大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)5908号 判決 1973年10月03日
原告 中村秀利
右訴訟代理人弁護士 藤田良昭
同 大兼利夫
同 片岡成弘
右訴訟復代理人弁護士 野村正義
被告 交洋木材株式会社
右代表者代表取締役 三反田忠昭
右訴訟代理人弁護士 中安正
同 大畑浩志
主文
被告は原告に対し、金二七四万八七八八円および内金二四四万八七八八円に対する昭和四五年一二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は原告に対し、金四七八万四五四八円および右内金四四八万四五四八円に対する昭和四五年一二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
≪以下事実省略≫
理由
一 当事者の関係
請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。
二 本件事件の発生
≪証拠省略≫を総合すると、原告は、昭和四二年一一月一三日午前一〇時ころ、被告工場内において、同僚の運転手訴外某および甲野とともに、同工場に設置されたガソリン罐からトラックに給油をなす作業に従事し、右運転手某はトラックの運転台でガソリンの計量器を注視し、原告はガソリン罐から引いてきた長さ四メートル程のホースをトラックの給油口に挿入して持ち、甲野は原告から約三メートル離れたところで手動式ポンプを廻してガソリン罐からガソリンを汲み上げていたところ、ガソリンがガソリンタンクに満ちて溢れ出し、原告のズボンをぬらした上相当量のガソリンが地上にこぼれたこと、甲野はこれを見て、右給油作業が終わり運転手がトラックを運転して給油場所を離れた後、原告から一メートル半位のところまで近づき、マッチを擦って原告の方へ投げつけたこと、そのためマッチの火が地上にこぼれたガソリンに引火して燃え出し、さらに風の影響を受けて原告のズボンにも引火してこれを全焼した結果、原告は両手、前腕、臀部、両下肢火傷の重傷を負い、同日から昭和四四年四月三〇日まで医療法人兼誠会杉安病院に入院し、退院後も約一ヵ月間週二回位の割合で同病院に通院したこと、を認めることができ右認定に反する証拠はない。
三 被告の責任
前記認定事実によれば、本件事件は、ガソリンでズボンをぬらした原告に対し、甲野がこれを知りながらマッチを擦って投げつけたことによって惹起されたことは明らかである。
かように至近距離に火気を接近させれば容易にガソリンに引火するであろうことはたやすく予見しうべきことであるが、甲野が何故にそのようなことをしたのかについてみるに、≪証拠省略≫によれば、甲野は原告がズボンをガソリンでぬらしたのを見て、笑いながら点火したマッチを原告に向けて投げたというのであるから、甲野は原告を狼狽させようとふざけて、右所為に出たものと推認され、その所為は甚だしく軽卒であって、甲野には重大な過失があるものと言わねばならない。
そこで、被告会社の従業員である甲野の前記所為が、被告の事業の執行につきなされたものであるかについて検討してみるに、甲野の前記所為は、それ自体は、被告の主張するように、ふざけて、マッチを擦り原告に向けて投げるという事業の執行とは無関係のものであるが、本件事件が、前記認定のとおり、両者の勤務時間中に被告会社の施設内において発生したものであり、しかもトラックへの給油作業(製材加工のみでなく、被告保有車両への給油作業も被告の事業の執行に含まれることはもとより当然である。)という被告の事業執行中に生じたガソリン漏出事故に端を発し、右給油作業直後に惹起されたものであることに鑑みれば、甲野の前記所為は被告の事業執行々為を契機としかつこれと時間的場所的にもきわめて接着しているから被告の事業の執行につきなされたものと解するのが相当であって、被告は甲野の使用者として、民法七一五条一項により、原告の蒙った損害を賠償すべき義務があるというべきである。
四 そこで進んで抗弁1および2について判断する。
1 抗弁1(被告の免責事由)について
≪証拠省略≫によると、被告会社敷地内には、数ヵ所に「構内禁煙」の標識が掲示されていることが認められるが、右の程度の掲示は、一般に可燃物を扱う作業場であればどの作業場においても当然とられるべき措置であるにすぎず、これをもって特に被告が被用者の監督について相当の任意を尽したと言うことはできず、他に、被告において被用者の選任および監督について具体的に特に免責事由とするに足る注意を払ったものと認めうる証拠はない。
かえって≪証拠省略≫によれば、被告会社では本件事件発生当日以前より原告らが給油作業に従事していながら、これに対して被告会社から給油設備の取扱上の注意や説明がなされたことはなく、また、ガソリン罐の設置場所付近には火気の取扱等について特に従業員の注意を喚起すべき標識が掲げられていなかったことが認められ、(≪証拠判断省略≫)かかる被告会社の火気に対する配慮の欠如が、従業員の間にガソリン等の引火危険物に対する認識の不足を招来せしめ、これが本件事件の遠因となったものとも考えられるから、本件事件が相当の注意をなすも未然に防止することは不可能であったというのもあたらないのであって、結局抗弁1の主張は採用することができない。
2 抗弁2(過失相殺)について
被告は第一に、原告には給油作業をなすべき権限はなかったのにこれがあるものと誤解して給油作業にあたった結果、自らの不手際で衣服にガソリンを付着させたことをもって原告に過失があると主張するものであるが、原告の不手際の点はしばらくおくとして、権限の点についてみるに、≪証拠省略≫によれば、被告会社における給油作業を運転手が一人で行うことは事実上無理で、少くとも二人の人員を要することが認められ、給油作業用の人員が特別に配置されていることの認められない被告会社においては、むしろ運転助手が給油作業に加わって手伝うべきことが予定されていると解するのが自然であってこの点に関する被告の主張は採用できない。
次に、原告が燃料計の針の作動に関し誤解していたとの主張について検討するに、仮にその事実が認められるとしても、≪証拠省略≫によれば、本件給油作業において、燃料計の確認にあたり汲上ポンプの操作の指示をしていたのは前記運転手某であって、原告は燃料計の確認には関与していなかったことが認められるから、原告の右誤解とガソリンの漏出との間に何らの関係も認められないことは明らかである。
さらに右事実によれば、ガソリンがタンクから溢れ出たのは前記運転手某のポンプ停止の指示が遅れたためであると推認され、原告のズボンがガソリンでぬれたことの原因が原告の不手際にあるということもできない。
また、ズボンがぬれてから、原告がただちに現場をはなれ、あるいは衣服を着替える等の処置をとらなかったことについては、ガソリンを浴びた者に対しマッチを擦って投げるなどという無謀な所為に出る者のあることは、原告ならずともおよそ予想のできないことであると考えられ、これをもって原告に過失があるということは到底できないし、さらに、≪証拠省略≫によれば、原告において、甲野がマッチを擦って投げるのを見て、これから避難する余裕はほとんどなかったことが認められる。
以上によれば、過失相殺に関する被告の主張はすべて理由がないこととなり採用することができない。
五 損害
1 休業損害 金四七万七〇九八円
原告が、本件事件当時、被告会社において日額平均金一四九〇円の賃金を得ていたこと、および昭和四二年一一月一六日から昭和四四年六月二六日までの間の休業補償として労災保険から金五二万五六七二円の給付を受けたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告は被告会社では日給月給制により賃金を得ていたため、本件受傷により前記杉安病院に入院した日の翌日である昭和四二年一一月一四日から、被告からの賃金の支払を打切られ、その後昭和四四年九月ころ、被告会社を退職し、訴外有川製作所に再就職するまで何らの収入も得ていなかったことが認められる。
ところで、原告は昭和四二年一一月一六日から昭和四四年六月二六日までの休業損害を算定するについて、労災保険からの休業補償給付額を基準としているが、右休業補償給付の性質については見解がわかれるも、これを直ちに逸失利益算定の基礎とすることは相当でないと解されるから、原告の算定方法は採用できない。
前記認定事実によると、原告は負傷して入院した日の翌日である昭和四二年一一月一四日から、再就職した昭和四四年九月の前月である同年八月末日までは、少くとも、収入がなかったことになるが、原告は昭和四二年一一月一六日を休業損害の起算日として請求しているので、これに従って右四二年一一月一六日から昭和四四年八月末日までの六五四日間の原告の得べかりし利益を、原告の一日の平均賃金を前記金一四九〇円として算出すると金九七万四四六〇円となる。従って右金員から原告が受領した前記労災保険からの給付額金五二万五六七二円を控除した金四四万八七八八円が原告の休業損害となる。
2 慰藉料 金二〇〇万円
≪証拠省略≫によれば、原告は甲野の無謀な行為により、まことに無惨な後遺障害を負ったことが認められ、結婚を将来にひかえた原告が右後遺障害によって受ける精神的苦痛は察するに余りがあり、その他原告の受けた肉体的苦痛等諸般の事情を考慮すると、原告に対する慰藉料としては金二〇〇万円をもって相当と認める。
3 弁護士費用 金三〇万円
原告が本件訴訟の提起追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任したことは記録上明らかであり、事案の難易、認容額、被告の抗争程度等諸般の事情を考慮すると、被告に請求しうる弁護士費用は金三〇万円が相当である。
六 結論
以上の事実によれば、原告の本訴請求は金二七四万八七八八円および内金二四四万八七八八円に対する不法行為発生の後である休業損害発生の後である昭和四五年一二月五日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田栄一 裁判官 増田定義 裁判官大谷禎男は東京地方裁判所職務代行として同庁に在勤につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 野田栄一)