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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)3364号 判決 1973年9月04日

原告 新家巍

右訴訟代理人弁護士 鈴木康隆

同 桐山剛

同 佐藤欣哉

被告 岡山建設株式会社

右代表者代表取締役 岡本新作

右訴訟代理人弁護士 山本寅之助

同 芝康司

同 森本輝男

同 古田隆規

同 藤井勲

主文

一  被告は原告に対し金二〇万〇七六六円およびこれに対する昭和四七年八月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その余を被告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、金六万円の担保を供し仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金四九万二三一六円およびこれに対する昭和四七年八月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は肩書住所地所在の原告所有の建物(以下原告建物という)を住宅兼店舗として使用し、仕出し弁当と貸座敷を営業内容とする食堂を経営し、被告は建築工事請負を業とする者である。

2  被告は、昭和四六年八月原告建物に隣接する大阪市西区江戸堀一丁目一二五番地辻川梱包工業所より辻川ビル建築工事(以下本件工事という)を請負い、同年同月二〇日、右工事に着工し、昭和四七年一月右ビルを完成した。

3  右工事現場は、原告建物に密接しており、工事による影響が右建物に及ぶことが予想され、被告も当然、これを認識しえたから、工事に当っては、原告建物に損傷を生ぜしめるが如き危険を防止するに必要な措置と施設をなし、かつ原告の営業の妨害とならない方法をもって、工事を進行させるべきところ、被告において漫然と工事を施行したため、原告建物は本件工事の震動等により床の破壊、水道管の破裂(前記工事期間中三回)を来したほか、前記ビルの基礎工事の行われた昭和四六年九月、一〇月には建物全体が傾斜し、かつ右工事の騒音、震動等により原告は貸座敷の受注が出来ないなどの営業の妨害を受けた。

したがって、被告は、民法七〇九条により原告が蒙った後記損害を賠償すべき責任がある。

4  原告の蒙った損害は次のとおりである。

(1) 逸失利益 金一五万二三一六円

前記3の営業上の支障により、原告の貸座敷営業による売上額は、昭和四五年九月、一〇月は合計金七六万八〇六〇円であったのに、昭和四六年九月、一〇月は合計金五一万四二〇〇円に低下し、金二五万三八六〇円の売上減となったが、利益は売上額の六〇%であるから結局金一五万二三一六円の売上減による損害を蒙った。

(2) 慰藉料 金三〇万円

被告は原告に対し、本件工事につき迷惑をかけない旨書面をもって誓約していたにもかかわらず、現実には、前記3の如き建物の損傷ならびに営業の妨害を生ぜしめ、建物の修復工事も原告から再三、再四、要求されてはじめて行うという状況であった。その上、原告は従前より肝臓障害で医師の手当を受けていたが、本件工事により、その病状は一層悪化するなど多大の精神的苦痛を受けた。そこで原告のこれに対する慰藉料は金三〇万円が相当である。

(3) 本訴に関する弁護士費用 金四万円

5  よって、原告は被告に対し、右損害金合計金四九万二三一六円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年八月一七日から右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁ないし主張

1  請求原因事実1、2認める。同3については、本件工事現場が原告建物に密接していたこと、右工事により原告建物に多少の影響が出たことは認め、その余は争う。同4争う。

2  被告は本件工事に当り、原告建物に損傷等の危険のないよう出来る限りの注意を尽し、ことに原告から貸座敷の受注があると申入れのあった時は常に工事を中止するなど、原告の営業に差支えのないよう配慮しており、被告には原告主張の注意義務の違反はない。

3  仮に、原告主張の如く、被告の過失に起因して、原告建物の損傷ならびに営業妨害が生じたとしても、原告建物は正式の土台もなく、レンガの上に柱を乗せただけで、その柱も老朽化して腐っていたうえ、被告が本件工事に着工する以前から、原告建物の北側の場所で別途工事中の株式会社間組の建築請負工事の影響も加わり、損傷したものである。しかるに被告は工事中、原告の要求のままに多額の費用を投じて、原告建物を補修し、むしろ従前より改良さえした。

さらに、原告建物はその南端が約一四cm本件工事の施主である前記辻川梱包工業所内に侵入していることが判明したため、本件工事により原告に多少の営業上の障害を生じても、原告は受忍するとの了解が出来ていた。(被告が原告に対し差入れた誓約書に営業補償の点が記載されていないのはこのためである)。したがって、原告の請求は全く理由がない。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の被告の過失の点につき判断する。

原告建物が本件工事現場と密接しており、その間に空間がなかったこと、本件工事により原告建物に多少の損傷が生じたことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫を総合すると、原告建物は昭和三二年一〇月頃建築されたもので、本件工事のなされた当時、かなり老朽化し、すでに瓦のズレや壁の亀裂が生じていたこと、本件工事現場に面した南側の柱の下には正規の土台はなく、建物の基礎が不安定であったこと、原告建物の一階南側には同建物固有の壁はなく、隣家たる前記辻川梱包工業所の建物の壁を利用した形となっていたこと、このため、本件工事現場で生ずる騒音、震動は直接、原告建物に影響する状況にあったこと、以上の事情は被告において、本件工事の当初より又は工事中に認識ないし認識可能であったこと、被告は本件工事に当り養生シート(防水シート)をはっただけで他の特別の騒音、震動等の了防措置をしていないこと、被告は昭和四六年九月中旬より前記辻川ビルの基礎工事のための杭打ち作業をはじめたこと、右作業によりかなりの騒音が生じ、又工事による震動で原告建物が激しく揺れたこと、このため、建物の南側の柱がズレて建物全体が傾斜するとともに、二階の梁も破損したため、二階の襖の開閉が出来なくなったこと、右損傷と騒音とにより、原告は二階での貸座敷の受注ができなかったこと、その他にも原告建物は本件工事により、玄関、調理場等の床の亀裂、水道管の破裂、屋根瓦のズレによる雨もりなどの被害を蒙ったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上の事実を総合すれば、被告においては、本件の如き、工事現場に密接しているうえに、かなり老朽化し、その土台も不安定な建物に対する特別の工法上の措置ないしは適切な予防措置をとらなかった過失により前記認定の如く、騒音、震動を発生させ、原告建物の損傷ならびにこれによる営業の妨害を招来したものと推認しうる。

三  次に、被告は原告建物の損傷は株式会社間組による工事の影響も加わっていることならびに原告は営業上の損害は請求しない旨の了解ができていると主張するのでこの点につき判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、株式会社間組は本件工事のなされた頃、原告建物の一軒おいて隣りで、別途建築請負工事をしていたこと、右工事の影響で原告建物の屋根瓦の一部が破損し雨もりの原因となったことが認められるが、右間組においては右破損個所を遅滞なく修理していることが窺われ、同社の工事により原告建物の傾斜等、原告の営業の妨害の一因となった建物の損傷が生じたものと認めるに足る証拠はない。更に、前掲各証拠によれば、原告建物の南端は約一四cm本件工事現場である隣地に侵入していることが認められ、前掲甲第二号証(誓約書)には、原告の営業上の損害の補償についてはなんらふれられていない。しかし、これらの点をもって原告が、営業の妨害による損害賠償請求権を放棄したものとは認め難く、他に原被告間で、右請求権を放棄する旨の合意がなされたことを認めるに足る証拠はない。

四  そこで、原告の蒙った損害について検討する。

(1)  逸失利益

≪証拠省略≫を総合すると、原告の貸座敷営業による売上額は昭和四五年九月、一〇月は合計金七六万八〇六〇円であったこと、本件工事の行われた昭和四六年九月、一〇月は合計金五一万四二三〇円であったこと、右両年度の九月、一〇月を比較すると、金二五万三八三〇円の売上減となること、右営業にあっては、売上額の二〇%が純利益であること(残り、八〇%のうち、材料費六〇%、諸経費二〇%)が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上認定の諸事実と前記二で認定したところを総合すると、原告は本件工事による貸座敷営業の妨害により昭和四六年九月、一〇月分について結局売上減である金二五万三八三〇円の二〇%に当る金五万〇七六六円の売上減による損害を蒙ったものと認められる。

(2)  慰謝料

≪証拠省略≫を総合すると、被告は原告に対し、工事に着工するに当って、右工事に際しては、施工業者を厳しく指導監督し、原告建物を含む近隣建物の保全のため万全の措置を講じ、万一、右建物を毀損した場合には、誠意をもって直ちに修復工事をする旨誓約していたこと、しかし、現実には、原告建物は毀損され、原告はその修復を要求したが、被告代表者とは連絡交渉ができず、且つ本件工事現場の監督責任者も他の工事現場とかけもちであったため思うように交渉できず、再三の要求の後はじめて、修復工事にとりかかるという状況であったこと、被告はかなりの程度修復工事をしてはいるものの、調理場の流しの下の水が逆流してしまうなど不完全な修復部分を残し、これらは原告が自費で補修工事をしたこと、本件工事現場の建物取りこわし作業の時には、原告建物内の調理場へ多量の埃が入ったことがあり、厳重に抗議するも更に、工事材料が原告建物の屋根に落下し、屋根を破損させて床へ落ちるなど危険な状態があり、原告は不安な生活を余儀なくされたこと、昭和四六年一〇月に入ってから被告と原告との間で話合いがなされ原告の営業補償を含む損害賠償請求につき現場監督の田中道生を通じ、被告と交渉したが結局話合は不成立となったこと、そこで原告はやむなく同年一一月以降書面で被告代表者あてに損害賠償請求をしたが、なんらの回答も得られず、更に大阪市へ善処方を要望したこと、以上の交渉等を原告は漫性肝炎で通院中の身で行ってきたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上の事実と既に前記二、三で認定した事実、その他本件にあらわれた諸般の事情を勘案し、本件工事による原告の慰謝料は金一二万円をもって相当とする。

(3)  弁護士費用

原告は被告に対し、口頭あるいは書面をもって本件工事による損害賠償請求をしてきたが、被告からは誠意ある回答が得られなかったことは既に認定したとおりである。弁論の全趣旨によれば、原告は、当事者間での話し合いでは自己の権利が擁護できないとしてやむなく本件についての交渉、訴訟の遂行を弁護士に依頼したことが認められる。以上の事情と、本件訴訟の内容、経過、認定額等を斟酌すれば、被告に対し、損害賠償として請求しうる弁護士費用は金三万円をもって相当とする。

五  よって、原告の本訴請求のうち、被告に対し、金二〇万〇七六六円およびこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年八月一七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 首藤武兵 裁判官 上野茂 田中由子)

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