大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)6347号 判決 1972年12月08日
原告 株式会社山善
右代表者代表取締役 深川芳夫
右訴訟代理人弁護士 松田光治
右同 松田定周
被告 利根産業株式会社
右代表者代表取締役 林次郎
被告 林次郎
右被告ら両名の訴訟代理人弁護士 中川恒雄
右同 須永喜平
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、当事者の求めた裁判
(一) (原告)
1、被告らは各自原告に対し金三〇五万二、八〇〇円およびこれに対する昭和四五年二月一日から完済まで金一〇〇円につき日歩五銭の割合による金員を支払え。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行宣言の申立。
(二) (被告)
主文同旨の判決。
二、請求原因
(一) 原告は被告会社に対し昭和四四年二月二〇日から同年九月二〇日までの間に毎月二〇日締切翌月二〇日起算一三〇日後支払の約定で被告会社の製造する流し台、調理台、コンロ台の材料を継続して販売し、右九月二〇日現在の売掛代金は金三〇五万二、八〇〇円となった。
(二) 被告会社は昭和四四年五月三〇日原告に対し債務不履行のときは一〇〇円につき日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う旨約し、被告林は被告会社の原告に対する債務につき同日連帯保証をなした。
(三) よって、原告は被告に対し右売掛代金三〇五万二、八〇〇円とこれに対する最終の弁済期日の翌日である昭和四五年二月一日から完済まで約定の一〇〇円につき日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を求める。
三、請求原因に対する認否と抗弁
(一) (認否)請求原因事実中、履行日の約定の点は否認し、その余はすべて認める。
(二) (抗弁)原告は左記のとおり昭和四四年七月から九月まで出荷制限(出荷の一部停止)その後取引を停止して債務不履行をなし、被告会社に対し左記のとおり合計金四〇九万四、〇〇〇円の損害を与えたので、被告会社は本訴において原告に対する右損害賠償債権と、原告の被告会社に対して有する請求原因記載の債権とを対当額で相殺する旨の意思表示を本件第二回口頭弁論期日においてなした。
1 被告会社は主として流し台、調理台、コンロ台の製造販売を業とするものである。その製造方法は、自社製造の木部に他社から仕入れたステンレス部分(シンク)を取付けて組立てるものであり、その販売方法はカタログを代理店、小売店に頒布しおよびテレビ放映による広告宣伝によって注文をとる方法である。
2 被告会社は原告よりその主張のとおりシンクを購入し、これを材料として流し台を製造していたのであるが、原告のシンクにはゴミ収納装置に特徴があり、それゆえ従来のカタログやテレビフィルムに代え、新たなカタログやテレビフィルムを作って宣伝販売して来た。
3 ところが原告は一方的に昭和四四年七月から九月まで出荷制限をなし、一〇月以後は取引を停止した。
4 被告会社は原告の右のような一方的な出荷制限ないし取引停止によりつぎのような損害を蒙った。
(1) 四〇万七、〇〇〇円 原告から仕入れた材料を使用した製品を販売するために、新たにカタログを製作したが、原告の出荷制限、取引停止により使用できなくなり、残部が一〇万部あり、単価一枚四円七銭であるので合計金四〇万七、〇〇〇円分が残って以後使用できないので、同額の損害を受けた。
(2) 金三六万七、〇〇〇円 右カタログ製作前に完成品の写真を撮映し、それに金三六万七、〇〇〇円を要したが、それが使用できなくなったことにより同額の損害が生じた。
(3) 金一三二万円 前記カタログ作成と同様、テレビコマーシャル用のフィルムを製作し、それに金一七六万円を要したが、そのフィルムは少なくとも二年間使用できたのに原告の出荷制限、取引停止により六ヶ月しか使用できなくなったので、四分の三に当る金一三二万円が損害となる。
(4) 金二〇〇万円 被告会社は原告の前記出荷制限により昭和四四年八月と九月で合計二、〇〇〇万円の生産高の減少を来たした。それから原材料、人件費などの諸費用九〇パーセントを控除した金二〇〇万円の利益を受けえたはずなのに、これがえられなかった。
四、抗弁に対する認否と再抗弁
(一) 被告らの主張どおり出荷制限取引停止をしたことを認めるが、それによる損害額についてはこれを否認する。
すなわち、カタログ、写真、テレビフィルムの代金中無駄となった分の損害は原告において予見できなかった損害であり、かつこれらの損害はもともとうべかりし利益金二〇〇万円の計算の基礎とされるべきところであるので独立の損害項目とはいえない。
また、うべかりし収益金二〇〇万円は、被告会社が他から同一商品(シンク)を買入れて通常どおり営業できたことを看過したものであって、仮にこの種の損害があるとすれば、他から同一シンクを買入れるに要した費用でなければならないはずである。
(二) 右出荷制限、取引停止には相当の理由があり、違法性がない。すなわち、原告と被告会社との間には代金毎月二〇日〆切翌月二〇日現金払またはそれ以後一三〇日後を満期日とする約束手形を交付して支払う旨の約束があったところ、被告会社は昭和四四年二月二〇日〆切同年三月二〇日決済分の代金総額金八五三万四、〇〇〇円の内金二八〇万円の支払をなさず、同年四月一九日にも金三〇万円の未払を残した。また、同年六月分につき同年七月二〇日に支払わず、同年九月二〇日現在で金五〇五万二、八〇〇円の未払があったが、同年一〇月に金二〇〇万円の支払をえたにすぎない。
このように代金支払を遅滞するので原告は被告会社に信用をおけなくなり、人的担保と物的担保を要求したところ、同年五月三〇日に被告林が個人保証をして人的担保に応じたが物的担保については同年七月これを拒絶する態度を示したので、とりあえず同月より同年九月まで出荷制限していたところ、もはや物的担保を付しないことが確定し、前記のように七月以降代金未払が生じたので、被告会社との取引を停止するに至った次第であって、原告の出荷制限または取引の停止は被告会社の前記のような代金支払の遅滞によるものであるので、何ら違法性がない。
五、再抗弁に対する認否
契約の当初毎月二〇日〆切、翌月二〇日決済でその後一六五日後の日を満期とする約束手形で決済する約束であったところ、原告は契約のいきさつ上、決済方法にこだわらず、被告会社の資金繰りの都合で適宜の金額で決済することを承認していたのであるから、支払遅滞の責がない。仮に、そうでなくても、被告会社が原告主張のとおり昭和四四年二月二〇日〆切三月二〇日決済の金二八〇万円を未払としたのは、原告が同四三年一二月九日発注に係る九四三万四、〇〇〇円相当のシンクを納期である同四四年一月一六日から二月一五日までに納品しなかったからである。また、同年四月一九日に決済すべき金三〇万円の決済をしなかったのは、ダスターシュート一式の中蓋が不足していたし、またこれを見本にするとの原告からの申入もあったからである。
また、原告主張の同年七月二〇日決済分を決済しなかったのは、被告会社発注分の六、七月分につきわずかのシンクしか納品しなかったからである。
さらに原告主張の同年九月二〇日決済分を遅滞したのは、原告が被告会社の再三の納品の催促に対し納品すると云いながらこれをなさないので、前記のとおりの損害が生じたので、その損害と相殺するために支払を留保していたのである。
理由
一、請求原因事実中履行日の約定の点を除く事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、履行日の約は、毎月二〇日〆切、翌月二〇日、一六五日後満期の手形で支払う旨の約であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、被告ら主張のとおり原告の側に出荷制限または取引停止の債務不履行があったことは当事者間に争いがない。
二、そこで、右出荷制限、取引停止に相当の理由があったか否か、すなわち債務不履行の違法性の存否について検討する。
≪証拠省略≫によれば、原告と被告会社との本件取引は前記認定のとおり継続的取引であり、その基本契約としては個別売買取引について被告会社が注文書を発し原告がこれに対し注文請書を交付すること、個別的売買契約は右注文請書の交付時に成立すること、を約していたけれども、実際の取引においては、第一回の注文につき被告会社が注文書を発したほかは、被告会社からの注文も原告の注文請もともに口頭または電話でなされ、それゆえ個別的売買契約も口頭または電話による注文、注文請によって成立していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。原告は本件の出荷制限に相当理由がある事由として、被告会社は第一回の取引の昭和四四年二月二〇日〆切同年三月二〇日払の代金総額金八五三万四、〇〇〇円のうち、金二八〇万円の支払を怠り、さらにその後同年四月一九日に金三〇万円の未払を残す有様であったので、原告は被告会社の信用に疑問を抱き、被告会社に対し人的、物的担保を要求したところ、被告会社において人的担保のみ応じ、物的担保については同年七月にこれを拒否する態度を示したので、それより前に受注していた商品の出荷を同年七月から九月まで制限し、その後、被告の態度が確定したので取引を停止したものであると主張する。
なるほど、本件のような商品の継続取引関係においては、一旦売買は、買主から注文を請けた場合でも、その後に買主の側において右取引関係上要求される信頼関係を破壊する事情が生じた場合には、売主が右注文を請けた商品の出荷をそれ相当の範囲において停止したとしても、その出荷停止には相当の理由があり、それゆえ、右出荷停止という債務不履行に違法性はない、といわなければならない。
しかしながら、本件においては右の信頼関係の破壊があったことを認めることができない。すなわち、右物的担保提供の要求の誘因となった被告会社の右代金支払の遅滞の有無およびその違法性の存否について検討するに、原告主張のとおり代金支払の遅滞が存したことは当事者間に争いがない。そして、被告ら主張のように資金繰のつき次第支払うという明示または黙示の合意があったことを証するに足りる証拠はない。≪証拠省略≫を総合すると、被告会社は昭和四三年一二月九日原告に対し金九四三万四、〇〇〇円相当の流し台用シンク等を発注し、その納品時期は翌年一月一六日から二月一五日までと約されていたのに、その期日までに納品されたのは二日遅れの分を加えても金八五三万四、〇〇〇円にすぎず、その余の中八個の蓋を除く商品は同年三月三日に納品され、右蓋の納品はさらにこれより遅れたこと、被告会社は右商品である流し台用シンク等は完全に揃ってはじめて部品として使用して製品化できるので、原告の納品の遅れに困り、再三早期納品を原告社員本岡善意らに催促したがその納品が遅れたので、その対抗上、同年二月二〇日〆切、三月二〇日支払の代金中金二八〇万円を未払としたこと、また同年四月一九日の金三〇万円の支払をしなかったのも同様注文の商品の一部に未納の分があったので右同様の理由によるものであったこと右二月二〇日〆切三月二〇日払分の代金については三月三日に完全に履行のあった商品(NW1690)の代金と併せて翌四月一九日に手形で決済していること、が認められ(る。)≪証拠判断省略≫右認定のように被告会社の使用する流し台のシンク等のように一式揃わなければ各台の製品として完成できない場合には、注文品のうち一部の未納品があり、それによって製品としての完成ができないときは、注文品全体について不完全履行の状態にあるものというべく、これに対し被告会社が代金の全部または一部を支払わなかったからといって、その代金不払に違法性があるとはいえない。それゆえ被告会社の前記各代金不払には違法性がない。そうすると、原告の昭和四四年七月から九月まで出荷制限(一部停止)には結局のところ相当の理由がないことになり、その債務不履行は違法であるというほかない。
そして、≪証拠省略≫によると被告会社が同年七月二〇日、八月二〇日、九月二〇日に各支払うべき代金のすべてを支払わなかったのは原告の右出荷制限があったので損害補償の担保の意味で前同様これに対する対抗策の意味であること、が認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。本件におけるような商品の継続的取引においては売主の出荷制限という債務不履行があり、これにより相当額の損害を蒙ったときは、同一取引上の債務でその出荷制限前に納品があった商品の代金について買主はすでに生じまた将来生じるであろう損害相当額と思われる金額を支払わなくても、それにつき違法性はないといわなければならない。そして、後記認定の損害額に照して考えると、被告会社の右九月二〇日現在の未払額は右相当の額に当るものといわなければならない。原告はこのような被告の正当な代金不払を理由に同年九月の取引の全面停止をしたのであるから、結局原告のこの取引の停止行為にも相当の理由がない。本件取引に関する前記認定の事実にもとづいて考えると、本件基本契約はたんなる紳士協定ではなく、当事者双方に対し相当理由がなければ個別的売買契約の申込および承諾を義務づけるものと解するを相当とする。それゆえ、原告の右取引停止の行為は基本契約上の債務の違法な不履行の場合にあたるといわなければならない。
以上の理由により、原告は被告会社に対し以上の出荷制限または取引の停止という違法な債務不履行により被告会社に生じた損害について相当因果関係の範囲内において賠償すべき責任があるというべきである。
三、以下被告の損害について検討する。
(一) カタログが無駄となった分の価格金四〇万七、〇〇〇円
≪証拠省略≫によると残部が少なくとも一〇万部あり、その単価は一部四・〇七円であることが認められこれに反する証拠がないので、計算上金四〇万七、〇〇〇円となる。
(二) カタログ作製用写真が無駄となった分の価格金二五万二、〇〇〇円
≪証拠省略≫によると、カタログ作製のための写真代として金三六万七、〇〇〇円を要したところ、カタログの全部数は一四万五、四九七枚であることが認められ右認定に反する証拠はなく、前段認定のとおり残部が少なくとも一〇万枚存するのでこの残部に当る写真代を計算すると、合計金二五万二、〇〇〇円(一枚当り二・五二円)となる。
(三) テレビフィルムが無駄となった分の価格金一二四万六、六六七円
≪証拠省略≫によると、テレビフィルムを作るにつき合計金一七六万円を要したところ、テレビフィルムは通常少なくとも二年間は使用可能であるが、前記のような出荷制限および取引停止により昭和四四年八月までの六ヶ月しか使用しなかったことが認められ右認定に反する証拠はない。そして、九月分については後記(四)のうべかりし収益金二〇〇万円の計算の基礎とするので、一〇月以後の分について計算することとなる。それゆえ計算上その二四分の一七に当る金一二四万六、六六七円が損害額となる。
(四) うべかりし利益 金二〇〇万円
≪証拠省略≫によると、昭和四四年八月と九月の収益は平均して一ヶ月金三、〇八六七万七、八八一円となるのに、その前後の二ヶ月の月である六、七、一〇、一一月の平均売上は四、三二一万九、二七六円となること、純益は売上の少なくとも一〇パーセントであることが認められるので、計算上少なくとも金二〇〇万円の収益減があったこととなる。
以上合計すると、被告会社の損害は金三九〇万五、六六七円となり、いずれも相当因果関係の範囲内の損害である。なお原告は、カタログ、写真代、テレビフィルムが無駄となったことによる損害は予見可能の範囲に入らないと主張するが、現今の商品販売の実情に照して考えると、これらの損害は予見可能のものといわなければならない。また原告は右の諸広告費用の無駄による損害は右(四)の項目のうべかりし収益金二〇〇万円の計算の基礎とすべきで独立に損害項目となりえない旨主張するが、右諸広告費用の無駄による損害は、昭和四四年一〇月以後少なくとも取引開始日から二年間において使用できたものであったのであるのに対し、右うべかりし利益金二〇〇万円は同年八、九月分に限定されているので、原告の主張は九月分を除きその余は失当である。さらに原告は右うべかりし収益金二〇〇万円は原告の出荷制限があれば被告会社としてとるべき他からの同一シンクの購入ができることを看過した請求である旨主張するが、≪証拠省略≫によると、本件売買の目的物であるシンクは原告への供給先であるパイン工業株式会社の特有の特徴があり、他社の商品によって代えることのできない商品であることが認められ、右認定に反する証拠はない。そしてそれでもなお、他社から同一または使用可能な程度に類似の商品を被告会社において買入れることができたことを立証するに足りる証拠のない本件においては、右うべかりし収益金二〇〇万円をもって損害というほかない。
四、被告らが、本件第二回口頭弁論期日(昭和四六年三月二日)において原告に対して、被告会社の原告に対する右損害賠償債権をもって原告の被告らに対する本件売買代金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をなしたことは当裁判所に顕著な事実である。
そうすると、原告の請求原因事実にもとづき認められる本件残代金債権は前記認定のとおり金三〇五万二、八〇〇円とこれに対する最終弁済期日の翌日である昭和四五年四月五日から右相殺の意思表示のあった日である同四六年三月二日までの間の一〇〇円につき日歩五銭の割合による金員の合計額であるので、結局右相殺によりすべて消滅したものといわなければならない。
五、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないこととなり、すべて棄却を免れないので、民訴法八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 東孝行)