大阪地方裁判所 昭和47年(行ウ)28号 判決 1975年5月20日
大阪市天王寺区小橋町一一番地の一二
原告
藤中隆雄
右訴訟代理人弁護士
増井俊雄
大阪市天王寺区堂ヶ芝町一九四番地
被告
天王寺税務署長
清水義一郎
右指定代理人検事
麻田正勝
同
法務事務官 秋本靖
同
大蔵事務官 黒川昇
同
丸明義
同
岡崎成胤
右当事者間の所得税更正処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 被告が昭和四五年一〇月一四日付でした、原告の昭和四三年分所得税の更正および重加算税の賦課決定を取消す。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二、被告
主文同旨の判決
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は昭和四四年三月一四日被告に対し昭和四三年分所得税につき総所得金額を五七一万一三六一円として確定申告をしたところ、被告は昭和四五年一〇月一四日総所得金額を四三二六万一三六一円とする更正および重加算税六六三万七二〇〇円を賦課する決定をし、その頃原告にその旨通知した。
2. そこで、原告は同年一一月一六日被告に対し右処分につき異議申立てをしたが、被告は昭和四六年二月一二日これを棄却するとの決定をし、その頃原告にその旨通知したので、原告は同年三月五日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は同年一一月二二日これを棄却するとの裁決をし、その頃原告にその旨通知した。
3. しかし、前記確定申告にかかる総所得金額と更正にかかる総所得金額との差額三七五五万円は、原告がその所有の大阪市西区靱本町四丁目一一九番一宅地三二〇・三三平方メートルおよび同区京町堀五丁目一五九番宅地二九九・七〇平方メートル(右二筆の土地を、以下本件土地という)を奥内豊吉に売却したことによる譲渡所得であるところ、原告が本件土地を奥内に売却したのは昭和四四年一二月二五日か、さもなくば昭和四五年一月上旬であつて、昭和四三年中ではない。
したがつて、右譲渡によつて生じた所得は昭和四三年分所得税の課税対象にはならないから、本件更正および重加算税賦課決定は違法である。
4. よつて、本件各処分の取消を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1、2の事実は認める。
2. 同3は、本件土地の売却の年月日を争い、その余の事実は認める。
三、被告の主張
1. 原告の昭和四三年分の総所得金額について
(一) 原告の昭和四三年分の総所得金額およびその内訳は、次のとおりである。
(1) 不動産所得金額 七万五五八一円
(2) 雑所得金額 二九万〇七八〇円
(3) 給与所得金額 五三四万五〇〇〇円
(4) 譲渡所得金額 三七五五万 円
(5) 総所得金額 四三二六万一三六一円
(二) 右の譲渡所得金額三七五五万円は、本件土地の売却にかかる譲渡所得であるが、その内訳は次のとおりである。
(1) 収入金額 八九七〇万 円
(2) 取得費 一四三〇万 円
(3) 譲渡益((1)-(2)) 七五四〇万 円
(4) 特別控除額 三〇万 円
(5) 譲渡所得金額(((3)-(4))×1/2) 三七五五万 円
(三) 原告が本件土地を奥内に売却した日は、昭和四三年五月二一日である。したがつて、本件譲渡所得が昭和四三年分総所得金額に帰属することは明らかである。
2. 重加算税賦課決定について
原告は昭和四三年五月二一日本件土地を奥内に売却し、その旨の売買契約証書の作成を経たが、昭和四四年一月一七日に至り、政府において、税制調査会の答申を受けて、昭和四四年分所得税の申告から、土地の譲渡益については、現行の超過累進課税方式に代えて分離比例課税方式を採用するとの税制改正要綱が閣議決定された。原告は右税制改正要綱を知るや、新税制の適用を受けるため、前記売買の事実を秘し、昭和四三年分所得税の確定申告書に本件譲渡所得を記載しないまま、昭和四四年三月一四日被告に対し昭和四三年分所得税の確定申告をした。
原告が、右確定申告にあたり、本件譲渡所得の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいしたことは、原告がその後本件土地の売買の日を昭和四四年一二月二五日と仮装するため、奥内の協力を得て右日付の売買契約証書を作成したことからも明らかである。
そこで、被告は国税通則法第六八条第一項、第六五条第一項に基づき、原告に対し本件重加算税賦課処分に及んだのである。
3. よつて、被告が原告に対して行つた本件各処分は適法である。
四、被告の主張に対する認否
1. 被告の主張1(一)の総所得金額の内訳のうち、譲渡所得の存在は争い、その余は認める。
同1(二)のうち、本件土地の売却金額が八九七〇万円であることおよび本件土地の取得費が一四三〇万円であることは、認める。
同1(三)の事実は争う。
2. 同2の事実は争う。
五、被告の主張に対する反論
1. 本件土地売買の経緯は次のとおりであつて、その成立した日は、前記主張のとおり、昭和四四年一二月二五日か、さもなくば昭和四五年一月上旬である。
(一) 原告は、昭和四三年二月ごろ、奥内との間に次のような契約をした。
(1) 奥内は原告に対し、合計八九七〇万円を次のように五回にわたつて無利息で貸付ける(消費貸借の予約)。
昭和四三年 五月二一日 二〇〇〇万円
同 年 八月二五日 二〇〇〇万円
同 年一〇月二五日 二〇〇〇万円
同 年一二月二〇日 一〇〇〇万円
同 年 同月二五日 一九七〇万円
(2) 原告は、奥内の希望に応じて、昭和四四年一月一日以降の同人が指定する日に、同人に対し本件土地を代金八九七〇万円で売渡し(売買一方の予約)、その場合には前項の借受金をもつて右売買代金に充当する(相殺予約)。
(二) 原告は右契約に従い各期日に奥内から合計八九七〇万円を借受け、奥内は昭和四五年一月上旬原告に対し、本件土地売買の予約を昭和四四年一二月二五日に遡つて完結し、右貸金と売買代金とを相殺する旨の意思表示をし、ここに本件土地の売買契約が成立した。
2. 仮に、本件譲渡所得が昭和四三年中に生ずるものと解されるとすれば、原告が同年分所得税の確定申告において右譲渡所得を申告しなかつたのは、本件土地の売買を昭和四四年一月一日以降に成立すべきものと誤解したことによるのであるから、原告には右譲渡所得の不申告について隠ぺい又は仮装の故意はなかつた。
また、原告が昭和四五年一月七日に昭和四四年一二月二五日付売買契約証書を作成したことをもつて、原告に隠ぺい仮装の故意があつたというのであれば、大阪国税局査察官は昭和四四年一〇月一四日、原告が代表取締役として主宰する株式会社登利菊製材所(以下、訴外会社という)に対し、法人税法違反の嫌疑で査察を行つた際隅然昭和四三年五月二一日付の本件土地売買契約証書を発見し、これによつて被告は右売買の事実を確知したのであるから、右事実の隠ぺい仮装はもはや客観的に不可能である。隠ぺい仮装が客観的に不可能な場合は、刑法の不能犯の理論によつて、いかなる所為も隠ぺい仮装に該当しないというべきである。
第三、証拠
一、原告
1. 甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし三、第六号証、第七号証の一ないし七、第八号証の一、二、第九号証、第一〇ないし第一二号証の各一、二、第一三号証の一ないし六、第一四ないし第一六号証を提出
2. 証人奥内豊吉、同梶一雄、同前田俊雄の各証言および原告本人尋問の結果を援用
3. 乙第一号証は原本の存在およびその成立を認め、その余の乙号各証の成立を認める。
二、被告
1. 乙第一ないし第三号証、第四、第五号証の各一、二、第六号証の一ないし三、第七ないし第二三号証、第二四号証の一、二、第二五ないし第三三号証、第三四号証の一、二を提出
2. 証人奥内豊吉、同末沢正純の各証言を援用
3. 甲第七号証の一ないし七、第八号証の一、二、第九号証、第一〇ないし第一二号証の各一、二、第一五号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。
理由
一、請求原因1、2の事実および3のうち本件土地の売却の時期を除くその余の事実は当事者間に争いがない。
二、よつて、本件土地が原告から奥内豊吉に売却された時期について判断する。
1. 原本の存在およびその成立に争いのない乙第一号証、成立に争いのない乙第二号証および証人奥内豊吉の証言によれば、次の事実が認められる。
奥内は、貸ビル業を営む者であるところ、貸ビルの建築用地に充てるため、本件土地の買受を希望し、昭和四二年一二月ごろからその所有者である原告と売買の交渉を始めた。そして昭和四三年四月ごろには、本件土地の売買につき両者はほぼ合意に達し、同年五月二一日、売買代金を八九七〇万円として売買契約が締結され、右契約に従い、奥内は同日原告に対し手附金として二〇〇〇万円を支払つた(右売買代金が八九七〇万円であることは当事者間に争いがない)。また、残代金については、次のとおり分割のうえいずれも現金で支払うものとし、所有権移転登記手続の日は、最終残代金支払の日の同年一二月二五日と定められた。
昭和四三年 八月二五日 二〇〇〇万円
同 年一〇月二五日 二〇〇〇万円
同 年一二月二〇日 一〇〇〇万円
同 年同 月二五日 一九七〇万円
右売買代金は、ほぼ約定のとおり奥内から原告に対し支払われたが、本件土地を買受けるについて、奥内は手持資金の余裕がなかつたため、買受資金の全額を大阪府民信用組合から借受けた。
以上のとおり認められる。
2. さらに、成立に争いのない乙第三、第九、第一〇号証、証人前田俊雄、同末沢正純の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、自己が代表取締役をしている訴外会社が昭和四四年一〇月ごろから昭和四五年三月ごろにかけて、法人税法違反の嫌疑で大阪国税局査察官から査察を受けた際、原告の資産と訴外会社の資産とを区別するため、同会社の経理担当者に命じて、原告の動産、不動産別の財産目録および収支計算書を作成させ、これらを確認書あるいは陳述書として、右査察官および浪速税務署長に対し提出したが、右動産目録においては、奥内から支払われた本件土地代金の全額を昭和四三年中に収受し、そのうち一四〇〇万円を訴外会社傘下の株式会社とり菊北店に貸付けた他は、すべて定期預金あるいは通知預金として処理した旨、また収支計算書においても、本件土地代金はその全額が同年中に収受されたものとして、それぞれ記帳され、一方不動産目録においては、本件土地が同年五月に奥内に売却されたものとして記帳されていることが、それぞれ認められるのであり、右各事実もまた本件土地が昭和四三年中に奥内に売却されたことを窺わせるものといえよう。
なお、証人前田俊雄の証言中には、右各書類の記載は、査察官の指示のままに記帳されたものであつて、真実を表現しているのではないとの供述が見受けられるけれども、右供述は信用できない。
3. 原告は、昭和四三年中に奥内から収受した八九七〇万円は、本件土地の売買代金ではなく、同人から借受けたものであつて、右金員の授受は本件土地が昭和四三年中に売買されたことを示すものではなく、本件土地は昭和四四年以降に売買されたのであると主張するが、右主張に沿うかに見える甲第二、第一六号証、証人前田俊雄の証言および原告本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、たやすく措信できず、他に右主張事実を窺わせるに足る証拠はない。
三、総所得金額について判断する。
1. 二の事実によると、原告の昭和四三年分譲渡所得にかかる総収入金額は八九七〇万円であり、その取得費が一四三〇万円であることは当事者間に争いがないので、譲渡益は七五四〇万円となる。
そして成立に争いのない甲第三、第四号証によれば、原告が本件土地を取得したのは昭和三五年であることが認められるから、総所得金額に算入される譲渡所得の金額は、右譲渡益から特別控除額三〇万円を控除した金額の二分の一に相当する三七五五万円ということになる。
2. 原告の昭和四三年分の不動産所得金額七万五五八一円、雑所得金額二九万〇七八〇円、給与所得金額五三四万五〇〇〇円については当事者間に争いがないから、これらに右譲渡所得金額を加えた四三二六万一三六一円が原告の同年分の総所得金額である。
四、次に、重加算税賦課決定の当否について判断する。
昭和四三年分所得税の確定申告において本件土地の売却による譲渡所得全額について確定申告がなかつたことは、当事者間に争いがない。本件土地が昭和四三年五月二一日に原告から奥内に売却され、同年中に原告がその代金全額を受領したことは前叙のとおりであるから、原告は本件土地の売却が昭和四三年になされ、その譲渡所得が昭和四三年中に発生したことについて当然認識していたものと推認されるところ、前掲乙第二号証によれば、原告は右確定申告の後、昭和四五年一月中旬ごろ本件土地が昭和四四年一二月二五日に売買されたかのように仮装するため、その旨の売買契約証書を作成し、奥内に右仮装につき協力を求めたことが認められるから、右事実をもあわせ考えると、原告は右確定申告において、昭和四三年分譲渡所得金額の計算の基礎となるべき土地売却の事実を隠ぺいする意思をもつて、本件譲渡所得につき申告をしなかつたものと認めざるを得ない。
ところで、国税通則法第六八条の重加算税は、事実の隠ぺい又は仮装に基づく過少申告あるいは無申告による納税義務違反の発生を防止し、もつて申告納税の実を挙げるために、行政上の措置として本来の租税に附加して租税の形式により賦課されるものであつて、刑罰とはその性質を異にするものと解すべきであるから、不能犯のごとき刑法の理論は当然には重加算税の課徴につき適用されないものというべきである。
なお付言するに、本件重加算税は、原告が昭和四三年分所得税の確定申告をするにあたり、本件土地の同年における売買を隠ぺいしてこれによる譲渡所得について申告をしなかつたことに付し賦課されたものであつて、その後の原告の所為は、右確定申告時において原告が隠ぺい又は仮装の意思を有していたか否かを否定するための資料となるにすぎない。したがつて、原告が主張するごとく、昭和四四年一二月二五日付売買契約証書を作成した昭和四五年一月七日の時点で被告がすでに昭和四三年五月二一日付売買の事実を確知していたとしても(その時期は、原告の主張によつても、昭和四三年分所得税の確定申告後の昭和四四年一〇月一四日である)、右事実は重加算税賦課の要件事実である隠ぺい又は仮装の意思に消長を来すものではない。
五、以上の事実によれば、被告のした本件各処分には、原告主張のごとき違法はないから、原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 鴨井孝之 裁判官大谷禎男は差支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官 石川恭)