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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1518号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、責任原因

(一) 被告会社

請求原因第二二(一)の事実は当事者間に争いがないから、被告会社は、加害車の運行供用者としての責任を負うべきである。

(二) 被告高崎

被告高崎に前方不注視の過失があつたことは当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、本件事故現場は、南北に通ずる幅六、二メートルの道路上の幅四、三メートルの横断歩道上であり、道路には中心線が設けられており、最高速度は時速四〇キロメートルと指定されていたこと、右道路の西側の北行車線上の横断歩道より北側に貨物自動車が二台並んで駐車していて、一台は車両の後部が横断歩道上に北側には遊園地、東側には雑貨店などがあつたこと、被告高崎は、加害車を運転して北から南に向つて時速約四〇キロメートルで道路中心線から約〇、四五メートル左側を進行し、横断歩道の手前五〇メートル位のところで、横断歩道附近に二台の車両が駐車しており、その西側には遊園地があることを認めたが、附近に人影がなかつたので横断歩行者がないものと軽信し、時速を約三〇キロメートルに減速しただけで、横断歩道上を通過しようとした際、右横断歩道上に駐車中の車両の後から横断歩道上を小走りで西から東に向つて道路を横断しようとした原告湯香里を右前方直前に発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず、横断歩道の南側の道路中央よりやや東寄りの地点で加害車の右前部を原告湯香里に接触させ、転倒させたことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。以上の事実によれば、被告高崎は、加害車を運転中、横断歩道の手前五〇メートル位のところで、前方に横断歩道があり、その西側には遊園地があり、かつ横断歩道上に駐車する車両のため、西側の見通しが悪いことを認めていたのであるから、西側から東側に横断歩道上を横断歩行する者があることを予測し、横断歩道の手前で一旦停止又は最徐行して道路を横断しようとする者の有無を確認し、横断歩行者の歩行を妨げないように進行するべき注意義務を怠つた過失により、本体事故を発生させたものと認められる。従つて被告高崎は、不法行為による損害賠償責任を負うべきものである。

三、損害

(一) 原告湯香里

(1) 慰藉料

三、〇〇〇、〇〇〇円

<証拠>を総合すると、原告湯香里は、事故当時三才八ケ月であつたが、本件事故により、頭部外傷第三型、顔面挫創、腹部打撲並びに擦過傷、左前腕、左下腿挫傷の傷害を受け、昭和四三年四月二七日、村川外科医院に入院したが、事故後二四時間意識が消失しており、同年五月六日から同月九日まで北野病院に入院して検査を受け、同日から同月三一日まで更に村川外科医院で入院治療を受け、同年六月一日から同年九月二六日まに一九日同医院に通院したこと、原告湯香里は、その間同年七月二五日に関西医大附属病院脳神経外科で診療を受け、その後昭和四五年二月二六日までに五八日同病院に通院したこと、原告湯香里は、昭和四三年一一月九日、激しい嘔吐、腹痛などの大発作を起し、関西医大附属病院小児科に入院し、外傷性てんかん(大発作および腹性てんかん)の診断を受け、同月二〇日退院し、昭和四四年三月四日から昭和四五年二月二一日までに一二日中村医院に通院し、昭和四四年一〇月一四日から昭和四五年二月一〇日までに五日奈良県立医大附属病院に通院したこと、原告湯香里は、昭和四四年一〇月七日および同年一二月二一日に大発作を起し、同日から同月三〇日まで関西医大附属病院小児科に入院し、その後も和歌山労災病院に一日通院し、近所の中村医院の治療を受け、抗けいれん剤の服用などの治療を続けているが、昭和四五年七月一〇日の検査によれば、脳波になお著明な異常があり、外傷による固定せる脳の器質的障害を認める反復する発作が存し、少くとも一二才ないし一五才の思春期が終るころまでは投薬が必要であり、半年に一回づつ脳波の検査をし、薬の副作用のおそれがあるため血液検査および肝臓機能の定期的検査を必要とするが、その後も小発作は月一回ないし三回位起り、昭和四六年二月末ごろにも睡眠中に小発作が起つており、右症状は思春期をこえるまでは改善の見込はうすく、思春期には更に悪化するおそれも存すること、原告湯香里は、昭和四六年四月小学校に入学し、体育等はできないが、普通に通学するようになつていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告湯香里が本件事故によつて蒙つた精神的損害に対する慰藉料額は、以上認定の右傷害の部位、程度、治療の経過および期間、後遺症の内容、程度ことに原告湯香里が右後遺障害のため将来の就職および結婚に際し相当の制約を受けるおそれがあり、又将来相当長期間にわたり服薬、検査等の必要が存することなどに照らし、三、〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

(2) 過失相殺

<証拠>によれば、原告武子は、事故当時三才八ケ月であつた次女の原告湯香里を七才二ケ月で小学校二年生の長女の千鶴とともに、横断歩道の東側にある煙草屋に行かせたが、千鶴が横断歩道を先に渡つてしまつた後から原告湯香里が一人で道路を横断しようとしていたことが認められる。以上の事実に前記二(二)の事実を合わせ考えると、本件事故は原告湯香里が道路を横断するに際し、左右の安全を確認することなく停止中の車両の後方から小走りで道路を横断しようとしたために生じたものであり、原告湯香里の母の原告武子には、三才七ケ月の幼児である原才告湯香里を幼い長女千鶴と二人だけで道路を横断する必要のあるところまで行かせた不注意があつたものというべきであるから、原告武子の監督者としての右不注意は原告湯香里の損害算定についてしんしやくすべきであり、その過失割合は一割とするのが相当である。

被告高崎は、原告湯香里に対し、村川外科医総の治療費一一四、二七〇円、関西医大病院の治療費一六七、一二〇円、入院雑費一六、四七〇円、交通費四七、三九〇円合計三四五、二五〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。

従つて原告湯香里の損害額は三、〇〇〇、〇〇〇円と本件請求外の右三四五、二五〇円の合計三、三四五、二五〇円の一〇分の九の三、〇一〇、七二五円から右三四五、二五〇円を控除した二、六六五、四七五円となる。 (山本矩夫)

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