大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)6686号 中間判決 1973年10月09日

原告 株式会社関西鉄工所

右代表者代表取締役 武村米蔵

右訴訟代理人弁護士 大橋光雄

同 ダン・エフ・ヘンダーソン

被告 丸紅飯田(アメリカ)会社

(MARUBENI-IIDA(AMERICA).INC.)

右代表者社長 春名和雄

主文

原告の被告丸紅飯田(アメリカ)会社に対する本訴請求(消極的確認請求)についての同被告の本案前の主張は理由がない。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告丸紅飯田(アメリカ)会社が製造物責任に基づく損害賠償請求訴訟(米国第一訴訟)において敗訴した場合において同被告が行使を受ける右損害賠償債務についての原告の同被告に対し負担すべき金九、九〇〇万円の求償債務の存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告丸紅飯田(アメリカ)会社の本案前の答弁)

本件訴を却下する。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は大阪市において鉄工業を営み、プレス機械その他各種機械の製造、販売を目的とする会社である。訴外丸紅飯田株式会社(中間判決をするため口頭弁論を分離する前の相被告―以下「旧被告」という)は大阪市に本店を、内外各地に支店を置き、国内国外にわたり貿易業を営んでいる。被告丸紅飯田(アメリカ)会社は旧相被告が米国ロスアンゼルスに設立した米国法人であり実質上旧相被告の米国支店である。

二  原告は昭和四一年(一九六六年)旧相被告に一一〇トンパワープレス(以下「本件プレス機械」という)を、代金二六〇万円、引渡期限昭和四一年六月一五日、引渡場所神戸倉庫渡の約定で売り渡した(以下「本件売買」という)。その後本件プレス機械は旧相被告→被告丸紅飯田(アメリカ)会社→米国ウェスト・コースト・マシナリーカンパニー(以下「ウェスト社」という)→シヤトル市ボーイング社(以下「ボ社」という)の経路で順次転売され、ボ社において使用していたところ、昭和四三年六月同会社の従業員ジェリー・ドゥーチが本件プレス機械により右手指を切断するという事故が発生した。

三(一)  右ジェリー・ドゥーチはウェスト社、被告丸紅飯田(アメリカ)会社および原告の三者を共同被告として(ただし、原告には訴状は送達されていない)昭和四四年(一九六九年)五月米国裁判所に訴を提起した(以下「米国第一訴訟」という)。

(二)  被告丸紅飯田(アメリカ)会社は原告に対し、右米国第一訴訟と並行して、同訴訟において同被告が敗訴した場合原告に対し、金二七万五、〇〇〇ドル(金九、九〇〇万円―一ドル金三六〇円換算)以上の損害賠償を請求する旨を予告した訴訟(以下「米国第二訴訟」という)を米国第一訴訟が係属している裁判所に提起し、原告は、昭和四五年九月大阪地方裁判所を通じ右米国第二訴訟の訴状の送達を受け、これに応訴した。

四  しかしながら、原告の被告丸紅飯田(アメリカ)会社に対する前項(二)記載の損害賠償債務は存在しない。すなわち、

(一) 本件売買は、国際売買ではなく、国内売買であるから、原告の売主としての責任は神戸渡をもって終了した(米国内における転売については旧相被告ないし被告丸紅飯田(アメリカ)会社が売主としての終局的な責任―それが売買契約上の担保責任たると、製造者としての不法行為責任たるとを問わない―を負うべきである)。

(二) 米国第一、第二訴訟においては、いずれも本件プレス機械の製造者としての不法行為責任が追求されているようであるが、本件プレス機械のような簡単な構造を有するにすぎないものについては買主において自らこれを保守監理し得るものであって製造者に不法行為責任の発生する余地はない。

(三) 被告丸紅飯田(アメリカ)会社(ないし旧相被告)は米国における終局的な売主としての立場から米国第一訴訟において本件プレス機械の故障の有無、原因、および本件事故の原因等を追求するなどして自ら十分防御方法を尽くすべきであるのに、これを怠り「すべては(本訴)原告の責任である。(本訴)原告が米国第一訴訟の法廷に出て自ら防衛しなければ被告丸紅飯田(アメリカ)会社が敗訴する。被告丸紅飯田(アメリカ)会社が敗訴すれば(本訴)原告の責任である」として米国第二訴訟を提起したことは自己の怠慢の結果を原告に押しつけるものであり、その不当であることは明らかである。

五  しかるに、原告は前記のとおり米国第二訴訟において「被告」として訴追されており、前記三(二)記載の責任を負担するやもしれぬ急迫した状態にある。

六  よって、原告は被告丸紅飯田(アメリカ)会社に対し、同被告の提起した不当な米国第二訴訟を防衛するため、本件訴訟において前記金九、九〇〇万円の求償債務が存在しないことの確認を求める(したがって、本件訴訟の実体は米国第二訴訟に対する反訴に相当する)。

(被告丸紅飯田(アメリカ)会社の本案前の主張)

一  本件訴につき日本の裁判所には裁判権がない。したがって本件訴は不適法である。すなわち、民事裁判権は主権の一作用であるから民事訴訟の被告が外国にある外国人の場合には、その被告が進んでその裁判権に服する場合を除いては民事裁判権は同被告に及ばない。ところで、本件被告(会社)はアメリカ合衆国ニューヨーク州法により設立され、アメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタン区パークアベニュー二〇〇番地に本店を有する米国法人であり、日本国内には支店も営業所も有していない。したがって、被告丸紅飯田(アメリカ)会社が応訴しない本件にあっては同被告会社に対し日本の裁判所は民事裁判権を行使し得ない。

二  原告は、本件訴をそのいわゆる米国第二訴訟に対する反訴であると主張し、かつ、原告は米国第二訴訟に応訴しており、本件訴はその防禦方法にすぎない旨自陳する。そうだとすると、本件訴は米国第二訴訟で請求棄却を求める以上の積極的な請求や主張を欠くものであって反訴の要件を具備しない。

三  仮に原告が本件訴訟で勝訴したとしても米国第二訴訟において何らの効果も認められない。すなわち本件訴は二重訴訟が将来の確認の訴ともいうべきものであって訴の利益を欠くから不適法である。

(本案前の主張に対する原告の主張)

一  本件訴訟は米国第二訴訟(これは共同不法行為者間の求償訴訟にあたる)に対する実質上の反訴に相当し、消極的確認訴訟である。ところで、求償訴訟は、一般にその被告(本件では米国第二訴訟の被告、すなわち本訴原告)の普通裁判籍のあるところ(本件では日本国)でなされるべきであることは民事訴訟法および国際民事訴訟法上の原則である。

したがって、本件の共同不法行為者間の求償訴訟(米国第二訴訟)が本来、日本国でなされるべきであるならば、それの実質上の反訴である本件訴訟も日本国で提訴することが許されるべきである。

二  二重訴訟になるか否かは同一の法権の下の裁判所間で生ずる問題であって米国裁判所と日本の裁判所とでは同一の法権の下にないことは明らかであるから、本件訴の訴訟物が求償訴訟(米国第二訴訟)のそれと同一であるとしても二重訴訟の問題を生ずる余地はない(なお、同一訴訟物につき外国の管轄権と並存して日本の裁判所にも管轄権があることについては先例がある)。

三  若し、本件訴訟の被告に対し日本の裁判権が及ばないとすれば、かかる結果は相互主義からみて不合理であり、かつ信義に反する。すなわち、本件原・被告ともに相互に相手国に本店も支店も有しない「非居住者」であるのに、一方では、本件被告が米国第二訴訟において自らを原告とし、本件原告を被告として米国裁判所に提訴し、本件原告をして米国の裁判権に服せしめながら、他方では、本件訴訟につき「非居住者」を理由として本件被告に対しては日本の裁判権は及ばない旨主張することは信義に反し、また相互主義、公平の見地からもかかる結果を容認することは到底できない。

四  以上によれば、本件訴訟につき日本の裁判所に裁判権があることは明らかである。

理由

一、被告丸紅飯田(アメリカ)会社は、日本の裁判所は本件について裁判管轄権がない旨主張するからこの点について検討する。

本訴はわが国の法人たる原告が、米国法人たる被告丸紅飯田(アメリカ)会社を相手として、被告丸紅飯田(アメリカ)会社が、米国第一訴訟で係属中のいわゆる製造物責任(追求)訴訟において同被告が敗訴した場合を慮って、その場合同被告が行使を受くべき損害賠償債務につき予め原告を相手としてその求償を求める訴を前記米国法廷に提起(米国第二訴訟)したことに対抗して、かかる求償債務の不存在確認を求めるものである。

したがって、本訴の訴訟物たる製造物責任者相互間の求償債務の性質は、米国第一訴訟の訴訟物たる製造物責任に基く損害賠償債務(その法的性質については後述する)に起因し、かつこれと密接に関連するものであって、これと同一性を有するか、またはその変形にすぎないということができ、本質的に相違することはないというべきである。(なお、訴状の請求原因および原告の各準備書面の記載等本件訴訟の経過によると、原告は、被告丸紅飯田(アメリカ)会社に対し、右求償債務の不存在確認請求以外に、他の請求(たとえば差止請求)をも提訴している疑いもあるが、訴状の請求の趣旨の記載、その他からみて明らかでなく、将来当裁判所の釈明によって、これを明確にすべきものであり、現在の段階では、被告丸紅飯田(アメリカ)会社に対しては、前記不存在確認請求訴訟のみが(明確に)係属しているにすぎないと考える)。

二、ところで、かかる製造物責任訴訟(本件のような製造物責任者相互間の求償訴訟をも含む)を対象とする渉外民事訴訟法の国際裁判管轄についてはいまだ確立された国際民事訴訟法上の原則はなく、わが国にも一般的成文規定はない。

したがって、本件訴訟において、わが国の裁判所が国際裁判管轄を有するかどうかは、わが民事訴訟法上の管轄に関する規定(とくに土地管轄)を参酌し、かつ、条理にもとづいてこれを決するのが相当である。

三、本件被告丸紅飯田(アメリカ)会社は、米国ニューヨーク州に本店を有し、同州法により設立された会社であり、日本国内には支店も営業所も有しないことは弁論の全趣旨により認められ、また、同被告が日本に国内財産を有することは当事者間において主張立証することがないから、同被告は、かかる財産を有しないと推認するのが相当である。したがって法人等の普通裁判籍、および財産所在地の裁判籍を定めるわが民事訴訟法の規定とこれにより表示される条理にもとづいて本件に対するわが国の裁判管轄を肯定することはできない。

四、そこで、他にわが国の管轄に関する他の規定を参酌するかどうかの検討をすべきであるが、その前に本件のような製造物責任の法的性質について検討を加えてみる。

いわゆる製造物責任がわが国において論ぜられるようになったのは必ずしも古くはなく、したがって、その法的性質についてもいまだ定説はなく、不法行為責任によるもの、契約責任によるものと各種の法的構成が提唱されている(将来は、いわば報償責任的なものとして特別の法定責任として立法化さるべきが望ましいといえよう)が、現在の解釈としてはこれを契約責任と解することは一般的に商品の生産者(製造者)と使用者との間に契約の成立を認めることは擬制にすぎ、妥当でなく、むしろ当該商品の生産・製造により利益をあげることに伴う一種の(特殊)不法行為責任(報償責任)と解するのが妥当であると考える。

五、以上のように、製造物責任の性質を解するとすれば、製造物責任訴訟についての国際裁判管轄の有無については、民事訴訟法第一五条第一項の規定をしんしゃくして、同条同項にいう不法行為地のいかんによって、本件製造物責任訴訟の国際裁判管轄を定めるのが相当であり、かつ、かかる基準は製造物責任の有無について、不法行為地が利害関係に密接なことに鑑みれば、条理上も相当といえる。(もっとも、本訴は、米国第二訴訟の求償債務すなわち製造物責任(不法行為)に基づく損害賠償債務について、その不存在確認を求める訴ではあるが、このような不法行為に関する損害賠償請求権の消極的確認の訴について一般的には民事訴訟法第一五条第一項の規定が適用されることは、同規定が不法行為に関する訴につき、主として証明の便宜という観点から裁判籍を認めている趣旨からも明らかであり、したがって、本訴の国際裁判管轄についても、同一の基準によって判断することが許されることに多言を要しない)。

そして、同条項にいう不法行為のなかには加害行為地も含まれると解すべきところ、米国第二訴訟の原告(すなわち本件被告丸紅飯田(アメリカ)会社)の主張によれば、本件原告が設計または製造につき欠陥のある本件プレス機械を製造したという違法(加害)行為が原因となって同被告が米国第一訴訟で敗訴し、ために損害を被るおそれがある、というのであり、そして、原告の主張によれば本件プレス機械を日本(大阪)で設計し、かつ製造したというのであり(このこと自体関係当事者の主張等の弁論の全趣旨により認めることができる)、かかる(設計または製造につき)欠陥のある本件プレス機械の製造(設計も含む)という加害行為がなされた土地という観点からみると同規定にいう不法行為地には日本(大阪市)が入るものである。したがって本件訴訟については、不法行為に関する特別裁判籍(管轄)についての民事訴訟法第一五条第一項の規定を参酌すると、管轄に関する他の規定について更に検討を加えるまでもなく、日本の裁判所は国際裁判管轄(権)を有するというべきであり、しかも前述したところによれば、当裁判所において土地管轄を有することは明らかである、(なお、本件訴訟は製造物責任者相互間の求償債務訴訟であって、かかる相互間の裁判管轄についても前述した性質からみて、前記と同一の基準が適用されることはいうまでもない)

(付言するに、製造物責任の法的性質を契約責任(債務不履行ないし瑕疵担保責任またはその類推適用)と解してもそれによっても前記理由により当裁判所に国際裁判管轄を認めることになんらの妨げとなるものではない。

すなわち前記条項にいう「不法行為」なる概念は過失責任の場合に限らず違法な加害行為に基き被害者に対し損害賠償責任を生ずるすべての場合を包含するものと解されるところ、製造物責任の法的構成として、無過失責任たる瑕疵担保責任または債務不履行責任の理論が採られるとしても、右瑕疵担保責任および債務不履行の責任もまた本質的にまたは広義の違法侵害にほかならず証拠調の便宜を考慮した前記条項の立法趣旨からみても、かかる損害賠償責任の原因をそこにいう「不法行為」に属すると解することができるからである)。

(念のため、付言するに、本訴における国際裁判管轄の判断においては製造物責任の準拠法についてはふれる必要がなくこの点については本案の請求の当否について判断するに際し検討すれば足りるものである。)

六、被告丸紅飯田(アメリカ)会社は、本訴が先に係属した米国第二訴訟との関係でいわゆる二重訴訟(民事訴訟法第二三一条)にあたるから不適法である旨主張するが、同条にいう「裁判所」はわが国の裁判所を意味するものであって外国の裁判所を含まないと解すべきであるから、この点の被告丸紅飯田(アメリカ)会社の主張も理由がない。

(なお、被告丸紅飯田(アメリカ)会社は本訴が民事訴訟法第二四一条所定の反訴の要件を具備しないから不適法であると主張するが、同条は単一の司法制度を前提とした訴訟経済的考慮を立法理由とするものであること前記二重訴訟の規定と同様であるところ、本訴は異なった司法制度(アメリカと日本)の下での実質的反訴に相当するものにすぎないから、本訴につき同法第二四一条の規定を適用する余地はないというべく、したがって、被告丸紅飯田(アメリカ)会社の主張は理由がない)。

七、被告は、原告が本訴で勝訴しても米国第二訴訟において、何らの効果も認められないこと、および本訴がいわゆる将来の確認の訴であることを理由として、本訴につき訴の利益を欠くから不適法であると主張する。しかし原告が予め本訴で勝訴判決を取得すれば、その効果として、原告が米国第二訴訟で敗訴した場合その判決のわが国での執行を阻止することに役立つといえるから、この意味で本訴について訴の利益を認めることができる。

また、製造物責任者相互間の求償債務も、製造物責任者が被害者に損害を弁済する以前において、求償債務を発生させる基本となる法律関係はすでに現実に存在しているのであり、したがって、かかる基本となる法律関係の存在を否定する意味において、右求償債務の不存在を確認することは現在の権利関係の不存在の確認を求めているということができ、被告丸紅飯田(アメリカ)会社のいうように、本訴を将来の確認の訴ということはできない。したがって被告丸紅飯田(アメリカ)会社のこの点の主張も理由がない。

八、よって、原告の本訴(消極的確認請求)についての被告丸紅飯田(アメリカ)会社の本案前の主張は結局理由なきに帰するから主文のとおり(中間)判決する。

(裁判長裁判官 奈良次郎 裁判官 喜田芳文 松村雅司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例