大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)4701号 判決 1974年12月17日
原告
波多野修
被告
高槻市
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは各自、原告に対し金五、五七七、〇〇〇円およびうち金五、〇七七、〇〇〇円に対する昭和四六年一〇月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四三年一〇月五日午前七時一三分頃
2 場所 高槻市宮川原町二〇五六番地先道路上
3 加害車 営業用乗合バス(大二か八五四八号)
右運転者 被告山本留吉
4 被害者 原告
5 態様 加害車が右場所を進行中、急停車したため、加害車の乗客であつた原告が加害車の床面に四つんばいに転倒した。
二 責任原因
1 運行供用者責任(自賠法三条)
被告高槻市は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
2 使用者責任(民法七一五条一項)
被告高槻市は、被告山本を雇用し、同人が被告高槻市の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により本件事故を発生させた。
3 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告山本は、加害車を運転中、停留所に停車するのを忘れ、あわてて急停止の措置をとつた過失により、本件事故を発生させた。
三 損害
1 受傷、治療経過等
(一) 受傷および治療経過
原告は、本件事故当時頸部損傷により通院加療中であつたところ、本件事故により症状が悪化し、入院(一〇ケ月間)および通院(一七ケ月間)による治療を受けた。
(二) 後遺症
自賠法施行令別表後遺障害等級一二級に相当する後遺症を残した。
2 通院交通費 四〇、〇〇〇円
3 逸失利益
(一) 休業損害 一、八九〇、〇〇〇円
原告は事故当時三五才で、信興タクシー株式会社に勤務し、給与として一か月平均四五、〇〇〇円、賞与として年二回計九〇、〇〇〇円、合計年間六三〇、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和四三年一〇月から昭和四六年九月まで休業を余儀なくされ、その間一、八九〇、〇〇〇円の収入を失つた。
(二) 将来の逸失利益 二、〇〇〇、〇〇〇円
原告は本件事故により、自動車運転第二種免許を返上したので、月額二〇、〇〇〇円の減収となるところ、原告の就労可能年数は昭和四六年一〇月から二五年間と考えられるから、原告の右減収による将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三、八二六、五六〇円となる(算式二〇、〇〇〇円×一二×一五・九四四)。右の内金二、〇〇〇、〇〇〇円を請求する。
4 慰藉料 二、三七〇、〇〇〇円
右の内訳は次のとおりである。
入院慰藉料、一ケ月一〇〇、〇〇〇円の割合による一〇ケ月分一、〇〇〇、〇〇〇円
通院慰藉料一ケ月五〇、〇〇〇円の割合による一七ケ月分八五〇、〇〇〇円
後遺症慰藉料五二〇、〇〇〇円
5 弁護士費用 五〇〇、〇〇〇円
四 損害の填補
原告は次のとおり支払を受けた。
1 労災保険金から、休業補償金六七五、〇〇〇円、障害補償金三〇〇、〇〇〇円の支払を受けた。
2 被告高槻市から休業補償分として一九八、〇〇〇円、慰藉料として五〇、〇〇〇円の支払を受けた。
五 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。
第三請求原因に対する被告らの答弁
一の1ないし4は認めるが、5は争う。
二の1は認める。
二の2は過失の点を除き認める。
二の3は争う。
三の1の(一)のうち原告が当時頸部損傷により通院加療中であつたことは認め、その余の事実は不知。
四のうち被告高槻市支払分は認める。
第四被告らの主張
一 免責
本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものであり、被告山本には何ら過失がなかつた。かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告らには損害賠償責任がない。
すなわち、
1 加害車は、高槻市営バスで、国鉄高槻駅前発、原大橋行の定期便である。被告山本は、車掌のほかに原告ら二名の乗客を乗せた加害車を運転し、府道枚方亀岡線を南から北に向け進行中、車掌からブザーにより「服部」バス停留所で停止するようにとの合図を受け、同停留所の手前にある交差点で信号待ちのため一且停止後発進したが、同停留所にバス待ちの客がいなかつたことから、右合図を忘れて同停留所を通過しようとしたところ、これに気付いた車掌からのブザーによる停止合図を聞いてブレーキをかけ、約二五メートル進行して停止した。原告は同停留所で下車するため、出入口付近に立つていたが加害車が停車した際、加害車に敷いてあつたマツトの上に四つんばいになつたものである。
2 被告山本は、加害車を急停車させていない。すなわち、同被告が前記バス停留所を通過したころの加害車の速度は、わずか時速約一五キロメートルに過ぎず、しかも同被告は、車掌からの合図により制動措置をとつたのであるが、停車のシヨツクを和らげるため、わざわざ二五メートルの余裕をおいて停車したものである。なお同停留所は、前記信号待ちのため一旦停止した交差点から、わずか七〇メートルしか離れておらずまた同停留所付近はやや上り勾配であつたことから、同停留所付近を時速一五キロメートル以上の速度で進行することはできない。
3 他方原告は、車掌のすぐ傍の出入口付近に立つていて停止合図のブザーを聞いて、加害車が停車することを予期していたのであるから、原告としては、停車に応じて身体のバランスを保てるように対処しておくべきであるのにかかわらず、当時体調不十分のため、体に力が入らず、マツトに足を滑らせて四つんばいになつたものである。
4 以上要するに、本件事故は、被告山本の過失に起因するものではなく、原告の乗客としての不注意に起因するものである。
二 損害の填補
本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、被告高槻市から次のとおり損害の填補がなされている。
治療費 二、一三八、八六五円
入院付添費 五九、二二〇円
通院交通費 三〇、七七五円
第五被告らの主張に対する原告の答弁
一は争う。
二は被告ら主張の金員を原告が受領したことは認めるが、いずれも本訴請求外のものである。
理由
一 事故の発生
請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争がなく同五の事実は後記二1で認定するとおりである。
二 事故と損害との因果関係
次に原告主張の損害が本件事故により生じたものであるか否かについて判断する。
1 本件事故の態様
〔証拠略〕によれば、加害車は、被告高槻市経営にかかるバス事業に使用する営業用大型バスであり、本件事故当時、国鉄高槻駅前発、原大橋行の定期便として運行していたものであるところ、被告山本は、原告外一名の乗客と車掌の早田武人を乗車させて加害車を運転し、府道枚方亀岡線を南から北に向けて進行中、原告から「服部」バス停留所で下車する旨知らされていた早田車掌から、同停留所に停止するよう合図を受けていたのに、これを失念して時速約二〇キロメートルの速度で同停留所を通過しようとした際、同車掌からの停止の合図により直ちに制動措置をとつた結果、右合図を受けた地点から約二四・六メートル進行した地点(制動開始地点から約二〇・三メートルの地点)に加害車を停止させたが、その際同停留所で下車するべく加害車の中央部辺りにある出入口付近に立つていた原告が、同所付近に敷いてあつたマツトの上で足を滑らせ、床の上に軽く両手をついて四つんばいになつたものの、同人は直ちに立ち上がり、何らの異常を訴えることもなく下車し、約一五分間歩いて自宅に帰つたことが認められる。
右認定に反する原告本人尋問の結果の一部、すなわち原告は、加害車の出入口付近にあるポールをしつかり握つて立つていたところ、被告山本が時速約五〇キロメートルで右停留所を通過しようとした際、早田車掌からの停止の合図により、急激な制動措置を講じたため、ポールから手が離れて叩きつけられるように加害車の床に両手をついた旨の供述部分は、〔証拠略〕に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
2 本件事故前における原告の受傷、治療経過等
〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、本件事故前である昭和四二年二月一五日、信興タクシー株式会社にタクシー運転手として勤務していた際、交通事故に遭い(以下これを第一事故という)、頸椎損傷の傷害を受けたが、同事故は、原告運転のタクシーの座席が外れる程のかなり強度の追突事故であり、原告は同事故直後に一時失神したこと。
(二) 原告は、第一事故による前記受傷のため、同事故後本件事故に至るまで、勤務を休んで、労災保険からの給付を受けつつ大阪医科大学付属病院整形外科および同病院麻酔科に通院して治療を受けていたが、本件事故も、その通院途中に発生したものであること。
(三) 原告は、本件事故当時においても第一事故に基因する頭痛、左肩疼痛、左頸部痛、背痛、後頭部痛や睡眠障害を訴えていたこと。
以上の事実が認められ、右認定に反する、すなわち第一事故による傷害は、本件事故当時にはおおむね治癒していた旨の供述部分は、〔証拠略〕に照らし措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
3 本件事故後における治療経過等
〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故後における原告の治療経過は次のとおりである。
昭和四三年一〇月五日から同年一一月四日まで、前記大阪医科大学付属病院に通院(実治療日数二〇日)
同年一一月五日から昭和四四年八月三〇日まで、庄内病院に入院(二九九日間)
同年八月三一日から昭和四五年三月二〇日まで、同病院に通院(実治療日数一六一日)
(二) 原告は、本件事故後最初に診療を受けた大阪医科大学付属病院において、本件事故により側頭部痛が増悪した旨訴えていたが、他覚所見は何ら認められなかつたこと。
(三) 原告は、庄内病院に入院した当初ころは、頭痛、項痛、両肩甲痛、腰痛の外耳鳴りや記憶力低下などを訴え、頸椎柱は強直性で運動制限があり、大後頭三叉神経(両側)、上臀神経および坐骨神経孔の圧痛が認められ、緊張症状としてのラセグ氏徴候は両側八〇度陽性を示すなどの症状が認められ、同病院において津村式特殊治療、理学療法、温布、良導絡治療、鎮痛消炎剤の注射や内服剤の服用など種々の治療を受け、一時軽快したものの、昭和四四年一〇月三日ころにおいても、全身倦怠感、視力低下、耳鳴り、頭痛、項部痛を訴え、頸椎の運動時にメマイないし悪心を伴うといつた症状がみられ、ついで昭和四五年二月二〇日ころにおいても、右同様の症状が持続し、脳波検査、超音波検査、オーヂオメーター検査等の結果は、いずれも異常がなかつたが、X線検査により、頸椎に生理的彎曲が減少し、後彎変形を残していることが、眼科診察により深経覚異常の存することが、また大阪医大方式自律神経測定により軽度のむち打ち相を呈していることが、それぞれ認められ、その他には他覚的所見がなく、これらの症状は、昭和四五年二月ころ固定したものと診断されたこと。
(四) 原告は、本件事故後における休業損害につき、右休業が第一事故に基因するものとして、労災保険から休業補償給付を受け、また後遺症についても、それが第一事故により生じたものとして、同保険から障害補償給付を受けていること。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
以上1ないし3で認定した事実によれば、原告は、本件事故の約一年八ケ月前に、第一事故により頸椎損傷の傷害を受け、以後休業して右損害の治療を受けていたが、本件事故当時もいまだ治癒するに至らず、頭痛、左肩疼痛、背痛、後頭部痛、側頭部痛、睡眠障害等の症状を訴えて通院治療を受けていたものであるところ、本件事故の態様は、加害車が停止した際に軽く床のマツトの上に両手をついた程度のものであり、しかも前認定のとおり加害車の制動開始時の速度は時速約二〇キロメートルであり、制動開始地点まで約二〇・三メートルの距離があることからすれば、加害車は急激に停止したものではなく、かなりゆるやかに停止したものであり、従つて原告が本件事故の際に受けた衝撃は第一事故のそれに比較すると、極めて軽度のものに過ぎなかつたものと考えられ(原告は本件事故後加害車の係員に何ら異状を訴えることなく加害車から下車し、そのまま徒歩で帰宅している)、さらに原告は、本件事故後約一年六ケ月にわたり入通院による治療を受けているもののその間における原告の症状は、本件事故当時の前記症状(第一事故によるもの)とほぼ同種の内容のもので、自覚症状を中心とするいわゆるむち打ち症の症状であり、それに加えて原告は、本件事故後の原告の損害がもつぱら第一事故によつて生じたものであるとして労災保険から各種給付の支給を受けていること等の事実をあわせ考えると、本件全証拠によつてもいまだ原告の本件事故後の症状が本件事故により生じたことないし本件事故が第一事故による原告の症状を増悪させたことを認めるに足りないものというべきでる。
もつとも、大阪医科大学麻酔科医師兵頭正義により作成された前記乙第四号証の三および庄内病院医師津村泰男により作成された前記甲第三号証には、いずれも、本件事故により原告の症状が増悪したかの如き意見が記載されているが、前者は、本件事故の態様を客観的に把握して診断されたものではなく原告の一方的陳述のみに基ずく事故状況を前提として判断がされていること、後者については前記津村医師が第一事故による受傷の診療に一切関与しておらず、かつ本件事故の態様も客観的に把握していないことなどからすれば、右各書証の記載内容中、前記意見にわたる部分は、直ちに採用することができない。
三 そうすると、本件事故と原告主張の本件事故後に生じた損害との間に因果関係が存することにつき証明がないことに帰するから、その他の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村正策 二井矢敏朗 柳田幸三)