大阪地方裁判所 昭和47年(手ワ)912号 判決 1973年8月21日
原告 楢吉こと 勝谷芳司
被告 政米一郎
右訴訟代理人弁護士 永岡昇司
主文
被告は原告に対し、金一、〇五〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四六年一二月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮りに執行できる。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告 主文同旨の判決および仮執行宣言。
二、被告 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二、当事者双方の主張
一、原告(請求原因)
(一)原告は本判決末尾添付の約束手形目録のとおり記載がある約束手形一通を所持している。
(二)被告の代理人大西晧夫は右手形を振出した。
すなわち
1.右大西は被告が代表取締役をしている株式会社丸正の番頭であって、建設会社や同会社の経営するアパート等の賃借人との交渉一切を委されていたのであり、本件約束手形振出権限を含む包括的代理権を有していた。
2.株式会社丸正と被告個人とは資金、経理、営業に混同があって法人格が形骸化しているので、原告は株式会社丸正の法人格を否認する。したがって、同株式会社の番頭である前記大西は、同会社に対するのと同様に被告個人の代理権をも有していたものである。
(三)原告は満期の日に支払場所で支払のため右手形を呈示した。
(四)よって、原告は被告に対し次の金員の支払を求める。
1.約束手形金残額(被告が前記大西から弁済を受けた金四五万円を差引いた残額)
2.右約束手形金に対する満期の日から支払ずみまで手形法所定率による法定利息金。
二、被告(答弁・抗弁)
(一)答弁
1.原告主張の請求原因事実中(一)の事実は認める。
2.同事実中、大西晧夫が本件約束手形を振出したこと、同人が株式会社丸正の使用人であることは認めるがその余の事実は否認する。なお、大西に対し株式会社丸正は手形振出に関し同株式会社の代表取締役である被告の個別的な同意の下に事実行為として捺印等の行為をさせていたにすぎないものであって、法律行為の代理権を付与していたものではない。
3.同事実(三)は認める。
(二)抗弁
原告は大西晧夫から本件手形金内金の弁済として、原告が自認する金四五万円のほかになお金五万円を受取っているので、本件手形金残額のうち、この五万円については弁済ずみである。
三、原告(抗弁に対する答弁)
被告主張の抗弁事実中、その主張するように大西から計五〇万円の金員を受領したことは認めるが、そのうち金五万円が本件約束手形金の弁済として支払われたとの点は否認する。なお、この金五万円は被告のアパート等への入居斡旋料として支払を受けたものである。
第三証拠<省略>
理由
第一当事者間に争いのない事実
原告主張の請求原因事実中、(一)の本件約束手形の所持(三)の呈示については当事者間に争いがない。
第二被告の手形振出の検討
<証拠>を総合すると、被告は株式会社丸正の代表取締役として貸ビル業を経営していたが同会社は被告のいわゆる個人会社であり、被告と同会社の従業員大西晧夫の二人ですべての業務を処理し、しかも被告が難聴であることもあって外部との折衝その他営業関係の事項については右大西に包括的代理権限を与えていたこと、大西は手形振出については概ね被告の指示のもとに行なっていたが、時折事後承諾の下に独自で振出したこともあったこと、被告は右会社とは別に個人としても不動産賃貸業を営んでいたが、同株式会社が全くの個人会社で株主総会、取締役会等の組織手続をとることもなく、業務も会社、個人間に截然と区別しないまま混同しており、前記大西は株式会社丸正の業務のほか被告の個人営業の仕事にも従事していたこと、一方、原告は株式会社丸正が所有する小売市場の店を借り受け寝具小売店を営んでいたが、同会社はマンションの増築工事に際し、その工事前渡代金として本件約束手形を昭和四六年七月末頃請負人楠永工務店に大西が作成のうえ交付したが、株式会社丸正は当時不渡を出していたので、被告の内妻高野征子名義の約束手形を株式会社丸正の別名として使用しており、本件約束手形もこの高野征子名義で振り出したこと、ところが、当時楠永は資金繰が苦しく本件手形を割引しようと試みたが、本件手形は高野征子名義で信用が薄いのでもっと信用ある手形と取替えて欲しい旨右大西に申入れたところ、右大西は本件手形を持参して原告方に赴き原告振出の約束手形と交換をし、楠永にこの手形を手交したこと、原告は自己振出の手形金のうち一〇〇万円は一回書替した後結局金額一五〇万円を右楠永から手形を取得した合川木材株式会社へ支払い決裁したこと、その後楠永はマンシヨン増築工事を完成させないまま倒産し逃亡したことが認められ、これらの各事実を併せ考えると、大西晧夫は株式会社丸正の営業関係一切を委任された部分的包括的代理権を有する番頭であり、本件手形も同人がその包括的権限内で振出したものであること、株式会社丸正は法人格が形骸にすぎずその実質がまったくないので株式会社丸正から被告の個人企業であることが透視され、信義則上同会社は被告個人と同視して差支えないことが推認でき、この認定に反する<証拠>は前記各証拠に照らし遽かに採用できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
そうすると、株式会社丸正は法人格を否認され取引の相手方たる原告は会社の番頭たる大西の会社の別名名義の本件約束手形振出をその実体たる被告個人の約束手形振出行為としてその責任を追及し得るものであるから、被告は本件約束手形の振出人としてその責任を免れない。
なお、商法四三条の番頭は受任事項の範囲に関する限り、当然その決裁手段たる手形振出権限を有するものであり(大判昭八・五・一六民集一二巻一一六七頁)、たとえ、この手形振出を被告の指示によることを定めていたとしても、それは同条二項、三八条三項により包括代理権に加えた制限として善意の第三者に対抗できないものであって、本件約束手形の受取人たる原告が悪意者であるとの主張、立証はない。
第三弁済の抗弁の検討
被告主張の抗弁事実中、原告が本件手形金内金弁済として受領したとする金四五万円のほかになお金五万円を大西晧夫から受取っていることは当事者間に争いがないが、これが本件手形の弁済として交付されたとの被告主張に副う証人大西晧夫の証言は原告勝谷芳司本人尋問の結果に照らし遽かに採用できないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。かえって、原告勝谷芳司本人尋問の結果によると、この金五万円は原告が被告との約束により被告経営の市場の店舗入居者を仲介した際、その保証金の一割を謝礼として受取ったものであることが認められる。
したがって、被告の弁済の抗弁は採用することができない。
第四結論
以上のとおりであるから、被告は原告に対し本件約束手形金残金およびこれに対する満期の日から支払ずみまでの手形法所定率による利息金として主文第一項記載の金員の支払義務があることが明らかである。よって、被告に対しその支払を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉川義春)
<以下省略>