大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)73号 判決
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〔判決理由〕六、同請求の原因一二の主張について判断する。
前記認定事実によれば、奥河および被告が三、八番地上に建物を建てた昭和二六年以後、三、八番地の各一部よりなる幅員約1.579米ないし1.725米の前記空地部分が存在しており、四ないし七番地の各所有者らはいずれも右空地部分を本件公路への通路として利用してきたもので、奥河および被告においてもこれを妨げたことはなく、その後右部分はコンクリート舗装もされたものであるから、奥河および被告において本件公路への通路として右部分の通行を承認してきたものということができる。そして、右部分の幅員も原告の主張する四、七番地の相当な利用に適当であるということができる。よつて四、七番地が分割取得されたときにおいても、四、七番地が袋地となつたとはいえなかつたというべきである。従つて当時、四、七番地が袋地であることに基づく法定通行権は発生しなかつたものである。
ところで、その後昭和三八年以後に至つて被告が前記図面(一)ないし(三)記載部分に建築物ないし塀を所有して前記空地(通路)部分の幅員を狭めたこと前記のとおりであるが、そのために四、七番地が袋地になつたか否かにつき次に検討する。
前記のように、右空地(通路)部分が狭められた後においても、コンクリート舗装された残空地(通路)部分の幅員は約1.16米ないびし1.5米あり、同部分は依然として四ないし七番地より本件公路への通路として利用されており奥河も被告もこれを妨げることはないのであるから、やはり奥河および被告において本件公路への通路として右部分の進行を承認しているものということができる。
ところで、右のように狭められた残空地(通路)部分の幅員が原告の主張する四、七番地の相当な利用に適当であるかは一応問題であるのでこの点につき考える。まず、前記認定事実に、前出甲二二号証、原告代表者の供述および弁論の全趣旨を総合すると、原告は四、七番地上の建物のほか、原告代表者たる西嶋所有の五、六番地上の建物も原告の営む印刷業(月間売上高二千万円ないし二千五百万円)のための印刷工場、倉庫、事務所、従業員宿舎、食堂に使用しており、その従業員は約二五名でうち一〇名は宿舎に寝泊りしていること、空地(通路)が狭められる以前から製品(印刷物)、印刷材料等は本件公路に至るまで手押車で運搬してきたこと、印刷用機械設備の入替えの際現在の幅員では多少不便であること、が認められる。右事実によれば、原告はかなり規模の大きい印刷業者であるから製品、印刷材料等の搬出入も相当ひんぱんであり、狭められた後の幅員では不便であるとは考えられるが、これまでどおり手押車を利用して運搬する等の方法によればとくにその営業に支障をきたすほどの不都合があるとは認められない。このことは前記認定事実と成立に争いない甲一五号証、前出甲二二号証、原告代表者の供述および弁論の全趣旨によつて認められる次の事実、すなわち被告が別紙平面図(一)記載部分の増築をしたときに当時すでに四、七番地の所有者であつた原告は、当時五、六番地の所有者であつた太平縫工所と共に、被告を相手方として右増築部分の収去を求める訴を大阪簡易裁判所に提起した(大阪簡裁昭和三八年(ハ)第一二三九号通行妨害排除請求事件)が、原告代表者の西嶋は右訴訟中に同訴訟で問題になつている五、六番地を原告の営業に使用する目的で太平縫工所よより買受けており、しかも右訴については、右増築がなされたことにより通路の一部が狭くなつても原告の土地利用に支障はないから袋地とはいえずこれに基づく法定通行権は発生しないとの理由で昭和四二年一月二六日原告敗訴の言渡があつたのに控訴もしなかつた(この点は当裁判所に顕著である)事実およびその後増設された同図面(二)、(三)記載部分の突出の幅はいずれもその最大部分でも右(一)記載部分のそれをほとんど超えていない事実によつても裏付けられるものである。よつて右事実に前記三認定の本件空地(通路)部分の従来からの利用状況を総合して判断するときは、右狭められた後の空地(通路)も、四、七番地の土地の相当な利用に適当であるというべきである。
よつて、結局、右のように狭められたことによつても未だ四、七番地が袋地になつたということはできない。従つて法定通行権も発生しないというべきである。
よつて同請求の原因一二の主張も失当である。 (古川正孝)