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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)648号 判決 1971年10月01日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告らは、各自原告に対し、金一二、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年二月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言

(被告ら)

主文同旨の判決。

第二請求の原因

一  事故

原告は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四〇年三月七日午前九時三〇分ごろ

(二)  場所 大阪市東住吉区平野野堂町三九一番地先交差点

(三)  加害車 普通乗用自動車(奈五そ二二八一号)

(四)  右運転者 被告谷

(五)  被害車 軽四輪自動車

(六)  右運転者 山本岩雄

(七)  右同乗者 原告

(八)  態様 加害車が東から西に向つて進行し、北から南に向つて進行中の被害車に衝突した。

二  責任原因

(一)  運行供用者の責任

被告三ツ桜酒造株式会社(以下被告会社という)は、加害車を所有し、自己のためこれを運行の用に供していた。

(二)  一般不法行為者の責任

被告谷は、加害車を運転して東から西に向つて交差点に進入するに際し、被害車が既に北から南に向つて交差点に進入しているのに、徐行して被害車の通行を妨げないようにするべき注意義務を怠つた過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

原告は、本件事故により、次の損害を蒙つた。

(一)  逸失利益 八、〇七二、三四〇円

原告は、本件事故により、むち打ち症、背髄損傷、膀胱炎を伴う傷害を受け、昭和四〇年三月七日から同年九月一三日まで新大阪病院に入院し、その後自宅で療養を続けている。原告は、杖をついて約一五メートル歩行可能であるが、腰部に軟性コルセツトをつけており、これを除去すると起立も困難で、両下腿は少量の荷重をかけると運動できず、排便にさいしては浣腸又は下剤の服用を要し、両手の指は軽度屈曲におとり、伸展不可能で握力は左右とも〇であり、右手で箸をもつこともできず、自力で上半身を起すことができず、膝関節より知覚、痛覚、触覚、温覚とも犯されており、勃起不能となつた。原告は、昭和二二年から鏡製造技術者として、浮田知義と共同で鏡製造業を営み、事故当時株式会社コトブキ鏡金属製作所から毎月七三、〇〇〇円の給料を得ていたが、本件事故により生涯右収入を失うに至つた。原告は、昭和四一年二月当時五一才であり、就労可能年数は一二年であるから、原告の逸失利益を年毎のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すれば、別紙計算書(1)記載のとおり、八、〇七二、三四〇円となる。

(二)  慰藉料 七、七二一、三九二円

(三)  弁護士費用 三五〇、〇〇〇円

(四)  損害の填補 一、〇〇〇、〇〇〇円

原告は、本件事故による自賠保険金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けた。

四  よつて原告は、被告ら各自に対し、前記第二三(一)、(二)の合計金一五、七九三、七三二円から前記第二三(四)の金一、〇〇〇、〇〇〇円を控除した金一四、七九三、七三二円の内金一二、一五〇、〇〇〇円と前記第二三(三)の金三五〇、〇〇〇円との合計金一二、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年二月二六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告らの答弁および主張

一  認否

請求原因第二一の事実は認める。第二二の事実は否認する。第二三の事実中(一)の事実のうち原告が昭和四〇年三月七日から新大阪病院に入院したこと、退院後も治療を続けていることは認めるが、症状は不知、その余の事実は否認する。(二)ないし(三)の事実は否認する。(四)の事実は認める。

二  免責

被告谷は、加害車を運転して交差点を東から西に横断しようとし、交差点手前で北側をみたが進行車を認めず、次いで南側をみたが北進する車がなかつたので、時速三五ないし四〇キロメートルで交差点に進入したとき、原告の子山本岩雄運転の被害車が北から南に交差点を通過しようとして時速五〇ないし六〇キロメートルで交差点に進入し、右側約二メートルに近接しているのを認め、急ブレーキをかけても間に合わず、加速して衝突を避けるほかないと判断して、加速したが及ばず、加害車の右側中央部に被害車が衝突した。山本岩雄は、加害車を発見しやすい位置にあり、発見後速度をおとし、ブレーキをかけたならば衝突を避けられたものであり、本件事故は山本岩雄が加害車を発見するのが遅れ、徐行せず、ブレーキもかけなかつた過失によつて発生したものであつて、被告谷には過失はなかつた。従つて被告会社は、運行供用者としての責任を負わない。

三  過失相殺

仮に被告谷に過失があつたとしても、本件事故発生については原告側にも右過失が存したから、損害額の算定につき過失相殺されるべきである。

四  示談

原告の代理人の浮田知義、その妻千代子、原告の弟山本巌と被告らの代理人清水正夫、鹿野清三は、昭和四〇年三月上旬ごろ、被告会社の保険金請求ができれば、原告はそれ以外に損害賠償請求をしない旨の合意をなし、保険金請求の手続をなしたところ、同年七月一九日、入院費に自賠保険金三〇〇、〇〇〇円、付添費に二九、二六五円が支払われた旨保険会社から通知があり、同年九月一〇日、右の外に休業補償および慰藉料として九〇〇、〇〇〇円が保険金として支払われることが判り、同日、原、被告間で、右支払をもつて一切円満に解決し、今後いかなる事情が生じても異議申立をしないことを約した。従つて右金額以外の原告の損害賠償請求権は、消滅している。

五  弁済

原告は、本件事故による保険金三〇〇、〇〇〇円(入院費用)、二九、二六五円(付添費用)および九〇〇、〇〇〇円(休業補償および慰藉料)の支払を受けた。

六  消滅時効

本件損害賠償請求権は、昭和四〇年三月七日から三年間の経過により時効によつて消滅しているから、被告らは消滅時効を援用する。

第四被告らの主張に対する原告の認否および主張

一  被告ら主張の第三二ないし四の事実は否認する。第三五の事実は不知。

二  本件訴訟は、原告の後遺症による損害について提起しているものであるから、本件事故発生の日から三年間の経過によつて消滅時効が完成するものではない。

第五原告の主張に対する被告らの主張

一  原告の後遺症は、昭和四〇年五月二六日から同年一一月八日ごろまでの間に固定し、その後は快方に向つているのであるから、そのころから三年の経過によつて消滅時効が完成しているというべきである。

第六証拠〔略〕

理由

一  事故

請求原因第二一の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  被告谷

〔証拠略〕を綜合すると、本件事故現場は、南北に通ずる幅八・一メートルの道路と東西に通ずる幅八・一メートルの道路とが直角に交わる信号機の設置されていない見通しの悪い交差点であり、附近は最高速度が時速四〇キロメートルと指定されていたこと、被告谷は、加害車を運転して時速約五〇キロメートルで東から西に向つて進行し、交差点に進入するに際して一旦停止又は徐行して左右の安全を確認することなく、そのままの速度で交差点に進入直進しようとしたが、交差点に進入したとき右前方七・三メートルの交差点内に南進する被害車を発見し、先に交差点を通過しようと考え、ハンドルを左に切つてアクセルをふみ更に加速して進行したが、交差点中央附近で加害車の右側面に被害車の前部を衝突させるに至つたこと、山本岩雄は、被害車を運転し、助手席に原告を同乗させて時速約三〇キロメートルで北から南に向つて進行し、右交差点手前で時速約二五キロメートルに減速したが、一旦停止又は更に徐行して左右を確認することなく、交差点に進入し、東から西に向つて自車の前方を横切ろうとした加害車の右側面に自車の前部を衝突させたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を左右しうべき証拠はない。以上の事実によれば、被告谷は、加害車を運転して信号機の設置されていない見通しの悪い交差点に進入するに際し、制限速度をこえた速度で、かつ一旦停止又は徐行をして左右の安全を確認することなく進行した過失によつて本件事故を発生させたものであるから、被告谷は、原告に対し、不法行為にもとづく損害賠償の責任を負うべきものである。

(二)  被告会社

〔証拠略〕によれば、被告会社は、加害車を所有し、自己の業務のためこれを運行の用に供していたことが認められる。被告谷は加害車の運転につき注意を怠らなかつたものとはいえないことは前記二(一)のとおりであるから、被告会社は、加害車の運行供用者としての責任を免れない。

三  損害

(一)  治療経過

〔証拠略〕を綜合すると、原告は、昭和四〇年三月七日、本件事故直後に新大阪病院に入院したが、同月八日、同病院で背椎打撲症(両下肢不全まひ)、むち打ち症で一ケ月の休養加療を要するとの診断を受け、同年五月二六日、同病院でむち打ち症、背髄損傷、膀胱炎で起立歩行不能、後遺症として四肢まひ中等度残存の見込なる旨の診断を受け、同年九月一三日、退院し、その後は同月一四日から昭和四一年一月二一日までに六日間通院したほか自宅でマツサージなどの療養をしていたこと、原告は、その間昭和四〇年一一月八日、同病院で、むち打ち症、頸髄損傷で歩行不能、起立坐位不能、両上肢運動不能、杖をもてば一〇メートル歩行可能、自力歩行四、五歩可能、握力左右〇、箸をもてない、直腸膀胱まひあり浣腸必要、右後遺症状は今後治療、訓練などにより幾分かは軽快すると思われるが、著明なまひの回復は期待できない旨の診断を受けたこと、原告は、その後昭和四三年二月二八日、同病院で診断を受け、むち打ち症、背髄損傷、膀胱炎で、杖をついて約一五メートル歩行可能、腰部に軟性コルセツトをつけており、これを除去すると起立困難、両下腿に少量の荷重をかけると運動できなくなり、排便に際しては浣腸又は下剤の服用を要する、両手の指は軽度屈曲におとり、伸展不可能、握力は左右とも〇で右手で箸をもつこともできず、自力で上半身を起すことはできない。膝関節より知覚、触覚、温覚が犯されており勃起不能である旨の診断がなされたこと、原告は、昭和四五年五月二五日当時は杖なしで室内を歩行し、屋外は杖をついて三〇メートル位歩行可能となり、排便もやや良好となつたほかはほぼ前記症状のとおりであり、その後歩行可能距離が杖なしで三〇〇メートル、杖をついて五〇〇メートル以上となり、握力も右一〇キログラム、左一四キログラムに回復し、徐々に改善がみられ、変性した椎間板を除去し、頸椎固定術を行えば更に改善の見込があり、後遺症の固定時期を厳密に定めることは不可能であることが認められる。

(二)  逸失利益 四、八八八、六二〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時、五〇才であつて、株式会社コトブキ鏡金属製作所に勤務し、一ケ月六〇、〇〇〇円の給与を得ていたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信しない。

もつとも〔証拠略〕によれば、原告の給料は昭和四〇年一月七三、〇〇〇円、同年二月七三、〇〇〇円であつた旨の株式会社コトブキ鏡金属製作所作成名義の「給料証明書」と題する書面が存することが認められるけれども、〔証拠略〕によれば、右会社には原告および原告の妻トミ子が勤めていて給料証明書の一ケ月七三、〇〇〇円の給与というのは原告の給与六〇、〇〇〇円とトミ子の給与一三、〇〇〇円を合わせたものを誤つて原告一人の給与として記載したものであることが認められるから、右給料証明書は前記認定の妨げとなるものではない。

以上の事実に前記三(一)の原告の傷害の程度および後遺症の内容、程度などを合わせ考えると、原告は、昭和四一年二月以降一二年間は就労可能であつたが、昭和四六年一月末まで五年間は全く就業不能となり、同年二月以降七年間は労働能力が少くとも五割減退したものというべく、原告の逸失利益を年毎のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すれば別紙計算書(2)記載のとおり四、八八八、六二〇円となる。

(三)  慰藉料 二、一〇〇、〇〇〇円

前記三(一)の原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺症の内容、程度に照らし、原告が本件事故によつて蒙つた精神的損害に対する慰藉料額は二、一〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

(四)  過失相殺および損害の填補

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当日和歌山の親戚方に病気見舞に行くため、勤務先の株式会社コトブキ鏡金属製作所から被害車を借り受け、原告の子の山本岩雄に被害車を運転させて、その助手席に同乗していたことが認められる。以上の事実に前記二(一)の事実を合わせ考えると、本件事故発生については被害車の運転手である山本岩雄にも信号機の設置されていない見通しの悪い交差点に通入するに際し、一旦停止又は徐行して左右の安全を確認するべき注意義務を怠つた過失が存したもので、右過失は被害者側の過失として原告の損害額算定についてしんしやくすべきであり、その過失割合は四割とするのが相当である。

〔証拠略〕を綜合すると、原告は、東京海上火災保険株式会社から本件事故による自賠保険金三〇〇、〇〇〇円の支払を受けて本件請求外の入院費用に充当し、更に興亜火災海上保険株式会社から任意保険金六七五、〇〇〇円の支払を受けたことが認められ、原告がほかに本件事故による自賠保険金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

従つて原告の損害額は、前記三(二)、(三)の計六、九八八、六二〇円と右入院費三〇〇、〇〇〇円の合計七、二八八、六二〇円の一〇分の六の四、三七三、一七二円から保険金合計一、九七五、〇〇〇円を控除した二、三九八、一七二円となる。

(四)  消滅時効

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故直後に加害者が被告らであることを知つたことが認められる。そして前記三(一)で認定した事実によれば、原告は、本件事故によつてむち打ち症、頸髄損傷の傷害を受け、歩行不能、両上肢運動不能、握力左右〇、直腸膀胱まひなどの後遺症状が生じたものであるが、このような後遺症状が生じるべきことはおそくとも原告が新大阪病院を退院して後右症状についての診断を受けた昭和四〇年一一月八日当時予測し得たものというべきであり、原告は、当時右後遺症状にもとづいて逸失利益および精神上の損害が生じたことを認識しえた筈であるから、原告の右後遺症状にもとづく損害賠償請求権の消滅時効は同日から進行し、三年間の経過によつて完成したものであり、原告は、右三年経過後の昭和四四年二月一二日に至つて本件訴を提起したことは本件記録上明らかであるから、右損害賠償請求権は時効によつて既に消滅したものというべきである。そして原告の本訴請求にかかる損害賠償請求権が既に消滅し、被告らに対してこれを請求することができない以上、本件訴訟の弁護士費用は、本件事故と相当因果関係のある損害といえないことは明らかである。

五  従つて原告の請求は、被告らのその余の主張につき判断するまでもなく理由がない。

よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

計算書

(1) 原告主張の逸失利益

73000×12×9.215=8072340

(2) 原告の逸失利益

600000×12×4.3644+60000×12×0.5(9.2151-4.3644)=4888620

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