大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)74号 判決 1974年1月29日
吹田市山手町四丁目一三番三〇号
原告
明原常一
右訴訟代理人弁護士
峰島徳太郎
大阪市東区大手前之町一番地
被告
大阪国税局長
山内宏
茨木市上中条一丁目九番二一号
被告
茨木税務署長
田村英雄
右両名指定代理人
井上郁夫
同
河口進
同
安岡喜三
同
福島三郎
同
河本省三
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、申立
1 原告
(一) 被告茨木税務署長(以下被告署長という)が原告に対し昭和四三年八月八日付でした。原告の昭和四一年分所得税の総所得金額を金二、八一一、七八二円(裁決で一部取消された後の金額)とする再更正処分のうち、金六九五、〇八五円をこえる部分、および無申告加算税賦課処分を取消す。
(二) 被告大阪国税局長(以下被告局長という)が原告に対し昭和四四年四月二日付でした裁決を取消す。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求める。
2 被告ら
主文同旨の判決を求める。
二、主張
1 請求原因
(一) 被告らの処分
(1) 被告署長は昭和四三年四月二六日付で原告に対し、原告の昭和四一年分所得税について、別紙目録一記載の不動産の売却による譲渡所得があるのにその申告をしなかつたとして、総所得金額を金二、〇六二、〇〇三円とする決定処分および無申告加算税三一、八〇〇円の賦課処分をした。
(2) 原告は被告署長に異議申立をしたが、同被告は同年八月二日付でこれを棄却した。
(3) そして被告署長は同月八日付で原告に対し、総所得金額を金三、四三三、九六〇円とする再更正処分および無申告加算税を金七八、五〇〇円とする賦課処分をした。
(4) 原告は(2)の異議棄却決定につき被告局長に審査請求をしたところ、同被告は(3)の処分をあわせて審理し、昭和四四年四月二日付でこれを一部取消し、総所得金額を金二、八一一、七八二円、無申告加算税を金五五、九〇〇円とする裁決をした。
(二) 被告署長の処分の違法事由
被告署長の再更正処分は、原告の譲渡所得につき租税特別措置法(以下単に措置法という)三五条(昭和四四年法律一五号による改正前のもの)一項を適用しなかつた違法がある。
(1) 原告は、昭和四一年四月二七日後藤英二に対し別紙目録一(一)(二)の不動産を代金三三五万円で、同年一〇月五日根来末義および久保宗一に対し同目録一(三)(四)の不動産を代金二七〇万円で売渡した。右不動産の取得価額は金一、六六六、六〇六円であつたから、譲渡益は金四、三八三、三九四円となる。
(2) しかし原告は同年一一月五日別紙目録二の建物を建築し、同年一二月一〇日以降これを原告の居住用に供しており、その取得価額は金六、五九九、八三五円である。
したがつて、原告は措置法三五条一項二号により譲渡所得がないこととなる。
(3) もつとも原告は同条三項所定の事項を記載した確定申告書を提出していない。しかし、居住用財産の買換の場合における譲渡所得の課税の特例を定めた同条一項の規定は、居住用財産の買換の場合は実質的経済的には金銭による換価が行なわれていないに等しく、担税力が実現されていないから、課税原因とならないことを示したものであり、同条三項所定の事項を記載した確定申告書の提出は、買換の事実に関する調査を容易ならしめようとする趣旨に出たものにすぎないから、これは同条一項の規定を適用するための要件ではないと解すべきである。
(4) かりにそうでないとしても、原告には同条三項但書にいう「やむを得ない事情」があつた。すなわち、原告は昭和四一年一〇月二五日付で被告署長から照会のあつた新築建物についての調査票に詳細を記入し、同年一一月五日茨木税務署に出頭のうえこれを提出し、あわせて建築代金の領収書類をも示してその経過を説明したところ、担当係員から税金はかからないとの回答があつた。原告はさらに翌四二年八月一〇日と九月二九日にも被告署長の求めに応じて出頭し、譲渡資産、取得資産の内訳明細書を提出し、かつ建築確認書、領収書等を提示して、居住用財産の買換にあたることを説明し、了解を得ていたのである。したがつて、原告が居住用財産の買換の場合における課税の特例の適用を受けようとする意思は以上の過程で十分に表明されていたのにかかわらず、税務署職員は右特例適用のための形式的手続的要件の教示をおろそかにし、申告指導もしないで漫然と放置したうえ、昭和四三年四月に至り突如として本件決定に及んだのが実状であり、給与所得者で法律に疎い原告が所定の事項を記載した確定申告書を提出しなかつたのは、かかる事情のもとではやむを得ないことであつたといわなければならない。
(5) よつて被告署長の本件処分中、給与所得金六九五、〇八五円をこえる部分は違法として取消を免れない。
(三) 被告局長の裁決の違法事由
被告局長の裁決には付記理由の不備の違法がある。すなわち、被告局長の裁決中、措置法の不適用に関する部分の付記理由は「昭和四一年分の確定申告書の提出がないから、措置法三五条に規定する特例計算の適用はできない」というのであるが、申告書の提出がないという形式的な理由だけで何故に特例計算の適用を排除できるのかに関する具体的根拠は何ら明確にされていないのであつて、行政不服審査法により要求される付記理由としては不備であり、かかる裁決は取消されるべきである。
2 請求原因に対する被告らの答弁
(一) 請求原因(一)(1)ないし(4)および(二)(1)の事実は認める。
(二) 同(二)(3)のうち、原告が措置法三五条三項所定の事項を記載した確定申告書を提出していないことは認め、その余の法律上の主張は争う。
(三) 同(二)(4)の事実は否認する。被告署長は原告に対し、所得税の確定申告について事前に指導するため、確定申告期限前に来署するよう日時を定めて通知したが、原告は来署せず、その後被告署長はその収集した資料にもとづき原告の譲渡所得の金額を計算して、昭和四二年八月一日付書面で原告に通知して、期限後確定申告をしようとしたが、原告がこれに応じなかつたので、昭和四三年四月二六日にやむなく本件決定処分をしたのであつて、税務署職員の指導の不適切を非難されるような事由はなく、原告が期限前に確定申告書を提出しなかつたことにつきやむを得ない事情があつたとはいえないのみならず、右決定時までに措置法三五条三項所定の事項を記載した書面の提出もしていないのであるから、同項但書を適用する場合にはあたらない。
(四) よつて原告の総所得金額は左記(1)(ヘ)と(2)の合計金二、八一一、七八二円となり、被告署長の本件処分に違法はない。
(1) 譲渡所得
(イ) 収入金額 六、〇五〇、〇〇〇円
(ロ) 取得価額 一、六六六、六〇六円
(ハ) 譲渡益((イ)と(ロ)の差額) 四、三八三、三九四円
(ニ) 特別控除 一五〇、〇〇〇円
(ホ) 譲渡所得の金額((ハ)から(ニ)を控除した額) 四、二三三、三九四円
(ヘ) 総所得金額に算入すべき譲渡所得の金額((ホ)の二分の一) 二、一一六、六九七円
(2) 給与所得 六九五、〇八五円
(五) 請求原因(三)のうち、被告局長の裁決の付記理由が原告主張のとおりであることは認め、その余の主張は争う。
三、証拠
1 原告
(一) 甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし六、第六ないし第九号証の各一ないし三、第一〇号証の一、二、第一一号証、第一二号証の一ないし三、第一三、第一四号証の各一、二、第一五ないし第一八号証、第一九号証の一ないし三、第二〇、第二一号証、第二二号証の一ないし三、第二三、第二四号証提出。
(二) 原告本人尋問の結果援用。
(三) 乙号各証の成立を認める。
2 被告ら
(一) 乙第一ないし第六号証提出。
(二) 証人田村哲郎、米田一郎の各証言援用。
(三) 甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三、第二〇、第二三、第二四号証の成立を認める。その余の甲号各証の成立は不知。
理由
一、請求原因(一)(1)ないし(4)の事実(処分の経過)は当事者間に争いがない。
二、被告署長の処分の適法性について
1 請求原因(二)(1)の事実(不動産の譲渡とその譲渡益)は当事者間に争いがなく、同(二)(2)前段の事実(居住用財産の取得とその取得価額)は被告署長が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。この事実によれば、本件は措置法三五条一項所定の居住用財産買換の場合に該当し、課税の特例適用のための実体的要件を充たすことになる。
2 問題は手続的要件についてであつて、原告が同条三項所定の事項を記載した確定申告書を提出していないことは、原告の自認するところであるが、原告は同条三項所定の手続の履践は同条一項を適用するための要件ではないと主張する。
措置法三五条一項の定める課税の特例は、納税者の居住用財産の取得を容易にすることにより国民生活を安定させることを目的として設けられた制度であり、これは資産の値上りによる収益自体を否定するものでもなければ、その収益に対する課税を減免するものでもなく、本来その譲渡の時点で課税さるべき譲渡資産の値上り利益を買換取得した居住用財産に引き継ぐことにより、将来この居住用財産がさらに譲渡されるときまで課税を繰延べるものである(措置法三七条参照)。もつとも買換取得した居住用財産を再度譲渡しないかぎり、事実上課税を減免されたのと同じことになるから、納税者にとつて大きな特典であることは確かである。しかし、この特例による課税の繰延べは、居住用財産の買換をした者に当然に認められるのではなく、この制度を利用し課税の繰延べを求めるかどうかは納税者の意思に委ねられており、納税者は措置法三五条三項の規定に従い、確定申告書に必要事項を記載することにより、同条一項の特例を選択しその適用を求める意思を表示するのであつて、これは同条三項但書に該当する場合を除き特例適用のための必須の要件であり、調査の便宜を図るための単なる訓示規定にすぎないものではないと解すべきである。
これに反する原告の主張は採用することができない。
3 つぎに原告は措置法三五条三項但書の「やむを得ない事情」があつたと主張する。
成立に争いのない乙第二ないし第五号証、証人田村哲郎、米田一郎の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実が認められる。
原告は被告署長から昭和四一年一一月一二日付の「新増築された建物についての照会」を受取り、これに所要の事項(建物の構造、建築費用およびその調達方法など)を記入して、同月二二日被告署長にこれを提出した。被告署長は翌四二年三月一五日の所得税確定申告期限前に原告に対し、居住用財産の買換にあたる場合でも確定申告は必要であることを付記した往復はがきにより、申告指導のため茨木税務署に出頭するよう求めたが、原告は勤務の都合を理由に出頭せず、申告期限を徒過し、ようやく同月三〇日に出頭したが、担当係員不在のため無為に終わり、時日が経過した。そこで被告署長は、売買実例や精通者意見により原告の譲渡所得を推計し、同年八月一日原告に対し「譲渡所得についてのお知らせ」と題する書面をもつて、税務署の推計した譲渡所得金額を通知するとともに、この額に誤りがあれば同月一〇日に売買契約書その他の関係書類を持参出頭するよう求めたところ、原告は指定された日に税務署を訪れ、居住用財産の買換にあたることを説明し、さらに翌九月にも、もう一回出頭して同様の説明をしたが、ただそれだけに終わつてその後何の手続もとらず、約七か月を経て、被告署長はついに本件処分をするに至つたものである。
措置法三五条三項および同法施行令二四条六項(昭和四三年政令九七号による改正前のもの)によれば、申告期限までに確定申告書を提出しなかつた者でも、そのことにつきやむを得ない事情があると認められる場合には、当該譲渡所得につき決定処分を受けるまでに措置法三五条三項所定の事項を記載した書類を提出すれば、同条一項の特例の適用を受けられることになつている。したがつて確定申告期限経過後は一切特例適用の途がなくなるわけではないのであり、原告が昭和四二年八月と九月の二回税務署を訪れたとき、担当係員のより適切な指導があつたならば、あるいは事態は異なつた方向に進展していた可能性がないとはいえないかもしれない。しかし前認定の事実の経過にあらわれているように、居住用財産の買換にあたる場合にも確定申告が必要であることはすでに申告期限前に税務署から原告に通知されていたのであり、原告が期限内に所要の事項を記載した確定申告書を提出しなかつたのは、何よりも原告自身が税務上の手続を軽視し、これに真剣に対処する意思を欠いていたからであると考えられ、期限内の申告書不提出につき原告の責に帰しえない「やむを得ない事情」があつたとはいいがたいのみならず、申告期限から約一年後の本件決定処分のときまでついに法定の書類は提出されなかつたのであるから、いずれにせよ措置法三五条三項但書の要件を充たすに至らず、同条一項の特例は適用されないこととならざるをえない。
4 そうすると、原告の総所得金額に算入される譲渡所得の金額は、被告らの答弁(四)(1)記載のように金二、一一六、六九七円となり、これに当事者間に争いのない給与所得の金六九五、〇八五円を加えた金二、八一一、七八二円が原告の昭和四一年分の総所得金額である。したがつてこれと符合する被告署長の本件処分は適法である。
三、被告局長の裁決の適法性について
被告局長の裁決中、措置法の不適用に関する部分の付記理由が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがないが、措置法不適用の結論に到達した過程を示す理由の説示としてはこれで十分であり、何の違法もない。
四、よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 石井彦寿)
目録
一、譲渡資産
(一) 吹田市山手町四丁目一九五一番三
宅地 一一八・九九平方米(ただし再分筆前の公簿面積)
(二) 同所同番一地上
家屋番号一九五一番の一
木造瓦葺平家建居宅 床面積五八・〇一平方米
(三) 同所同番四
宅地 一〇二・三三平方米
(四) 同所同番五
宅地 一六二・三五平方米
二、取得資産
同所同番二地上
木造瓦葺二階建居宅 床面積一六一・三五平方米
(ただし未登記)