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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1395号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕請求の原因第一項、第二項(一)(二)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を綜合すれば、

本件事故現場は淀川堤防上であつて、事故現場への入口附近に「この堤防は通路ではないので車両の通行は御遠慮下さい」との建設省の立札が建てられており、その故もあつて車両通行量は非常に閑散であること(事故直後の実況見分時五分間一〇台、なお原告元一が別途調査したところでは別の日においてこれよりも更に少い交通量であつた。)、加害車はかなりのスピード(その正確な数量を明確にする資料はないが、死亡に至る打撃力、スリップ痕に照し少くとも時速四〇粁以上と推認される。)で進行し、他方被害車は友人数名とそれぞれ自転車で進行中、被害車のみ突然道路右寄りから左ヘハンドルを切り、そのため本件事故に至つたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、被害車の行動もかなり危険なものであつて、本来相当高度な過失とみられるべき注質を有するが、前掲現場状況、交通量等の実情に照すときは、むしろ少年達のこれら行動が通常かなり行なわれ得るものとも窺われ、このような場所を通行する自動車運転者としては通常の道路を通行する場合に比して歩行者、自転車に対する数倍する細心の注意を要求されて然るべきものとみることが相当であり、従つて加害車にはこのような意味における前方注視(被害車動静注意)、減速もしくは場合により警笛等吹鳴して事故の発生を未然に防止すべき義務の懈怠との過失の責を免れることはできず、被告らのこの点の主張は採用できない。

そうすると被告岡本は自動車損害賠償保障法第三条、被告高木は民法第七一五条、被告高木は同法第七〇九条により、それぞれ連帯して本件事故のため生じた損害を賠償すべき義務を負う。

そこで損害について考えるのに、亡智の事故による死亡、在学関係は当事者間に争いがなく、原告両名各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、亡智の死亡による損害額は左のとおりであつたこと(以下においては被告らに負担せしむべき相当性、必要性の範囲内の額に関する評価判断をも併せ加えることとする。)、

(一) 得べかりし利益の喪失 五〇八万円

亡智は死亡当時一二才であり、死亡により一八才から六三才までの間の得べかりし利益を失つたので、これを政府統計により計算することとするが、この場合起算日は将来に属することであるから事故当時公刊のものを用いなければならない必然はないものと考えられるので最新版である昭和四五年版賃金センサスによるものとし、これをなせば

((38,400円×12)+51,500円)×0.5×(24.98−5.13)=508万円(原告らの自陳により一万円未満切捨)となる。

(二) 慰藉料 三〇〇万円

以上の各事情、家族関係その他諸般の事情(但しこのうち過失内容等事故の態様については後記過失相殺の事情として斟酌するのでこれを除く)に照し、亡智の精神的肉体的苦痛を癒すには慰藉料として金三〇〇万円がすることが相当である。

以上合計八〇八万円

原告らは亡智の両親であつて、その主張のとおり相続により右請求権を承継取得したこと、

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで前記事実に照せば亡智の過失が存することは明らかであり、前掲事情に照し双方の負担割合を定めれば概ね原告側三五対被告側六五とすることが相当であるから、これによつて被告らの賠償すべき額を算定すれば、

原告ら各金二、六二六、〇〇〇円

となる。(なお、被告ら主張の治療費についてはその額の寡少さ及び前記端数切捨等の事情に照し、右計算には算入しない。) (寺本嘉弘)

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