の不足から強く同山林買受方を希望するようになり、同工場の出入り商人的地位にあつた山林ブローカーの訴外田中富治に対し、本件山林が入手出来るよう交渉方を依頼した。

しかし、十条製紙株式会社としても前記弘中武一希望の方式による時は山陽パルプにおけると同様の思わしくない結果をもたらすおそれがあるところから、直ちに十条製紙株式会社が滞納会社の全株式を譲受ける方法はとらず、その代案として、「(1) 右田中富治が、十条製紙株式会社に代つて、被告ら株主から滞納会社の株式全部の譲渡を受けた上、(2) 右滞納会社はその所有立木を十条製紙株式会社に右株式譲受代金と同額にて売り渡す、(3) 右株式譲受代金、山林売却代金の支払法については、滞納会社、株式譲渡人たる被告ら、同譲受人たる田中富治、十条製紙株式会社の相互間の合意により、本来なら一旦十条製紙株式会社が本件立倒木買受代金を滞納会社に支払い、同杜はこれを残余財産として新株主たる田中富治に分配の上、同人において右を夫々の株式譲受代金として旧株主たる被告らに支払うべきところ、右手続を省略して十条製紙株式会社が本件立倒木買代金(株式譲受代金総額に同じ)を直接被告ら旧株主に交付することにより、すべてを一時に清算する方法をとること。」以上の計画案が弘中武一、十条製紙株式会社、田中富治ら間で採用されることとなつた。

尚、その折、田中富治としては、山林売却による租税負担はどうなるかにつき一応心配はしたものゝ、法律知識に乏しかつた点もあり、右取引においては自分は単なる仲介人に過ぎず、その間、自分としては売却所得もなく課税されることもないであろうと軽く考えて、右計画案を承諾し自らその実施にあたることを引受けた。

そして田中富治は、右の件につき昭和三五年一月中旬頃三〇年来の知人であり、同業者でもある田上岩市にこれまでの事情を告げ協力を求め、田上の清算人就任、同人およびその子田上久祥が株式譲受名義人となることの承諾を得、又自己の従業員にも株式名義人もしくは監査役となることの承諾を得た上同月一七日、弘中武一に対し、書面によつて、前記の通り清算人、監査役、株式譲受名義人となるべき者の氏名、住所、年令を報告し、弘中武一も本契約の為の準備として、同年二月一二日被告らによる株主総会の決議録及び田上岩市の清算人、就任承諾書等を添付して田上岩市の滞納会社の清算人就任登記を了した。

そして、田中富治、清算人田上岩市、十条製紙株式会社小倉工場山林部長黒沢忠夫、同山口県湯田出張所長明川工次、同顧問弁護士服部須恵蔵らは同月一九日昼頃、山口市早間田の弘中武一宅に集まつて弘中武一は株式譲渡人を、田中富治は株式譲受人を、田上岩市は滞納会社を、服部弁護士は十条製紙株式会社を各代理の上、前記計画案通り取引を進めることとし、田中富治らは、同日、弘中武一、市村栄一の各一、〇〇〇株を夫々八八三万三、一二五円で、黒川健亮、小林長次、弘中正二、弘中勝、市村純子の各四〇〇株を夫々三五三万三、二五〇円で買い受けること、弘中武一、被告市村栄一共有の山林底地を滞納会社に代金三六六万七、五〇〇円で譲渡すること、以上の合意が成立し、その場において弘中武一は滞納会社の全株券と本件滞納会社の元帳等を実質上の株式譲受人たる田中富治に引渡し(現在も同人が保管している。尚、その後、同月二八日作成にかかる譲渡年月日を同月一九日とする有価証券取引書七通が交付されている。)、そして、同夜前記服部弁護士が、山口県湯田温泉の旅館で、滞納会社を売主とし、十条製紙株式会社を買主とする立木売買契約書を作成し!

、売主たる滞納会社の代表者として清算人田上岩市が、買主代理人として前記黒沢山林部長が立会人として前記服部及び田中が夫々署名押印し、(弘中武一およびその関係者の立会はなかつた。)、又その際、田上岩市は、「同日滞納会社は十条製紙より前記立木売却代金の支払を受けた」旨の領収書にも清算人として署名し、これを十条製紙株式会社側に交付した。

そして、右株式売買代金および本件山林立倒木、底地売買代金の支払のため、前記計画案通りの方法がとられ、原告の請求原因二項の3、4記載のとおりの送金とその受領がなされたこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する部分は採用しない。

三  前記認定事実によると、訴外弘中武一、被告市村栄一、同弘中勝、同弘中正二、同黒川健亮がそれぞれ受領した各金員は、真実なされた(通謀虚示表示ではない)株式譲渡代金というべく、而して、清算人田上岩市の承諾の下に、本件滞納会社の十条製紙会社に対する本件立倒木売却代金を以て支払われたものであつて、従つて、原告の「右各金員は株式譲渡代金ではなく、仮りに、外形上株式譲渡代金の形式を採つていても、右株式譲渡は通謀虚示表示にもとづく無効のものである」旨および清算人田上岩市が知らぬ間に右の支払がなされた旨の主張は採用できない。又、株式の譲渡は、一般に法律上認められてるところであつて、それが祖税負担の軽減を目的としてなされたとしてもたゞちに、それがため株式譲渡行為を無効とするものではない。

四  そこで、進んで、原告の請求原因二項7(二)の主張(錯誤の主張)および同(三)の主張(清算人の職務権限濫用の主張)について判断する。

1  まず、被告は右各主張は「時機におくれた攻撃、防禦方法」であるから却下されたい旨中立てゝいるが、本件審理の経過に徴し、右各主張はそのために訴訟の完結を格別遅延させることもないので、いまだ民事訴訟法第一三九条の要件を充足しているとは認められない。よつて、右申立はこれを却下することとし、

以下前記の各主張について順次判断する。

2  錯誤の主張について

滞納会社の滞納法人税額は本税だけでも一、二九四万六、三五〇円あり、財産としては本件立倒木売却後何もなく、しかも、証人田上岩市、田中富治の各証言によると、本件取引に関し田中富治の受領した報酬は全部で五〇万円に過ぎなかつた事実が認められるので、これら事情から判断すると、田中冨治が右取引当時右取引により本件滞納会社に多額の課税がなされるであろうということを知つていたなら、株式譲受契約を承諾しなかつたと考えられ、右を「要素の錯誤」とする原告の主張もその限りにおいて理由はあるが、右、錯誤は原告も自認のとおりいわゆる「動機の錯誤」に属するものであつてこれを相手方に表示するのでなければその無効を善意の相手方には主張し得ないものと言うべきところ、証人田中富治の証言中には、同人において右取引は、これにより本件滞納会社や同人らが税金を負担する結果となるのではないかとの疑念を示したのに対し、弘中武一および十条製紙株式会社関係者より、そのおそれはないとの言明があつたので、本件株式譲受契約を結んだものである旨の証言部分があるが、前記認定の事実並に証人田中富治の証言を綜合すると田中富治は法律知識に乏!

しかつたゝめ、前記取引により滞納会社は多額の法人税を負担しなければならぬと云う点には全く気付いておらず、自分としては右取引で五〇万円を受取つたのみで他に利得はないのであるから租税負担などはないものと軽く考えて全く安心していた事情が認められる上、田中富治としては本件取引をまとめたい一心で、仲介料も十条製紙株式会社側から受取つたゞだけである事情も認められるので、これら諸点から考えてあえて売主側たる弘中武一に租税負担の話まで持ち出して同人にその旨問いたゞしたとは考えられず、証人田中富治の前記証言部分はこれを採用できない。他に、右動機についてこれを相手方たる弘中武一に表示したと認め得る証拠はなく、又弘中武一において田中富治らが右錯誤にもとづいて本件株式譲受契約を結んだものであることを知つていたと認めるに足りる証拠もない。(仮りに、原告主張のとおり「要素の錯誤」が認められて本件株式譲渡行為が無効であるとしても、被告らは、右譲渡代金返還債務を右代金を支払つた株式譲受人に対し負担する筋合で、直接滞納会社に負担するものではない。

よつて、原告の右主張も理由がない。

3  清算人の職務権限濫用の主張について

清算人は枕@令および定款の定め並びに総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を遂行する義務を負うべきものであることは商法の明定するところである。

従つて、本件においては、清算人田上岩市は十条製紙株式会社より本件立倒木売却代金を受領し、右金員を以て納税義務を履行し、債権者に対する債務を支払い、その後に尚残余財産があれば株主に分配する等、忠実にその職務を遂行すべきであるにかゝわらず、十条製紙株式会社をして本件立倒木売却代金全額を直接旧株主側に送金させ、新株主(みずからをふくむ。)の株式譲受代金の支払にあてたことは前記認定のとおりで、右は納税義務の履行、債権者に対する債務の支払をせずに、財産を新株主に分配し、新株主が株式譲受代金の支払をなすための便宜をはかつたもので(滞納会社が新株主のため立替払をしたものと認めるのは相当でない。)、清算人としての忠実義務に違反したものと言うべきである。

しかしながら、右違反行為は、清算人がこれによつて会社又は第三者に対して損害賠償責任を負うことがあるは格別、新株主の旧株主に対する株式譲受代金の支払までを無効ならしめるものとは解することはできない。(本件株式譲渡は租税負担軽減を主たる目的としてなされたものであるが、それは法律上許された範囲であると解すべきことは前記のとおりで、被告ら旧株主が右譲受代金の支払をうける権利があることは言うまでもなく、その支払をうける方法として前記認定の方法がとられたことにより、滞納会社として本件租税支払手段を完全に失う結果となつたとしても被告ら旧株主としては右支払を詐害行為として取消を求められることはあつても、右支払は公序良俗に反し無効であるとして、もしくは右支払をうける行為は権利の濫用にあたるとして、その支払をうけた被告らに対し滞納会社が受領代金の返還を求め得る筋合ではない。)

五  以上、被告らは滞納会社に対して原告主張の如き不当利得金返済債務を負担するものではないから、右債務の存在を前提とする原告の本訴請求は理由がない。

よつて被告らに対する原告の本訴請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 井上三郎 矢代利則 弓木龍美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例