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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)5421号 判決 1972年10月07日

原告

久米川鶴子

被告

大西忠男

ほか二名

主文

被告らは、各自原告に対し、金六七万五六七〇円およびこれに対する昭和四五年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを九分し、その八を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告らは、各自原告に対し、金六〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一〇月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告ら)

一  原告の請求を棄却する。

二  訟訴費用は原告の負担とする。

との判決。

第二請求の原因

一  事故

原告は次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四四年一〇月一四日午前一時三〇分ごろ

(二)  場所 大阪市浪速区大国町一丁目一二一番地先交差点

(三)  加害車

イ 普通乗用自動車(大阪五一さ二七七四号)

右運転者 被告大西忠男

ロ 普通乗用自動車(大五や一六九六号)

右運転者 被告井堀富士雄

(四)  被害者 原告

(五)  態様

右加害車イが交差点を東から西へ直進しようとし、加害車ロが西から南へ右折せんとして衝突、イの車に同乗中の原告が負傷した。

二  責任原因

(一)  被告大西忠男

1 同被告は、加害車イを自己のため運行の用に供していた。

2 同被告は、飲酒して呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、正常な運転ができないおそれがある状態で加害車イを運転し、対向車との安全を確認すべき義務を怠り、時速四〇粁で進行を継続した過失により、事故を発生させた。

(二)  被告井堀電機工業株式会社

1 同被告は、加害者ロの保有者である。

2 同被告は、被告井堀富士雄の使用者であるが、被告井堀富士雄は被告会社の業務の執行として加害車ロを運転中、後記の通りその過失により事故を発生させた。

(三)  被告井堀富士雄

1 同被告は、加害車ロを自己のため運行の用に供していた。

2 同被告は、交差点で右折する際、できるかぎり道路の中央に寄り、交差点中心の直近内側を徐行し、対向車との安全を確認して進行すべき義務を怠り、事故を発生させた。

三  原告は、本件事故により顔面打撲挫創、両下腿打撲傷の傷害を受け、約二週間の入院 安静加療を要したほか、昭和四四年一〇月二二日の診断で左眼底出血および球結膜下出血の症状で約三ケ月の通院加療を要することが判り、その後通院を続け、現在なお通院加療中である。原告の被つた損害は以下の通りである。

(一)  池田病院の治療費・文書料 五七五〇円

(二)  同病院における付添費 一万四〇〇〇円

入院一四日間、一日一〇〇〇円の割合。

(三)  菅沢眼科の治療費 一七万一九二〇円

(四)  通院交通費 五万五六〇〇円

池田病院へ二二回、菅沢眼科へ一一七回、合計一三九回のタクシー代、一往復四〇〇円の割合。

(五)  得べかりし利益の損失

1 逸失利益 六四九万五七七〇円

原告は、料理店「久鶴」を経営するものであるが、右「久鶴」は創業二九年、高級料亭であり、固定客も多い。その年間の水揚げ額は二五〇〇万円を下らない。原告は店のマダムとして、板場、女中の監督、会計の取締り、客の接待をしていたが、顔面醜悪となり、眼底出血等のため失明に近く、両下腿打撲傷のため起居不自由となり、右の役目を果すことができなくなり 売上げも減少した。従つて、原告の個人収入(昭和四四年度は二一一万四七一五円)も、今後は三分の二以下になるものと推定されるが、原告は大正五年二月一日生れで事故当時は五三才であつたから、原告の稼働可能年数は向後一三年間である。

2 後遺障害(一二級)補償 三一万円

(六)  慰謝料 四〇万二三三二円

原告が入院した期間は一四日に過ぎないが、通院は一三九回に及び現在なお通院中である傷害は顔面、眼球だけでなく両下腿に及び起居も思うままにならず、また、頭痛 めまいが絶えない。原告は料亭のマダムとして、多くの従業員を抱え、その監督、会計の取締りを果すべき立場にあるが、これができなくなり、顔面の瘢痕のため顧客に接することもできない有様である。

(七)  弁護士費用 三〇万円

四  よつて原告は、被告らに対し、前記三、(一)ないし(七)の合計金七七五万九五七二円のうち金六〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年一〇月二五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する答弁

(被告大西)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二(一)の事実中、被告大西が飲酒していた事実は認めるが、その程度を争う。その余の主張は争う。

三  同三の事実中、原告が料理店「久鶴」の経営者兼マダムであることは認める。池田病院に関する部分は不知、その余は否認する。なお、原告は事故前から眼病を患つていたのであり、その主張の眼に関する損害は本件事故と関係がない。

(被告井堀電機および被告井堀富士雄)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二(二)、(三)の事実中、被告井堀電機が加害車ロの所有者であることは認め、その余は否認する。

三  同三の事実中、原告の病状の存否、程度は不知、その余は否認する。

第四被告大西の主張

一  自賠法三条但書

(一)  被告大西は、直進車優先の原則により対向の加害車ロが先に右折しないものと信頼して進行したのであり、同被告には過失がない。

(二)  事故発生の原因はもつぱら相被告井堀富士雄の交差点右折の際の注意義務懈怠にある。

(三)  加害車イには構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつた。

二  原告の同乗者としての責任

被告大西と原告は、同被告が原告の経営監督する料理店「久鶴」で過去一七年間余も継続して飲食してきた昵懇の間柄であり、事故当日、原告は同被告が同店で飲酒後帰途に際し、同被告の飲酒の事実を知りながら、かつ同被告が同乗をすすめたのでもないのに、原告自らの都合で有無をいわさず、同被告運転の加害車イに乗り込んできたものである。かような経緯のもとでは、

(一)  長年の昵懇な間柄の被告大西に対して、原告は同乗に際し損害賠償請求権を放棄したというべきである。

(二)  飲食店のマダムとしては、自動者を運転してきている者に対して酒の提供を拒絶し、飲酒後は自動車の運転を中止させる義務があるのに、原告はこれを怠り、同乗したものであり、原告には被告大西に過失ありとしてもこれを承服し、自ら危険を負担する意図があつたというべきであるから、原告はやはり損害賠償請求権を放棄したものである。

(三)  以上(一)、(二)の主張が容れられないとしても、両者の間柄、飲酒運転にあえて同乗したこと、被告大西が同乗をすすめたものでないこと、被害が軽微であることの事情のもとでは、衡平の原則上、原告は損害賠償請求権を有しないものというべきである。

(四)  右の(一)、(二)、(三)それぞれ個別には請求権中存在が認められないとしても、それらを総合して請求権不存在と結論づけられるべきである。少なくとも慰謝料請求権は認められないし、また財産的損害に対しても九割以上の過失相殺をすべきである。

三  被告大西は、池田病院の治療費として一六万一三五〇円を昭和四四年一二月ごろ原告に支払つた。よつて、仮に被告大西に本件事故の責任があるとしても、右金額に原告の過失割合を乗じた金額を、損害額から控除すべきである。

四  なお、本件の補償交渉が難航した原因は、原告の過大な要求額にあるから、この点損害額の算定にあたり、考慮されるべきである。

第五被告井堀電機および被告井堀富士雄の主張

一  過失相殺

原告(およびその従業員)は、被告大西が原告方に立寄る際には、ほとんどいつも車で来ること、帰るときも車に乗つて帰ることを知つていながら、原告に酒をすすめたものであり、これは道路交通法六五条二項に違反する。また、原告は、被告大西が多量に飲酒したことを知つていながら、あえて同被告運転の車に乗り込んだものであり、明らかに危険を承認していたが、あるいは過失があるといわざるをえない。しかも、原告は右加害車に好意的に乗せて貰つていたのであるから、以上のような諸点を総合考慮すると、原告が被告らに請求できる損害の程度は、その実損害額の半分以下に留められるのが相当である。

二  負担割合

本件事故の原因の過半は、右のように原告が被告大西に飲酒させた結果、同被告が酔つ払つて速度違反、前方不注視の状態で運転していたことにある。また、被告井堀電機、同井堀富士雄と被告大西との間では、原告の損害については被告大西が負担する旨の合意が成立していたという事情もあり、被告ら間の負担割合は、被告井堀電機、同井堀富士雄の側が三割以下であるというべきである。

第六証拠〔略〕

理由

一  請求原因一の事実(事故の発生)は、すべての当事者間において争いがない。

二  弁論の全趣旨によれば、被告大西は加害車イの運行供用者であると認められ、また、被告井堀電機が加害車ロの所有者であることは被告井堀電機および被告井堀富士雄の認めるところであるから、被告井堀電機は加害車ロの運行供用者であると認められる。

三  すべての当事者間において〔証拠略〕を綜合すると、事故現場は、幅員約一八米の東西道路と幅員約二七米の南北道路とが交差している交差点で、信号機による交通整理が行なわれていること、被告大西は事故前に飲酒し(同被告飲酒の点はすべての当事者間で争いがない)、事故前後には呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その結果正常な運転ができないおそれがある状態で加害車イを運転し、本件交差点を青信号に従い時速約四〇粁で東から西に通り抜けようとしたが、酩酊のため対向右折車の動向に対する認識が遅れ、折柄同交差点に西から進入して右折しようとした加害車ロと衝突したこと、被告井堀富士雄は東西道路を東進し、該交差点で南へ右折せんとしたが、右折の指示はしたものの、交差点の中心まで進まずに、交差点西端部に入つたばかりの個所で対向直進車に対する安全確認を怠つたまま、時速約二〇粁で漫然右折せんとしたため、交差点を東から直進してきた加害車イと衝突したことが認められ、〔証拠略〕中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。以上認定の事実によれば、本件事故は被告大西の酩酊運転と、被告井堀富士雄の右折方法の不適当とが競合した結果発生したものであつて、右両被告の過失は明らかである。

したがつて、被告大西の自賠法三条但書該当の主張も、その余の点について判断するまでもなく採用することができない。

四  被告らは、本件事故に対する同乗者としての原告の責任ないし過失相殺を主張するので、以下に検討する。

(一)  〔証拠略〕を綜合すると、被告大西は事故当夜(一〇月一三日)の午後一〇時前ごろ、連れ三名を伴い、原告の経営する料亭「久鶴」へ行き、連れと共に午前一時ごろまで飲食し、その間、ウイスキー等を飲んだこと、同被告は「久鶴」へ来る前にすでに他で酒二合位を飲んでいたこと、「久鶴」へは加害車イを運転していつたが、飲食中はこれを「久鶴」の前のモータープールに預けておいたこと、午前一時ごろ「久鶴」が閉店の時刻になつた際、同被告は原告に対し、西成にある自分の関係している中華料理店に行こうと誘い、原告もこれに応じ、加害車イの後部右側座席に同乗し、被告大西の連れの三名も相乗りしたうえ、同被告の運転で出発し、途中本件事故に遭つたものであること、事故後の検査では、前認定の通り、被告大西は呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、酒臭は強く、顔色は赤かつたこと、被告大西は「久鶴」の古い馴染みであつて、月に平均して五、六回同店で飲食するが、その際はほとんど常に車を運転していき、飲食後はやはり車を運転して帰ること、このことは原告もよく知つていること、以上の事実が認められ、〔証拠略〕中、右認定に反する部分は措信し難く、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。そうして、以上の事実から推すと、本件事故の同乗に際し、原告は被告大西が飲酒、酩酊のうえ運転するものであることを充分認識していたものと認められ、原告本人尋問の結果の内これに反する部分はたやすく措信し難い。なお、被告大西は、同被告がすすめもしないのに原告が自分の都合で有無をいわさず乗り込んできたと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。

(二)  被告大西は、原告は、同被告と昵懇の間柄にあるから、損害賠償請求権を同乗に際して放棄したものであると主張し、前認定の通り、被告大西は原告の経営する「久鶴」の古い馴染みであることが認められるけれども、このことだけから原告が損害賠償請求権を事前に放棄していたものとは断じ難い。次に、被告大西は、酒を提供したうえで同乗した原告は、危険を負担する意図であつた旨主張するけれども、本件全証拠によるも原告にそのような意図があつたものとは認め難く、また酒を提供したうえで同乗したということだけから、危険を自ら負担する意図があつたものと推認することもできない。

そうして、前示(一)で認定した事情のもとでは、原告が損害賠償請求権を放棄したことないし原告の損害賠償請求権不存在という結論は導き出すことができず、ほかに、右のような結論を肯認するに足る事情は認めることができない。

(三)  しかしながら、前示(一)で認定した事実からすれば、原告ないしその従業員は、被告大西が自動車を運転してきており、帰途も車を運転することを承知しながら、同被告に酒を提供したものであり、原告はその事実および被告大西が酩酊していることを知りながらあえて同被告運転の車に同乗し、その同乗中に本件事故に遭つたものであつて、原告の側にも事故発生の危険を増大せしめたという意味で落度があつたというべきであるから、この点は後記損害額の算定にあたり斟酌するものとする。

五  損害

(一)  〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により顔面打撲・挫創、両下腿打撲傷の傷害を被り、事故当日の昭和四四年一〇月一四日から一四日間池田病院に入院、退院後同年一二月二日までの間に二二日同病院に通院して治療を受け、そのころ治癒したが、顔面左眉のあたりに、交差状の二本の瘢痕(一つは長さ三ないし四糎、幅一ないし二粍、もう一つは長さ約三糎、幅一ないし二粍)を残したことが認められる。なお、〔証拠略〕を綜合すると、原告は事故以前から両眼糖尿病性網膜症を患らい、事故前の昭和四四年九月の視力検査では左眼は〇・〇五、右眼はほとんど失明に近い状態であつたところ、本件事故により左眼眼底出血・球結膜下出血の傷害を被つたため、事故後左眼の視力も一時〇・〇二に低下したが、その後の治療により〇・〇五に回復したことが認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は右各証拠に照らしてたやすく措信し難く、ほかに右認定を左右する証拠はない。原告は以上のほか、両下腿の打撲傷により起居が不自由となつた旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。

(二)  以上の事実によれば、本件事故により原告の被つた財産的損害は以下の通りと認めるのが相当である。

1  池田病院入院治療費残額 五七五〇円

〔証拠略〕によれば、池田病院の治療費一六万七一〇〇円の内、一六万一三五〇円は被告大西が支払い、残額の五七五〇円を原告が支払つたことが認められる。

2  入院雑費 四二〇〇円

池田病院に入院した期間(一四日)中、一日少なくとも三〇〇円の雑費を要したものと認める。

3  池田病院への通院交通費 五七二〇円

池田病院へは退院後二二回通院したが、〔証拠略〕によれば、通院のタクシー代は一回往復二六〇円を要したものと認められる。

(三)  原告が財産的損害として請求する項目の内、以上に認めたもの以外は財産的損害としては認めることができない。その理由は次に述べる通りである。

1  付添費

〔証拠略〕によれば、原告の入院中、原告の被用者が一時間ほど付添つた事実が認められるのみであつて、ほかに何人かが付添つたことないし原告主張のように入院期間中ずつと付添の必要があつたことはこれを認めるに足る証拠がなく、右認定程度の付添による損害はこれを財産的損害と評価することは相当でなく、慰藉料額の判断にあたつて斟酌すれば足るものと考えられる。

2  菅沢眼科の治療費、同病院への通院交通費

〔証拠略〕によれば、原告は昭和四四年一〇月二二日から同四五年九月までの間菅沢眼科病院に通院し、合計金一七万一九二〇円の治療費を同病院に支払つたことが認められる。しかし、さきにも認定したように、原告にはもともと糖尿病性網膜症という持病があり、〔証拠略〕によると、事故前の昭和四四年一月から同病院で治療を受けていたものであつて、本件事故のシヨツクでそれが若干増悪したとはいえ、原告の眼疾の基本は右の糖尿病性のものと認められ、右の菅沢眼科病院への通院の全部が本件事故と因果関係あるものとはとうてい考えることができず、唯その一部のみ本件事故と因果関係があるものと認められるけれども、その範囲を画するに足る的確な資料はない。従つて、眼科の関係の出資は財産上の損害としては算定不能であつて、ただ、右のような眼疾の増悪の事実を慰藉料額の判断にあたり斟酌するにとどめるものとするほかはない。

3  得べかりし利益の喪失

原告は事故後から稼働可能な一三年間、従前の収入の三分の一の減少があるものとして、その損害額を六四九万五七七〇円と主張、ほかに後遺障害(一二級)補償金として三一万円を請求し、〔証拠略〕によれば、原告は従業員七ないし八名を使用して料理店「久鶴」を経営するが、原告自身も客の接待等に従事していたものであること、昭和四四年度分の原告の申告所得額は二一一万四七一五円であることが認められる。しかしながら、原告の後遺症は、顔面瘢痕のみであつて、原告主張のような両下腿打撲傷による起居不自由というようなことは認められず、またその主張の眼科的疾患も本件事故の後遺症とはみられない。そうして、右瘢痕の程度は先に認定した通りであつて、原告主張のように顧客に接するのもはばかられるほどにひどいものとはいえず、原告本人尋問の結果によると、実際にも原告は退院後一ケ月ほど経たあとは、ぼつぼつ店に出て働らいたことが認められる。また、弁論の全趣旨によれば、税務署に対する所得額の申告においても、昭和四三年から同四五年にかけて大した違いはないことが窺われる。以上によれば、原告が向後一三年間に亘り従前の収入の三分の一を失なうであろうとの原告の主張は、にわかに肯認し難いものといわなければならない。

もつとも、右にも述べたように、原告本人尋問の結果によれば、原告は池田病院への入院中、そして退院後約一ケ月間は、店に出られなかつたことが認められるが、同じく右尋問の結果によれば、右期間中も原告不在のまま従業員の手によつて「久鶴」の営業は継続して行なわれていたことが窺われるとともに、その間、原告がマダムとして働らけなかつたことによる損害がいかほどであつたかを認定する的確な証拠はない。してみると、原告が右のように入院中および退院後一ケ月間ほどの、働らけなかつたことによる損害は結局、算定しようがないから、右事実は慰藉料額判定の一事由として斟酌するにとどめることとする。

(四)  これまで認定してきた原告の受傷の程度、治療経過、後遺症の程度、右(三)で述べた諸事情および前記四で述べた本件事故についての原告の責任等を総合考慮すると、本件事故による受傷の慰藉料として、原告は被告らに対し、金六〇万円を請求しうるものと定めるのが相当である。

(五)  そうして、本件認容額、事案の難易度等を考慮し、弁護士費用としては金六万円をもつて被告らから原告に賠償せしめるものとするのが相当である。

六  従つて、被告らは連帯して原告に対し、前記五(二)1ないし3および同五(四)、(五)の合計金六七万五六七〇円を支払うべき義務があることになる。(なお、被告井堀電機および被告井堀富士雄においては、同被告らと被告大西との間の損害の負担の割合について主張するところがあるけれども、右被告ら間の損害負担の割合を定めることは、本件訴訟の結論になんら影響を及ぼすものではないから、右の主張については判断しない。)

よつて、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、右金六七万五六七〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年一〇月二五日から支払い済みまで年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で、理由があるから、これを認容し、その余はこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 林泰民)

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