大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)528号 判決 1973年4月13日
原告
前田潔
ほか五名
被告
山中宗雄
ほか一名
主文
被告平岡武志は、原告らに対し、各金一六三、一七〇円およびうち金一四八、一七〇円に対する昭和四五年六月九日から、うち金一五、〇〇〇円に対する昭和四八年四月一三日からそれぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告らの被告山中宗雄に対する請求および被告平岡武志に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用中原告らと被告山中宗雄間に生じた分は原告らの負担とし、原告らと被告平岡武志間に生じた分はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その一を被告平岡武志の負担とする。
この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告ら)
一 被告らは、各自原告らに対し、各金六三二、〇三六円およびうち金五八二、〇三六円に対する昭和四五年六月九日から、うち金五〇、〇〇〇円に対する昭和四八年四月一三日からそれぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および第一項につき仮執行の宣言。
(被告ら)
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二請求の原因
一 事故
訴外前田輝子は、次の交通事故により死亡した。
(一) 日時 昭和四五年六月九日午後一〇時一〇分ごろ
(二) 場所 豊中市中桜塚二丁目一二番地先道路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(泉五め七六四八号)
右運転者 被告平岡
(四) 被害者 前田輝子
(五) 態様 前田輝子が東から西に向つて道路を横断歩行中、加害車が南から北に向つて進行してきて衝突し、はねとばした。
二 責任原因
(一) 運行供用者責任
(1) 被告山中は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。
(2) 被告平岡は、被告山中から加害車を購入する目的で試運転し、自己のため運行の用に供していた。
(二) 一般不法行為責任
被告平岡は、加害車を運転中前方を注視するべき注意義務を怠つた過失により、道路を横断中の前田輝子に約一〇メートルの距離に接近するまで気づかず、本件事故を発生させた。
三 権利の承継
原告らは、前田輝子の子であり、昭和四五年六月一一日、前田輝子の死亡による相続により、その権利を承継した。
四 損害
前田輝子および原告らは、本件事故により、次の損害を蒙つた。
(一) 治療費 一六〇、六〇九円
前田輝子は、本件事故により、骨盤骨折、腸間膜損傷、腹膜下血腫、出血性シヨツク、顔面、腹、右膝、左足挫傷兼擦過傷の傷害を受け、市立豊中病院で治療を受けたが、昭和四五年六月一一日午前三時二五分ごろ死亡した。前田輝子は、その治療費として一六〇、六〇九円を要した。
(二) 逸失利益 三、四二四、一六〇円
前田輝子は、事故当時五九才で、株式会社二葉に従業員の炊事賄婦として朝から昼すぎまで勤務し、夕方から株式会社豊中グランドビルホテル部の客室案内および掃除婦として働き、月収六二、四四四円を得ていたもので、前田輝子の就労可能年数は七・九年、年間の生活費は二二八、九三八円と考えられるから、前田輝子の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると別紙計算書(1)記載のとおり三、四二四、一六〇円となる。
(三) 葬儀費 五六二、四五七円
(四) 原告らの慰藉料 各六〇〇、〇〇〇円
(五) 弁護士費用 三〇〇、〇〇〇円
(六) 損害の填補 四、二五五、〇〇九円
原告らは、本件事故による自賠保険金四、二五五、〇〇九円の支払を受けた。
五 よつて原告らは、被告ら各自に対し、それぞれ前記四(一)ないし(三)、(五)の合計金四、四四七、二二六円の六分の一の金七四一、二〇四円と前記四(四)の金六〇〇、〇〇〇円との合計金一、三四一、二〇四円から前記四(六)の金四、二五五、〇〇九円の六分の一の金七〇九、一六八円を控除した金六三二、〇三六円およびうち前記四(五)の金三〇〇、〇〇〇円の六分の一の金五〇、〇〇〇円を除く金五八二、〇三六円に対する昭和四五年六月九日から、うち右金五〇、〇〇〇円に対する昭和四八年四月一三日からそれぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三被告山中の答弁および主張
一 請求原因第二 一の事実は不知。第二 二の事実中(一)(1)の事実は否認する。第二 三、四の事実は不知。
二 被告山中は、加害車を所有していたが、昭和四五年五月九日、被告平岡に対して加害車を代金一〇〇、〇〇〇円で売渡す旨の契約をなし、同日、被告平岡に加害車を引渡し、被告平岡は、同月一一日、被告山中に対して右代金を支払つた。従つて被告山中は、加害車の運行支配を失つていたものである。
三 前田輝子は、本件事故現場が国道で、夜間には制限速度をこえる高速度で車が通つている危険な道路であることを知りながら、近くに設けられた横断歩道を渡らず、近道行動をとつたため本件事故が発生したものであるから、損害額の算定について過失相殺されるべきである。
四 被告平岡が原告らに対し三六〇、〇〇〇円を支払つたことは被告平岡主張の第四 四のとおりである。
第四被告平岡の答弁および主張
一 請求原因第二 一の事実は認める。第二 二の事実中(一)(2)、(二)の事実は否認する。第二 三の事実は認める。第二 四の事実中(一)ないし(五)の事実は否認するが、(六)の事実は認める。
二 被告平岡は、昭和四五年一二月二九日、原告らとの間で、被告平岡が原告らに対して本件事故による損害賠償として既に支払済の自賠保険金のほかに三六〇、〇〇〇円を支払う旨の契約を締結し、右支払義務を履行しているから、被告平岡の右金額をこえる債務は消滅した。
三 損害額の算定について過失相殺されるべきことは被告山中主張の第三 三のとおりである。
四 被告平岡は、原告らに対し、右和解契約にもとづいて三六〇、〇〇〇円を支払つた。
第五被告らの主張に対する原告らの認否
一 被告山中主張の第三 二、三の事実は否認する。被告平岡は、事故当時被告山中から加害車を借りていたが、事故後これを被告山中に返却したものである。また仮に被告ら間で加害車の売買契約がなされていたとしても、加害車の所有名義の登録替および任意保険契約締結会社に対する譲渡通知はなされておらず、被告山中は、事故当時加害車の運行支配を失つてはいなかつたものである。被告平岡主張の第四 二の事実中被告平岡は、昭和四五年一二月二九日、原告らとの間で、被告平岡が原告らに対して保険金のほかに三六〇、〇〇〇円を支払う旨の契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。
第四 四の事実は認める
二 原告らが被告平岡との間でなした和解契約は、被告山中が加害車の所有者であつて、被告山中が原告らに対して損害賠償の責に任じ、加害車について加入していた任意保険契約にもとづいて保険金によつて損害の填補がなされることを前提とし、保険会社から支払われるべき保険金額以外に被告平岡が原告らに対して三六〇、〇〇〇円を支払うことを約したものであるから、仮に被告山中が加害車の所有者でなく、原告らが被告山中から損害賠償を受けられず、被告山中が加害車について加入した任意保険金による損害の填補が受けられないものとすれば、右契約は、要素の錯誤によりなされたものであつて、無効である。
第六原告らの主張に対する被告平岡の認否
一 原告ら主張の第五 二の事実は否認する。
第七証拠〔略〕
理由
一 事故
〔証拠略〕によれば、前記第二 一の事実が認められる(原告ら、被告平岡間ではこの事実について争いがない)。
二 責任原因
(一) 被告山中
〔証拠略〕を綜合すると、被告山中は、加害車を所有していたが、昭和四五年五月九日、被告平岡に対し、加害車を代金一〇〇、〇〇〇円で売却し、加害車をその移転登録手続に必要な書類とともに被告平岡に引渡し、被告平岡は、同月一一日、被告山中に対し、右代金として一〇〇、〇〇〇円を支払つたが、本件事故当時加害車の所有者名義は被告山中のままで、被告平岡名義に移転登録を了していなかつたことが認められ、前記甲第一四号証中右認定に反する部分は前記各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定を左右しうべき証拠はない。以上の事実によれば、被告山中は、事故当時加害車の運行支配を失つていたものであるから、原告らの被告山中に対する請求は理由がない。
(二) 被告平岡
前記二(一)の事実によれば、被告平岡は、事故当時加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものと認められるから、加害車の運行供用者として本件事故による損害を賠償するべき義務がある。
三 権利の承継
原告らは、前田輝子の子であり、昭和四五年六月一一日、前田輝子の死亡による相続により、その権利を承継したことは原告ら、被告平岡間に争いがない。
四 示談
被告平岡は、昭和四五年一二月二九日、原告らとの間で、被告平岡が原告らに対して保険金のほかに三六〇、〇〇〇円を支払う旨の契約を締結したことは当事者間に争いがない。
〔証拠略〕を綜合すると、被告山中は、昭和四四年七月一七日、富士火災海上保険株式会社との間で、加害車について保険金額一事故、一名につき一〇、〇〇〇、〇〇〇円、保険期間同日から昭和四五年七月一七日までとする対人賠償賃任保険契約を締結していたこと、被告平岡は、昭和四五年五月九日、被告山中から加害車を買受けて引渡を受けたが、加害車について対人賠償保険契約をしていなかつたので、友人の高岡久の父親から示唆を受けて本件事故による損害について被告山中の加入していた対人賠償責任保険金いわゆる任意保険金が支払われるようにするには、被告平岡が事故当時被告山中から加害車を借り受けていたこととすればよいと考え、原告らに対し、加害車は事故当時被告山中の所有であつて被告平岡がこれを借り受けていたもので、本件事故による損害填補のために被告山中の加入している任意保険金が支払われる筈である旨虚偽の事実を告げていたこと、そのため、原告らは、その旨誤信し、被告山中の加入している任意保険金によつて損害の填補が受けられることを前提とし、昭和四五年一二月二九日、被告平岡との間で、被告平岡が原告らに対し、本件事故によつて保険会社から支払われる任意保険金以外に三六〇、〇〇〇円の支払をする旨の契約をなしたものであることが認められ、被告山中は、事故当時加害車の運行供用者ではなかつたことは前記二(一)で認定したとおりである。
以上の事実によれば、原告らが被告平岡との間でなした右契約は、原告らにおいて、被告山中が原告らに対し、加害車の運行供用者として本件事故による損害賠償の責に任じ、被告山中の加入していた任意保険金がその損害填補のために支払われるものと誤信した結果なされたものであつて、その要素に錯誤があつたものであるから、無効であるというべきである。
従つて被告平岡の原告らに対する三六〇、〇〇〇円をこえる債務が右契約によつて消滅した旨の主張は理由がない。
五 損害
(一) 治療費 一六〇、六〇九円
〔証拠略〕を綜合すると、前田輝子は、本件事故により、出血性シヨツク、骨盤骨折、腸間膜損傷、脳膜下血腫、左膝、腹部、左足、顔面挫傷兼擦過傷の傷害を受け、昭和四五年六月九日から同月一一日まで市立豊中病院に入院して治療を受けたが、同日午前三時二五分ごろ、死亡したこと、前田輝子は、右治療費として一六〇、六〇九円を要したことが認められる。
(二) 逸失利益 二、八六九、四三〇円
〔証拠略〕を綜合すると、前田輝子は、事故当時五九才で、株式会社二葉および株式会社豊中グランドビルホテル部に勤務し、両会社のホテルの掃除に従事し、昭和四五年三月から同年五月までの間に株式会社二葉から七八、九三四円、一ケ月平均二六、三一一円(円未満切捨)、同年四月および同年五月に株式会社豊中グランドビルホテル部から五六、二五〇円、一ケ月平均二八、一二五円、以上合計一ケ月平均五四、四三六円の収入を得ていたこと、前田輝子は、四男の原告前田武、五男の被告前田正とともに三人で生活していたことが認められる。以上の事実によれば、前田輝子は、本件事故がなければ八年間は就労可能で、その間少くとも右程度の収入を得られたものと考えられ、前田輝子の生活費は収入の三分の一とするのが相当であると認められるから、前田輝子の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると別紙計算書(2)記載のとおり二、八六九、四三〇円(円未満切捨)となる。
(三) 葬儀費 二五〇、〇〇〇円
〔証拠略〕によれば、原告らは、前田輝子の葬儀費として四五一、四五七円を要したことが認められるが、本件事故と相当因果関係の範囲内の損害は右のうち二五〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
(四) 原告らの慰藉料 各六〇〇、〇〇〇円
原告らは、前田輝子の子であることは前記三のとおりであり、前記五(一)、(二)の事実を合わせ考えると、原告らが本件事故によつて蒙つた精神的損害に対する慰藉料額はそれぞれ六〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
(五) 過失相殺
〔証拠略〕を綜合すると、本件事故現場は南北に通ずる幅一一メートルの道路上で、右道路には中心線があり、その東側、西側とも幅五・五メートルで、東端および西端にはそれぞれ幅一・八メートルの歩道があり、五〇メートル位北には横断歩道が設けられており、附近の最高速度は毎時四〇キロメートルと指定されていたこと、被告平岡は、加害車を運転して時速約五〇キロメートルで南から北に向つて進行中、約一〇メートル前方の中心線から約二・五メートル西の地点を前田輝子が東から西に向つて道路を横断歩行しているのを発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、約一〇メートル進行して西側の歩道から約二、三メートル東の地点で加害車の左前部を前田輝子に衝突させ、約一・七メートルはねとばしたこと、前田輝子は、東側の歩道から西側の歩道に向つて道路を横断歩行中に本件事故が発生したことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。以上の事実によれば、本件事故発生については、被告平岡に加害車を運転中前方を注視し、制限速度を遵守するべき注意義務を怠り、前田輝子の発見がおくれた過失があつたものと認められるが、他方前田輝子にも夜間相当幅員の広い道路を横断するに際し、加害車に対する十分な注意を払わず、その直前を歩行横断しようとした不注意があつたものと認められ、損害額の算定についてしんしやくするべき被告平岡と前田輝子との過失割合は八対二とするのが相当であると認められる。
従つて前田輝子の死亡による財産上の損害額は前記五(一)ないし(三)の合計三、二八〇、〇三九円の一〇分の八の二、六二四、〇三一円(円未満切捨)、原告らの固有の慰藉料額はそれぞれ前記五(四)の六〇〇、〇〇〇円の一〇分の八の四八〇、〇〇〇円となる。
(六) 損害の填補 四、六一五、〇〇九円
原告らは、本件事故による自賠保険金四、二五五、〇〇九円、被告平岡から損害賠償として三六〇、〇〇〇円合計四、六一五、〇〇九円の支払を受けたことは原告ら、被告平岡間に争いがない。
(七) 弁護士費用 九〇、〇〇〇円
本件事案の性質、審理の経過および認容額に照らし、原告らが被告平岡に対して本件事故による損害として賠償を求めうるべき弁護士費用額は九〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
六 従つて原告らは、それぞれ被告平岡に対し、前記五(五)の金二、六二四、〇三一円と前記五(七)の金九〇、〇〇〇円との合計金二、七一四、〇三一円の六分の一の金四五二、三三八円(円未満切捨)と前記五(五)の金四八〇、〇〇〇円の合計金九三二、三三八円から前記五(六)の金四、六一五、〇〇九円の六分の一の金七六九、一六八円(円未満切捨)を控除した金一六三、一七〇円およびうち前記五(七)の金九〇、〇〇〇円の六分の一の金一五、〇〇〇円を除く金一四八、一七〇円に対する昭和四五年六月九日から、うち右金一五、〇〇〇円に対する昭和四八年四月一三日からそれぞれ支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであるが、原告らの被告山中に対する請求および被告平岡に対するその余の請求は理由がない。
よつて原告らの請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、被告山中に対する請求および被告平岡に対するその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山本矩夫)
別紙 計算書
(1) 原告ら主張の逸失利益
(62,444×12-228,938)×6.58=3,424,160
(2) 逸失利益
54,436×12×2/3×6.589=2,869,430