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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)4603号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕四、損害

(一) 事故と死亡との因果関係

<証拠>を綜合すると、徳島保一は、本件事故により、路上に転倒し、頭部外傷第一型、顔面挫傷の傷害を受け、胸部を打撲し、昭和四二年一〇月一五日大西病院で診察を受けたが、同日夜、頭痛があり、発熱し、背中の痛みを訴え、同月一六日、松尾外科医院で診断を受け、同月一七日から同年一一月二日まで同病院に入院し、同月三日から同月二九日までに一三日同同病院に入院し、同月三日から同月二九日までに一三日同病院に通院したこと、徳島保一は、同年一二月からは小学校五年生として通学していたが、同月末ごろ、微熱が続き、睡眠中の呼吸が速迫し、階段昇降の呼吸困難が著しくなつたので、同月二七日、田中病院で診察を受けたところ、胸膜炎の診断がなされ、同月二八日から昭和四三年二月一五日まで国立大阪病院に入院し、ほぼ全治して退院後は同年四月の新学期から小学校にも通学できるようになつたこと、徳島保一は、同年八月六日から同年一〇月一日まで再び胸膜炎を起して同病院に入院し、退院後も学校を休んで通院して治療を受けていたが、同年一一月二日胸膜炎で同病院に三度入院し、治療を受けたが、昭和四四年二月二〇日、心のう炎による心衰弱が直接の原因となつて入院中の同病院で死亡するに至つたこと、徳島保一は、国立大阪病院に最初に入院したときには左側の胸膜炎、二回目に入院した際には右側の胸膜炎、三回目に入院したときには左側の胸膜炎と診断されたが、結核菌、化膿菌、ビールスも検出されず、胸膜炎は胸部を打撲したことによつて生じた可能性が存したこと、徳島保一は、昭和四三年一一月一八日、心肥大が認められ、昭和四四年一月二三日ごろ急性白血病の疑いが生じ、同年二月三日には肝臓腫脹が認められて、右の疑いは更に強くなり、同月一九日に骨髄穿刺による検査の結果急性白血病と診断されたこと、徳島保一の死因となつた心のう炎は白血病から生ずることがあり、また胸膜炎は反復して再発することがあつて、胸膜炎からも心のう炎を起すことがあるけれども、通常の胸膜炎の場合は数ケ月の療養で全治することが多いが、急性白血病が生じた場合にはこれを全治させる方法がなく、数ケ月で死亡に至ることが普通であることが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。

以上の事実によれば、徳島保一の胸膜炎は、本件事故によつて胸部又は背部を打撲したことから生じたものと推認することができるけれども、徳島保一が一旦はほぼ治療して通学できるようにまでなつたのに、三度胸膜炎を反復し、国立大阪病院に三回目に入院した際に心のう炎を併発し、それが原因で心衰弱をきたして死亡するに至つたについては、急性白血病がその原因となつているものと認められる。従つて徳島保一が死亡の直前まで胸膜炎の治療をしていたことは、本件事故と因果関係があるものというべきであるが、その死亡は急性白血病によるものであつて本件事故と因果関係がないものというべきである。 (山本矩夫)

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