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大阪地方裁判所 昭和45年(わ)660号 判決 1973年1月31日

主文

被告人は、無罪。

理由

本件各公訴事実は、

「被告人は、昭和四四年一二月二七日施行の衆議院議員総選挙に際し、大阪府第二区から立候補した押谷富三の選挙運動者であるが、同候補に当選を得させる目的をもって、

一、昭和四四年一二月一八日ごろ、大阪市城東区茨田大宮町五六二番地、川東仙太郎方において、同候補の選挙運動者である同人に対し、同候補のため、投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動をしたことおよび将来も右同様の選挙運動をすることの報酬等として現金二〇万円を供与し、

二、同月二五日ごろ、同市北区壺屋町二丁目二三番地の押谷富三選挙事務所において、前記川東仙太郎に対し、前同趣旨のもとに現金一〇万円を供与し

たものである。」というのである。

よって審按するに、関係証拠によれば、川東仙太郎が右公訴事実の如き選挙運動者であることは明白であり、同人が被告人の対向犯として昭和四五年三月七日起訴され、同年七月四日併合審理決定がなされたが、病気のため同年八月二九日その審理が分離され、同四六年二月一五日死亡し、同年四月七日公訴棄却決定がなされたことも一件記録上明らかである。川東が生存しておれば、必要的共同正犯として被告人と同一訴訟手続で審理を受けたであろうと思われる。

ところで共犯者は、当該被告人にとっては、証人たる地位に立つので、その自白は当該被告人にとって証言ないし証言的供述であるから、被告人の自白とは、当該被告人本人の自白を指称するというべく、共犯者の自白を被告人自身の自白と同視し、又はこれに準ずるものとすることのできないことは勿論であって(昭和三三年五月二八日最高裁判所大法廷判決、同四五年四月七日同裁判所第三小法廷判決参照)、共犯者の自白を唯一の証拠として当該被告人を有罪とすることは証拠法論理上何ら誤りはなく、不公平でもない。本件において、川東の検察官に対する各供述調書によれば、同人は検察官に対し、右各公訴事実に対応する各金員受供与の事実を自白していることは明らかで、独立に本件各公訴事実を認めるに足る証明力もあるから、右観点からすれば、被告人が終始右公訴事実を否認しているにも拘らず、右証拠により本件各公訴事実につき刑罰権の存在を認定することができるとの見解は首肯されるところである。

しかしながら、川東が生存していて証拠調がなされたとしても、本件と共通の証拠が取り調べられたであろうと思われるところ、同人の前記所為を認むべき証拠は同人の自白が存するのみである。≪証拠省略≫は一見これを補強するかのようであるが、その内容は川東から聞知したことを述べたにすぎないもので、実質上川東の自白と異るところはないから、同人の自白の補強証拠たりえず、他に同人の自白を補強するに足る資料は存しない(補強証拠は、自白と相俟って犯罪事実が架空のものでないことを十分推測させるものでなければならないと解するので、若干の間接証拠は補強証拠としては不十分である。)従って刑事訴訟法第三一九条第二項により川東にかかる各公訴事実は無罪と認めざるをえなかったであろうと認められる。必要的共同正犯の事件と雖も、別個の裁判所で訴訟手続が進められ、補強証拠の収集顕出等立証の巧拙により、区区たる判決がなされることは何ら差支えのないことである。しかし同一の訴訟手続で審理され、又は審理されうべかりし場合において相対向する被告人の供述以外に補強証拠のないときは、同日の談ではない。元来唯一の歴史的客観的な生活の流れの一齣を一面から有罪、他面からは無罪とする見解は、証拠法上の観点のみに即した一面的考察の然らしむるところであるが、これに止まることには多大の疑問がある。対向する被告人相互間で為された歴史的客観的事実は、同一訴訟手続で審理され、又は審理されうべかりしときは、矛盾なき評価を受けること即ち合一に確定されなければならないのである。この合一確定の必要性という事案の実体的側面から更に本件を観るに、被告人にかかる本件各公訴事実と川東のこれに対応する各金員受供与の公訴事実とは共通した公訴事実で、本来合一に確定されるべく、一方を有罪とし、他方を無罪とする矛盾した事実認定は許されないというべきで、この理は、前記経緯により川東が死亡し、もはや両者が絶対的に同一訴訟手続で審理されなくなったことにより何らの逕庭を来たすべきものではない(双方とも被告人の地位に立つのではなく、一方につき同法条項の適用のない被害者と被告人の関係とは根本的に異る)。右の如く川東を有罪と認めることができない以上、右合一確定の必要性からして、被告人が本件各犯行に及んだ疑いは、極めて濃厚であるにも拘らず、疑わしきは被告人の利益の鉄則により被告人に不利益に有罪と認めることはできないのである。

以上の次第で本件各被告事件は、結局犯罪の証明なきに帰するので、同法第三三六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 櫛渕理)

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