大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)3973号 判決 1979年10月25日
主文
一 被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金八二万一九九四円及びうち金七四万一九九四円に対する昭和四八年九月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告(反訴被告)のその余の本訴請求を棄却する。
三 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
四 訴訟費用は反訴についてのみ生じた分は被告(反訴原告)の負担とし、その余はこれを一〇分しその一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。
五 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴
1 請求の趣旨
(一) 被告(反訴原告。以下、単に被告という。)は原告(反訴被告。以下、単に原告という。)に対し金一〇二万七四九三円及びうち金九二万七四九三円に対する本訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告の本訴請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
二 反訴
1 請求の趣旨
(一) 原告は被告に対し金五〇一万六九二五円及びこれに対する昭和四五年一二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 被告の反訴請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴
1 請求原因
(一) 事故の発生
(1) 日時 昭和四五年一二月一日午前七時一五分頃
(2) 場所 和泉市尾井一一六三―二番地先路上(以下、本件事故現場という。)
(3) 加害車 普通乗用自動車(大阪五一せ七三三四号。以下、被告車という。)
右運転者 被告
(4) 被害者 原告
(5) 態様 本件事故現場を堺市方面(南から北)へ向い、井上勝夫運転の大型貨物自動車(泉一一や一七〇号。以下、井上車という。)に追従して進行中の被告車が、和泉市方面(北から南)へ向う原告運転の大型貨物自動車(泉一り三一七六号。以下、原告車という。)が対面進行してきているのに、急に進路を変更して井上車を追い越したので、原告は急制動の措置をとつたが間に合わず、原告車が被告車に接触してスリツプし、井上車に衝突した。
(二) 責任原因
(1) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
(2) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告は、前方不注視のまま、前記のとおり無謀な追越しをした過失により、本件事故を発生させた。
(三) 損害
(1) 受傷、治療経過等
原告は、本件事故により、頭部打撲挫創、頸部捻挫、右手関節部挫創の傷害を受け、昭和四五年一二月一日から同月五日まで入院し、同月六日から昭和四六年三月一八日まで(実日数一八日)通院した。
(2) 入院雑費 金一五〇〇円
入院中一日金三〇〇円の割合による五日分
(3) 休業損害 金二五万〇六七八円
原告は、本件事故当時建材業を営み一か年に金一〇〇万二七一四円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和四五年一二月一日から昭和四六年二月末日まで休業を余儀なくされ、その間金二五万〇六七八円の収入を失つた。(算式 一〇〇万二七一四÷一二×三=二五万〇六七八)
(4) 慰藉料 金二〇万円
(5) 物損 金四七万五三一五円
原告は、本件事故により破損したその所有にかかる原告車の修理代金四七万五三一五円の支払を余儀なくされた。
(6) 弁護士費用 金一〇万円
(四) 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。
2 請求原因に対する被告の答弁
請求原因(一)の(1)ないし(4)は認めるが、(5)は争う。本件事故の態様は、のちに反訴の請求原因において主張するとおりである。
同(二)の(1)は認める。
同(二)の(2)は争う。
同(三)は不知。
3 被告の抗弁
(一) 免責(ないし過失相殺)
本件事故は、原告車を運転して中央線を越え、対向車である被告車及び井上車に衝突させたという原告の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失はなかつた。
(二) 相殺
仮に被告に損害賠償責任があるとしても、被告は、原告に対し、反訴の請求原因で主張するとおり本件事故によつて生じた損害の賠償請求権を有するので、昭和五四年七月一七日の本件口頭弁論期日において、右賠償請求権をもつて、原告の本訴請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
4 抗弁に対する原告の答弁
抗弁事実はすべて否認する。被告主張の相殺は、民法五〇九条により許されない。
二 反訴
1 請求原因
(一) 事故の発生
(1) 日時 昭和四五年一二月一日午前七時二〇分頃
(2) 場所 本件事故現場
(3) 加害車 原告車
右運転者 原告
(4) 被害者 被告
(5) 態様 本件事故現場を和泉市方面(北から南)へ向つて進行中の原告車が、急に中央線を越えて対向車線に進入してきたため、折から右対向車線を堺市方面(南から北)へ向つて進行中であつた被告車は、左に急転把したが避け切れずに原告車に衝突し、その衝撃により車体を斜めにしたまま道路西側の土手をスリツプ状態で前進し、衝突地点から約五〇メートル北寄りの地点で横転した。
(二) 責任原因 運行供用者責任(自賠法三条)
原告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
(三) 損害
(1) 受傷、治療経過等
(ア) 受傷 被告は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、第五頸椎体骨折、第三、第四、第五、第六胸椎脱臼、脊髄損傷、両下肢不全麻痺等の重傷を負つた。
(イ) 治療経過 被告は、右傷害の治療のために、昭和四五年一二月一日から昭和四六年二月八日まで七〇日間松本病院に、同年一一月五日から昭和四七年三月八日まで一二七日間岡山大学医学部附属病院三朝分院に、同年五月一日から同年七月二三日まで八四日間大阪厚生年金病院に、同年七月二六日から同年一〇月一八日まで八五日間那智勝浦温泉病院に、同月二〇日頃から昭和四八年三月二二日頃まで湯川温泉診療所に、その後庄内病院に、入院し、また、昭和四六年二月一二日から同年六月二五日まで(実日数四二日)府中病院に、昭和四八年一一月一二日から昭和五一年二月一八日まで(実日数三二日)和泉市立病院整形外科に、通院した。
(ウ) 後遺症 右傷害の結果、被告には自賠法施行令別表後遺障害等級表第九級に該当する右上肢、両下肢知覚障害等の後遺症が残存し、右症状は昭和五一年二月一八日固定した。
(2) 逸失利益
(ア) 休業損害 金九〇六万六五八四円
被告は、本件事故当時四二歳で地方公務員として大阪市に勤務し一か月金一二万〇九二二円の収入を得ていたものであるところ、本件事故により休業を余儀なくされ、しかも原職に復帰しうる可能性も途絶したので、昭和四九年四月三〇日をもつて退職したが、その後も前記症状固定の日まで就労することができなかつた。事故時の職業からみて、本件事故がなければ被告が同年齢学歴計男子労働者の平均賃金を下らない収入を得ることができたことは明らかである。そこで、昭和四六年以後の収入については各年度(昭和五一年度分については昭和五〇年度)の賃金センサス第一巻第一表学歴計男子労働者の平均賃金によつて計算した左記の各金額合計金一一六九万〇四〇〇円から、被告が本件事故による受傷後退職時までに受領した賃金合計金二六二万三八一六円を控除すると、結局、被告は、昭和四五年一二月一日から昭和五一年二月一八日までの間に金九〇六万六五八四円の収入を失つたことになる。
昭和四五年一二月中の分 一二万〇九二二円
昭和四六年中の分 一八〇万七七六四円
昭和四七年中の分 一八五万一八六四円
昭和四八年中の分 二〇〇万五六〇〇円
昭和四九年中の分 二五九万三七〇〇円
昭和五〇年中の分 三〇〇万五八〇〇円
昭和五一年一月一日から同年二月一八日までの分 三〇万四七五〇円
以上合計 一一六九万〇四〇〇円
(イ) 将来の逸失利益 金五三九万六九一三円
被告は前記後遺障害のためその労働能力を三五パーセント喪失したものであるところ、それは前記症状固定の日から六年間は継続するものと考えられるから、被告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金五三九万六九一三円となる。
(算式 三〇〇万五八〇〇×〇・三五×五・一三=五三九万六九一三)
(3) 慰藉料
入通院慰藉料 金二〇〇万円
後遺症慰藉料 金一〇五万円
(4) 弁護士費用 金四〇万円
(四) 損害の填補
被告は自賠責保険から金一〇五万円の支払を受けた。
(五) 反訴請求
以上、被告の填補されていない損害は合計金一六八六万三四九七円を下らないのであるが、被告は、原告に対し、右損害金のうち金五〇一万六九二五円とこれに対する昭和四五年一二月二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する原告の答弁
請求原因(一)の(1)ないし(4)は認めるが、(5)は争う。本件事故の態様は、さきに本訴の請求原因において主張したとおりである。
同(二)は認める。
同(三)は不知。
3 原告の抗弁
(一) 免責
本件事故は被告の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失がなかつた。
(二) 消滅時効
仮に原告に損害賠償責任があるとしても、被告は本件事故発生の日である昭和四五年一二月一日に損害及び加害者を知つたものであるから、被告の原告に対する損害賠償請求権は、それから三年後の昭和四八年一一月三〇日の経過とともに時効によつて消滅した。よつて、原告は、右消滅時効を援用する。
4 抗弁に対する被告の答弁
抗弁事実はすべて否認する。被告は本件事故によつて重傷を負い事故直後から入院加療していたのであり、被告において本件事故の加害者(原告)が誰であるのか、いかなる人物であるのかを知つたのは、事故後二〇日程経過したのちのことである。したがつて、原告主張の時効の起算点は昭和四五年一二月二〇日頃である。
第三証拠〔略〕
理由
第一本訴について
一 事故の発生
請求原因(一)の(1)ないし(4)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、原告長友一孝、原告(取下前)井上勝夫、被告(第一、二回)各本人尋問の結果(以上、いずれも後記採用しない部分を除く。)、成立に争いのない甲第八号証、原告主張のとおりの写真であることに争いのない検甲第一号証の一ないし四、第二号証の一、二、第三号証の一、二によれば、次の事実が認められる。
1 本件事故現場は、ほぼ南北(和泉市方面から堺市方面)に通ずる府道和田福泉線の、電柱信太山五〇号(以下、五〇号電柱という。)の少し南側の道路上である。現場付近の右府道は、歩車道の区別のない中央線の設けられた幅員約六・八メートル(西側北行車線約三・八メートル、東側南行車線約三・〇メートル)の平坦なアスフアルト舗装道路で、ゆるやかに西側にふくらんで湾曲しているが、現場付近道路の東側は空地、西側は溝を隔てて五〇号電柱の南側は畑、北側は密野石油株式会社の敷地となつていて、南・北行両車線とも前方の見通しは良好である。最高速度は時速四〇キロメートルに制限されており、本件事故当時は、路面は乾燥していて、交通量は少なかつた。
2 原告は、原告車(積載量一〇・五トンのダンプカー)を運転し、本件事故現場付近を北から南に向つて時速約六〇キロメートルで進行中、五〇号電柱の北方約六〇メートルの地点にさしかかつた際、約一四〇メートル前方に北行車線を対進中の井上車を発見した。原告は、車幅二・五〇メートルの自車の車体を〇・三〇メートルばかり対向車線にはみ出させて進行していたが、そのままの状態で約四五メートル前進した地点で、約六六メートル前方に井上車を追い越すために南行車線に進入して北進している被告車を発見し、急制動の措置をとると同時に左に転把したが、スリツプしはじめ(ほぼ五〇号電柱の真東からはじまる右側一二・五メートル、左側一四・六メートルのほぼ直線のスリツプ痕を残している。右側のそれは、中央線から約〇・三〇メートル西側に入つた地点からはじまり、北端から約三分の一のところで中央線を越えて南行車線にもどつている。左側のそれは、道路の西端から約一メートル西側の地点で終つている。)、ハンドル操作の自由を失つて車首をやや右に振り、被告車を発見した地点から約二七メートル前進して中央線を少し西側に越えた五〇号電柱から約一二・五メートル南方の地点で、自車右前部角バンパー付近を被告車の右前部フエンダー付近から車体右側を後部までにかけて接触させ、弾みで更に車首を右寄りに振り、中央線を越えて右接触地点から約九メートル進行した地点で、北行車線の西端を進行してきた井上車の右前部に自車の前部中央部を衝突させた。
3 井上勝夫は、井上車(土砂を積載したダンプカー)を運転し、本件事故現場付近を南から北に向つて時速四〇キロメートル余りで進行中、約一三〇メートル前方に南行車線を対進中の原告車を認め、次いで少し前進した地点で右斜め後方に自車を追い越そうとしている被告車を発見したが、そのまま進んで被告車が自車とほぼ並進する状態となつたとき、原告車がなお車体を少し西側北行車線にはみ出させたままの状態で進行してきているのを認めて危険を感じ、急制動の措置をとり同時に僅かに左に転把したが、そのまま十数メートル前進した地点で自車の右前部が原告車の前部中央部と衝突した。
4 被告は、前記府道を井上車に追従して北進していたところ、本件事故現場付近に至つて井上車を追い越すべく加速して(少なくとも時速七〇キロメートル以上に加速したものと推認される。)対向車線に進入したが、折から対向車線上北前方には原告車が車体を少し北行車線にはみ出させた状態で南進接近中であり、自車がほぼ井上車と並進する状態となつたときには原告車との間の距離はかなり狭まつていた(必ずしも明らかではないが、それは、せいぜい四十数メートル程度であつたと推認される。なお、被告がいかなる時点で原告車に気付いたかは明らかでないが、前後の事情からみて、井上車と並進する状態となつた段階では、当然原告車の接近に気付いていたものと推認される。)のに、敢えてそのまま追越しを続けたため、井上車とは辛うじて接触を免れてその直前に切れ込むことができたものの、完全に北行車線にもどることができないまま、さきに2で認定した接触地点において、自車の右前部フエンダー付近から車体右側を後部までにかけて原告車の右前部角バンパー付近に接触させた。接触後、被告車は、左前輪を道路西側の溝に落し、更に幾分車体を道路外にはみ出させたまま前進し、右接触地点から約二五メートル北方の密野石油株式会社の敷地内で横転して停車した。
ところで、前掲甲第一〇号証(昭和四六年四月三日施行作成された実況見分調書)には、立会人被告の本件事故に関する説明として、被告車を運転して府道を時速約五〇キロメートルで北進中、六六・八メートル前方に車体の半分を北行車線にはみ出させて対進してくる原告車を認めた、原告車は自車線にもどつたり北行車線にはみ出してきたりしていたが、嫌がらせをしているがそのうちに自車線にもどるだろうと考えて進行していたところ、両車間の距離が一七・二メートルに迫つても北行車線にはみ出したまま進行してくるので、危険を感じ、ハンドルを左に切りアクセルを一杯に踏み込んで相手を避けたが、原告車に自車右後部をあてられ、四・三メートル進んだ地点で左側溝に左前輪をつつこんだ、旨の記載があり、被告本人は右記載にそう供述をし、なお、本件事故現場で井上車を追い越した事実はない旨供述しているが、右記載、供述は、前掲の他の証拠とは大きく喰い違つており、なによりも、前記2のスリツプ痕の位置形状から認められる被告車との接触直前の原告車の進行状況からみて、被告車がそこにあらわれたとおり、終始自車線上を進行し、しかもなお至近距離に至つて左に転把して進行していたとすれば、本件事故は発生するはずがなかつたと考えられるので、これを措信することはできない。その他、前掲各証拠中右認定にそわない部分は、他の証拠との対比において採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 責任原因
請求原因(二)の(1)の事実は当事者間に争いがなく、右一で認定した事実からすれば、本件事故は、対向車線を高速度で接近する原告車があるのに、本件事故現場付近の道路状況を考慮することなく、その直前で無謀にも敢えて高速度で井上車を追い越そうとした被告の過失が主たる原因となつて、発生したものであるというべきである。したがつて、被告には、自賠法三条(なお、被告の免責の抗弁の理由のないことは、右に述べたところから明らかである。)、民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 受傷、治療経過等
成立に争いのない甲第三号証の一、二及び原告長友一孝本人尋問の結果によれば、請求原因(三)の(1)の事実が認められる。
2 入院雑費
原告が五日間入院したことは前認定のとおりであり、右入院期間中一日三〇〇円の割合による合計金一五〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。
3 休業損害
成立に争いのない甲第五号証及び原告長友一孝本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時建材業を営み、昭和四四年には一か年間に金一〇〇万二七一四円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和四五年一二月一日から昭和四六年二月末日まで休業を余儀なくされたことが認められるので、その間合計金二五万〇六七八円の収入を失つたものと認めるのが相当である。
4 慰藉料
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は金二〇万円とするのが相当であると認められる。
5 自動車の破損による損害
前掲甲第八号証、原告長友一孝本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし八によると、本件事故により原告車はその前部を破損されたので、その所有者である原告は、余儀なく、鎌苅自動車株式会社に、その修理をさせ、修理代金合計金四七万五三一五円を支払い、同額の損害をこうむつたものであることが認められる。
四 過失相殺
前記一認定の事実によれば、本件事故の発生については、原告にも、対向車両が接近してきているのに、本件事故現場の道路状況を考慮せず、時速四〇キロメートルの制限速度を上まわる時速約六〇キロメートルで、かつ、自車の車体を少し対向車線にはみ出させたまま進行していた過失が認められるところ、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の二割を減ずるのが相当と認められる。
五 相殺の抗弁について
民法五〇九条の趣旨にかんがみれば、不法行為による損害賠償債務を負担している者は、被害者に対する不法行為による損害賠償債権を有している場合であつても、被害者に対しその債権をもつて対当額につき相殺により右債務を免れることは許されないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年(オ)第三六号同四九年六月二八日第三小法廷判決・民集二八巻五号六六六頁参照。)から、被告主張の相殺の抗弁は、その主張する賠償請求権の存否について判断するまでもなく、失当である。
六 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、金八万円とするのが相当であると認められる。
七 以上、被告には、原告に対し、金八二万一九九四円及びうち弁護士費用を除く金七四万一九九四円に対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年九月一一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第二反訴について
一 事故の発生
請求原因(一)の(1)ないし(4)の事実は当事者間に争いがなく、本件事故の態様は、さきに本訴につき第一の一で認定したとおりである。
二 責任原因
請求原因(二)の事実は当事者間に争いがない。したがつて、原告には、自賠法三条により、免責の抗弁が認められないかぎり、本件事故による被告の損害を賠償する責任がある。そして、さきに本訴につき第一の四で述べたところからすれば、原告の免責の抗弁の理由のないことは明らかである。
三 消滅時効の抗弁について
成立に争いのない乙第一ないし第五号証、第七、第九号証、被告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(三)の(1)の(ア)及び(イ)の事実が認められ、したがつて、本件事故により被告が相当額の損害をこうむつたものであることは明らかであるが、その数額についての判断はさておき、まず、原告の消滅時効の抗弁について判断することとする。
1 前掲甲第三号証の一、第八、第九号証、乙第二号証、成立に争いのない甲第四号証の一ないし四、原告長友一孝、原告(取下前)井上勝夫、被告(第一、二回)各本人尋問の結果によれば、(1)原告、被告、井上勝夫の三名は、いずれも、本件事故直後に堺市神野町所在の久崎病院に運び込まれて治療を受け、原告及び井上勝夫はそのまま同病院に入院していたこと、(2)被告は、本件事故により横転した被告車から救出されて救急車で久崎病院に運び込まれるまでは意識を喪失したり回復したりしていたが、久崎病院に到着した直後に回復したのちは意識を喪失したようなことはなく、正常な判断をすることができる状態であつたこと、(3)被告は、久崎病院において自己の病室に入るに先立ち、(ア)少時の間井上勝夫と隣合せで寝かされていたが、その間、本件事故に関して井上勝夫とある程度話をし、その結果、井上勝夫は自車の後方にいたダンプカーの運転手であることを知つたこと(なお、被告は、自己に対する加害車が前方から進行してきた別のダンプカーであることは熟知していた。)、(イ)被告らの容態を見るために来院した警察官に、本件事故では無理な追越しをしたお前が一番悪いと何度も言われ、自分は無理な追越しはしていないと明確に反論していること、(4)大阪府堺南警察署は、本件事故発生後直ちに捜査を開始し、即日午前九時三〇分から原告立会のうえでの実況見分をも施行していること、(5)事故当日の午後三時頃被告の妻が久崎病院に来たが、その際、井上勝夫の知人松本某が他二、三人とともに被告の病室を訪れ、事故の相手車(原告車)の動向を被告の口から確認しようとしたこと、(6)被告は、自らの希望で、妻に連絡させて、事故当日の午後七時頃大阪市福島区海老江所在の松本病院に転医したこと(被告本人は、久崎病院の治療に不満であつたのが転医の理由である旨供述している。)、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
2 右認定の事実からすれば、被告が本件事故発生の日にこれに基づく損害の発生を知つたものであることは明らかであり、被告主張の各損害は、特段の事情の主張立証のない本件においては、本件事故のような不法行為の被害者の立場において通常人がその発生を予見することが可能な範囲のものとして、すべて被告において即日これを知つたものというべきである。
3 次に、被告が本件事故発生の日に加害者を知つたものであるか否かの点について案ずるに、民法七二四条にいう「加害者ヲ知リタル時」とは、同条で時効の起算点に関する特則を設けた趣旨にかんがみれば、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度に知つた時を意味するものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和四五年(オ)第六二八号同四八年一一月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一〇号一三七四頁参照。)、通常は、加害者の氏名を知らなくても、賠償請求の相手方を具体的に特定して認識することができ、社会通念上、調査をすれば容易にその氏名、住所等が判明するような場合には、その段階で加害者を知つたことになるものと解される。これを本件についてみるに、さきに認定した事実関係からすれば、被告は、事故当日は重傷で入院していたとはいえ、妻に依頼する等の方法により他に自己の意思を表明することは十分可能な状態にあつたのであり、また、右1の(3)の(イ)の警察官と話をした段階で、加害者である自車の前方から進行してきたダンプカーの運転者が既に捜査当局の捕捉するところとなつていることを知つたはずであつて、事故当日は警察官や井上勝夫等から原告のことについては何も聞いていない旨の被告本人の供述が信を措きうるものであるか否かはさておくとしても、少なくとも、容態を見るために来院した警察官に質問するという一挙手一投足の労によつて(それをする気力がなかつたとの被告本人の供述は措信しがたい。)、極めて容易に自己の加害者である原告の氏名、住所、その現在地等を知り得たことは明らかであるから、被告は、本件事故発生の日に加害者を知つたものというべきである。
4 以上、反訴請求にかかる損害賠償請求権については、被告が損害及び加害者を知つた昭和四五年一二月一日から起算して三年後の昭和四八年一一月三〇日の経過とともに消滅時効が完成したものであるところ、被告は昭和四八年一二月一日に反訴を提起したものであることは記録上明らかであるから、原告の消滅時効の仮定抗弁は理由がある。
第三結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し金八二万一九九四円及びうち金七四万一九九四円に対する昭和四八年九月一一日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の部分及び被告の反訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富澤達 小抃眞史 大西良孝)