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大阪地方裁判所 昭和47年(わ)3617号 判決 1974年5月24日

主文

被告人を禁錮八月に処する。

本裁判確定の日から三年間、右の刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四七年一月二一日午後一一時〇分ごろ、普通乗用自動車を運転し、大阪府守口市佐太中町二丁目四五番地先の交通整理の行なわれていない左方の見とおしのきかない交差点(別紙見取図のとおり)を南から北に向け時速約五〇キロメートルでさしかかつた。ところで、自動車運転者としては、走行中は絶えず前方の道路状況に注意し道路状況に即応して減速徐行し、もつて進路前方の安全を確認して進行すべき義務上の注意義務があるのに、これを怠り、考えごとに耽り前方注視を怠つたまま前記速度で進行した過失により、前記交差点の手前一〇メートルに至つて初めてこれを認め、時速約四〇キロメートルに減速したのみで同交差点に進入したため、折から左方道路より同交差点に進入してきた野元敏広(当時二六才)運転の普通乗用自動車に自車左側後部を衝突させて、自車を右前方に横転させ、その結果、同人運転の車両に同乗の吉岡美千代(当時二四才)に加療約一八日間を要する頸椎捻挫等の傷害を・自車に同乗の笹原信夫(当時四七才)に頭部外傷Ⅲ型等の傷害を負わせ、同年二月一日午前九時一〇分ごろ、大阪府門真市新橋町八二一の一番地の生井世光病院において、同人を傷害に基づく脳挫傷により死亡させるに至つたものである。

(証拠の標目)<略>

なお、弁護人は「本件事故発生の原因はいつに被害車両の運転者が不注意にも本件交差点手前約六ないし七メートルに接近するまで交差点の存在に気付かず時速約五五キロメートルでもつて交差点内に進入してきたことにある。」旨主張して、被告人の過失を争うのでその点について審究する。ところで、道路交通法四二条は交通整理の行なわれておらず、かつ左右の見とおしのきかない交差点における車両等につき徐行義務を規定し、また、同法三六条二項は車両等が交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合においてその通行している道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広いものであるときは徐行しなければならない旨を規定しているので、幅員の明らかに広い道路を通行する車両等がいわゆる優先通行権を有することになつて、同法四二条に規定する徐行義務は免除されたことになるのである。しかし、右にいわゆる「明らかに広い」というためには、単に両道路の幅員を検尺して得られたところの算数上の広狭の差をもつて決定されるものではなくて、両道路の道面の状況、周囲の状況(環境)その他現実的な観察と併せもつて決定されるものであるが、同時に、少くとも、運転者が交差点に進入するに際し徐行状態になるために制動を施す交差点への進入直前の地点から進行道路と交差道路の幅員を対比したとき、その広狭の判別が一見して可能な状態のものでなければならない。

ところで、前掲各証拠によると、両道路の関係は別紙見取図のとおりであり、被告人進行の道路の交差点南側における幅員は4.8メートル。野元進行の道路の交差点西側における車道幅員は5.6メートル・その左歩道幅員は0.6メートル。右歩道幅員は0.8メートルであること。本件交差点の北東隅および南西隅にそれぞれ人家が建ち、そのために、両車両ともに進路前方における左右の見とおしが十分にきかない交差点であること、北西隅・南西隅にそれぞれ切り落し個所があることがいずれも認められる。

以上のような状況から見ると、被告人車の進行した道路の幅員は、野元車の進行した道路の幅員より計数上においては約2.2メートル狭く、その比率では約三分の二にすぎないことが認められるけれども、被告人車からするとき、その進行道路左側に野元の進行道路を見ることになり、かつ交差点の南西隅が切り落されて一段と広くなつている状況にあること・野元車からするとき、その進行道路の右側に被告人車の進行道路を見ることになり、かつ交差点の南西隅が切り落されて一段と広くなつている状況であること、右各道路における車両の制限速度はいずれも四〇キロメートルと指定されていることからするとき、それぞれ交差点に進入するに際し徐行状態になるために制動を施す交差点への進入直前の地点からは、自車の進行道路の幅員が相手方進行道路の幅員より明らかに広いとの判断をすることが極めて困難な状況にあることが認められる。したがつて本件においては、いわゆる出合い頭の衝突等の事故をひき起す危険があつたのであるから、このような場合、本交差点を通過しようとする自動車運転者としては、左右道路から交差点に進入してくる車両の有無を確かめ、危険を感じた場合には直ちに停止することができる程度にあらかじめ十分に徐行して交差点に進入すべきであつたのであるから、被告人、および野元ともに減速し、少くとも交差点の入口で一時停止をするか又は時速八〜一〇キロメートルの徐行状態で走行し交差点内の衝突事故防止の義務のあることが明らかである。

しかるに、被告人は時速約五〇キロメートルで北進中その道路前方約一三メートルの地点において本件交差点のあることに気付きながら約四〇キロメートルに減速したのみで、交差点に進入を試み、交差点入口において、はじめて左方道路を西から東に向けて直進して来る野元車を発見して急制動の措置をとつたことが認められるのであるから、野元が時速約五五キロメートルで西から東に向け進行中、進路左前方約一三メートルの地点において、はじめて南から北に直進して来る被告人車を発見して、前方に交差点のあることに気付きながらそのままの速度で交差点に進入して被告人車と衝突した(前掲各証拠によつて認められる)ものであつても右の事実をもつて被告人の前述の注意義務が否定されるものでない。

(法令の適用)

判示各所為につき

刑法二一一条前段、(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前の)罰金等臨時措置法三条。

科刑上の一罪の処理。

刑法五四条一項前段、一〇条(犯情の重い笹原信夫に対する罪の刑で処断)。

刑種の選択。

禁錮刑。

刑の執行猶予。

刑法二五条一項。

訴訟費用。

刑事訴訟法一八一条一項但書。

(量刑に当り特に考慮した点)

一、被害者の遺族との間に示談が成立している事情。

二、野元敏広が本件出合い頭の衝突事故について過失が無いものとして不起訴処分になつている事情。

よつて主文のとおり判決する。

(重村和男)

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