大阪地方裁判所 昭和47年(行ウ)27号 判決 1973年8月27日
東京都台東区台東四丁目一〇番一号
原告
天進貨幣計算機株式会社
右代表者代表取締役
池辺巌
右訴訟代理人弁護士
石原秀男
同
古本英二
大阪市南区高津七番丁二五番地
被告
南税務署長 北中善雄
右指定代理人
岸本隆男
同
金原義憲
同
斎藤安信
同
横井清
同
安田功
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 申立
一 請求の趣旨
「被告が、原告の自昭和四四年九月一日至昭和四五年八月三一日事業年度分法人税につき、所得金額を金一〇〇、一〇二、七五五円と更正した処分のうち、金五三、三三二、二二七円を超える部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決を求める。
第二 主張
一 請求原因
1 原告は、法人税法一八条により大阪市南区鰻谷西之町一三番地を法人税の納税地とする指定を受けているものであるが、昭和四五年一〇月三〇日被告に対し、原告の昭和四四年九月一日から昭和四五年八月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という)分の法人税につき、所得金額を金五一、七八三、〇四六円と申告したところ、被告は昭和四五年一二月二六日付で原告に対し、所得金額を金一〇〇、一〇二、七五五円と更正する処分をした。被告の右更正は、原告が損金として計上した「退職給与未払金」一二、七九五、五二八円、「下取り損金」三三、九七五、〇〇〇円ほか二項目につき、損金算入を否認したことによるものであつた。
原告は、被告の右処分につき異議申立をしたが、棄却され、さらに大阪国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、これも棄却された。
2 しかし、被告の右更正のうち、退職給与未払金および下取り損金の損金算入を否認した部分は、つぎの理由により違法である。
1 退職給与未払金について
原告は退職金規定を定め、従業員に対し勤続一か年につき退職時における本給月額一か月分の割合で算出した額を退職金として支払うこととしている。退職金は今や労働力の対価として賃金の一部たる性格をますます強め、労働契約の内容をなすに至つており、その給付事由である退職もしくは死亡という事実は、各従業員につき必ずいつかは到来するものであるから、従業員を雇入れたことによつて退職金を支払うべき債務は成立し、勤続の事実があるかぎり継続的定額的に発生し続けているのであり、退職のとき突如発生するのではない。原告がここに退職金未払額として計上した額は、今後昇給していることの確実な退職時の本給よりも低い現時の本給を基準として算出したものであるから、いわば最低額の損金経理である(ちなみに、原告の従業員中、昭和四二年三月一日から同四六年一二月末日までに退職した者に対し、現実に支給された退職金の合計額は金五、八八四、七九三円であるのに対して、右各従業員が退職した時の属する事業年度より前の事業年度の決算において計上された退職給与未払金の合計額は金四、六九〇、八二一円であり、しかも個々の従業員についてみても、計上未払金の額が現実の支給額をこえている例は皆無である。このことからも、右未払金の算定が合理的になされていることがわかる。)
なお、法人税法五五条の退職給与引当金の制度は、将来の貨幣価値の下落と賃金の上昇によつて、退職金の支給につき支障が生ずることのないようにするために導入されたもので、確定債務としての退職給与未払金の損金計上とは目的を異にし、別途計上を妨げられない。
2 下取り損金について
原告は、硬貨計算機、硬貨包装機、紙幣計算機等の販売、保守を主たる業務としているが、業者間の下取り競争は激烈であり、実用耐用年数が約五年である前記各種機械の販売については、販売時においてすでに将来の下取り処理によつて損失が発生することを当然に見込まなければならない。下取りを必然的に予定しなければならない業種における決算利益は、下取り損を含んだ仮の利益にすぎないのであつて、この事態を直視し、これに基づく経理処理は、できるかぎり尊重されるべきである。下取り損の額は、長年にわたる販売実績等から合理的に算出することができる。すなわち、税務上の耐用年数を五年、販売件数のうち下取りが発生する件数を五〇パーセントとすると、昭和四五年八月決算期において翌四六年期(自昭和四五年九月一日至同四六年八月三一日事業年度)に発生の予想される下取り損額は、
52.399.000円(45年期下取り損額)÷692.022.000円(46年期売上総額)×970,734,000円(41年売上総額)=0.5=33,975,000円
という算式により求められる(この推算額は、昭和四六年期の現実の下取り損額六三、一九一、〇〇〇円と比べると、きわめて控え目である。そのほかの事業年度においても、計上した下取り推算額が実際に発生した額をこえている例は皆無である。このことからも、原告が採用している下取り損額の算出方法が合理的であることがわかる。)
原告の主張する下取り損額は、過去一八年にわたる原告の企業実績の中で定着した確定的要素のきわめて強い計数であり、発生するかどうか不確から貸倒引当金、価格変動準備金の如きものの計上が認められていることとの対比からしても、当然に確定した損金として計上されるべきものである。
二 被告の認否と主張
1 請求原因1の事実は認める。
同2のうち、原告がその主張のような退職金規定を有すること、および原告の営業がその主張のとおりであることは認めるが、その余の主張は争う。
2 法人がその従業員に対する退職金を確定した債務として損金に算入できるのは、当該従業員が現実に退職し、退職金の具体的金額が確定したときにかぎられる。
戦後の労働関係法の整備に伴い、労働協約その他による退職金の支給に対する保障が次第に確立される一方、企業の経理においても退職給与引当金を計上する慣行が一般化されるようになつたが、このような背景のもとに、法人税法においても一定の要件に基づき、退職給与引当金の損金算入の制度が設けられるに至つた。しかしこれは、従業員の退職が現実に確定しない以上退職金を損金に算入できないこととは、全く別個の問題であつて、原告主張のような在職従業員の退職金の損金算入が並立共存しうるものではない。
3 原告が機械類を販売するときに例外なく旧機械の下取りを行なうものであるとしても、その下取り損失は、新機械を販売して旧機械を下取りし処分した時点ではじめて現実に発生し確定するものである。したがつて、将来において発生すると予想される下取り損を当期の費用として認識して見越計上しても、法人税法上そのような見越費用につき引当金の設定を認める別段の定めがない以上、これを損金に算入することは許されない。
第三 証拠
原告は、甲第一ないし第三号証を提出した。
被告は、甲第一、第二号証の成立を認め、第三号証の成立は不知と答えた。
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 退職給与未払金の損金算入について
成立に争いのない甲第二号証によれば、原告は、その従業員に対する退職金の支給につき退職金規定を設け、その内容として、退職金の一部であつて原告に勤務することによつて発生し、一定の事由によつて退職したときこれを支払うこと、その額は勤続一か年につき退職時の本給月額の一か月分の割合で算出し(この点は争いがない)、ただし自己都合により退職する場合は右金額の八割とし、懲戒またはこれに準ずる事由により退職を命ぜられた場合はこれを支給せず、あるいは情状により減額支給するものとし、また勤務成績によつて増減することがあることなどを規定し、かつ、原告は毎決算期末に発生している退職金負債最低額として、当該期末に従業員が自己都合により退職したと仮定した場合に支払うべき金額を、法人税法に定める退職給与引当金とは別途に計上するものとしていることが認められる。このようにして計上された金額が、本訴において原告の主張する退職給与未払金であると解される。
してみると、原告主張の退職給与未払金は、現実に退職した従業員に対する退職金額確定の未払分ではなく、現に在職する従業員について、将来退職という事実が発生したときに、退職事由や勤務状態等によつてはじめて金額の具体的に確定する退職金の額を見越計上したものであり、会計学上、決算日現在で金額が確定し施行期末到来の確定債務である未払金、あるいはすでに提供された役務に対してその対価の支払の終わらない未払費用のいずれでもなく、確定しない債務に対し設定される費用の見越計上である負債性引当金に相当し、実質的には退職給与引当金である。
ところで、法人税においては、課税所得金額の計算上損金に算入される費用は、当該事業年度終了の日までに債務の確定しているものでなければならず、債務の確定したものといいうるためには、当該事業年度終了の日までに、当該費用にかかる債務が成立し、その債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生し、その金額を合理的に算定しうるものであることが必要であり(法人税基本通達2ー1ー5参照)、単に将来生ずることが見越される費用は、他に特別の規定がないかぎり預金に算入されない。
原告のいう退職給与未払金は、前述のように、具体的な給付をすべき原因となる退職という事実が未発生であり、したがつてまた退職金の額を左右する諸条件も未定で、金額を合理的に算定することができないものである(原告は、退職従業員に対し現実に支給した退職金の額と退職時より前の事業年度に未払金の名目で計上した額との比較から、後者の金額の算定が合理的になされていることが裏付けられるとしているが、単に金額が控え目に算定されているからといつて、それが合理的だということにはならない。)から、当期の損金に算入すべき費用にあたらないことは、明白である。
また法人税法五五条は、損金についての特別の定めとして、退職給与引当金の損金算入を規定しているが、同条の規定による引当金の損金算入には一定の要件と限度があり、この規定による引当金を別途計上しながら、さらに、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準によれば実質は退職給与引当金に相当するものを、退職給与未払金なる名目で預金に計上しても、これを法人税法上の損金とみるすべはないものといわなければならない。
三 下取り損金の損金算入について
原告が硬貨計算機、硬貨包装機、紙幣計算機等の販売保守を主たる業務としていることは,当事者間に争いがない。
原告はこのような業態においては下取り競争が激しく、販売時にすでに将来の下取り損を見込まなければならないと主張するところ、原告のいう下取り損とは何を意味するのか必ずしも明らかでないが、一般に新品の販売にあたり古品の下取りをしたとき、法人税法上売主において当該下取り品につき損失を生ずるのは、同法三三条二項の場合を別とすれば、売主が下取り品を下取り価額以下で転売等の処分をする場合であつて、それ以前の段階で損失が生ずることはない。またもし売主が古品の適正価額をこえる価額で下取りをすることとした場合の適正価額と下取り価額との差額を下取り損とよんでいるのであれば、その下取りは新品を販売する目的で、かつ、新品の販売と一体となつてなされた行為であるから、その経済的実質は新品の値引きと解するのが相当である。
したがつて、原告主張の下取り損はいずれにせよ将来生ずるであろう損失を見越したものというべく、かかる見越費用について、原告がどのような方式で経理処理をしようとも、法人税法二二条三項にいう損金算入についての「別段の定め」がない以上、これをその損失の事実の発生する以前において損金に算入することはできない。
四 そうすると、被告の本件処分は全部正当であり、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を濫用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 石井彦寿)