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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)551号 判決 1973年4月23日

原告

マスイこと加茂マスエ

被告

日本交通株式会社

主文

1  被告は原告に対し金六九九、四五六円およびこれに対する昭和四四年二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告その余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  この判決のうち第一項はかりに執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し金九、九五九、九七四円およびこれに対する昭和四四年二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

原告の請求を棄却するとの判決を求める。

第二請求の原因

一  事故

原告は、つぎの交通事故により傷害を被つた。

(一)  日時 昭和四四年二月一三日午前零時三〇分ころ

(二)  場所 大阪市西淀川区御幣島西一丁目二七番地先路上

(三)  加害車 普通乗用自動車(大阪五い三〇四三号)

右運転者 田中勇治(以下「訴外人」という。)

(四)  被害者 原告

(五)  態様 前記道路上を北から南に向つて進行していた加害車が右道路上を東から西に向つて横断していた原告と衝突し、これを跳ね飛ばした。

二  責任原因

(一)  運行供用者責任

被告は、加害車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた。

(二)  使用者責任

被告は、その営む旅客運送事業のため訴外人を雇用し、訴外人において被告の業務の執行中本件事故を発生させた。

(三)  訴外人の過失

およそ自動車を運転する者は、交通法規を遵守し、進路前方を注視して安全な速度で進行する義務を負うところ、本件事故は訴外人は、法律で通行を禁止された市内電車の軌道敷内を前方不注視のまま高速度で加害車を運転進行した過失により、進路前方において前記のように横断をはじめたものの身の安全をはかるため一時佇立していた原告の発見が遅れるとともに、ハンドルおよびブレーキの操作による避譲措置も適切を欠き、高速度のまま原告に衝突してしまつたものである。

三  傷害の内容

(一)  傷害の部位、程度

頭部打撲、右側頭骨および頭蓋底骨折、右耳出血、右眼筋麻痺、前顔部挫創、左手背挫傷、右第五腰椎横突起骨々折、骨盤骨折、右腓骨近位端骨折、右脛骨顆骨折、右大腿骨折等の頻死の重傷

(二)  治療の方法

事故当日の昭和四四年二月一三日から昭和四五年六月一四日までの四八七日間第一病院に入院して手術をはじめとする各種の治療を受けたほか、その後も同病院等に通院して治療を受けた。

(三)  後遺症

右膝関節拘縮のため坐ることは不可能であり、かつ、歩くことも著しく困難であるほか、両眼の調節機能に障害を来し、さらに難聴に陥つている。

四  損害額

(一)  逸失利益 金六、三六九、九七四円

原告は、本件事故当時ホステスとして稼動し、過去三箇月間の実績によれば、一箇月平均金六〇、五〇〇円の収入を得ていたが、前記受傷および後遺症のため、事故の日以降生涯にわたり全然稼動することができず、ひいては、右稼動による対価も得ることができなくなつた。ところで、原告は、本件事故当時三九才(第一二回生命表による平均余命三六年)であり、もし本件事故に会わなければ、なお将来も稼動を続け、本件事故の日である昭和四四年二月一三日から本訴提起のころである昭和四六年二月一二日までの二年間は、少くとも従前同様一箇月金六〇、五〇〇円の割合による収入を、また、その後のほぼ四五才に達するまでの三年間は、少くとも一箇月金六〇、〇〇〇円の割合による収入を、さらに、その後のほぼ六七才に達するまでの二二年間は、少くとも一箇月金四〇、〇〇〇円の割合による収入をそれぞれ挙げることができる筈であつた。したがつて、原告の右逸失利益の総額を、本訴提起のころ以降の前記将来二五年間分についてはホフマン式計算方法により一年ごとに年五分の割合による中間利息を控除して計算すれば、合計金六、三六九、九七四円となり、これがすなわち原告の本件事故に基づく得べかりし利益喪失による損害となる。

(二)  入院雑費 金一四四、〇〇〇円

原告は、前記四八七日間にわたる入院治療に伴い、雑費として一日約金三〇〇円の割合による金一四四、〇〇〇円を要した。

(三)  慰藉料 金三、六九〇、〇〇〇円

本件事故の態様、原告の被つた傷害の部位、程度、その治療に要した期間、後遺障害の程度等によれば、本件事故により原告の被るに至つた精神的苦痛には筆舌に尽し難いものがあり、右精神的苦痛を金銭賠償でもつて慰藉するとすれば、少くとも前記金額の支払を受けるのが相当である。

(四)  弁護士費用 金五〇〇、〇〇〇円

原告は、被告に対し前記のような損害賠償請求権を有するところ、被告は、後に述べるようにそのうち金六〇〇、〇〇〇円を支払つたのみで、その余の支払をしないので、原告は、弁護士に対し本訴の提起を委任し、その費用、報酬として前記金額の支払を約諾している。

五  損害の填補

原告は、前項損害の填補として被告から金六〇〇、〇〇〇円の支払を受けている。

六  結論

よつて、原告は、本件事故に基づく損害の賠償として差引金九、九五九、九七四円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四四年二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三答弁

請求原因第一項の事実は認める。

同第二項中、(一)、(二)の事実は認めるが、(三)の事実は否認する。

請求原因第三、四項の事実は知らない。

同第五項の事実は認める。

同第六項は争う。

第四抗弁等

一  免責

本件事故は、被害者である原告の一方的過失により惹起されたものであつて、加害車を運転していた訴外人には本件事故の発生に加味するような過失がなかつた。すなわち、本件事故発生地点は、左右に歩道、中央に路面電車の軌道がそれぞれ設けられ、中側各三車線からなる国道二号線上であつて、常時頻繁に車両が往来し、このため付近一帯においては歩行者の横断が禁止され、歩道と車道との境には鉄柵がめぐらされるとともに、一〇〇メートル間隔をもつて横断禁止の標識が設置されていた。訴外人は、本件事故当時加害車を運転し右道路の南行車線のうちもつとも道路中央寄りの車線上を一部路面電車の軌道敷内逸脱しながら北から南に向つて毎時約五六キロメートルの速度で進行し、本件事故発生地点に接近していたところ、たまたま同方向に向い右車線左側部分を若干先行して進行しつつあつた一台の自動車が急制動の措置を講ずるのを発見したので、これに呼応し直ちに急制動の措置を講じたところ、つぎの瞬間右先行車の直前を駆け抜けて来て、加害車の前面を左から右に向つて駆け抜け横断しようとしていた原告があらわれたので、これを避けるためハンドルを右に切つたが、とつさのことであり、原告を避ける暇もなくこれに衝突したものである。そして、右に述べたところによれば、原告は、本件事故発生地点付近においては横断が禁止されていたにもかかわらず、これを無視し、しかも、車道上を進行して来る加害車等につき注意を払わないまま、その直前を横断しようとしたものであるから、過失のそしりを甘受しなければならないのに対し、訴外人は、本件事故当時原告のような極めて無謀な横断をする歩行者のあることをあらかじめ予見することは困難であり、また、予見する注意義務を負わされているものでもなく、かつ、本件事故の発生回避のために講じた措置にも落度はなかつたのであるから、過失の責を負うべきいわれはない。

なおまた、被告および加害車の運転者である訴外人において加害車の運行に関し注意を怠つていなかつたことおよび加害車に本件事故と関係のある構造上の欠陥も機能の障害もなかつたことはいうまでもないことである。

二  過失相殺

かりに、本件事故につき訴外人の側に過失があつたと認められるとしても、原告の側にも重大な過失のあつたことは否定できないから、被告の賠償すべき損害額の算定に際しては、右原告の過失の点が斟酌されなければならない。そして、右過失相殺に際しては、被告において原告に対し本訴請求外の損害合計金一、〇二九、二五八円(治療費金七七一、九四八円、入院付添費金二三二、〇二〇円、コルセツト代金二四、〇五〇円、雑費金一、二四〇円)を支払つているので、この点も斟酌されなければならない。

三  弁済

原告は、本件事故に基づく損害の填補として自動車損害賠償責任保険金一、〇一〇、〇〇〇円の支払を受けたほか、本件事故に基づく損害賠償請求権を被保全権利とする当庁昭和四六年(ヨ)第三四五号仮処分事件決定に基づき被告から合計金三六〇、〇〇〇円の支払をかりに受けている。

第五抗弁等に対する答弁等

一  抗弁等第一、二項の事実は否認する。

同第三項の事実は認める。

二  かりに、被告の賠償すべき損害額を定めるについて原告側の過失が斟酌され、原告の受くべき賠償額につき減額がなされなければならないとしても、原告の現に要した治療費、あるいは原告において自動車損害賠償責任保険から受領した保険金にまで相殺による減額の効果がおよぶような過失相殺の仕方は、原告にとつてあまりにも酷であり、過失相殺が損害の公平な負担を目指す制度であるところからみて許されないものである。

証拠〔略〕

理由

一  事故

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

請求原因第二項(一)の事実は当事者間に争いがない。

そこで、以下被告の免責の抗弁について検討すると、〔証拠略〕を綜合すれば、つぎのとおりの事実を認めることができる。

本件事故発生地点は、南北に通ずる国道二号線上である。ところで、右国道は、その中央にある幅員五・六五メートルの軌道敷内を路面電車の複線軌道が走り、これを挾んで左右に各三車線からなる幅員各五・八メートルの車両通行帯があり、さらにこれらを挾んで左右に歩道が設けられていたが、本件事故発生地点の北方約一八メートルの地点以北約二二〇メートルは、東西に流れる神崎川を跨ぐ神崎大橋になつていて、幅員がやや狭く、車両通行帯部分は片側各二車線(幅員各五・四メートル)となつていたほか、右神崎大橋南詰において右神崎川南岸沿いを東西に通ずる幅員六・二メートルの道路と十字型に交差していた。そして、本件事故発生地点付近において右国道上を走る自動車は、最高速度が毎時五〇キロメートルに制限されるとともに、軌道敷内の通行が許されず、また、歩行者は、右国道の横断が禁止され、車道と歩道との境にはガードレールがめぐらされ、本件事故発生地点からさして遠くない歩道上には横断禁止の標識が立てられていたほか、本件事故発生地点近くの歩道上には街路照明灯も設備されていて本件事故発生時のような深更でも前方の見透しを悪くするようなことはなかつた。

さて、訴外人は、本件事故当時右国道上を北から、南に向つて加害車を運転進行し、右神崎大橋に差しかかつていたときは、一部南行車両通行帯に逸脱していたとはいえ、概ねこれに隣接する前記軌道敷上を毎時五六キロメートルの速度で進行していたが、右神崎大橋の南詰近くに差しかかつた際、たまたま同方向に向つて加害車より若干左側の車両通行帯部分を一〇メートル余先行していた一台の自動車において急制動の措置を講ずるのを発見したので、これに呼応してブレーキペダルに軽く足を掛けたが、急制動の措置までは講じないまま若干進行を続け、右神崎大橋をほぼ渡りきつたところ、前方において道路を東から西に向つて横断しようとしていた原告が前記先行車の前方を通り過ぎ、いまにも加害車の進路前面に進入しようとしているのを至近距離に発見したので、危険を感じ急制動の措置に移つたが、間に合わず、加害車の右前部付近をもつて横断を続けていた原告に衝突してしまつた。

なお、原告は、本件事故直前勤務先の従業員送迎用のマイクロバスで送られ、本件事故発生地点直前の前記国道南行車線止の道際において右バスを降りたまま、ガードレールで区切られた歩道には止らず、そのまま車道の横断をはじめて本件事故に遭遇した。

以上の事実が認められるのであつて、〔証拠略〕中、右認定に反する部分は、右認定事実に照らしそのまま直ちに信を措き難い。

ところで、右認定の事実によれば、加害車を運転していた訴外人において本件事故の発生を回避することができなかつた直接の原因は、加害車の進行速度との関係上原告の発見が遅れたことにあることが明らかである。そうすると、訴外人において本件事故の発生につき過失がなかつたというためには、右のような原告の発見の遅れが訴外人にとつて誠に止むを得ないものであつたといい得る場合でなければならないから、以下この点について考えてみると、さきに認定したところによれば、訴外人において原告の発見が遅れるに至つたのは、加害車のすぐ左側車両通行帯部分を先行していた自動車(以下「先行車」という。)に視界を妨げられていたからであることが明らかである。しかしながら、訴外人において本件の場合もし法律で禁じられた軌道敷内の通行をせず、車両通行帯部分を通行していたならば、右のような事態に陥らず、ひいては、本件事故を惹起しないですんでいたことも前認定事故当時の状況から十分窺知できるところであるし、また、この点はしばらく措き、訴外人において本件事故当時軌道敷内を通行しなければならないような止むを得ない事情がもしあつたのであるならば、前方の視界を妨げている先行車の動静に注目し、その動静から見透しのきかない範囲の交通状況を推測判断し、これに即応して加害車を運転進行し、もつて、事故の発生を防止すべきであり、現にこの程度のことは自動車運転手の極めて初歩的な常識に属していることは周知のとおりであるところ、さきに認定したところによれば、訴外人は、本件事故直前先行車において急制動の措置を講じたのを認めたのであるから、その進路前方において危険な状態が発生していることをいち早く察知し、自らも急制動の措置を講ずべきであつたにもかかわらず、その時はブレーキペダルに軽く足を掛けた程度でそのまま進行を続け、なお若干進行し原告を直接発見した時点ではじめて急制動の措置を講ずるに至つたものであり、この急制動措置の若干の遅滞ないしこれと前記指定の制限最高速度毎時五〇キロメートルを超過する加害車の毎時五六キロメートルの速度との相関々係から本件事故を惹起するに至つたことは、先行車において原告と衝突していない事実から疑の余地がない。そして、このことは、前認定のように本件事故発生地点付近道路が歩行者の横断を禁止していたにもかかわらず、原告においてあえてこれを横断したことにより結論を左右されるものでないことについては、あらためて説明するまでもあるまい。

そうすると、本件事故は、原告の過去はさて措き、訴外人の前記のような安全運転義務違反の過失により惹起されたことが明らかであり、ひいては、被告の免責の主張は、爾余の点について判断を加えるまでもなく、すでにこの点において理由がなく、到底採用できないものである。

三  傷害の内容

〔証拠略〕によれば、つぎのとおりの事実を認めることができる。

原告は、本件事故により頭部打撲、右側頭骨および頭蓋底骨折、脳震盪症、右眼筋麻痺、右前額部挫傷、頸椎捻挫、左手背挫傷、右第五腰椎横突起骨折、骨盤骨折、右腓骨近位端骨折、右脛骨果骨折、右大腿骨折の重傷を被り、事故当日の昭和四四年二月一三日第一病院に入院し、外科において外科的処置を受け、一般状態の安定を待つて同月二二日整形外科に移り、即日骨盤骨折に対する鋼線牽引術を受けたほか、同年四月七日右鋼線の抜去術を受け、同年七月ころからは歩行器を用いて歩行の練習を開始したが、膝の痛みがとれず、同年八月二〇日右膝関節拘縮に対する援動術を受け、同年九月二日以降右膝の自動運動にあわせ変形徒手整形、マイクロウエーブ照射、その他の機能訓練を受け、昭和四五年六月一四日入院治療四八七日で同病院を退院し、その後は同年九月ころまで同病院に通院して治療を受けた。

しかしながら、原告には、右治療にもかかわらず、右膝関節拘縮による右膝運動制限(伸展的一五五度、屈曲約八五度)の後遺症が残り、これに前記膝手術の際行われた大腿四頭筋延長術、あるいは機能訓練不足に由来する筋力の低下等が加わつて、跛行するのは勿論、歩行自体に支障を来し、休息なしに一度に歩行できる距離はせいぜい五〇〇メートルであるほか、両耳の難聴(会話域で左平均七五デシベル、右平均六〇デシベル)、両眼の視野狭穿(範囲左三〇度ないし四〇度、右二〇度ないし三〇度)等の障害があらわれ、容易に恢復する気配がなく、医師は、原告の膝関節の機能障害については労働者災害補償保険級別第一〇級程度、両眼の調節機能障害については同一一級程度の各後遺障害であると認定している。

以上の事実が認められる。

四  損害額

(一)  逸失利益 金三、四〇八、五九六円

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時バーのホステスとして稼動し、過去三箇月間の実績によれば、一箇月平均少くても原告主張の金六〇、五〇〇円の収入を得ていたところ、本件事故に基づく前記受傷および後遺障害のため事故の日である昭和四四年二月一三日以降稼動せず、したがつて、前記稼動による収入も挙げることができないまま今日に至つていることが認められるが、他方、ホステスとして稼動するためには、その収入のうちから身づくろいや美容等のための費用を支出しなければならないことが周知のとおりであり、原告の場合も勿論この例に洩れるものではないと考えられ、〔証拠略〕を参酌すれば、原告は、右収入のうちから少くとも一箇月金六、五〇〇円程度を支出していたと推認することができるから、原告の本件事故当時における純収入は、一箇月平均金五四、〇〇〇円ということができる。さて、さきに認定した原告の被つた傷害の部位程度、その治療に要した期間、後遺障害の程度等よりすれば、原告において本件事故当日から治療を受け終つたころである昭和四五年九月一二日までの一九箇月間全然稼動しなかつたのは、本件事故による受傷のため止むを得なかつたと認めることができるが、その後の不稼動は、原告においてホステスとして稼動することは不可能であつたかもしれないが、その労働能力の一切を失つていたものとは到底認め難いから、これをもつてすべて本件事故と相当因果関係の範囲内にある不稼動ということはできず、本件事故と相当因果関係の範囲内にあるそれは、前認定後遺障害の程度に照らし、そのうち三五パーセント程度ということができるし、また、将来における稼動不能の程度も右同程度と認めることができる。ところで、〔証拠略〕によれば、原告は、昭和四年二月二五日生であることが認められるから、本件事故当時は四〇才にあと旬日と迫つていたことになるが、〔証拠略〕により認めることができる原告の過去の終歴等よりみて、原告は、本件事故に会わなければ、ほぼ四五才を達つする昭和四九年二月一二日までの向う五箇年間は、本件事故前と同程度の稼動をして、本件事故前と同程度の前認定純収益を挙げることができ、また、その後のほぼ六三才に達つする昭和六七年二月一二日までの一八年間は、労働省労働統計調査部刊行の昭和四六年度賃金センサス(第一巻第一表)によつて認めることができる原告の右年令と同年令の一般女子労働者の得る平均賃金の範囲内にある原告主張の一箇月金四〇、〇〇〇円程度の純収益を得ることができるものと認めることができるから、これにより原告の前記休業および後遺障害のための労働能力喪失に基づく逸失利益の本件事故当時における現価額をホフマン式計算方法により一年ごとに年五分の割合による中間利息を控除して計算すれば、別紙計算書のとおり金三、四〇八、五九六円(円位未満切捨、以下同じ。)となり、これがすなわち、原告の本件事故による得べかりし利益喪失による損害となる。

(二)  入院雑費 金一二一、七五〇円

原告は、前認定四八七日間にわたる入院生活に伴い、諸雑費を要したであろうことは経験則上明らかであるが、本件事故と相当因果関係の範囲内にあるそれは、〔証拠略〕によれば、一日金二五〇円の割合による金一二一、七五〇円と認めることができる。

(三)  慰藉料 金二、一〇〇、〇〇〇円

さきに認定した原告が本件事故により被つた傷害の部位、程度、その治療に要した期間、後遺障害の程度、その他本件にあらわれた一切の事情によれば、原告が本件事故のために被るに至つた精神的苦痛には甚大なものがあり、これを金銭賠償でもつて慰藉するとすれば、前記金額を要するものと認めることができる。

五  過失相殺

原告において本件事故の発生につき過失の責を免れ得ないことは第二項において詳述したとおりであるが、同項において認定したところによれば、原告は、車道部分の幅員もかなり広く、交通も頻繁と認められるような本件事故発生地点を横断禁止の規制に違反し不用意に横断しようとして本件事故に会つたものであるから、その過失にも軽視し難いものがあることは明らかである。なお、〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故発生地点付近道路が横断禁止になつていること知つていなかつたことが窺われるが、さきに認定した本件事故発生地点付近における道路環境よりすれば、普通の常識を備えた者であれば、たとえ横断禁止となつていることを知らなかつたとしても、原告のように不用意に横断することはまずないと考えられるので、原告において横断禁止の規制を知らず横断したことをもつて原告のため特に有利に考慮することはできないというべきである。そして、以上に述べた訴外人および原告双方の過失の程度ならびに後に述べるように原告の本件事故による損害のうち治療に関して要した額がかなり高額におよんでいること等損害の公平な負担の見地から考慮すべき諸般の事情を斟酌すれば、被告において賠償すべき損害額を算定するについての過失割合は、訴外人五分に対し原告五分と認めるのが相当である。そうすると、被告において賠償すべき損害額は、前項の合計金五、〇三〇、三四六円に〔証拠略〕により認めることができる右以外の左記被告支払にかかる損害、すなわち、治療費金七五四、一二三円、入院付添費金二三二、〇二〇円、コルセツト代金二四、〇五〇円、諸雑費金一、二四〇円、以上総計金六、〇四一、七七九の五割に相当する金三、〇二〇、八八九円であり、そのうち金一、〇一一、四三三円が支払ずみであることは右に認定したとおりであるから、その残額は、金二、〇〇九、四五六円となる。

なお、原告は、原告において現に要した治療費、あるいは原告において自動車損害賠償責任保険から受領した保険金まで相殺による減額の効果がおよぶような過失相殺の仕方は、原告にとつてあまりにも酷であり、過失相殺が損害の公平な負担を目指す制度であるところからみて許されない旨主張し、なるほど、過失相殺が原告主張のように損害の公平な負担を目指す制度であることについては異論のないところではあろうが、このことから直ちに原告主張のように損害のうちのある費目につき相殺による減額を許さないというような結論を導くことはできず、要は全損害につき公平な負担割合が定められれば足りるものである。そして、全損害につき公平な負担割合を定めるに際しては、損害の発生についての加害者および被害者双方の寄与の程度がもつとも重要な斟酌事項となることは疑の余地がないが、これに止まらず、例えば、本件のような交通事故による損害の負担割合を定めるについては、右損害のうちに占める治療に関する費用の程度等をも斟酌すべきは当然のことであつて、本件においてこの点につき考慮を払つていることは前記のとおりである。

六  損害の填補

請求原因第五項の事実および抗弁等第二項の事実はいずれも当事者間に争いがないが、仮処分による支払金については、これが本執行の際には現に支払う金額から控除されることはいうまでもないことであるが、本判決の段階においては控除されるべきものでないことについてはあらためて説明するまでもあるまい。

七  弁護士費用

すでに述べたところによれば、原告は、被告に対し金三九九、四五六円の損害賠償請求権を有するところ、証人山口信夫の証言によれば、被告は、原告において本件訴を提起する以前原告側と本件事故による損害の賠償につき交渉し、前記金額程度の支払には応じていたものの、原告においてかなり高額の要求をして譲らなかつたため、交渉がまとまらず、本件訴訟となつたことが認められるから、原告において本件訴提起を弁護士に委任し、その費用報酬等の支払を約諾したからとて、右弁護士費用をもつて本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害とすることはできない。

八  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し金三九九、四五六円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四四年二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があるものとしてこれを認容しなければならないが、その余は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小酒礼)

別紙 計算書

(1) 44.2.13から45.2.12まで1年間

54,000円×12月×0.9523=617,090円

(2) 45.2.13から46.2.12まで1年間

{(54,000円×7月)+(54,000円×5月)×0.35}×0.909=429,502円

(3) 46.2.13から49.2.12まで3年間

(54,000円×12月)×0.35×(4.3643-1.8613)=567,680円

(4) 49.2.13から67.2.12まで18年間

(40,000円×12月)×0.35×(15.0451-4.3643)=1,794,324円

(1)+(2)+(3)+(4)=3,408,596円

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