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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)1537号 判決 1974年12月23日

原告

崎山徹

ほか三名

被告

阪急電鉄株式会社

主文

被告は、原告崎山徹に対し、金一、四五一、五九六円およびうち金一、一五一、五九六円に対する昭和四八年四月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告は、原告崎山篤宏、同崎山直子、同崎山福子に対し、各金六九七、七三〇円宛および右各金員に対する昭和四八年四月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告崎山徹に対し、金六、八一〇、七〇二円およびうち金五、四一〇、七〇二円に対する本件訴状送達の日の翌日(昭和四八年四月二五日)から支払済まで年五分の割合による金員を、原告崎山篤宏、同崎山直子、同崎山福子に対し、各金二、九八八、四四〇円および右各金員に対する前両日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

亡崎山朝子(以下亡朝子という)は、昭和四七年一一月一二日午前九時五三分ころ、被告阪急電車宝塚線豊中駅上り線ホームのほぼ中央において、折から同駅に停車中の上り電車に乗車するべく右電車に近ずき、足を車内に踏み入れたところ、右電車の扉が閉つたため、上り線ホームと右電車との間げきに転落した。そして数秒後に右電車が発車し、同人の胸部を、上り線ホームのコンクリート壁と右電車の間にはさみ、両足を宙ぶらりに垂れ下げた状態のまま約五メートル進行したため、同人は胸部強圧により即死した。

二  責任原因

1  土地の工作物の瑕疵による責任(民法七一七条)

(一) 豊中駅は、被告の経営路線である阪急電車宝塚線にあり、土地の工作物たる同駅のプラツトホーム等の諸施設は、被告が占有、管理している。

(二) 同駅プラツトホームには、次の設置、保存の瑕疵があり、そのために本件事故が発生した。

(1) 同駅のプラツトホームは、上下線とも甚だしく彎曲しているため、本件事故現場付近の上り線ホームと車両との間には、間げきが二五センチメートルもあつて、乗降客が落下しやすい危険な状態にあつた。被告がかかる状態を放置していたことは、プラツトホームの設置および管理に瑕疵があつたというべきであり、前記事故の態様に照らすと、右瑕疵によつて本件事故が発したことが明らかである。

(2) 本件事故現場付近の上り線ホーム上には、長さ三・六メートルの鉄柵が設けられており、上り電車の乗客は、右鉄柵をう回しなければ電車に乗れない仕組みになつているため、右鉄柵は、乗客の円滑な流れを妨げ、混雑を助長している。そして亡朝子は、右鉄柵が設置されていなければ、時間的に十分な余裕をもつて右電車に乗車することができ、本件事故には至つていなかつたと考えられる。したがつて、右鉄柵の設置にも瑕疵があり、これによつて本件事故が発生したものというべきである。

2  使用者責任(民法七一五条)

(一) 前記のとおり、豊中駅のプラツトホームは、甚だしく彎曲しているため、本件事故現場付近の上り線ホームと車両との間げきは二五センチメートルもあつて危険な状態にあつたから、同駅においては、平素の混雑時には、乗降客の安全を図るためにホームの随所に駅員を配置して乗降客の整理に当らせていた。ところで、本件事故当日は好天の日曜日で観光客が多数乗降し、殊に本件事故現場付近では乗降客が多く、混雑していたのであるから、被告の乗客係担当の責任者としては、乗降客の安全を図るため、プラツトホーム上に駅員を配置して乗降客の整理にあたらせるなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらず、後述のホームテレビの映像のみによつて安全の確認を図つただけで、整理にあたる駅員をプラツトホームに配置しなかつた過失により、本件事故を発生させた。

(二) 同駅の上り線プラツトホームには四個の、下り線プラツトホームには三個のテレビカメラがそれぞれ設置されてあり、被告の従業員であるテレビ係の職員が、右カメラによつて把えられたテレビの映像により、乗降客の乗降状態を把握したうえで、車掌に発車の合図を送つていたのであるが、右テレビカメラは、もともと視界が狭く幅二メートルの範囲内の物体を把えることしかできず、また二メートルの高さにあるため、乗降客が混雑している際には、その視界を妨げられるうえ、右映像は画面が小さく、瞬時に全部の映像を見て乗降客の安全を確認することは不可能であつた。従つて、被告の乗客係担当の責任者としては、テレビの映像だけではなくその他万全の安全確認をした上で発車合図を行う看視体制をとるべき注意義務があるのにかかわらず、テレビ係の従業員をしてテレビの映像のみにより車掌に発車の合図をさせていた過失により、本件事故を発生させた。

(三) さらに、被告の乗客係担当の責任者には、テレビ受像による看視につき、つぎのような過失があつた。すなわち、(1)テレビ係は三〇分位で交替させるべきであるのに、一人で二時間半も七個のテレビの看視を続けさせていた。(2)近視者をテレビ係として勤務させていた。(3)十三駅勤務の者を臨時に豊中駅のテレビ係として勤務させていた。(4)テレビモニター室の映像の配置を、テレビ係の目の高さよりも高い位置に置いていた。そして右の過失により本件事故を発生させた。

(四) 次に、右電車の車掌は、テレビ係の合図だけに頼らず自らも十分乗降客の安全を確認した上で、運転手に対し発車の合図をなすべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、テレビ係の前記発車合図のみに従い、自らは何ら安全を確認することなく発車合図を行つた過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

1  死亡による逸失利益

亡朝子は、事故当時五五才で、第一生命保険相互会社に、生命保険募集員として勤務し、年収一、二五一、七〇九円を得ていたものであるところ、昭和四五年一〇月一日に改訂された政府の自動車損害賠償保険事業損害査定基準によれば、同人の就労可能年数は、死亡時から九・三年、昭和四三年度総理府統計局家庭調査年報によると生活費は一ケ月当り一五、七〇〇円であるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、八、四四七、九八二円となる。

2  慰藉料 五、〇〇〇、〇〇〇円(亡朝子の慰藉料)

原告徹は、亡朝子の夫、原告篤宏、同直子および同福子は、いずれも、亡朝子の子であり、同人の死亡により、右三の1、2の債権を、法定相続分に従い、原告徹が三分の一、同篤宏、同直子、同福子が各九分の二宛相続した。

3  葬儀費用 四二八、〇四〇円

4  墓石代 三〇〇、〇〇〇円

原告徹が、右三の3、4を支出した。

5  弁護士費用 一、六〇〇、〇〇〇円

原告徹が、着手金として二〇万円を支払い、報酬金として一四〇万円を支払う約束をした。

五  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

請求原因一のうち、亡朝子が原告ら主張の日時ころ、被告の豊中駅において、上り線ホームと上り電車との間げきに転落し、身体を電車とホームのコンクリート壁との間にはさまれて死亡したことは認めるが、その余は争う。

同二の1の(一)は認める。

同二の1の(二)のうち、豊中駅プラツトホームが彎曲していて、ホームと車両間に一定の間げきがあること、本件事故現場付近の上り線ホームに、鉄柵が設けられていることは認めるが、その余は争う。

同二の2のうち、本件事故当日の好天の日曜日であつたこと、豊中駅にテレビ施設があり、テレビの映像を通じて乗降客の安全の確認をしていたことは認めるが、その余は争う。

同三のうち、亡朝子と原告らの身分関係の点および亡朝子が死亡当時五五才であつたことは認めるが、その余は不知。

第四被告の主張

一  本件事故の態様について

本件事故発生当時のテレビ係の従業員は、奥村光雄であり、上り電車の車掌は奥村修であつたところ、右テレビ係は、テレビの映像を通じて同電車の前七両について乗降客が乗降を終了したことを確認し、右車掌に対し、扉を閉めてよろしい旨の<ト>合図を送り、右車掌は、警笛を吹鳴した後、同列車最後尾の車両において乗降客が乗降を完了したことおよび前記<ト>合図が送られていることを確認したうえ、閉扉操作を行い、閉扉後直ちに運転士に対して発車合図を送つた。ところが右テレビ係は、右<ト>合図を発した後に、プラツトホーム階段口付近にある柱のあたりから同列車の三両目第二扉に向つて駆け込もうとしている亡朝子の姿を認めたので、直ちに車掌に対して緊急開扉を示す<ト>点滅合図を送り、引き続いて緊急事態の発生を告げるアクシデントサインを送つた。右車掌は、テレビ係が右<ト>点滅合図をした時点ではすでに閉扉した上運転士に対し発車合図をしていたのであるが、右<ト>点滅合図およびアクシデントサインに気付き、間髪を入れず乱点ベルを鳴らして運転士に非常事態の発生を知らせるとともに、自らも車掌弁(車掌が行なうことのできる急停止装置のこと)を操作し、運転士においても非常制動の措置を講じたことにより、同列車は僅か約三メートル進行しただけで停止したものである。

そして、閉扉の際の扉の作動時間が三秒程度であることや、前記柱付近と亡朝子が乗り込もうとした三両目第二扉との距離関係からすれば、亡朝子が階段口付近に達したころには、少なくとも扉は閉扉がなされつつ作動中であり、同人が扉の直前に至つた際には、すでに閉扉が完了して車掌からの発車合図が運転士に送られていたことが明らかである(なお、閉扉がなされない場合は電車の進発が不可能である)。

以上のことから明らかなように、本件事故は、亡朝子が閉扉作動中であるのに無理を承知で駆け込み乗車をしようとして、電車の扉の直前に至つた際、既に閉扉している電車に接触し、過つて両肢を電車とプラツトホームのコンクリート壁間に落したために生じたものであつて、結局亡朝子の一方的過失により発生したものである。

二  土地の工作物の瑕疵について

1  豊中駅の上り線ホームは、軌道に沿つて内側に彎曲しているが、その曲線半径は三〇二メートルで、同ホームの構造は、行政上の諸法令の定めるところはもとより、現在要請されている一般的諸基準をすべて充足している。そして本件事故現場における電車と上り線ホームコンクリート壁との間げきは、ホーム縁端の削り部分(乗降客の安全をはかるためホーム縁端の角のコンクリート部分を若干削り取つている)を含めても二三センチメートル以内であり、なお乗降客の安全をはかるために、白線外の縁端約四四センチメートル幅の部分には滑り止めまで施してあつて、同一条件下の国内の他の鉄道や海外の鉄道と比較して全く遜色なく、到底瑕疵に該当するものではない。

2  同駅上り線ホーム階段下にある鉄パイプ柵は、無暴な駆け込み乗車を防ぐ目的で設置したものであり、右鉄パイプ柵の存在することが瑕疵に当らないことは言うまでもない。

三  使用者責任について

1  整理員の配備について

原告らは、本件事故当時上り線ホーム上が混雑していたのにかかわらず、被告の乗客係の責任者が、ホームに整理員を配備して乗降客の整理に当らせなかつたことに過失があると主張する。

しかしながら本件事故当時における上り線ホームは、整理員を置いて整理にあたらせなければならない程混雑しておらず、さらに後述するように、一ないし数名の看視員によつて車掌に合図を行うよりも、テレビ係がテレビの映像によつて安全を確認したうえ即時合図を行うことの方が安全且つ確実であるから、整理員を置かなかつたことに過失があるとはいえない。

なお前記のとおり、亡朝子はただ一人で到底乗車が無理であることを承知のうえで、あわてて扉に向つて駆け込んだのであるから、本件事故の発生と混雑整理にあたる整理員を配備しなかつたことは全く関係がない。

2  テレビ装置について

原告らは、同駅に備え付けられているホームテレビは、乗降客の安全を確認するための設備としては不十分である旨主張する。

しかしながら、上り線ホーム上に取り付けられている四個のテレビカメラは、同ホーム上の各所で試験した結果、乗客の安全上最も効率のよい位置および間隔で配置し、特に本件事故現場を把える第二カメラは、ホーム縁端から一・五八メートル、高さ二・三二メートルの位置に設置されていて、上部および側面からの見とおしに支障はなく、相当数の乗降客があつても十分見とおしができるようになつており、またテレビ係が受像室でテレビの映像面を確認して瞬時の判断を送ることは十分に可能である、したがつて右ホームテレビの設備は安全確認の措置として十分なものというべきである。

3  テレビ係の配備等について

テレビ係が受像を注視するのは電車入駅から発車までの間であつて、勤務時間中終始連続的に注視しているわけではなく、テレビ画面の数、大きさ、位置等もテレビ係にとつて負担過重なものではない。また、事故当時のテレビ係の視力は十分であり、その交替配備についても何ら無理はなかつた。よつてこれらの点につき、被告の乗客係の責任者に過失はない。

4  車掌の過失について

本件事故時における車掌のとつた措置は前記のとおりであつて同人には何ら過失がない。

理由

第一事故の発生

亡朝子が、昭和四七年一一月一二日午前九時五三分ころ、被告阪急電車宝塚線豊中駅において、上り線ホームと上り電車との間げきに転落し、身体を電車とホームのコンクリート壁との間にはさまれて死亡したことは、当事者間に争いがない。そこで先ず本件事故の態様について判断する。

〔証拠略〕を綜合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故の加害電車は、八両編成からなる池田発梅田行上り普通電車で、各車両には前部、中央部および後部に、いずれも両開きの扉が取りつけられていること。

2  豊中駅上り線ホームは、軌道に沿つて内側に彎曲(曲線半径は三〇二メートル)しているため、随所において電車とホームとの間にすきまが生じ、且つ八両編成の電車が同ホームに停止した際には、最後尾の車両に乗車している車掌の位置からは、せいぜい最後尾の車両とその前部一両の車両における乗降客の乗降状態を把握しうるにとどまること。

3  そこで同駅においては、同ホーム上に四個のテレビカメラを備えつけ、それによつて、ほぼホーム全体(八両編成の電車については最後尾の車両の停止位置を除く部分)の状況を、視界幅一・九メートルないし三・六メートルをもつて把え、駅舎内にあるテレビ監視室に四個のテレビモニターを設置し、テレビ係が右テレビモニターに写し出された映像によつて同ホームにおける乗降客の乗降状態を把握したうえ、車掌に対し、乗降が完了した時点で、扉を閉めてよろしいことを表わす<ト>信号を送り、また一度閉じた扉を再び開ける必要のある場合には<ト>点滅信号を、緊急事態が発生した場合には、急停止を命じるアクシデントサインを送ることとされていること。

4  車掌は、電車を発車させる際、まず出発反応灯によつて電車が発車可能の状態にあることを確認したうえ、乗降客に対して迅速な乗降を促すために手笛による警笛を吹鳴し、ついで同人の位置から見通すことのできる後部から二両目あたりまでの乗り降りが終了したことを確認し、さらにテレビ係から前記<ト>信号が送られていることを見届けてから車掌スイツチを閉にして扉を閉める操作をし、車側灯が消えたことによつて扉が閉つたことを確かめた後(<ト>信号から扉が完全に閉まるまでに約三秒間を要する)、二点ベルによつて、運転士に発車合図を行うこと。

5  同駅の改札口は二階にあつて、改札口から入つた乗客が上り線ホームに達するためには、南側(大阪方面寄り)の階段(以下南階段という)か、北側(池田方面寄り)の階段のいずれかを下りなければならないのであるが、南階段を下りた地点のホーム上には、高さ一メートル、長さ三・三メートルの格子状の鉄パイプ柵が設置されてあつて、南階段を下りてきた乗客は右鉄パイプ柵をう回しないと乗車できないようにされており、さらに右鉄パイプ柵から南側に約二メートル離れた地点に、かなり太いコンクリート柱があること。

6  本件事故現場は、同駅上り線ホームの、前記コンクリート柱から軌道に向けほぼ直角に約三・六メートル進んだところの同ホームの縁端部分で、同所においては、ホームの端と電車との間に約二三センチメートルのすきまを生じていること、また前記四個のカメラのうち、南側から二番目のカメラによつて同所付近の状況が把えられるが、同所附近におけるテレビカメラの視界幅は約三・六メートルであること。

7  (本件事故当時の状況)

(一)  本件事故当時テレビ係として勤務していた奥村光雄は、前記テレビモニターの映像によつて、加害電車の最後尾を除く全車両につき、乗降客の乗降が完了したことを確認したうえ、加害電車の車掌であつた奥村修に前記<ト>信号を送つたこと。

(二)  他方同車掌は、出発反応灯が発車可能の信号を発していることを確認したうえ、手笛によつて警笛を吹鳴し、最後尾および七両目あたりまでの乗降客の乗降が完了したこととテレビ係からの前記<ト>信号が送られていることを見届けたうえで、車掌スイツチを閉にして扉を閉める操作を行い、車側灯が消えたことで、全車両の扉が閉つたことを確認し、二点ベルを押して発車合図をしたこと。

(三)  これに先立だち、亡朝子は大阪方面行電車に乗車するべく、和服を着て草履ばきで上り線ホームの南階段を降りて来たのであるが、加害電車が間もなく発車しようとしているのに気付き、急いでこれに乗車するため階段下の前記鉄パイプ柵とコンクリート柱の間から電車に向つて小走りに近づいたのであるが、丁度そのころには電車の扉が閉りつつあつたこと。

(四)  右テレビ係は、前記<ト>信号を送つた後、テレビモニターによつて、前記のとおりコンクリート柱附近から電車に向つて小走りで出てきた亡朝子を認めたので、そのころ閉りつつあつた扉を再び開かせるべく<ト>点滅信号を発したが、その直後において、同人が、すでに閉じてしまつた扉に突き当たり、そのはずみで電車とホームとの間の前記すきまに落ち込んだのを見て、直ちにアクシデントサインを発したこと。

(五)  加害電車は、亡朝子が右すきまに落ち込んで間なしに発進したが、右<ト>点滅信号に引続きアクシデントサインを受けた車掌が直ちに車掌弁(車掌が行うことのできる非常停止装置)を引き、乱点ベルを鳴らして非常事態の発生したことを運転士に通報し、これを受けた運転士においても急制動の措置を講じたが、加害電車は亡朝子の身体を加害電車とホームのコンクリート壁のすきまに狭みこんだ状態のまま約三メートル進行して停止したこと。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告徹本人尋問の結果および原告福子本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、亡朝子は、すでに扉が閉まりはじめていた加害電車に、急いで乗ろうとして小走りに近づいたところ、乗車する直前に扉が閉じてしまつたため、扉に自己の身体を突き当て、そのはずみで加害電車と上り線ホームの壁との約二三センチメートルのすきまに落ち込み、身体をはさまれたままの状態で約三メートルの間加害電車に引きずられ、その結果死亡したものであることが明らかである。

第二責任原因

原告は、本件事故についての被告の責任原因として、民法七一七条一項に基づく土地の工作物の瑕疵による責任と、民法七一五条一項に基づく使用者責任とを、選択的に主張しているので、先ず後者の責任の有無について判断する。

〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

1  前認定のとおり、本件事故現場は、駅のホーム自体が彎曲しているため上り線ホームと電車との間に二三センチメートルのすきまがあつて、乗降客が右すきまに転落する可能性のある危険な場所であること。

2  また本件事故現場付近は、南階段を下りて上り電車に乗車しようとする者にとつては最も電車に近い関係から、南階段を利用する乗降客によつて混雑することが多く、かつ発車直前の電車に急いで乗り込もうとするいわゆる駆け込み乗車をする者が跡を絶たないこと、そこで被告においても前記鉄パイプ柵を設け、これをう回しなければ乗車できないようにして駆け込み乗車の防止をはかつたり、同所付近におけるテレビカメラの視界を、他の場所よりも若干広くして乗客の動静の早期把握をはかつたりしていたこと。

3  本件事故当日は、好天の日曜日で時候柄、家族連れ等多くの行楽客などが電車を利用することが予想されていたこと。

4  同駅では前認定のとおりテレビ装置によつて上下線ホームの乗降客の動静を間接に視認し、その安全の確認をはかつているのであるが、前記テレビカメラは、乗客によつてその視界を妨げられることもあり、また前記テレビモニターの画面はかなり小さく、かつ上下線合計七個の画面を一人で全部看視している関係上、テレビ係が長時間勤務した際には、目の疲労が加わることもあつて、右装置による看視態勢は必ずしも事故防止のための万全の措置とはいいがたいこと。

5  右テレビによる間接看視機構は、省力の点や、車掌に対する合図が明確である点で効果が認められるものの、乗降客の動静に異常があつた場合には、テレビ係が画面を通じてこれを間接に視認し、その情況を判断して車掌に信号を送り、車掌がその信号を見てこれに対応する処置をとるものである関係上、車掌や駅員がこれを直接視認して直ちに対応処置をとる場合に較べると、時間的に差等があることが明らかであり、殊に本件のように一刻を争う瞬発的な事故については、直接看視に較べ、その防止機能がかなり劣るものであることが否定できないこと。

6  豊中駅においては、平日のいわゆるラツシユ時には、本件事故現場付近等の上り線ホーム上に数名の整理員を配置して、乗客を車内に押し込んだり、乗車を制止する等の乗客の整理に当たらせていたのであるが、本件事故当日は休日であつたところから、ホーム上にはこのような整理員を配置せず、無人のままでもつぱら前記テレビ装置によつて乗降客の動静を看視しその安全を図つていたこと。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、被告は電車によつて大量の乗客を安全に輸送するという重要な社会的使命を有しており、その業務の遂行は公共的性格をも有するものであるから、人命の安全確保については他の業務目的に優先しても常に最大限の努力をはらうべき責務がある。そして、プラツトホーム上における乗降客の安全確保についても、プラツトホームの構造、形状、乗降客の数、混雑状況、乗降客の挙動、平素の乗降状況等の個々の具体的事情に対処して、可能な限り事故の発生を未然に防止できるよう万全の措置を講ずべき注意義務があるものといわねばならない。

そこで右の見地に立つて、本件事案を検討すると、前記認定の事実によれば、本件事故現場は、ホーム自体が彎曲している関係上ホームと電車との間に約二三センチメートルものすき間があつて、人が転落する可能性のある危険な場所であり、また改札口に通じる階段下に位置している関係上、他の場所よりも乗降客が多数いて混雑しやすいところであるうえ、日ごろから階段を下りてきていわゆる駆け込み乗車をしようとする乗客が跡を絶たない場所であり、しかもホームが彎曲しているため電車の車掌からは直接視認できない個所であり、加えて本件事故当日は家族連れ等の行楽客などが多数電車を利用することが予想されていたのであり、さらに同駅に設置されたテレビ装置による看視態勢のみによつては、前記のとおり必ずしも事故防止のための万全の措置とはいえず、直接看視に較べるとその防止機能が劣るものであるから、以上のような諸条件、殊に本件事故現場付近の場所的特殊性を考慮すると、このような場合、被告の従業員である乗客係の責任者としては、当時の本件事故現場付近における乗降客の安全を確保するためには、右テレビ装置による間接看視のみに頼るにとどまらず、少なくとも本件事故現場付近のホーム上に整理員を配置して、乗降客の動静を直接看視させるとともに、駆け込み乗車等の危険な行動に出る乗客を制止誘導する任務にあたらせ、さらに万一不測の事態が発生した場合にも即時臨機の措置をとり得るような連絡態勢を完備し、もつて事故の発生を未然に防止できるよう万全の措置を講ずべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠つた過失があつたものと認められる。

そして、被告の乗客係の責任者としては、本件事故現場附近において亡朝子のようないわゆる駆け込み乗車をする者があることを予見しえたものであり、右責任者において前記のような万全の措置を講じていたならば、亡朝子の駆け込み乗車を事前に制止して事故の発生を防止することができたものと考えられるから右、責任者が前記措置を講じなかつたことと、本件事故発生との間には、相当因果関係が存するものというべきである。

もつとも、本件事故現場付近から乗車しようとする乗客としては、電車とホームとの間に相当なすきまがあることを容易に認識することができ、かつ自己の身を守るため危険な駆け込み乗車を差し控えるべきであることは勿論であり、また前認定のように被告としては、本件事故現場付近におけるテレビカメラの視界幅を他の場所より若干広くしたり、鉄パイプ柵を設けたりして駆け込み乗車による危険の防止を図つていることも認められるが、これらの点を考慮してもなお、乗客の人命の安全確保に関する被告の責務の重大性にかんがみると、被告のとつた措置が万全のものであつたとは到底認めがたい。

そうすると、被告は民法七一五条一項により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任があるというべきである。

第三損害

一  死亡の事実

亡朝子が、本件事故により死亡した事実は、当事者間に争いがない。

二  死亡による逸失利益 五、四六五、九六二円

亡朝子が、死亡当時五五才であつたことは、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、亡朝子は本件事故当時第一生命保険相互会社に、生命保険募集員として勤務し、昭和四六年一二月から同四七年一一月までの一年間に一、二五一、七〇九円の収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして同人の就労可能年数は、死亡時から九年、生活費は右収入金額の四割とするのが相当であるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、五、四六五、九六二円となる。

算式 一、二五一、七〇九×(一-〇・四)×七・二七八=五、四六五、九六二

三  慰藉料 五〇〇万円

本件事故の態様、亡朝子および原告らの年令、親族関係その他諸般の事情を考え合わせると、亡朝子の慰藉料額は、五〇〇万円とするのが相当であると認められる。

四  葬儀費用(墓石代を含む) 三五万円

弁論の全趣旨および経験則によれば、原告らが本件事故と相当因果関係のある損害として被告に賠償を求めることのできる葬儀費用(墓石代を含む)は三五〇、〇〇〇円であると認められる。

五  相続

亡朝子と原告らとの身分関係は当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、原告らが、亡朝子の相続人として法定相続分にしたがつて同人の前記二、三の債権を相続したことが明らかであるから、原告徹は、右各債権の三分の一を、その余の原告らは、右各債権の九分の二宛を承継取得したものと認められる。

第四過失相殺

前記のとおり、本件事故現場付近においては電車とホームとの間に約二三センチメートルのすきまが存在するところ、電車の乗客にとつて右のすきまの存在は一見して認識することができるものであり、また電車に乗ろうとする者は自己の身体を守るため危険な駆け込み乗車等をさしひかえ、電車の動向やホームとの間のすきまなどにも十分注意をした上で安全に乗車するよう心掛けるべきところ、亡朝子は南階段を下りて急いで電車に乗車するべく、和服を着て草履ばきで、すでに扉が閉まりはじめていた電車に向つて小走りに近づいた際、乗車直前に扉が閉じてしまつたため、これにつき当り、あやまつて右のすきまに落ち込んだものであつて、本件事故の発生については亡朝子にも相当重大な過失が認められるので、前認定の被告側の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、原告らの損害の七割を減ずるのが相当と認められる。

そうすると原告らの損害額は次のとおりとなる。

原告徹分 一、一五一、五九六円

その余の原告ら分 各六九七、七三〇円

第五弁護士費用 三〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告徹が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、三〇万円とするのが相当であると認められる。

第六結論

よつて被告は、原告徹に対し、一、四五一、五九六円、およびうち弁護士費を除く一、一五一、五九六円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年四月二五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告篤宏、同直子、同福子に対し各六九七、七三〇円およびこれに対する前向日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は、右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 三井矢敏朗 柳田幸三)

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