大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)5864号 判決 1972年9月19日
原告
井戸照代
井戸まき子
右訴訟代理人
川井信明
被告
千代田火災保険株式会社
右代表者
手嶋恒二郎
右訴訟代理人
赤鹿勇
外五名
主文
被告は各原告に対し金四、四四三、二七六円およびこれに対する昭和四五年一一月八日より完済まで年五分の金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告等において各金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一、請求原因第一項の事実は、姜が被告に対し保険金支払請求権を取得したという点を除き、当事者間に争いがない。
二、そこで被告の抗弁について順次判断する。
まず被告の答弁第二項について検討する。被告は姜が本件自動車を白タク用および窃盗の下見、盗品の運搬用に使う目的で目的で購入し、本件保険契約締結当時もかかる意図をもつていた旨主張するけれども、これを肯認するに足る的確な証拠はない。
もつとも、<証拠>によれば、姜は昭和四一年中古の乗用自動車を購入し、一時これを用いて有償で旅客を運送していたことが窺えるけれども、右証拠によると姜は昭和四三年年四月頃には土建業の手伝をするようになり、同年九月頃右自動車を下取りにだして本件自動車を月賦購入したことが認められるのであつて、同年九月二六日本件保険契約を締結した当時姜が本件自動車を白タク用に使う意図であつたことを認めるに足る証拠はない。また<証拠>によると、姜はこれまでに数回窃盗をしたことがあり、現に本件交通事故を惹起した当時、電線の窃盗で起訴され、昭和四三年五月より保釈されていたものであることが窺えるけれども、本件保険契約を締結した当時姜が本件自動車で窃盗場所の下見、盗品の運搬のために使用する意図であつたことを認めるに足る証拠はない。したがつて被告の保険契約無効の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
三、次に被告の答弁第三項(一)について検討するに、本件交通事故の発生につき姜に故意があつたことは、これを認めるに足る証拠がない。
すなわち、<証拠>によれば、姜は昭和四三年八月三〇日午後一〇時頃電線を窃盗する目的で本件自動車を運転して東大阪市若江西新町一丁目一三番地附近に赴き、同所で架設してある電線約八八〇メートルを切断し、これを右自動車のトランクおよび後部座席に積込み、翌三一日午前四時頃右自動車を操縦して中央環状線を南に向い、巨摩橋交差点を左折しようとした際、附近で自動車の検問をしていた警察官を認めて南進し、これを見た大阪府河内警察警察官小野彦太郎等がパトロールカーで追跡するや、姜は速度をあげて南進を続けたが、右交差点から約一キロメートル進行したところで交通止になつていたため、やむなく反転して、時速約一〇〇キロメートルの速度で中央環状線を約三キロメートル北進し、中央環状線が府道大阪枚岡奈良線との直角に交わる通称新家東口交差点の手前約一〇〇メートルの地点に至り、右交差点を右折しようと考えてブレーキをふみ、時速約五〇キロメートルに減速して交差点にさしかかり、その信号が赤色を示しているのを認めたのに、これを無視して右交差点に進入し、その際西から東に向い進行してきた良三運転のタクシー車にきづいたものの、あわてたこともあつて急制動をかけることもハンドルをきることもできず、交差点中央附近で本件自動車の左前部をタクシー車の前部に衝突させ、両車ともに大破し、良三および乗客三名はいずれも負傷して良三は同日死亡し、姜もまた負傷したことが認められ、証人姜徳三の証言中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。右事実によると、本件交通事故は姜が信号を無視して交差点に進入したことに基因するのは明らかであるが、姜が本件自動車を他の自動車に衝突させ、人を死傷させる意思をもつてこれを運転したことを認むべき証拠は勿論、人を死傷させるべきことを認識しながらそれもやむをえないとして本件自動車を運転していたものであることを認めるに足る証拠もない。したがつて本件保険事故が姜の故意によつて生じた旨の被告の主張は理由がない。
四、次に被告の答弁第三項(二)について検討する。
<証拠>によれば、姜は前叙の如く昭和四三年五月保釈された後、本件自動車により旅客を有償で運送する行為を反覆していたことが窺えるけれども、本件交通事故は前記のとおり電線を窃取しこれを後部座席等に積載して運転逃走中発生したものであつて、その事故の発生が白タク運転と関連があることを認むべき証拠はない。
また保険契約上の自家用乗用自動車を運転して、窃盗場所の下見をし、窃盗した品物をこれに積載して走行することが直ちにその自動車を自家用乗用以外の用途に使用したことになるとは解しがたい。
したがつて本件保険事故が本件自動車を保険契約に定められた用途以外に使用している間に生じたとする被告の主張は採用しない。
五、次に被告の答弁第三項(三)について考えるに、損害保険契約が保険の目的について偶然な一定の事故により生ずる損害を填補することを約するものであることは被告の主張するとおりであるが、事故が偶然性を有するとは、保険契約が成立した時にその事故が発生することも発生しないことも可能であつて、しかもそのいずれとも未だ確定していないことをいうのであり、この意味において本件保険事故が偶然のものであることは先に認定した事実に照らし明らかである(被告は窃盗常習者が自動車を運転すれば必ず人を死傷させる事故を起すものであるかの如くいうけれども、これを肯定すべき資料は全くない)。したがつて本件保険事故が偶然性を欠く旨の被告の主張は採用できない。
六、そうすると姜は被告に対し保険金八、八八六、五五二円の支払請求権を取得したわけである。
そして請求原因第二項の事実は当事者間に争がない。
七、よつて原告等の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。 (石川恭)