大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)724号 判決
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〔判決理由〕原告の請求は、一部につき理由がある。
一 昭和四四年九月二五日午前一〇時五〇分ごろ、和歌山県西牟婁郡白浜町三、六〇一番地の一、番所山植物園の橋で飼育されていた雌の手長猿(六才)一頭が、飼育係の被告木下国布が餌をやるために檻の錠を外し、後に置いた餌を取ろうとして後向きになつた隙に檻から逃げ出し、同動物園内を歩行していた原告(昭和二七年一一月一七日生)の左大腿部に噛みつき、同部位に挫創を負わせたことは、当事者間に争いがない。
二 原告は、被告らが右事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任があると主張しているので、以下各被告につき順次右主張の当否を判断する。
(一) 被告木下国市
<証拠>によれば、本件の傷害事故を惹起した猿が檻の外に逃げ出すに至つたまでの経過として、同被告が主張するとおりの事実を認めることができる。そして、この事実によれば、右の猿が逃げ出したのは、同被告としても不本意な意想外の出来事であつたと推測されるのであるが、この猿がかなり狂暴性を有していたことは、同被告の熟知していたところであるから、これを鑑の外に逸出させるようなことがあれば、他人に危害を加えるおそれがあることを十分に念頭におき、必要があつて檻の錠を外すときには、猿が扉を開くことのないよう格別の配慮をなすべき注意義務があつたものといわねばならない。しかるに、同被告は、檻の錠を外し、猿が自力で扉を開くことができる状態を作出しながら、これに対応するなんら有効な措置を講じないまま、一瞬猿から眼をそらし、後を向いたというのは、何としても右の注意義務を怠つたというそしりを免れないものであり、その間に猿が檻の外に逃げ出し、原告に危害を加えた以上、民法第七〇九条に従い、同被告が過失者として原告に対し損害賠償責任を負うのは、当然というべきである。
(二) 被告株式会社番所山植物園
本件の事故を惹起した猿が同被告の経営にかかる植物園の檻で飼育されていたものであり、被告木下国市がその飼育係として被告会社に使用されていたことは、当事者間に争いがない。それ故、被告木下が飼育係として職務上右猿に餌をやる作業に従事していた過程において、右事故を発生させた以上、民法第七一五条第一項に従い、被告会社は、この事故により原告に生じた損害を賠償する責に任じなければならない。また、被告会社は、右猿の占有者であるともいえるから、この猿が原告に加えた損害については、同法第七一八条による賠償責任をも負うものというべきである。
(三) 被告榎本林作
同被告が、被告会社の代表取締役であることは、当事者間に争いがなく、また、被告会社代表者兼被告榎本本人の供述によれば、被告榎本は、被告会社の経営する番所山植物園の園長として、同園内に居を構え、数十人の従業員を配下におき、日常同園の業務を総括していることが明らかである。それ故、被告榎本は、被告会社に代わりその事業を監督する者というべきであるから、民法第七一五条第二項により、被告会社の被用者たる被告木下が原告に加えた損害を賠償する責に任じなければならない。
三 よつて、以下原告が本件事故によつて蒙つた損害の額について判断する。
(1) 治療費等
<証拠>によれば、原告は、本件事故により、左大腿部後面に腓腸筋腱の一部断裂を伴う挫創を蒙つたため、事故当日から昭和四四年一〇月一年日まで一九日間大阪府立病院に入院し、これに続く二日間同病院に通い、
イ 入院治療費、室料 金二四、一九四円
ロ 補助ベッド使用料 金二一〇円
ハ 通院治療費 金三四〇円
の支出を余儀なくされたことが認められる。原告は、なお、
ニ 入院中の諸雑費(一日金三〇〇円)金五、七〇〇円を計上しており、この点の具体的証拠は、タクシー料金合計金三、三二〇円を示す成立につき争いのない甲第六号証の一、二とこの点に関する原告本人の供述をおいて他に存しないが、常識上原告の右主張程度の諸雑費があつたことは、推認するにかたくないから、これをそのまま肯認することとする。しかし、原告の主張する入院中の看護料金一九、〇〇〇円の支出の事実は、その立証が存しない。そこで、以上の支出金を合計すると、金三〇、四四四円となる。
(2) 休業損害
<証拠>によれば、原告は、この点につきその主張どおりの事実関係に基づき、合計金一九、六二〇円相当の利益を喪失したことが認められる。
(3) 慰藉料
<証拠>によれば、原告が本件事故によつて左大腿部後面に蒙つた創傷は、二条の外観上極めて顕著な手術痕、抜糸痕を残していることが認められ、昭和二七年一一月一七日生という若年の女性(この点は、当事者間に争いがない。)である原告としては、これにつき、将来も未長くかなりの劣等感、差恥心を抱かねばならぬことは、推測にかたくない。また、原告本人の供述によれば、原告は、受傷後約二年を経た現在でも、その部位に立ち上りの時や寒い時に若干の痛みを感じていることが認められる。以上認定の事実に加え、受傷当時および治療期間中に蒙つたであろうと推測される苦痛をも考慮に入れると、原告が本件事故に伴う受傷によつて蒙つた精神的損害は、これを金銭で見積ると、金五〇〇、〇〇〇円に相当するものと認むべきである。
(4) 弁護士費用
以上(1)ないし(3)で認定した損害額を合計すると、金五五〇、〇六四円になるところ、記載の方式と趣旨から成立を推認し得る甲第七号証によれば、原告は、本訴の提起と追行を本件における訴訟代理人弁護士二名に委任し、勝訴のあかつきにおいて原告の「得たる額」(その正確な意味内容は、必ずしも明らかでない。)の二割を報酬金として支払うことを約した事実が認められる。そして、本訴訟の内容、経過に照らすならば、原告が弁護士に本訴の提起と追行を委任したことは、やむを得ぬ措置と考えられるから、これに対する妥当な報酬金額は、本件の不法行為と相当因果関係に立つ原告の損害金と認めなければならない。そこで、右の損害金は、これを金一一〇、〇〇〇円と認定すべきものである。
(戸根住夫)