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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)3124号 判決 1974年3月05日

原告

酒井広文

ほか二名

被告

吉田貴代美

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告酒井広文に対し金四三二万六、一一七円、同酒井伸博に対し金二五〇万四、八七二円および右各金員に対する昭和四六年八月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告酒井清文に対し金一七七万五、九六一円およびこれに対する昭和四七年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告酒井広文、同酒井清文のその余の各請求を棄却する。

四  訴訟費用のうち、原告酒井広文、同酒井伸博と被告らとの間に生じたものは被告らの負担とし、原告酒井清文と被告らとの間に生じたものはこれを三分し、その二を被告らの負担とし、その一を同原告の負担とする。

五  この判決第一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

一  被告らは各自、原告酒井広文に対し金四四五万二、四三六円、原告酒井伸博に対し金二五〇万四、八七二円および右各金員に対する昭和四六年八月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自、原告酒井清文に対し金二、六一四、九六一円およびこれに対する昭和四七年七月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告ら)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二請求原因

一  次の交通事故により、酒井朝美は死亡し、原告酒井清文は傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四六年八月一〇日午後四時四〇分ころ

(二)  場所 吹田市穂波町四番先道路上

(三)  加害車 普通乗用自動車(大阪五五は一二七〇号)

右運転者 被告吉田貴代美

(四)  態様 酒井朝美および原告酒井清文が前記道路の横断歩道上を東から西へ横断歩行中、同道路を南進してきた加害車にはねとばされた。

二  責任原因

(一)  運行供用者責任

被告吉田は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

被告小倉は、加害車を業務用に使用し、自己のため運行の用に供していた。すなわち、被告吉田は、形式上はエバツクス株式会社の従業員であるが、同会社は、被告小倉が設立し、その発行株式の二五パーセントを同被告が所有し、他は少数株主にすぎず、株主総会も全く同被告の支配するところであつて、会社の経営については、同被告の他に取締役が二名いるが、同人らは会社設立の際に名前を借りたものにすぎず、被告小倉が唯一の経営者であり、また、会社の資産としてはみるべきものがなく、事故当時の従業員はほとんどがセールスマンであつた。従つて、同会社は、法人としては形骸であり、実質的には個人企業と異ならないから、本件に関し、同会社の法人格は否認されるべきであつて、被告小倉は同人の企業のセールス業務に被告吉田所有の加害車を使用し、同車の運行により利益を得ていたものである。

(二)  使用者責任

被告小倉は、前記のとおり被告吉田を雇用し、同人が被告小倉の業務の執行として加害車を運転中、横断歩行する前記両名を発見しながら、停止措置をとらなかつた過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

A  酒井朝美関係

酒井朝美は、本件事故による脳挫傷、胸腔および腹腔内出血により死亡した。

(損害額)

(一) 逸失利益 金四九五万七、三〇八円

酒井朝美は、事故当時二五才で、主婦として家事および原告伸博を養育していたものであるから、全産業女子労働者の平均給与額に則り、一か月金三万九、四〇〇円、年間特別給与金一二万、九、四〇〇円を基礎とし、生活費は収入の五〇パーセント、就労可能年数は死亡時から三八年と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、前記金額となる。

原告酒井広文は朝美の夫として、同酒井伸博は子として、各相続分に応じ朝美の右権利を承継した。

(二) 原告酒井広文の固有の慰藉料 金五〇〇万円

朝美は事故当時妊娠九か月であつたから、同人の死亡と胎児の死亡により原告広文が受けた精神的苦痛に対する慰藉料として右金額が相当である。

(三) 原告酒井伸博の固有の慰藉料 金一〇〇万円

(四) 葬祭料(原告広文負担) 金三〇万円

(五) 弁護士費用

原告広文の要したもの 金五〇万円

原告伸博の要したもの 金二〇万円

(損害の填補)

同原告らは、自賠責保険から金五〇〇万円の給付を受け、原告広文の損害につき金三〇〇万円、同伸博の損害につき金二〇〇万円を各充当した。

B  原告酒井清文関係

原告酒井清文は、本件事故により、右大腿骨折、右脛腓骨両顆部骨折、頭部外傷、額面擦過傷、右大腿挫創、右腓骨神経麻痺の傷害を受け、昭和四六年八月一〇日から同年一一月二五日まで入院加療し、その後通院治療を続けている。

(損害額)

(一) 休業損害 金一二〇万円

原告清文は、事故当時二二才で、大工職人として少なくとも一か月金一〇万円の収入を得ていたが、前記受傷により全く就労できなくなり、将来の回復時期は不明である。従つて、事故後一年間分の収入に相当する前記金額を損害として請求する。

(二) 付添費 金六万円

入院中の付添費として一か月金三万円の割合による二か月分の右金額を要した。

(三) 治療費 金三、九六一円

(四) 入院雑費 金二万一、〇〇〇円

一日金二〇〇円の割合で入院三か月半の期間に右金額を要した。

(五) 慰藉料 金一一二万円

(六) 弁護士費用 金二〇万円

四  よつて、被告らに対し、原告酒井広文は金四四五万二、四三六円、原告酒井伸博は金二五〇万四、八七二円および右各金員に対する不法行為の日の後である昭和四六年八月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告酒井清文は金二六一万四、九六一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年七月二三日から完済まで前同割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  請求原因一の事実は認める。

同二の(一)の事実のうち、被告吉田が加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは認め、その余は争う。

同二の(二)は争う。

エバツクス株式会社は、記念品等の販売を目的とし、従業員十数名を擁し、年商約二億円を挙げ、本社は被告小倉の住居とは別個に存在し、個人財産と会社財産の混同もなく、株主総会も開催されており、法的手続無視の事実も存在しないから、法人として独自の経済活動を有するものであつて、法人格を否認することは許されない。

同三の事実のうち、本件事故による酒井朝美の死亡、同人と原告広文、同伸博との身分関係、原告酒井清文の受傷の各事実および原告らが自賠責保険から右朝美の死亡による給付金五〇〇万円の支払を受けた事実はいずれも認めるが、その余は争う。

第四当事者の提出ないし援用した証拠および書証成立の認否〔略〕

理由

一  事故の発生に関する請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  被告吉田貴代美が加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

(二)  被告小倉良隆の責任について

〔証拠略〕によれば、事故当時、被告吉田は、被告小倉が代表取締役となり、杯、灰皿等金属製記念品の販売を業とするエバツクス株式会社に雇用され、非常勤の外務販売員として勤務していたこと、同会社には、被告小倉のほか一三名の社員がいたが、うち一〇名は販売員であつたこと、被告吉田ら販売員は、販売にあたり、前記商品の見本、カタログ等を携行し、顧客に注文商品を届ける際には、多量の場合は会社として運送業者に依頼したり会社保有のライトバンの自動車を使用するが、乗用自動車のトランク、座席等に収容できる程度の量の場合は、販売員保有の自動車をも利用すること、会社保有の自動車は二台であり、被告小倉としては、販売員が右のごとく自己保有の自動車を会社業務に使用することを了承していたこと、被告吉田は、本件事故発生時は自己所有の加害車を私用のため運転していたものであるが、同人の当時の唯一の勤務先である前記会社の販売業務において自動車の利用を便とする地域では同車を常用していたこと等の事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。

右事実によれば、事故発生時の加害車の運転はたまたま被告吉田の私用のためであつたとはいえ、同車の前記会社業務との日常の関連からみるときは、会社は加害車を業務用に使用し、同車の運行につき運行支配および運行利益を有したものというべきである。

そこで、被告小倉の個人としての運行供用者責任の存否についてみるに、〔証拠略〕によれば、前記エバツクス株式会社は、昭和四〇年一二月一三日被告小倉が中心となつて設立され、前記金属製記念品等の販売(登記簿上は、一般化学薬品および薬品容器製造販売、金属器具製造販売、計量器販売)を業とする会社で、事故当時、発行予定株式総数一万六、〇〇〇株、発行済株式数六、〇〇〇株、資本額三〇〇万円、被告小倉を代表取締役とし、他に取締役二名、監査役一名、株主一八名の構成であつたこと、被告小倉は、同会社設立前は、株式会社エバーブラツク大阪営業所長の職にあり、その後同職を離れ、独立して右エバーブラツクの製品の販売会社である前記エバツクス株式会社を設立したものであること、同人以外の取締役は、友人および自宅の隣人であつて、その名前を借りたものにすぎず、株式の二五パーセントが同被告の所有、他は少額出資の株主であり、株主総会は同被告の方針どおり運営され、同会社の経営は同被告一人で行なわれていたこと、本件事故後の昭和四六年一一月同会社は売掛代金の回収不能により倒産したが、同会社が前記エバーブラツクに対し負担した債務の事後処理は、同被告が一人であたつていること、右倒産後、同被告は個人企業として前記と同種の商品を扱う商会を経営していること等の事実を認めることができる。

右事実によれば、エバツクス株式会社の経営および業務の遂行は、実質上被告小倉の個人企業としての営業と異ならないものと考えられる。そして、加害車が右の業務用に使用されていたことにより、同車に対する企業主体の運行支配、運行による利益を肯認すべきことは前記のとおりであるから、被告小倉個人にも同車につき運行支配と運行利益が存したものと言わねばならない。

(三)  したがつて、被告吉田、同小倉はいずれも加害車の運行供用者として自賠法三条により本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。

三  損害

A  酒井朝美関係

酒井朝美が本件事故により死亡したことは当事者間に争いがない。

(損害額)

(一) 逸失利益 金六九三万七、九九〇円

〔証拠略〕によれば、酒井朝美は、事故当時二五才で、主婦として家事および原告酒井伸博の養育にあたつてきたものであるが、本件事故に遭遇せず生存していたとすれば得べかりし利益につき、昭和四六年度賃金センサス第一巻第一表全産業女子労働者学歴計の該当年令者平均給与額によれば、一か月平均給与金四万三、五〇〇円、年間特別給与金一三万九、七〇〇円であるから、少なくとも右金額の収入を得べき稼働能力があるものと認め、生活費は収入の五〇パーセント、稼働年数は死亡時から三八年と考えるのが相当であるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除し(係数二〇・九七〇二)死亡時の現価を算定すると、前記金額(一円未満切捨)となる。

(二) 葬祭料 金二五万円

経験則により右金額を相当と認める。

(三) 原告酒井広文、同酒井伸博の固有の慰藉料

広文 金三〇〇万円

伸博 金一〇〇万円

酒井朝美の死亡の態様、同人の年令、同人と同原告らとの身分関係その他本件にあらわれた諸般の事情にてらし、本件事故により同原告らが受けた精神的苦痛に対する慰藉料としてそれぞれ右金額を相当と認める。

(権利の承継)

原告広文が酒井朝美の夫であり、原告伸博が同人の子であることは当事者間に争いがなく、同原告らは相続により朝美の損害賠償請求権を各法定相続分に応じ取得したものと考えられる。

(損害の填補)

原告広文、同伸博が自賠責保険から金五〇〇万円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。同原告らは、右填補金の充当額につき、原告広文に金三〇〇万円、同伸博に金二〇〇万円と述べているが、右は、充当により同原告らいずれか一方の請求権残額が当該原告の本訴請求額を超えることとなる場合は、右請求額にとどまるまで同原告の請求権に充当する趣旨を含むと解されるから、各原告に対する充当額は後記の金額となる。

(弁護士費用)

原告広文 金三九万三、〇〇〇円

同伸博 金二五万円

本件事案の内容、損害額にてらし、右金額を相当と認める。

(認容額)

原告広文の認容額は、前記(一)(二)の合計金七一八万七、九九〇円の三分の一である金二三九万五、九九六円(一円未満切捨)、(三)の金三〇〇万円および弁護士費用金三九万三、〇〇〇円の合計金五七八万八、九九六円から前記したところにより填補金一四六万二、八七九円を控除した金四三二万六、一一七円となる。

原告伸博の認容額は、前記(一)(二)の合計額の三分の二である金四七九万一、九九三円(一円未満切捨)、(三)の金一〇〇万円および弁護士費用金二五万円の合計金六〇四万一、九九三円から填補金三五三万七、一二一円を控除した金二五〇万四、八七二円となる。

B  原告酒井清文関係

請求原因三、Bに記載の同原告の受傷については当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、同原告は、右傷害の治療のため、昭和四六年八月一〇日から同年一一月二五日まで大阪府済生会吹田病院に入院し、その後同病院に通院し、昭和四七年八月三一日から同年九月九日まで再び同病院に内固定具除去施術のため入院したことが認められ、これに反する証拠はない。

(損害額)

(一) 休業損害 金八八万円

〔証拠略〕によれば、原告清文は、事故当時木本左官業のもとで左官として稼働し、日給金四、〇〇〇円を受け、少なくとも一か月に二二日の割合で稼働していたが、前記受傷のため昭和四六年八月一〇日から翌四七年三月ころまでの約七か月間の休業を余儀なくされ、その後は同原告の兄である原告広文のもとで同様在官として就業することとなつたが、前記固定具除去手術による入院を終えるまでの約六か月間は、従前どおりの稼働ができなかつたことが認められ、これを覆えすべき証拠はない。そして、前記傷害の部位、程度および療養経過を併せ考えると、右六か月間における同人の稼働能力は事故前の二分の一に低下していたものと認めるのが相当ある。

したがつて、同原告は、一か月金八万八、〇〇〇円の割合による七か月間の金六一万六、〇〇〇円および右月額の二分の一である金四万四、〇〇〇円の割合による六か月間の金二六万四、〇〇〇円、合計金八八万円の収入を失つたものと認める。

(二) 治療費 金一万三、九六一円

〔証拠略〕により認める。

(三) 入院雑費 金二万一、〇〇〇円

経験則により一日金二〇〇円の割合で前記入院期間中少なくとも右金額を要したものと認める。

(四) 慰藉料 金七〇万円

同原告の受傷の内容とその療養経過その他本件にあらわれた諸事情にてらし、本件事故により同人が受けた精神的苦痛に対する慰藉料として右金額を相当と認める。

(五) 弁護士費用 金一六万一、〇〇〇円

本件事案の内容、損害額にてらし、右金額を相当と認める。

(六) 付添費については、同原告の入院中、看護婦等病院関係者による看護のほか付添看護を要したことを認めるべき証拠がない。

(認容額) 合計金一七七万五、九六一円

四、以上により、被告らは各自、原告酒井広文に対し金四三二万六、一一七円、同酒井伸博に対し金二五〇万四、八七二円および右各金員に対する不法行為の日の後である昭和四六年八月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告酒井清文に対し金一七七万五、九六一円およびこれに対する不法行為の日の後である昭和四七年七月二三日から支払ずみまで前同割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告伸博の本訴請求はすべて理由があり、原告広文、同清文の本訴各請求は右の限度で理由があるので、いずれも認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文とのおり判決する。

(裁判官 松本克己)

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