大阪地方裁判所 昭和45年(わ)1239号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕本件公訴事実は、「被告人は、昭和四五年四月一七日午前零時すぎころ、大阪市東住吉区平野西脇町七七二番地先路上を貨物自動車を運転して通行中、H(当二〇年)の姿を見かけるや、にわかに劣情を催し、同車助手席に連れ込み同市天王寺区生玉寺町五番地の一二ホテルニューロンドン寿の間に同女を連行し、同所において、同女の衣服を剥ぎとり或いは同女に馬乗りになつて押えつけるなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫したものである。」というのであり、右公訴事実に対する被告人の弁解の要旨は合意のうえでの性交であるというにある。
そこで検討するに、本件各証拠によれば、「被告人は昭和四五年四月一七日午前零時すぎまで大阪市浪速区浪速町にある父の家で仕事をした後、自己所有の貨物自動車(イスズライトエルフ)(泉4や443)を運転して帰宅の途につき、同日午前一時前後頃大阪市東住吉区平野西脇町付近路上を通行していた際、同道路上をそれまで見ず知らずの間柄にあつたH(当二〇年)が一人歩いているのを見かけて声をかけ、同女を助手席に同乗させて大阪城大手前駐車場を経て同市天王寺区生玉寺町五番地の一二ホテルニューロンドン前路上に至り、そこで被告人とHは下車して右ホテルにはいり、右ホテル一階玄関寄りの寿の間に案内されてはいり、同日右部屋において被告人はHと二回性交した。」という事実を認めることができる。ところで、本件は、既に婚約者のあつたHが深夜路上で出会つた一面識もない被告人との間に肉体関係を持つたもので、そのうえその間二人の間に殆んど何等これという対話がなされていないことが認められるのであり、双方合意のうえで性交が行われたとは常識上考えられない状況にあるとともに、一方二人以上の者によつて人目のつかない場所に連れて行かれて犯される輪姦事件等と異なり、男女一対一の関係で、ホテル内で性交が行われていること、被告人はHと別れる際、次の再会の日時場所を指定して、その日に同女が来ることを予期してその場所附近に現われたところをH側の連絡により張込中の警察官に逮捕されているのであつて、これらの事からHにおいて被告人に対し、性交の行われるまでの間、強力な抵抗を何等行つていないのではないかという疑いがあるのである。しかし、本件は深夜のでき事でありまた、事案の性質上目撃者はほとんどなく、しかも、被告人は捜査段階から一貫して合意のうえでの性交である旨を主張し続けているのであつて、本件各証拠中公訴事実の認定を支持するとみられる積極的証拠は、証人Hの供述(第二回および第三回公判調書中の証人Hの供述部分による。)および同女が当時着用していたワンピース一着(昭和四五年押第四九三号の一)に限られているといつてよい。そこで、Hが被告人の貨物自動車に乗せられた時点から本件性交が行われるまでに、果してHの反抗を困難にし或いはこれを断念させるに十分な暴行、脅迫が行われたか否かをHの供述を中心に検討する。
(一) 被告人とHが大阪市東住吉区平野西脇町付近路上で出会い、同女が被告人の貨物自動車に乗つたときの状況。
Hの供述では、同女は四月一六日午後一一時をだいぶ過ぎこ頃近鉄針中野駅から河堀口駅近くに住む叔母F方へ行くこととし、タクシーを拾うつもりでしばらく歩いていると平野西脇町七七二番地付近において前方から、Hの歩いていた歩道とは中央分離帯を隔てて反対側の車道を車体にY商店とと書いた貨物自動車が来て、その運転手の男が「どこまで帰るんや」と聞いてきたが返事をせずに歩き続けた。するとその貨物自動車は一旦通り過ぎたが、まもなくUターンして来てHの歩いている側をノロノロ運転しながら、男は「どこまで帰るんや」としつこいく聞いてき、さらに車を停めて降り、Hの後をついて来た。そして同女の腕を掴み「乗れ」と言つた。同女は夜遅く、全然見知らぬ男にそんなことをされたので恐さで一杯だつた。男が腕を掴んできたのを一回は「嫌だ」と言つて振り払つたが、男はもう一回腕を掴んでき、貨物自動車を停めてある所まで五、六メートル無理に引張つて引き戻し、車の左側のドアをあけHが左手に持つていたハンドバックと袋をとりあげ車の座席に放り込み、Hを口のところに手をやるようにして車の助手席に押し上げて入れた。その運転手の男は被告人である。ということである。
ところで、Hの供述するように無理矢理車の中に押し上げられ乗せられたものであるかどうかについてであるが、本件貨物自動車は普通乗用車と比べて車台の高さが高いこと、同女が成人の女子であること、被告人が単身であること等から考えると、Hにおいて本気に抵抗する限り被告人としてはHに対し同女の抵抗を事前に断念させるような強力な暴行或いは脅迫を加えて畏怖させ、同女の抵抗を困難にしてから車に乗せるか、或いはそうでなかつたら相当強い力で同女の抵抗を排しながら押し上げて入れなければならなかつたことが明らかであり、右のような事実のない限り、同女において少くともなかば任意に乗車したものと見る他はないのである。同女のこの点に関する供述は具体的でなく明確とはいい難い。特に、同女が車の側に連れて来られるまでに関しては被告人によつて強力な暴行、脅迫を加えられた様子は全くみられず、従つて事前に同女の抵抗を断念させたものと認めることはできない。そうすると、次に被告人はいやがるHの抵抗を排しながら強引に車の中に押し入れたかどうかということになるが、その際同女が本気で抵抗する限り、前記の諸点から考えて同女としても容易には車の中に押し上げて入れられるようなことはないはずであるが、それにもかかわらず、同女がその際の状況につき、押し上げて入れられたとはいうもののいかにして入れられたかを明確には供述せず、特に同女の抵抗の模様については抵抗らしい抵抗の供述が全くなく、他に被告人の強力な暴行或いは脅迫がなされたものと認めるに足りる証拠はない。結局Hは少くともそれ程の抵抗もすることなくなかば任意に車の中にはいつたものと認められる。なおHは、被告人に腕を掴まえられただけで殆んど抵抗することができない程畏怖した状態になつたのではないかという疑問も起り得るが、そのようなことは第五回公判調書中の証人山本展男の供述部分等により認められるHの男性との交友状態、それから推測される同女の性格等に照し到底考えることができないのである。
(二) ホテルニューロンドン前路上において
Hの供述では、被告人はホテルニューロンドン前路上で車を停め、被告人が先に車から降り、Hがホテルの中にはいつたらもう最後だと思つて車から降りることを拒んでいるのを、被告人に皮バンドを手に巻きつけて振り上げるような恰好をして脅され車の右側から引張つて降ろされ腕を掴んで引張られたまま同ホテル玄関まで連れて行かれた。同女はホテルにはいる前「嫌だ」と言つた。ということである。
ところで、Hの供述は、重要な点において転々と変わつていることが認められる。たとえば、被告人が手にバンドを巻きつけて脅したという点についてであるが、①第二回公判調書の証人Hの供述部分によれば、検察官の主尋問に対し、当初は何らその点にふれないで単に腕を掴んで降ろされた旨供述しているのであり、後に検察官が改めてその際の状況を尋ねたのに対しても同様の供述を繰り返えしており、さらに「その時は被告人は素手でしたか」という尋問をしたのに対し初めて被告人がバンドを持つていた旨供述していること。②その際同証人は、検察官の「それで掌に巻いたバンドでどうかしましたか。」という尋問に対し、「いやただ私の目の前にその巻いてる手を見せただけで何もしません。」と供述しているのであるが、次の第三回公判調書中の同証人の供述部分によれば、弁護人の「そういう具合に巻いて、ただ巻いてるだけだつたんですね。」との尋問に対し、「振り上げるような恰好を私にして見せました」と供述し、供述内容を変えていること。③同証人の最初の供述では、被告人に単に腕を掴んで車から降ろされたということであつたが、次に被告人の手に巻かれたバンドを見て叩かれると思いびつくりして飛び降りたと変わり、最後に被告人は腕を掴んだままで、また腕にバンドを巻いていたのでそれを見た拍子に引張られて降ろされたと供述し、供述内容が転々としてあいまいであること。以上の各点からみて被告人が手にバンドを巻きつけて脅したという供述は信用性に乏しいと考えられる。その他Hの供述中、車から降りてホテルの玄関まで被告人がHの腕をとつて終始引張つたまま連れて行つたという点についても、検証調書中の立会人Hの指示説明によれば、途中被告人は一旦手を離してまた掴んでホテルの玄関にはいつた。(手を離した間隔は3.5メートル)と説明しているのである。
一方第四回公判調書中の証人細谷千太郎の供述部分によれば、細谷は同日同ホテル前でホテルの客の自動車の監視をしていたが、被告人とその連れの女性は貨物自動車で来て被告人は右側のドアから女性は左側のドアから降り車の後で一緒になり男が先、女が後で手をつながず、普通のアベックのようにはいつていつた旨を供述し、被告人の供述内容と一致しているのであるが、これは以下の理由からほぼ信用できるものと思われる。すなわち、証人細谷の供述については、事件後六カ月を経ての供述でありまた格別印象に残るようなことでもないと思われるのに同人の供述には断言的表現が目だつこと、被告人は保釈後細谷に会つていること、同人はホテルニューロンドンの使用人であつたことからその供述の信用性が問題となり得るか、右のうち第一点については、貨物自動車でホテルに来る客は珍らしくまた被告人と細谷とは「車をここに置いてもええのか」等と話をしていること、被告人が保釈(昭和四五年五月四日)後すぐに細谷いところに行つて確認していること等から判断して、証人細谷が供述当時もかなり鮮明に記憶していたということは理解できる。なおまた、その他の点については、本件の場合それによつて特に証言内容を左右する事情とも認められない。結局Hの前記供述は、その供述自体において内容が転々と変遷してあいまいであること、他面において証人細谷の供述に信用性が認められ、その供述と被告人の供述とが一致していることなどを考え合わせ判断すると、到底信用することはできないといわざるを得ない。
(三) ホテルニューロンドンの玄関にはいつてから寿の間にはいるまで。
Hの供述では、玄関から寿の間まで、一番先頭に案内の女中(K)、次いで被告人、最後にHの順に歩いたので、女中に合図をして助けを求めてもし被告人に見つかつたらひどい目に合わされると思うと助けを求められなかつた。ということである。右供述によれば、Hは女中に全く助けを求めておらず、少くとも客観的に観察した場合普通のアベックと変わりない様子であつたことが窺われる。(この点は第四回公判調書の証人Kの供述部分もこれを裏付けている。)しかし、このホテルに至るまでについてのHの供述によれば、同女は強引にホテル前路上まで連れて来られ、ホテルにはいつたらもう最後だと思い車から降りることを拒み、ホテルにはいる際も「嫌だ」という意思表示をしているということであるのに、この場合におけるHの女中に全く助けを求めなかつたという行動は不可解である。なぜなら同女がすでにそれまでに被告人から相当な暴行を加えられすでに畏怖しきつて反抗することを抑圧ないし著しく困難にされているならばHの右のような行動も理解できないではないが、これまでみてきたとおり同女がすでに反抗することが著しく困難な程畏怖した状態にあつたものとは到底認められないのに、ホテルの中にはいつて女中に助けを求めることもせず、また部屋の中にはいることに抵抗することもしていないということは、Hに抵抗する気持があつたのかを強く疑わざるを得ない。同女は、この点について、助けを求めてもし被告人に見つかつたらひどい目に合わされると思つたから、助けを求められなかつたということであるが、なる程助けを求めたら被告人に気付かれるであろうが、だからといつてHはそれまで被告人から特に畏怖するような暴行、脅迫を受けてはいない以上そのことが助けを求めるのを特にちゆう躇しなければならない程のことも考えられないのである。
(四) ホテルニューロンドン寿の間において
Hの供述では、同女は手前の部屋で無理にワンピースを脱がされ隣の部屋に連れて行かれスリップ等全部脱がされて真裸にされたうえ被告人に馬乗りになつてキスをされ、姦淫され、明け方にもう一度姦淫された。なおワンピースを無理に脱がされたのでワンピースの裏生地が破けビリビリという風な音が聞えた。というのである。
ところで、Hの右供述のみによつても被告人がHに馬乗りになつた行為は、押えつけるためとはいい難く、すでにその段階においては同女はほとんど抵抗している様子はないところから、暴行の態様としてとらえることは困難であるので、寿の間での被告人のHに対する暴行、脅迫として問題となるのは、結局Hの着衣を無理に剥ぎ取つたのか否かということだけである。そこでその点に関して、検察官提出のHが当時着ていて裏地を破かれたというワンピース一着(昭和四五年押第四九三号の一)を仔細に調べた結果、右ワンピースは裏地が、破けているというより縫い目がほぼ全体的にほつれていることが認められるのであるが、表地が裂けているものならばともかく、裏地のみのほつれであり、しかも全体的にほつれていることからみて、自然にほつれたことも十分考えられるのであつて、右ワンピースの裏地のほつれが無理に脱がされた際のものであると断定することは困難である。Hは無理にワンピースを脱がされたときビリビリという風な破ける音を聞いたというのであるか、裏地の縫い目は頑丈でなく従つてほつれる音は小さいと思われ、また同女のいうところによれば被告人に対し抵抗している際ということでもあり、その音を聞いたという供述はにわかに信用し難い。さらに、被告人がHの衣服を剥ぎ取る際同女が本気で抵抗したとすれば、成人の女子である同女の着衣を引き裂いたり破いたりすることなく脱がせてしまうことは、同女の着ていたワンピースの袖は長袖でかつ細いものであることなどを考え合わせると必ずしも容易には進まず、被告人は相当難渋するはずであるところ、Hはこれを「無理に脱がされた。」という抽象的表現ですませているので、このことはそれまでのいきさつとも総合して考えると、同女が無抵抗に近い状態であつたか、或いは自分で衣服を脱いだことを強く推測させるのである。
(五) なお、Hが傷害を負つていることについて、第二回公判調書中の証人Hの供述部分によれば、同女は四月二〇日接骨医伊藤三郎の診察を受けた結果治療一週間の左頸部捻挫、上腕部打撲と診断されたことが認められ、Hは右左頸部捻挫につき、はつきりはわからないが車の中で横になつたときに受けた傷だと思う旨供述しているが、しかし事件のあつたのが四月一七日の早い時であり診断を受けた日が同月二〇日であるからまる三日間は経過していること、同女の供述の信用性についてはすでにみてきたようにかなり疑問があり、被告人がHに対し右傷害を負わせるに足りるような暴行を加えたとは窺われないことからみて、右受傷が被告人のHに対する暴行によつて生じたものであると認定することは困難であるといわざるを得ない。
以上被告人とHが出会い、二人が肉体関係をもつに至るまでについて、主としてHの供述を中心に検討を進めてきたが、同女の供述には幾多の疑問があり到底そのまま信用することはできないとともに、被告人がHに対しその反抗を困難にし或いはこれを断念させるような暴行、脅迫を加えたものと認めることはできないこと明らかである。またその他被告人の有罪を立証するに足りる証拠は全くない。結局、これまで説示してきた各事情を総合して判断すれば、Hは被告人と出会つて貨物自動車に乗つたときはともかく、乗つて以降特にホテルにはいる時にはすでに被告人との情交を暗黙のうちに承諾していたのではないかと推測されるのであるが、少くとも被告人がHに対し同女の抗拒を著しく困難にする程度の暴行或いは脅迫を加えたものとは到底認めることができない。してみると本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰する。
よつて被告人に対しては、刑事訴訟法三三六条を適用して無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。
(原田修 鈴木秀夫 浜崎裕)