大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)28号 判決 1973年9月26日
高石市東羽衣五丁目二六番三四号
小西晧夫
大阪市南区高津七番丁二五番地
被告
南税務署長 北中善雄
右指定代理人
上野至
同
景山巖
同
有藤秀樹
同
高橋和夫
同
伊藤勝晧
右当事者間の昭和四四年(行ウ)第二八号更正処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
被告が昭和四二年六月二八日付でした、原告の、(一)、昭和四〇年分所得税の総所得金額を金一、四五八、三四一円(原告の審査請求に対する裁決により減額された後のもの)とした決定のうち、金一、二二五、一四一円を超える部分、(二)、同四一年分所得税の総所得金額を金三、九二二、六四五円(原告の異議申立に対する決定により減額された後のもの)とした更正処分のうち、金三、八六七、三三〇円を超える部分を、いずれも取消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告が昭和四二年六月二八日付で原告に対してした、(一)昭和四〇年分所得税の総所得金額を金二、〇七七、七〇〇円と決定し、原告の審査請求に対する裁決をもつて金一、四五八、三四一円と減額された処分(以下本件第一課税処分という。)、(二)昭和四一年分所得税の総所得金額を金五、六八一、五〇〇円と更正し、原告の異議申立てに対する決定をもつて金三、九二二、六四五円に減額された処分(以下本件第二課税処分という。)のうち金一、二〇〇、〇〇〇円を超える部分は、いずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因等を次のとおり述べた。
一、 原告は、昭和四〇年一一月一三日「洋酒サパーニユーキング」の名称で洋酒バーを開業経営するかたわら、株式会社船亀に取締役経営部長として勤務していた白色申告者であるが、昭和四二年三月七日、被告に対し、昭和四一年分所得税について、同年分の総所得金額(事業所得)を金一、二〇〇、〇〇〇円として確定申告したところ、被告は、原告に対し、昭和四二年六月二八日付で、昭和四〇年分所得税の総所得金額を金二、〇七七、七〇〇円とする旨の決定処分(内訳-事業所得金八五六、〇〇〇円、給与所得金一、二二一、七〇〇円)および昭和四一年分所得税の総所得金額を金五、六八一、五〇〇円とする旨の更正処分(内訳-事業所得金四、六八四、〇〇〇円、給与所得金九九七、五〇〇円)をした。
二、 そこで、原告は、これを不服として、被告に対し、異議申立てをしたところ、被告は、昭和四二年一〇月二〇日、前者の総所得金額を金一、六七七、一六一円(内訳-事業所得金四五五、四六一円、給与所得金一、二二一、七〇〇円)、後者の総所得金額を金三、九二二、六四五円(内訳-事業所得金二、九二五、一四五円、給与所得金九九七、五〇〇円)とする旨の決定をしたので、原告は、さらにこれを不服として大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和四三年一〇月九日、前者についての総所得金額を金一、四五八、三四一円(内訳-事業所得金二三六、六四一円、給与所得金一、二二一、七〇〇円)とし、後者について審査請求を棄却する旨の各裁決をした。
三、 しかし、原告の昭和四〇年分事業所得は存在せず、昭和四一年分の総所得金額は確定申告どおり金一、二〇〇、〇〇〇円であるから、被告のした本件第一課税処分および本件第二課税処分には原告の所得を過大に認定した違法がある。
よつて、原告は、被告に対し、本件第一課税処分、ならびに本件第二課税処分のうち確定申告額を超える部分の各取消しを求めるため本訴に及んだ。
四、(一)、被告主張事実第二項(一)のうち、原告の係争各年分の給与所得が被告主張金額のとおりであることは認めるが、その余は争う。
(二)、同第二項(二)ないし(五)、(七)は争うが、(六)は認める。
五、(一)、原告は、事業の宣伝のため、昭和四〇年一一月一三日開業にあたり、券持参客一人一回ビール小瓶(以下単にビールと略称する。)一本を無償提供する「御招待券」六〇〇枚、同年一二月に六〇〇枚、昭和四一年中に一、八〇〇枚を発行して同数量のビールを客に無償提供したから、昭和四〇年分のビール売上数量からその二分の一にあたる六〇〇本、昭和四一年分のビール売上数量からその三分の一にあたる六〇〇本をそれぞれ控除しなければならない。
(二)、マスター、バーテン等は、右(一)のほかにも接待交際のため、昭和四〇年中に一、四四〇本、昭和四一年中に一、八二五本のビールを客に無償提供したから、係争各年分のビール売上数量から更にこれを控除しなければならない。
(三)、昭和四〇年中に売上げたビール二四〇本分、昭和四一年中に売上げたビール一、〇九五本分の代金回収が不能となつたので、係争各年のビール売上数量からその分を控除しなければならない。
(四)、被告は、ビールの売上金額を基準にして事業収入金額を推計せんとしているが、ビールと洋酒の各売上金額の具体的関連性を探究確定することなくビール一本当りの売上金額を唯一の基準として総売上金額を一括算出するのは不合理である(なおビールと洋酒の売上割合の一例を示せば別表(四)のようになる。
(五)、仮に被告主張の右推計方式を適用すれば、原告店の純利益率は別表(五)のとおり不当に高率となるので、右推計方式には合理性がない。
(六)、従つて、原告店の事業所得金額は、同業者一般に通ずる正常な純利益率(売上金額から必要経費を控除した残額と売上金額との百分比)と認むべき一〇%を適用して計算するのが相当である。
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり主張した。
一、原告主張請求原因事実第一、二項は認めるが、第三項は争う。
二、(一)、被告は、原告店の係争各年分の所得調査をしたところ、事業に関する帳簿の備付けがなく、伝票・請求書等の原始記録の整備保存も不完全であつたため実額による所得の把握ができず、やむなく原告の申立ておよびその取引先調査等によつて得た資料に基づき推計したところ、原告の申告所得額(昭和四〇年分は無申告)と相違したので、決定処分および更正処分を行つたが、その後得られた資料をも加えて更に検討したところ、原告の係争各年分の所得金額は、左記のとおりであるからこの範囲内の所得額を認定してなされた本件第一課税処分および本件第二課税処分にはなんらの違法もない。
<省略>
(二)、原告が「株式会社きの伊商店」(以下「きの伊商店」という。)より仕入れたビールの仕入数量・金額、同空瓶の返還数量、原告保存のカウンター伝票より集計したビールの売上数量、総売上金額の明細は、別表(一)のとおりである。
(三)、しかし、昭和四〇年一二月分のビール仕入数量については、原告および仕入先ともに資料の保存がなかつたので、別表(六)算式(1)(以下別表(六)の表示を省略する。)のとおり推計したところ、二、二四二本となつた。従つて、ビールの昭和四〇年分売上数量は、算式(2)のとおり、三、四九〇本となる。
(四)、ビールの昭和四一年分売上数量は、別表(一)記載の同空瓶返還数量二一、五〇四本とみるべきである。即ち、原告はビールを瓶代を含めた代金で仕入れ、仕入先に空瓶を返却したときに、仕入代金額と空瓶返却代金を相殺していたものであり、仕入先たる「きの伊商店」においても、原告方の空瓶と他の店のそれとを混同することのないように注意していたのであるから、右返却空瓶数量をもつて売上数量とみるのが合理的である。右空瓶の中に、仮に原告が主張するような招待券やサービスによる提供分が含まれているとしても、それは僅少に過ぎないから、売上数量算定について特にこれを考慮する必要がない。
(五)、原告店は、カウンター伝票を一部作成せずに売上から除外しているとみられるが、原告保存のカウンター伝票より集計した係争各年中における総売上金額を、同伝票より集計した係争各年中のビール売上数量で除して算出される各基準値(これはビール一本の売上に還元した売上単価であり、昭和四〇年分基準値は、算式(3)のとおり金五五〇円、昭和四一年分基準値は、算式(4)のとおり金六三六円である。)と、本来作成すべきであつたカウンター伝票をも加えた全カウンター伝票の集計により算出されるべき基準値とは、極めて近似する筈である。
洋酒バーにおいては、多種類の酒類、清涼飲料水を販売しているが、ビール以外の洋酒、日本酒および清涼飲料水については、等級、種類、販売方法、販売価額、販売単位量が多種多様で、特に洋酒については販売終了時点も不明確であり、日本酒については売上に占める割合も低いのにくらべ、ビール販売数量は明確で、洋酒よりもはるかに多量であり、かつビールの販売に伴い必ず付出し、オードブルその他の料理がつけられるものであるから、カウンター伝票記載の総売上金額を同記載のビール総売上数で除して得られるビール一本当りの基準値に、真実のビール売上本数を乗じる方法により原告の事業所得の収入金額を推計するのは合理的である。
また、右伝票に記載されていない売上についても、真実売上げられたとみられる記載洩れのビールの本数に前記基準値を乗ずる方法によつて推計することも、記載洩れビールとともに売上げられた和洋酒、オードブル等の割合が、記載されたものの割合とおおむね同様であると考えられるから、合理的であるといわねばならない。
そこで、右括弧内に示した各基準値に係争各年分のビール売上数量を乗じて原告店の係争各年分の事業収入金額を推計すると、昭和四〇年分事業収入金額は、算式(5)のとおり金一、九一九、五〇〇円、昭和四一年分事業収入金額は、算式(6)のとおり金一三、六七六、五四四円となる。
(六)、原告店の昭和四〇年分必要経費は、金一、六八二、八五九円、昭和四一年分必要経費は、金一〇、四九六、四〇二円であり、その内訳は、別表(二)、(三)のとおりである。
(七)、従つて、原告の昭和四〇年分事業所得は、算式(7)のとおり金二三六、六四一円となり、昭和四一年分事業所得は、算式(8)のとおり金三、一八〇、一四二円となる。
以上のとおり、本件第一課税処分および本件第二課税処分はいずれも適法であるから、原告の本訴各請求は失当である。
三、 原告主張事実第五項は争う。
証拠として、原告は、甲第一ないし第五号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立をすべて認めると述べ、被告指定代理人は、乙第一号証の一、二、第二ないし第五号証を提出し、証人高見忠男、首藤貞信および武田信雄の証言を援用し、甲第五号証の成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。
理由
一、原告主張の請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。
二、よつて先ず、本件第一課税処分につき、原告の昭和四〇年分所得誤認の違法があるかどうかについて判断する。
(一)、本来、事業所得ならびにその基礎となる事業収入金額は、実額によつて把握すべきものであるが、実額による把握ができない場合には推計によつて算定することが許されるところ、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一号証に、証人高見忠男の証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和四〇年一一月一三日以降前示洋酒バーを開業経営している白色申告者であるが、金銭出納帳以外に右営業に関する諸帳簿を備えつけておらず、右金銭出納帳をみても売上金額を一カ月分ずつ一括記帳している有様であり、しかもその記帳の基礎とされたカウンター伝票にしても、そこに記載されているビールの売上数量を集計した数量と、原告の仕入先である「きの伊商店」保存の資料より集計したビール空瓶返還数量とを比較すると、後者が大きく前者を上まわりながら、しかもその原因を明らかにする合理的理由を説明できる具体的事情が格別存しないことが認められる(原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない)本件においては、被告が原告店の係争年分の事業収入金額を計算するために推計方式を採用したことは、適法かつ相当といわねばならない。
(二)、そこで原告店の昭和四〇年分事業収入金額の推計方法について検討する。
1 ビールの仕入数量および売上数量
成立に争いのない乙第一号証の一、二、第二ないし第五号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一、第二号証に、証人高見忠男および首藤貞信の証言、ならびに原告本人尋問の結果の一部を総合すると、原告店は、昭和四〇年一一月一三日開業以来「きの伊商店」から、ビール、洋酒、清涼飲料水等を仕入れてきたが、同年一一月中にビール一、三六八本を仕入れ、同空瓶一、二四四本を同商店に返還し、同年末在庫数が一二〇本であつたが、同年一二月分のビール仕入数量および同空瓶返還数量については、原告店にはなんら記帳されておらず、また、「きの伊商店」においても火災にかかつたりして記帳されていないこと、同四一年一月から同年一二月末日までのビール仕入数量が、別表(一)記載のとおり合計一六、六八〇本であることが認められ、原告店が同年一一月から翌四一年一二月末日までに同商店に支払つたビールのほか前示仕入商品全部の仕入金額が、別表(一)の仕入金額欄記載のとおり合計金三、八六九、一三〇円であり、その内同四〇年一二月分の仕入金額が金三五四、二三一円であることは当事者間に争いがない。
被告は、ビール仕入数量が不明である同四〇年一二月分の数量を推計する方法として、同月分仕入金額三五四、二三一円を同四一年一月から同年一一月末日までの仕入合計金額で除して得た商を、右期間内のビール仕入数量に乗じて得た積をもつて推計するのが正当であるとして、別表(六)の算式(1)により、これを二、二四二本であると主張している。そして、原告店の営業規模、業況が同四〇年四一年を通じて特に変化したことを認めうる証拠がなく、またビールとその余の酒類の仕入量がほぼ比例すると考えられる本件においては、右推計の基礎として同四一年における仕入数額を按分する方法を採ることは許されるといわねばならない。しかし、他方において、原告店が開業して日が浅いことや、推計対象月が、バーなどにとつて特殊な月であるとみられる一二月であることを考慮するときは、被告主張のように同四一年一月から一一月末日までの仕入数額のみを基礎とするよりも、この数額に、同四〇年一一月および同四一年一二月分の仕入数額をも加えた数値を基礎とする方がより合理的であると解される。そしてこの推計方法によると、別表(七)の算式(A)のとおり、原告店における同四〇年一二月分のビール仕入数量が、一、八一八本であると推計される。従つて、原告店の同四〇年一一月、一二月分のビール仕入数量は合計三、一八六本となり、この数量から同年末日における在庫数量一二〇本を控除した残り三、〇六六本(別表(七)算式(B))が、同年中における原告店のビール売上数量となる。
2 原告は、同四〇年中に「御招待券」一、二〇〇枚を発行し、その内少くとも六〇〇枚分(ビール六〇〇本)を客に無償で提供したから、この分を売上本数から控除すべきであると主張するけれども、右主張に副う原告本人尋問の結果は、前掲乙第二号証、証人首藤貞信の証言と対比して措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠がないから、右主張は採用できない。また原告が請求原因第五項(二)および(三)において主張している事実についても、これに副う原告本人尋問の結果は、弁論の全趣旨に照らしてにわかに措信することができないところであり、他にこれを認めるに足りる証拠がないから、右主張もまた採用できない。
3 同四〇年一一月、一二月の売上金額
被告は、同四〇年分の原告店の事業収入金額を推計するにあたり、原告保存のカウンター伝票から集計した総売上金額を、同伝票から集計したビールの売上数量で除して算出されるビール一本あたりの基準値に、同年中のビール売上本数を乗ずる方式を採つているので、その当否について検討する。
前掲乙第一号証の一と原告本人尋問の結果によると、原告店においては、ビールのほか洋酒、清涼飲料水、おつまみ等を提供しているが、これらすべての売上代金額を客ごとに一括して一枚のカウンター伝票に記入して処理していることが認められるところ、一般に原告店のような洋酒バーにおいては、ビール以外の洋酒、日本酒および清涼飲料水については、等級、種類、販売方法、販売価額、販売単位量が多種多様で、特に洋酒については販売終了時点を明確に知ることが困難であるのにくらべ、ビールの販売数量は明確で、かつ洋酒等よりはるかに多量であり、ビールの販売に伴い必ず付出し、オードブルその他の料理がつけられるものであるということを考えると、カウンター伝票記載の総売上金額を同記載のビール総売上数で除して得られるビール一本あたりの基準値に、真実のビール売上本数を乗じる方法により収入金額を推計するのは合理的であるといわねばならない。また、右伝票に記載されていない売上(同四〇年分についていえば一二月分の売上)についても、真実売上げられたと見られる記載洩れのビールの本数に、前示基準値を乗ずる方法によつて推計することも、記載洩れビールとともに売上げられた和洋酒、オードブル等の割合が、記載されたものの割合と、特別の事情のない限りおおむね同様であると考えられるから許されるべきである。
これを原告店の売上による収入金額についてあてはめて考えてみる。前掲乙第三号証によると、原告店のカウンター伝票に記載されたビールの同四〇年中の売上本数は一、二二四本、その売上合計金額が金六七三、九二〇円であることが認められ、右認定を動かすべき確証がない。従つて、前示方法により算出されるビール一本あたりの売上基準値は、別表(六)算式(3)のとおり金五五〇円となるから、この基準値に2において認定したビールの売上本数三、〇六六本を乗ずると、別表(七)算式(C)のとおり金一、六八六、三〇〇円となり、これが原告店の同四〇年中の事業収入金額であるとみるべきである(右伝票により集計したビール売上本数が認定売上本数を大きく下まわつているのは、原告において故意に脱漏したものというほかはない)。
(三) そうすると、右事業収入金額一、六八六、三〇〇円から、当事者間に争いのない同四〇年分の必要経費金一、六八二、八五九円を控除した残額三、四四一円が同年分の事業所得金額であり、この金額に、当事者間に争いのない同年分の給与所得金一、二二一、七〇〇円を加算した金額一、二二五、一四一円が、原告の同年分総所得金額であるといわねばならない。
(なお、原告の同四〇年分の純利益率に関する主張は、右認定の下において判断する必要をみない。)。
従つて、本件第一課税処分は、総所得金額一、二二五、一四一円を超える部分については、原告の所得を過大に認定した違法があるといわねばならないから、右超過部分の取消を免れないが、その余の部分の取消を求める原告の請求の一部は棄却されるべきである。
三、次に、本件第二課税処分に、原告の同四一年分の所得を過大に認定した違法があるかどうかについて判断する。
(一) 所得額推計が許されるべきことについては、二、(一)に説示したところと同様であるから、ここにこれを引用する。
(二) そこで、原告店の同四一年分事業所得金額について検討する。
1. 被告は、先ず原告店の同年中におけるビールの売上数量が合計二一、五〇四本であると主張するので考えてみるに、一般的にいえば、期首在庫数に年間仕入数を加え、期末在庫数を控除した残りの数を年間売上数とみることが、ビール空瓶返還数量をもつて売上数量と推計するよりも、合理的かつ相当であるといわねばならない。しかしながら、これを本件について検討するに、前掲乙第一号証の一、二、第四号証に、証人首藤忠信の証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、「きの伊商店」が、同四一年中に原告店から別表(一)記載のとおりビール(小)空瓶合計二一、五〇四本を回収した旨記帳し、回収価額を一本あたり金三円として毎月原告店の仕入金額から一括差引計算するのを例としていたが、原告もこれに異議を述べたことがなかつたこと、ビールの仕入先について、原告が、調査にあたつた被告の担当官に対し、「きの伊商店」以外からビールを仕入れていないと言明したので、被告としては他の酒店からの仕入の有無を確かめる術がなかつたことが認められ、右認定を覆するに足りる証拠がないから、仕入数量の実額を把握する方法は不可能であり、「きの伊商店」に対する空瓶返還本数から売上本数を推計する方法を採ることもやむを得ないところであると認められる。
2. ところで、原告店の「きの伊商店」に対する右ビール空瓶返還数量と、前示二、(二)、1に認定した同店からの仕入数量一六、六八〇本との間に四、八二四本の大差を生ずることになる。この点について、原告本人尋問における供述中には、原告店では、お祝い品として受贈したものがあるほか、消費ずみのビール空瓶を毎日店外廊下に出しておき、その翌日「きの伊商店」の店員が配達にきた都度、原告店の数量確認を経ずに、右空瓶をそのまま持ち帰るのを例としていたから、その際他店のビール空瓶を原告店のものと誤認して回収記帳していたと思われる旨の部分があるけれども、右供述部分は、証人武田信雄の証言に照らして採用することができない。即ち、同証言によると、原告店があつた日新ビル内には洋酒バーを開いているのは原告店のほかにはなく、従つて原告店以外の店舗から出された空瓶を原告店のものとして持帰るようなことがなかつた事実が認められ、また右受贈分が仮に若干あつたとしても、通常の仕入分と同様、原告店において売上に供されたと推定しうるから、売上数量の推計にあたつては、この数量を控除すべきいわれがない。
3. 原告は一同四一年中に「御招待券」一、八〇〇枚を発行し、その内六〇〇枚(ビール六〇〇本分)を客に無償で提供したので、これを売上数量から控除すべきであると主張し、前掲乙第二号証によれば、原告店が同年中に「御招待券」九二枚と引換えにビール九二本を客に無償提供したことが認められるけれども、それ以上の数量のビールを無償提供したことを確認しうる的確な証拠がない。
また原告が請求原因第五項(二)および(三)において主張する事実を認めることができないことは、二、(二)、(2)において判示したとおりであるから、ここにこれを引用する。
4. そうすると、原告店の同四一年中におけるビールの売上数量は二一、五〇四本から「御招待券」分九二本を控除した残二一、四一二本となる。
5. 被告は、同四一年分のビール一本あたりの売上基準値を金六三六円とし、これにビールの売上数量を乗じて事業収入金額を推計しているので、その当否について検討するに、原告店の営業規模、業況が同四〇年にくらべて特に変化したと認められないことは前示のとおりであるから、同四一年分の右基準値についても、以下のとおり付加するほか、同四〇年分の所得認定についての前示二、(二)、3に説示したところを引用する。
前掲乙第三号証によると、原告店のカウンター伝票により集計した同四一年中のビール売上数量が一二、九五五本であり、同伝票による総売上金額が金八、二四五、九八五円であることが認められ、右認定を動かしうる証拠がない。
そして、右伝票によるビールの売上数量一二、九五五本が、前示三、(二)、4に認定したビールの純売上数二一、四一二本を大きく下まわることになるのは、原告店において故意に売上数量を伝票に記載しなかつたことによると認めるほかはない。
そうすると、同四一年分のビール一本あたり売上基準値は、別表(六)算式(4)のとおり金六三六円となる。
6 従つて、別表(七)算式(D)のとおり、金六三六円に純売上数二一、四一二本を乗じた金一三、六一八、〇三二円が、原告店の同四一年分事業収入金額となる。
(三)、原告の同四一年分の必要経費が金一〇、四九六、四〇二円であることは、当事者間に争いがないところである。しかしながら、同年分の原告店のビール売上数二一、五〇四本が、「きの伊商店」からの仕入数一六、六八〇本を大きく上まわつている本件においては、その差数四、八二四本を、原告店において他の店から仕入れながら、その記帳を脱漏しているものとみるべきであるから、かかる原告のやり方に非難されるべき点があるとはいえ、必要経費額に争いがないということから直ちに右仕入脱漏分を無視し去ることは、衡平の観点からいつて許されず、片手落のそしりを免れないところである。従つて、前掲乙第四号証によつて認められるビール小一本あたりの単価金七五円に右四、八二八本を乗じて算出される金三六一、八〇〇円(別表(七)算式(E))を、売上原価として争いのない必要経費額に加算すべきであるから、必要経費額は別表(七)算式(F)のとおり金一〇、八五八、二〇二円であるといわねばならない(なお、原告本人尋問の結果によると、原告店が若干ビールを受贈したことが認められるが、その数量が不明であるから、前示のとおり差数全部を仕入れたものとして扱うほかはなく、またビール以外の商品を右差数に比例して仕入れているということも、にわかに推認し難いから、これも考慮の中に入れることができない。)。
原告は、前示推計を適用すると、原告店の同四一年分の純利益率が、別表(五)のとおり二三%となり、同業者一般に通ずる正常な純利益率一〇%を超えることになるから、右推計は合理性を欠くと主張するところ、純利益率とは、収入金額から必要経費を控除した残額と収入金額との百分比であり、必要経費の点を争つていない本件においては、原告の右主張は結局事業収入金額を争う趣旨に帰するものというべく、事業収入金額については前示のとおり判断しているから、この点につき改めて判断する必要をみない。
(四)、そうすると、原告の同四一年分の所得金額は、前示事業収入金額一三、六一八、〇三二円から必要経費一〇、八五八、二〇二円を控除した残額二、七五九、八三〇円に、当事者間に争いのない同年分の給与所得金一、一〇七、五〇〇円を加算した金三、八六七、三三〇となる。
(五)、従つて、本件第二課税処分は、総所得金額三、八六七、三三〇円を超える部分については、原告の所得を過大に認定した違法があるといわねばならないから、右超過部分の取消を免れないが、その余の部分の取消を求める原告の請求の一部は棄却されるべきである。
よつて訴訟費用の負担について民訴法九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官門口正人は差支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官 下出義明)
別表(一)
<省略>
△赤字分
別表(二)
<省略>
別表(三)
1.昭和40年分売上原価 金746,424円
(1) 仕入金額 金946,424円
<省略>
(2) 昭和40年末在庫商品金額 金200,000円
(3) 昭和40年分売上原価(1)-(2)
金746,424円
2.昭和41年分売上原価 金5,240,146円
<省略>
別表(四)
<省略>
<省略>
別表(五)
<省略>
別表(六)
算式(1)<省略>
算式(2)(40,11仕入数量1,368本)+(40,12仕入数量2,242本)-(40年末在庫数120本)
=3,490本
算式(3) 673,920円÷1,224本=550円
算式(4) 8,245,985円÷12,955本=636円
算式(5) 550円×3490本=1,919,500円
算式(6) 636円×21,504本=13,676,544円
算式(7) (40年分事業収入金額1,919,500円)-(同年分必要経費1,682,859円)
=236,641円
算式(8) (41年分事業収入金額13,676,544円)-(同年分必要経費10,496,402円)
=3,180,142円
別表(七)
算式(A) <省略>
算式(B) (40,11仕入数量1,368本)+(40,12仕入数量1,818本)
-(40,12末在庫120本=(昭和40年中売上3,066本)
算式(C) 550円×3,066本=1,686,300円
(昭和40年中の売上合計)
算式(D) 636円×21,412本=13,618,032円
算式(E) 75円×(21,504本-16,680本)
=361,800円
(ビール仕入として必要経費に加算される分)
算式(F) 10,496,402円+361,800円
=10,858,202円 (昭和41年分必要経費)