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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)770号 判決 1974年4月08日

原告 王桂子

<ほか二名>

右原告全員訴訟代理人弁護士 張有忠

被告 趙晉林

右訴訟代理人弁護士 堤実雄

主文

一、被告は、原告らに対し別紙目録記載の建物につき大阪法務局天王寺出張所昭和三三年九月一五日、受付第二一四七二号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

(請求の趣旨)

主文同旨の判決を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一1、訴外(亡)趙晉銀は、中華民国国民であったが、中国四八年(昭和三四年)五月三〇日死亡した。

2、亡晉銀の妻は原告王、その長女は原告恵美で、昭和三二年一月三日生、その次女は原告孝子で昭和三四年一〇月六日生であり、籍貫を中国江蘇省に有する何れも中華民国国民である。

3、原告王は、中国民法第一二条、第一〇八四条、第一〇八六条、第一〇八九条により原告恵美、同孝子(何れも未成年者)の親権者(法定代理人)であり、原告らは、同法第一一三八条、第一号、第一一四四条第一号、第七条、第一一八六条により、均等に亡晉銀の財産を相続した。

二、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という)は、訴外(亡)趙正財が昭和二四年六月頃、仮建築をし(同年同月三〇日、その名義で保存登記経由)ていた建物を前記趙晉銀が、昭和二九年六月、右趙正財から買受け、本件建物のように改築をした(同年七月六日、同人名義に所有権移転登記経由)。

三、従って、原告らは、本件建物を共有しているところ、本件建物について、主文第一項記載のような被告名義の所有権移転登記(以下「本件登記」という)が経由している。

四、よって、原告らは、本件建物の所有権に基づいて、被告に対し、同被告のした本件登記の抹消登記手続を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一、請求原因事実は、趙晉銀が原告ら主張の日に死亡したこと、原告王が晉銀の妻、原告恵美がその子であること、原告らの籍貫が中国江蘇省にあること、被告が、本件建物について原告ら主張の登記を経由していることは何れも認め、その余の事実は否認する。

二、晉銀及び原告らが中華人民共和国(以下「中共」という)国民であること次に述べるとおりであり、中共民法によれば、原告王には晉銀の遺産相続権はない。

1、晉銀及び原告らの籍貫は中国江蘇省であって、中華民国政府の支配する地域ではない。同人らは台湾や澎湖諸島の住民ではなく、その住民の子孫でもないから、昭和二七年四月二八日に締結された日本国と中華民国との間の平和条約第一〇条、同日付公換公文によって中華民国国民には該当しない。

2、中共は、わが国の未承認国家(晉銀死亡時)ではあるが、人民と領土を有する独立の国家であって、右承認は、政治外交的性質を有する国際法上の問題であり、承認の有無は外国法の実定性にはかかわりがない。一方中華民国は、その支配下に固有の領土を有しないから独立の国家とはいいえない。すなわち、人民と領土が国家の成立要件であるのに、中華民国が現に支配している台湾及び澎湖諸島は、米・英・華・ソ四連合国のポツダム宣言及び前同平和条約によって、将来四連合国の合意によって中華民国に帰属することはあっても、未だに右合意がなされておらないので、中華民国は、右の地域を連合国のために代理して占有しているに過ぎないからである。

3、原告ら(晉銀)は、外国人登録上の国籍として中国を表示している(いた)けれども、他の中共人と同様、日本における生活上の便法に過ぎず、その本国の国籍取得または離脱の効果はない。

大陸出身者(籍貫)である原告らの国籍が中華民国であるためには、一九二九年二月五日施行の従来から存する中華民国国籍法に基づき、国籍取得の手続を完了していなければならない。それがためには、革命によって大陸には一九四九年中華人民共和国が成立し、大陸出身者は当然その時点で中共の国籍を取得したから、まず、これを離脱する手続をしなければならない。右離脱がなければ二重国籍となるが、原告らは右の手続をしていない。

三、本件建物は、訴外(亡)陳月英がその資金で建築してその所有権を取得したものであって、夫の趙正財名義で保存登記を経由したにすぎない。

ところが正財が家出をして、晉銀が正財の印鑑を偽造等して擅に昭和二九年七月六日、売買を原因として自己名義に所有権移転登記を経由したものである。これを知った月英は晉銀の右行為を怒り、被告(晉銀の弟)に贈与した。そこで、被告は晉銀承諾の下に、昭和三二年九月一五日売買を原因として本件登記を経由したものである。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、訴外(亡)趙晉銀の本国法について

1、訴外(亡)晉銀が昭和三四年五月三〇日死亡したこと、原告王が晉銀の妻、原告らの籍貫が中国江蘇省であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告恵美は、晉銀の長女で昭和三二年一月三日生、原告孝子は、晉銀の次女で、昭和三四年一〇月六日生であることが認められる。

2、法例第二五条は「相続ハ被相続人ノ本国法ニ依ル」と規定しているから、被相続人たる晉銀の相続時点(昭和三四年五月三〇日現在)における本国法及び法例第二〇条「親子間ノ法律関係ハ父ノ本国法ニ依ル、若シ父アラサルトキハ母ノ本国法ニ依ル」と規定しており、原告恵美、同孝子の法定代理人が誰であるかは、右にいう親子間の法律関係に該当するから母たる原告王の本国法についても検討を加える(なお、本件においては、中華民国法によるべきか、中華人民共和国法によるべきかが争われており、当裁判所は、以下に述べるように、その決定に当り、当事者の意思を斟酌しており、相続人―もっとも一部の原告らについて、その相続適格が争われているが―の意思を斟酌すべきであるから相続人たるべきものと主張している原告恵美、同孝子の本国法についても、検討を加えるのが至当と考え、以下において、晉銀、原告王のほか、相続人たるべき原告恵美、同孝子の本国法について一括して検討する。そして、本件では晉銀の死亡による相続が大きな争点となっているから、以下においては特記しないかぎり、晉銀の死亡した時点である昭和三四年五月三〇日現在を基準として説示しているものである)。

3、≪証拠省略≫を綜合すると、晉銀、原告王、同恵美、同孝子らは進んで中華民国の国籍を保有する意思を有し、その(国籍取得)手続を経由したことが推認せられ、他に反証がないので晉銀及び原告ら(以下「以上の四名を晉銀ら」という)は中華民国国民であり、その本国法は中華民国法であると認めるのが相当である。

被告は、その主張のような事由によって、晉銀らは中共国民である(本国法は中共法)と主張するのでこれについて以下附説することとする。

(1)、被告主張の平和条約について

被告は、晉銀らの籍貫は中国江蘇省であるから(この籍貫については当事者間に争いがない)、同平和条約及附属交換条文によって、晉銀らは中華民国の国籍を取得しえないと主張するが、同条約四条、一〇条、同日付交換公文の定めるところは、それまで日本国の領土、人民とされていた台湾及び澎湖諸島及びその住民が中華民国に帰属することになったことに伴う措置、すなわち、台湾及び澎湖諸島に住居又は本籍(籍貫)を有する者が日本国籍を離脱し、中華民国国籍を取得することを明らかにしたものであり、これによって従来中華民国国籍を有していた者が無国籍となったり、中共国籍を取得することを定めたものではないから、被告の右平和条約に関する主張は失当である。

(2)、中華民国の国家性について

被告は、中華民国は、その固有の領土がないから独立した国家として体をなしていない旨の主張をするが、中華民国政府が現実に支配する台湾及び澎湖諸島は、最終的に前記平和条約によって、日本国が領有権を放棄し、これに伴い中華民国の領土となったもので、被告主張のように将来連合国の合意によって帰属が決せられる間、中華民国が、現在暫定的に連合国のために代理占有するという関係にあるものとは解することはできなく、晉銀死亡の昭和三四年当時、中華民国が独立国家として多くの国から承認をうけていたことは公知の事実である(わが国も当時、中華民国を独立国として承認のうえ前記平和条約を締結した)から、被告主張の如き論拠をもって中国の国家性を否定することはできない。

もっとも、わが国は、昭和四八年中共(中華人民共和国)と国交を始め、その結果中華民国との国交が断絶したことは公知の事実であるけれども、かかる事情があるからといって、中華民国が(少くとも本件相続が問題となる時点において)独立国家としての形態を具備していなかったものとはいえない(このことは、中共との国交開始の効力が、たとえ理論的に中共成立の当時に遡及すべきものとしても、中華民国が本件で問題となる時点において現実に独立国家としての形態をなしたことを左右するものではない)。

(3)、原告らの本国法について

イ、中華民国は、現実には、台湾及び澎湖諸島とそこの住民をその支配下に収めて、独立の法令を施行している。しかし、さらに、その領土、領民に対する支配としては中国大陸とその住民にも及ぶものであると唱えており、一方中国大陸には、本件相続原因の生じた遙か以前に中共政権が樹立され、現実には、中国大陸とその住民とを支配下に収めて独立の法令を施行している。しかし、さらに、その領土、領民に対する支配としては台湾及び澎湖諸島にも及ぶものと唱えており、本件相続原因の発生した時点においては中共を独立国家として承認した国も多数にのぼっていることは公知の事実である。従って、以上の事実によれば、中華民国と中共は、国際私法上、二国二政府、または一国二政府の法適用の問題となる。

ロ、国家(政府)側の支配に重点をおいた観点に立てば、中共の支配地(領土)に晉銀らの籍貫があるから、(潜在的には)、中共に晉銀らの国籍があり、その本国法は中共法であるとせらるべきであり、晉銀らの住所が日本にあることを重視するときには、(顕在的には)日本の承認国(前記平和条約の相手国)である中華民国に晉銀らの国籍があり、その本国法は中華民国法であるとせらるべきである。一方国民側の自由(国籍(支配国選択の自由)に重点をおいた観点に立てば、晉銀らが選んだ中華民国に原告らの国籍があり、その本国法は中華民国法であるとせらるべきである。元来、国際私法は、渉外的私生活関係の性質に最も適合する法律を発見し、以て私法の領域における渉外関係の法的秩序の維持を図ることを目的とするものであるから、以上の何れの観点に立って本国法を決するのが、本件に適切な取扱いとなるのであろうか。

ハ、国際私法上適用の対象となるべき外国法は承諾された国家又は政府の法に限らるべき理由はなく、国家又は政府の承認は、政治的外交的性質を有する国際法上の問題であって、承認の有無は外国法の実定性にはかかわりのないことであるから前記、承認の有無によって本国法を決することは、政治的外交的決定をそのまま承認することに帰し妥当な取扱いとは考えられない。かといって、晉銀らの意思を無視するかぎり、晉銀らは中華民国と中共の両国籍をその法律上有するものといえるから、当事者の意思に基づく国籍取得行為を前提とする法例第二七条第一項を適用することはできず、同第二七条三項も一国二政府を前提とする規定とは解せられないから、籍貫の所在地をもって、その本国法を決することは、戦争、占領、新国家の樹立という全く政治理念によって生じた結果をそのまま承認することに帰し妥当を欠くものであって、前記、承認、未承認の問題と特に逕庭あるものとは考えられない。

ニ、ところで、何人にも国籍選択(変更)の自由、そして国家選択の自由のあることは、国際法の原則というべく(人権に関する世界宣言第一五条等、わが国籍法第八条、第一〇条等参照)、この原則を尊重することは、流動的政治変動から法の安定性を守り、当該国法を尊重し、当該国民の人権を守る所以であるといわねばならない。晉銀らの籍貫は中国大陸にあるのであるから日本における他の中国大陸人と同様、前記平和条約の有無にかかわらず、他の国籍を選択しないかぎりわが国の敗戦当時中国本土(の大半)を現実に支配していた中華民国の国籍を本来保有しその後中共政府が樹立せられるに及んで中共の国籍をも選びうる関係を生じたものといわねばならない。従って、被告主張のように、中共政府樹立と共に晉銀らが中共の国籍を取得したものではなく、取得しうることになったに過ぎず、特に中共の国籍を取得(手続)したと認められない限り、むしろ中華民国に国籍を有するものと解するのが相当である。そして、前顕証拠によれば、晉銀らは、進んで中華民国の国籍を保有することの意思を有し、その手続を経由しているものと認められるから、結局、晉銀らの本国法は中華民国法であるといわねばならない。

二1、前記認定の事実によれば、結局、法例第二五条、第二〇条にいう晉銀の相続・原告らの親子関係を規律する法律は中華民国法であり、≪証拠省略≫によれば、その適用条文は、原告ら主張(請求原因一の3)のとおりであって、本件建物が(亡)晉銀の所有に属していたとすれば、これを被告らが均等分で相続したことが認められる。

2、なお、念の為(かりに、本件相続に中共法が適用されるとして)親権及び相続に関する中共法規を検討する(但し、本件相続時点を基準とする)に、主たる関係法規としては、共和国憲法(一九五四年)、中華人民政治協商会議協同綱領(一九四九年)、婚姻法(一九五〇年)、土地改革法(一九五〇年)があるが、行為能力及び法定代理人に関しては別段の規定を認めることはできない。ただ婚姻年令を定めた婚姻法第四条、被選挙資格年令を定めた憲法第八六条の規定の趣旨に徴すると未だ満一八才に満たない原告恵美、同孝子両名には完全な行為能力を有するとは解し難く、条理に照しても母たる原告が法定代理人(親権者)たる資格を有するものと考えられる。相続に関しては、憲法第一一条、第一二条、婚姻法第一二条ないし第一四条により被相続人の財産は、その配偶者、子女等によって相続されると規定されており、その順位は、直接規定せられてはいないが、審判の実際においては相続の第一順位者は配偶者及びその子女とされていることが認められるので、何れの政府の法令を適用しても本件相続分(および親権)に差異は生じないものと考えられる(原告孝子のいわゆる胎児相続を否定する根拠も見当らない)。

三、本件建物の帰属について

≪証拠省略≫によれば、不動産登記簿上本件建物は、元訴外趙正財の所有に属していたが、昭和二九年六月三〇日、同人から訴外趙晉銀に売買によって所有権が移転され(同登記同年七月六日)たとされていることが認められるので、他に反証のない限り本件建物の権利(変動)関係は同登記簿上記載のとおりであるものと推認すべきところ、被告は、その主張のような事由があり、真実の権利変動はこれ(登記簿上の表示)とは異なる旨主張しているが≪証拠省略≫は、被告の主張にそうものではあるが、一方≪証拠省略≫は原告の主張にそうものであり、両者を照し併せ、その他本件全証拠によるも特に、被告の主張にそう右供述のみが措信しうるものであるとの確信は得られないから、結局、前記推定を覆えすに足る証拠はないことに帰する。従って、右証拠によって、前記晉銀の死亡時における本件建物の所有権は、右晉銀であると推認せられるから、前記相続によって、原告らの所有(共有)に帰したことが認められる。

そして、被告が晉銀から適法に本件建物を取得したとの主張も立証もない。

四、よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奈良次郎 裁判官 喜田芳文 松村雅司)

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