大阪地方裁判所 昭和46年(わ)1966号・昭46年(わ)873号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(無罪部分の説示)
一、本件公訴事実中、戸出久三郎に対する売春勧誘の点は、「被告人は売春の周旋をする目的で、昭和四六年三月一三日午後一〇時一七分頃、大阪市東淀川区十三西之町二丁目三番地先路上において、売春の相手方となる男客を物色中、同所を通りかかつた戸出久三郎(当時二四歳)から「いいこはいないか」と申し向けられるや、これを応諾して売春婦のところへ案内しようとし、もつて同人を売春の相手方となるように勧誘したものである。」というのである。
二、この点につき、被告人は捜査および公判段階を通じ、犯行を否認し、「当時酔いで疲れていたので近づいてきた右戸出にコーヒーでもおごつて貰おうと思い「コーヒーでもおごつて」といつただけである旨供述しているのに対し証人戸出久三郎は、右同日同時刻頃同所を通りかかつたところ、一見して売春婦のようにみかけられた被告人が立つて笑いかけていたので、これに近寄り「誰かいい娘いるか」と尋ねたところ、被告人がうなずいてホテルのほうへ行くように指さした(後にあごでしやくつたとも供述)。それでそちらの方へ向つて二、三歩踏み出したら警察官がきた。なお、警察署や検察庁で事情をきかれたとき被告人のほうから先に声をかけてきた旨供述したが、「自分のほうから話しかけたと述べたら罪になると思い、怖かつたのでそう述べた。」旨供述している。さらに警察官である証人中昇平は当公判廷で「被告人のほうから戸出に接近していつて何か話しかけていた様子を七メートル位離れたところで見た。」旨供述しており、他には直接重要な証拠はない。
以上のとおり被告人および証人戸出久三郎、同中昇平の各証言は相互に微妙に喰い違いをみせているが、右戸出久三郎の証言は明確かつ自然であつて全般的に信用できるのに対し、被告人の前記供述は、犯罪の追及を逃れたい一心から、事実を曲げて述べているのではないかとの疑いがもたれるうえに、当時同人が酔つていたことも合わせ考えると、そのまま全面的には信用し難いものであり、また前記中昇平の証言は「戸出久三郎が警察官には被告人のほうから先に声をかけた」旨供述していたところから、右供述と自己の認識した事実の記憶とで混同し、結果的に歪曲された証言になつているのではないかとの疑いがもたれるので同証言もまたにわかに措信し難い。なお、同証言によると本件直後前記戸出久三郎から事情を聴取するに際し、参考人として話を聴くだけである旨告げたと述べているが、かりにそれが事実であつたとしても、右戸出がその意味をどの程度理解できたかは疑問であるうえに、右の告知があつたからといつて直ちに同人自身の犯罪に問われるのではないかとの怖れが消失したものと断ずることはできないので、右証言をもつて戸出久三郎の当公判廷における前記証言に疑いをさしはさむのは早計のそしりを免がれない。
よつて、本件では、証人戸出久三郎の前記供述にそう事実を認定するのが相当であるが、この事実によると、被告人の行為としては、最初戸出久三郎に笑いかけたということと、同人から「誰かいい娘いるか」といわれ、うなずいてホテルのほうへ行くように指示したというだけであり、これをもつて売春防止法六条二項一号にいう「勧誘」といえるかは疑問である。ここにいう「勧誘」とは、必ずしも被告人のほうから積極的に売春の意思のない者あるいは売春の意思はあつてもこれを表示していない者に売春の相手方となるように働きかける場合に限る必要はなく、売春婦の周旋を依頼してきた者に対し、これに応じて具体的に対価等の交渉をする過程で売春へとさらに勧めさそうような場合をも含むものと解すべきである(福岡高裁昭和三六・一二・二二判決、下級裁判所刑事裁判例集三巻一一・一二号一〇四五頁参照)
しかし本件のように単に笑いかけたというだけでは直ちに右の「勧誘」とはいえず、また売春婦の周旋を依頼してきた相手方に対し、単にホテルのほうへ行くように指さしたり、またはあごでしやくつたりした行為をもつて直ちに「勧誘」行為があつたとすることも相当でない。
以上の次第であるから、戸出久三郎に対する売春勧誘の点については、犯罪の証明がないものというほかない。
三 次に検察官は予備的訴因として、かりに右売春勧誘の点が認められないとしても、被告人は、前同日同時刻頃、同所において、売春をする目的で佇み、もつて客待ちをしたものである旨主張するが、右の被告人自ら売春をする目的で佇んでいたことを認めるに足る証拠はない。すなわち、被告人自身はこれを否認しており、前記証人戸出久三郎、同中昇平の各証言からうかがえる当時の客観的諸状況を考え合わせてもこれを積極的に認定することはとうていできず、他にはとくにこれを認めるに足る証拠は存しないのである。
四 以上の次第であるから、本件公訴事実中昭和四六年三月一三日午後一〇時一七分頃、大阪市東淀川区西之町二丁目三番地先で路上における売春勧誘ないし客待ちの点については、犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をすべきものである。 (水井登志彦)