大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)4135号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕三、損害

(一)、原告らの治療経過

<証拠>によれば、原告らが本件受傷治療のため請求の原因(三)の1、記載の各期間どおり住本病院へ入院および通院し、原告幸雄については昭和四四年一一月六日ごろ、同一雄については同年六月二九日ごろ、いずれも原告主張内容どおりの後遺症を残して症状固定の状況に達したことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)、原告幸雄の逸失利益

<証拠>を総合すると、原告幸雄は、同人の父が営んでいたねじ製造業を受け継ぎ、昭和二八年頃から、専ら、原告らが特殊ねじと称するホーム炬燵の脚その他の木製品取り付け用のねじ(一端が木ねじとなつており、他端が金属製雌ねじに取り付けるための雄ねじとなつているねじ。以下「特殊ねじ」という)の製造販売を営んで来ていたこと、本件事故当時原告幸雄の家族は、同人の他に妻と子六名(うち男子は原告一雄一名、女子は五名)であり、同営業のために他から雇用した者はなく、同営業を手伝つていたのは妻と原告一雄の二名であつたが、両人共にねじ製造の技術を有していたわけではなく、原告幸雄だけが特殊ねじを切るためのダイスの製作、ダイスの機械への取り付け、機械の調節・修理など特殊ねじ製造に要する技術を習得していたこと、顧客としては角野木管、橋口木工所、大日木工株式会社、大正木管株式会社、オリエンタル製作所、神山鉄工所その他があつて比較的固定しており、これ等顧客に対する売上額は、昭和四一年一ケ年間の請求分としては金二、四〇五、一六七円但し、前受金とされている分については請求額に加算し、残とされている分については請求額から控除する。)、同四二年一月から一一月までの一一ケ月間の請求分としては金二、二九〇、七一八円(前受金および残については昭和四一年請求分についてと同じ。)であつたこと、営業経費は高額なものではなかつたこと、本件事故後同営業を休業したこと、が認められ、この点に関する乙第六号証の一、二の所得金額は証人仲津いくの所得税申告の状況についての証言に照らして過少申告であることが認められ、にわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定の事実関係のもとにおいて、原告幸雄はねじ製造業者として、妻と原告一雄の助力を得ながら、専ら特殊ねじの製造販売に従事し、本件事故当時には平均月額金二〇〇、〇〇〇円程度の総収入を得ていたこと、そして右総収入を得るためには、同収入の少くとも三割を下らない営業経費を要し、また、右総収入から右割合の営業経費を控除した残額金一四〇、〇〇〇円(200,000円×(1−0.3))の所得を得るにつき、原告幸雄の妻と原告一雄とがいずれも一割五分を下廻らない程度の寄与をなしたもの、と推認される。そうすると、原告幸雄は、本件事故当時頃、右営業経費控除残額から妻と原告一雄との寄与分を控除した金九八、〇〇〇円(140,000円×(1−0.15×2)の月収を得る程度の稼働能力を有し、本件事故に遭遇しなければ満六三才(昭和五〇年七月一一日)に至るまで同程度の能力を有していたものと推定される。

ところで、当事者間に争いのない原告幸雄の傷害(殊に同人の利腕である右腕手先に放散する電撃痛の頻発、右上肢の運動障害など)に第三者の作成にかかり文書の形態・記載内容から真正に成立したと認むべき甲第二号証の一ないし五をあわせ考えれば、同人は、本件事故当日から前示(一)認定の症状固定に至るまでの間は完全に稼働能力を失い、同症状固定後五年間三〇%の割合で稼働能力を失うものと認めるのが相当である。

従つて本件事故によつて原告幸雄が失つた利益を、本件訴訟の遅延損害金の起算日である昭和四五年八月一七日(後記四、参照)以降の分についてはホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し同起算日当日の現価に換算したうえ、算出すれば、金三、八六二、七六八円となり、原告幸雄は同額の損害を受けたものと認められる。

算式 98000×{23+(12×0.3×4.56)}=3,862,768円

(三) 慰藉料

1、原告幸雄の慰藉料

当事者間に争いのない原告幸雄の本件事故による傷害の部位前示(一)認定の同人の治療経過、および後遺症等諸般の事情に徴すれば、本件事故によつて同人が受けた精神的肉体的苦痛は大きく、これを慰藉するには金銭に評価して金二、〇〇〇、〇〇〇円を要するものと認められる。 (本井巽 斎藤光世 中辻孝夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!