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大阪地方裁判所 昭和47年(ヨ)1782号 決定 1972年10月16日

申請人 株式会社ホテル松楓閣

右代表者代表取締役 松本市三郎

右代理人弁護士 黒田喜蔵

同 黒田登喜彦

被申請人 帝人殖産 株式会社

右代表者代表取締役 煙石隼人

<ほか一名>

右被申請人ら代理人弁護士 西昭

同 寺崎健作

主文

一、申請人が七日以内に被申請人らに対し一括して八〇〇万円の保証をたてることを条件に、被申請人らは、別紙目録記載の土地のうえに建築しようとしている鉄筋コンクリート造六階建共同住宅のうち別紙図面赤斜線部分地上の建築工事をしてはならない。

二、申請人の被申請人らに対するその余の申請を却下する。

三、申請費用は被申請人らの負担とする。

理由

一、本件申請の要旨はつぎのとおりである。

申請人は、宝塚市売布四丁目八一番の土地外九筆の土地一六、八九二・九平方メートルおよびその地上に一三棟の建物を所有し、旅館業を営んでいるところ、右土地の南東に隣接して被申請人帝人殖産が別紙目録記載の土地を所有しているが、同被申請人は同目録記載の土地に殆ど一杯に鉄筋鉄骨コンクリート造陸屋根六階建分譲マンション一棟の建築を計画し、被申請人長谷川工務店は近々これを建築しようとしている。

被申請人らが右マンションを新築すれば、申請人所有建物の日照が妨げられ、マンションの窓、ベランダから申請人所有建物の内部が俯瞰されるため、これら建物の居住者の快適で健康な生活ならびにプライバシーが侵害されるのみならず、被申請人らの計画によれば、別紙目録記載の土地の北側境界線に沿ってゴミ集積場を設けようとしており、そのため悪臭、害虫等の発生が予想され、申請人所有建物の居住者ならびに顧客に甚大な被害を与えるので、申請人は、被申請人らに対し、

(一)  別紙目録記載の土地のうち別紙図面黒斜線部分に建物を建築してはならない。

(二)  同図面青斜線部分にゴミ集積の建物を建築してはならない。

(三)  別紙目録記載の土地上に建築する建物の二階ないし六階の西側に拵えるバルコニーの西端には高さ一・五メートルのコンクリート壁を拵えなければならない。

との裁判を求める。

二、≪疎明省略≫によれば、被申請人らが申請人所有土地の南東に隣接する別紙目録記載の土地上に鉄筋コンクリート造六階建共同住宅(建築面積九六二・三二〇平方メートル、延べ面積五、三三三・三一三平方メートル、高さ一六・五五メートル、塔屋の高さ二三・八メートル)一棟を建築しようとし、昭和四七年四月二六日建築物の確認を受けたこと、右建築確認申請に際し、共同住宅北西隅の七帖大の部屋を納戸として申請し、これが住宅の居室ではないという考えのもとに、建築基準法二八条一項、同法施行令二〇条所定の居室としての算定基準によらなかったため(居室として算定するとその部屋西側の窓から申請人所有土地の境界まで約七メートルの水平距離を必要とする)、本件共同住宅の西側壁面から申請人所有土地との境界線までは約一・四メートル、その壁面上部の庇の先端、西側壁面に突出して造られるバルコニー先端および建物北西端に設けられる階段の壁面から申請人所有土地との境界線まではそれぞれ五〇センチメートルの距離がおかれているに過ぎないこと(右五〇センチメートルの距離についても、本件仮処分申請後被申請人らにおいて庇、バルコニーおよび階段のそれぞれについて設計を変更した結果によるもので、当初のそれは二〇センチメートルの距離しかなかった)、附近の土地は住居地域(住居専用地区、ただし、都市計画法、建築基準法の改正に伴う新用途地域の指定の際は第一種住居専用地域に指定される予定)で、樹木が多く風光に恵れ、中高層建築物が稀な住宅地域であること、申請人所有土地および建物は旧松方候爵の別邸であった庭園を中心に配置された土地、建物で、申請人はこれを使用し、庭園の佳景と格調の高さを自慢に旅館を経営していること、右共同住宅が計画通り完成した場合、冬至における太陽高度と、申請人所有建物の配置、窓の位置、庇の形態からみて、男子従業員の居住に供している建物一棟には午前中全く日照がなくなり、女子従業員の居住に供している建物一棟の室内には一日中日照がなくなり、申請人会社代表取締役松本市三郎夫婦、取締役松本勝利およびその家族が居住する建物一棟の室内には約一時間位の日照しか期待できなくなること、被申請人らは、右共同住宅の建築確認申請をするに際して別紙目録記載の土地の東北側に谷川および幅員約五メートルの道路を隔て隣接する善四郎垣内地区の居住者と協議し、同居住者らのため戸数を当初計画より五戸減じて建物東側および北側の一部を五階ないし四階に設計を変更して昭和四七年三月頃同意を得ていること、その頃申請人も申請人所有土地の境界線から少とも五メートル離し、かつ五階建にするよう要望したが、被申請人はこれについては確答しないで、昭和四七年三月三〇日附で宝塚市長宛に、申請人から全面的な同意が得られないが、今後とも引き続き誠意をもって協議を行ったうえ工事着工する旨の誓約書を提出したうえ建築確認申請書を提出し、その後申請人とは格別交渉しないまま右要望を拒絶していることが窺われる。

三、右事実に基づいて検討するに、附近の土地の自然環境のもとで(被申請人帝人殖産自身、その発行の宝塚ビューハイツなるパンフレットで「木と土のぬくもりのあるマンションが生まれます。宝塚のむかしがだんだん失われつつある時今も変らない静けさと、自然のあたたかさが息づいているこの売布周辺」といっている)、申請人所有土地との境界から僅かに五〇センチメートルしかへだたっていないところにバルコニーや階段を設けるような設計で、一六・五五メートルの高さの六階建共同住宅を建築しようとすることは、いわば申請人所有土地内の日照や、通風等を含む自然環境を破壊する虞もないではないうえ、申請人所有建物についてその窓の位置、庇の形態による影響がかなりあるとはいうものの共同住宅の日影によって、申請人所有建物の居住者らの現実の日照は相当妨げられると認められること、これら申請人所有建物に最も接近する本件共同住宅北西隅の納戸とされている部屋は、前記パンフレットには洋室(七帖)と表示されて宣伝されており、その広さ等からみて住宅購入者がその部屋を納戸としてではなく、洋式の居室として利用するであろうことは容易に推測され、その部屋を納戸として建築確認をえたことは、実質的にみて建築基準法二八条所定の居室としての有効な採光をとりうるための法規を回避したともいうべき結果をもたらしているが、右法規は間接的には隣接建物の採光等にも資する面がないではないこと、土地所有者は所有権の行使として原則として自由にその土地を利用することができるが、それは適法かつ地域性に応じた相当な範囲での利用に限られるのであって、違法または不相当な方法による土地の利用が他人の権利を侵害している場合に、被害者に受忍を強いることは相当でないこと、建物が完成してしまえば後日これを収去することは著しく困難であること等の事情を考え併せば、当初申請人が求めていた土地境界線上から五メートルの距離内に中高層の建物の建築を差止める限度で本件申請の理由があるものと認める。

四、よって、申請人が七日以内に被申請人らに対し一括して金八〇〇万円の保証をたてることを条件に主文第一項記載の限度で申請を認容し、その余の申請は却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 笠井昇 井筒宏成)

<以下省略>

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