大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)418号 判決 1974年7月29日
原告 株式会社大正相互銀行
右代表者代表取締役 中川善一
右訴訟代理人弁護士 北村巌
同 北村春江
同 松山千恵子
同 山本正澄
同 古田于
被告 浜中直夫
右訴訟代理人弁護士 臼田和雄
同 小林保夫
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙目録記載の家屋につき、大阪法務局中野出張所昭和四二年二月一八日受付第五八六八号根抵当権設定登記の同四四年九月一〇日受付第三六〇四七号根抵当権移転登記のうち弁済額金一二〇万円とあるのを弁済額金五八万三八六二円とする更正登記手続をせよ。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告の本案前の申立
1 原告の訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告の本案についての答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
≪以下事実省略≫
理由
一 本案前の抗弁について
原告の請求が被告に対して更正登記手続を求める現在の給付請求であることはその請求の趣旨から明らかなところ被告はこれに対して訴の利益がないと抗弁するが、給付の訴においては原告が既に既判力ある債務名義を有し即時執行できる状態にありながら同一請求権について訴を起してきたような例外的場合を除き原則として現在の給付請求権の主張である限りそれだけで判決を求める必要があり訴の利益があると解される。被告が、原告に訴の利益がないと主張しその理由として挙げる各事実は、本案に対する判断として原告がその主張の如き登記請求権を有するか否かを考えるにあたって考慮されうる事情であるとしても、そのこと自体原告の本訴請求につき訴の利益がないとしてこれを不適法ならしめる事由に該るとは考えられない。よって、被告の原告に訴の利益がないとの主張は失当であり採用できない。
二 本案について
1(一) 原告が昭和四二年二月一七日に訴外浜中と相互銀行取引契約を締結して同日金一二〇万円を貸し付け、その際同人所有にかかる本件家屋について元本極度額を金一二〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、大阪法務局中野出張所同月一八日受付第五八六八号の根抵当権設定登記を経由したこと。
(二) 被告は昭和四四年九月八日、同日現在の訴外浜中の右相互銀行取引契約上の残元金五二万一六五四円およびこれに対する利息六万二二〇八円合計金五八万三八六二円を同人の委託を受けて代位弁済したこと。
(三) 被告は大阪法務局中野出張所同月一〇日受付第三六〇四七号をもって原因同月八日確定債権代位弁済金一二〇万円とする右根抵当権移転の附記登記を経由したこと。
以上の事実については当事者間に争いがない。
2 ≪証拠省略≫を総合すると、昭和四四年九月一日被告の弟である訴外浜中の自宅が火事で焼失したため同人は生活に困窮し、原告から前記根抵当権の元本極度額とその頃の被担保債権との差額約六〇万円くらいを貸増ししてもらおうと考え、同月七日同人と被告とが原告銀行の美章園支店を訪ね同店の融資担当係員訴外横田善明に貸増しを申し込んだところ弁済能力のない者には貸せないと拒絶されたが、重ねて貸増しを依頼し話合っているうち同人から「誰かが訴外浜中の原告に対する残債務を支払えば一二〇万円の担保のままで移転する。」との意向が示されたことから、被告としても右根抵当権の担保価値をそのまま利用できるのであれば、被告において訴外浜中の原告に対する右残債務を代位弁済し更に右極度額まで同人に別途貸付をしてもよいと考え、右横田と被告、訴外浜中の三者が同日および翌八日の両日にわたって話合った結果、原、被告および訴外浜中の三者間に、被告は原告に対し同日現在の訴外浜中の原告に対する相互銀行取引契約上の残債務五八万三八六二円を全額代位弁済するとともに、被告の訴外浜中に対する右代位弁済金および別途貸金を担保するため前記根抵当権を元本極度額一二〇万円の担保価値を把握したままの状態で被告に譲渡する旨の合意が成立し、右合意に従って被告が本件附記登記を経由した事実が認められる。≪証拠判断省略≫
3 原告は基本契約上の地位移転に随伴しない単なる抵当権のみの移転は昭和四六年法律九九号の民法改正によって根抵当に関する条文が新設される以前においては無効であると主張するが、根抵当権は根抵当権者と設定者との間で特定の不動産の担保価値の一定量(極度額)を優先的に把握する旨の合意によって成立するものであり、少くとも譲渡人、譲受人、設定者三者の合意があれば根抵当権者が優先的担保価値を把握している極度額の範囲内で基本契約から切り離した根抵当権のみを譲渡することもできると解するのが相当である。
4 しかるところ本件家屋の登記簿には、被告が確定債権一二〇万円を代位弁済したことによって前示根抵当権が被告に移転した如く記載されており、右登記は移転原因を確定債権の代位弁済とする点において前示事実に合致していないというべきであるが、前記根抵当権が一二〇万円の担保価値を把握したままの状態で被告に譲渡されたと認むべきことは前示のとおりであるから、被告が右根抵当権を原告から一二〇万円の担保価値を有する状態で譲受けその権利者となっていることを表示する範囲内では右登記は事実に合し有効な登記であると解するのが相当である。
もし原告主張の如く弁済額の欄のみを五八万三八六二円と更正するならば更正後の登記は本件附記登記全体としてみると、被告が五八万三八六二円の確定債権を代位弁済したことによって右確定債権のみを担保する抵当権が原告から被告に移転したことを現わすことになるが、これはかえって前示事実に反した事実(権利関係)を公示する結果になり不当である。
5 以上のとおりとすると、原告はその余の点の判断に及ぶまでもなく被告に対しその主張の如き請求をなす権利を有しないものというべく、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 上野茂)