大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)741号 判決
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〔判決理由〕一、事故の発生
請求の原因一記載の事実のうち、(一)ないし(五)記載の事実については当事者間に争いがない。よつて、(六)記載の受傷内容につき判断する
<証拠>を総合すれば、本件事故後、原告においては、当初、悪心・頭痛・右肩甲部痛・背部痛・右上下肢の振戦およびしびれがあり、十三病院等で治療を続けたが症状好転せずに増悪化傾向を示し、しびれ除去のために昭和四三年一月一一日十三病院において右前斜角筋切断術を受け症状好転するかに見えたが、暫時の期間経過後に再び悪化し始め、昭和四三年六月頃から右上下肢の筋肉の強直、右上博に軽度の腫張があつて、性麻痺が認められ、右上肢の挙上が極めて困難となり、また同挙上時には振戦が著しくなり、右握力も著しく低下し、下肢は直線歩行困難となるなどの症状を呈し、昭和四三年八月一九日頃症状固定の状況となつたが、その後同四四年九月頃までに、後遺症状として、右項部から肩甲・上腕にかけて軽度の腫脹と著しい硬結とが認められ、右項部を中心として頑固な神経症状を呈し、右肘関節は安静時において内角約六〇度の状態にあつて右手は懸垂位を示し、(右肘関節の屈伸の程度は、昭和四三年八月頃には屈曲七〇度、伸展一〇五度であつたが、昭和四五年三月頃には屈曲四〇度伸展一四五度となり上腕二頭筋腱の拘縮が強いことが認められる)右握力は極度に低下し、右膝関節は軽度に屈面し、伸展力屈曲力共に低下し、右第一ないし第五趾は運動不能となつているなどが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
つぎに右認定の後遺症状が本件事故に因つて生じたものであるか否かにつき判断するに、<証拠>を総合すれば、原告は、昭和三〇年に免許を取得してから本件事故までの間に二度の事故に遭遇したこと、即ち昭和三九年七月二七日に大阪市天王寺区大道一丁目四五においてタクシーを運転中追突事故に遭遇して後頭部打撲傷を受け、大野病院において同日から同年八月一七日までの間入院し、同月一八日から同月二〇日までの間通院して治療を受け、また右追突事故の前後いずれの頃であるかについて日時は不詳ではあるが、千林のアーケード街においてタクシーを運転中に積雪の重みで同アーケードの一部が落下し同タクシーの屋根が潰れたため頭を打ち、二〜三日休んで通院治療を受けたこと、が認められ、鑑定人下村裕の鑑定の結果を併せ考慮すれば、前示認定の原告の後遺症状(殊に右肘部の運動障害)は本件事故以前の事故が原因となつているかの疑いがないわけではないが、他方証人森本椿矢の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は前示二回の事故の後もタクシー運転手として平常に勤務していた事実が認められるので、本件事故当時原告の身体はタクシー運転業務をするのに何らの差し支えがなかつたものと推認することができる。以上の認定事実に徴するときは、本件事故による外力の衝撃が加わつた結果、原告が前示認定の後遺症状を呈する傷害をこうむつたか、または以前の事故に基因して残存していた潜在的障害に本件事故による衝撃に基づく外力が加わることによつて前記症状に発展したかのいずれかであることが認められるので、本件事故と前示の後遺症との間に相当因果関係があると認むべきである。<中略>
三、損害
(一) 治療状況
<証拠>によれば、原告は本件事故当日である昭和四二年九月一二日から同月一五日までの間池田病院に通院し、同月一六、一七日の両日十三病院に通院し、同月一八日から昭和四三年二月一二日までの間同病院に入院し、同月一三日から同年四月二三日までの間同病院に通院し、同月二四日から同年五月八日までの間市立貝塚病院に入院し、同月九日から同年八月一九日までの間十三病院に通院してそれぞれ治療を受け、その後は、原告の実家のある鹿児島県下で温泉治療をしたこともあるが、専ら売薬によつて苦痛を柔らげていること、殊に十三病院入院中の昭和四三年一月一一日には右前斜角筋切断手術を受けたこと、以上の入通院の他に二〜三の病院その他で診療を受けていること、が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
(二) 治療関係費
1 附添費
原告本人尋問の結果によれば、原告が十三病院に入院中、原告の妻が附添に当つたことが認められるが、また前掲甲第二号証の一によれば、附添看護を要した期間は原告が同病院において右前斜角筋切断手術を受けた昭和四三年一月一一日から同月一三日までの三日間であることが認められるので、原告が被告に対し本件事故による損害として求め得る附添費用は三日分と認めるのが相当である。そして附添費用の額は一日につき少くとも金一、〇〇〇円を要するものと推定するのが相当であるから、原告は附添費用として金三、〇〇〇円の損害をこうむつたものと認める。
2、入院雑費
前示認定のとおり、原告は十三病院と市立貝塚病院とに入院し、その期間は合計一六三日にわたつている。そして同入院期間中一日につき少くとも金三〇〇円の割合による雑費を要したものと推定するのが相当であるので、原告は同入院期間中に金四八、九〇〇円の雑費を要したものと認められるところ、本訴においては原告はその内金である金四五、〇〇〇円を請求しているので、同金額の限度で認めることとする
(三) 逸失利益
<証拠>を総合すると、原告は昭和七年出生(本件事故当時三五才)の健康な男子であり、昭和三五年一一月頃から金星タクシーに運転手として勤務し、昭和四二年には一月から本件事故発生の月の前月である八月までの八ケ月の間に総額金四二三、〇〇七円、即ち、平均月額金五二、八七五円(但し一円未満切り捨て)の給与等を得ていたが、本件事故後就労し得なかつたため給与等を受けなかつたのみならず、昭和四三年末頃金星タクシーを退職するに至つたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定の事実に徴すれば、原告は、本件事故に遭遇していなければ、少くとも月額金五二、八七五円程度の収益を得る稼働能力を有し、また前示認定の原告の本件事故による後遺症を併せ考慮すれば、原告は、本件事故後症状固定の状況に達した後の日である昭和四三年九月一二日頃までの一年間は完全に稼働能力を失い、またその後少くとも五年の間は稼働能力を三割の割合で失うものと推定するのが相当である。そうすると、本件事故によつて原告が逸失した利益を、本訴の遅延損害金の起算日である昭和四四年三月六日(後記四)以降の五四ケ月七日の間の分については月別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し同起算日当日の現価として算出したうえ、全額を算出すると次の1ないし3のとおり合計金一、四九九、五九五円となり、原告は本件事故によつて右金額の限度で収益を失つたものと認めるのが相当である。
1 事故発生日の翌日である昭和四二年九月一三日から昭和四三年九月一二日までの分(全損)、
金六三四、五〇〇円
算式 52,875円×12=634,500円
2 昭和四三年九月一三日から昭和四四年三月五日(遅延損害金の起算日の前日)までの五か月二二日分(三割損)
金九〇、九四五円
3 昭和四四年三月六日(遅延損害金の起算日、後記四)から昭和四八年九月一二日までの五四か月七日分(三割損)、 金七七四、一五〇円
(1円未満切捨、48.6140は54の、49.4267は55の、月別ホフマン係数)
金一、四九九、五九五円
なお原告は、金星タクシーを停年退職することによつて支払われる筈の退職金と、本件受傷のためやむなく退職したことによつて支払いを受けた退職金との差額を本件事故による損害として請求するが、停年時において支払わるべき退職金支払い制度の存することなど支払いの確実性を認めるに足る証拠がないので、右退職金差額請求の主張は採用しない。
(四)慰藉料
一 、および本項(一)に認定した各事実を総合すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的肉体的苦痛は大きく、これを慰藉するには金銭に評価して金一、八〇〇、〇〇〇円を要するものと認めるのが相当である。
(本井巽 斎藤光世 中辻孝夫)