大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5505号 判決 1975年10月24日
原告
白山清英
白山忍
原告ら訴訟代理人
上原邦彦
被告
阪急電鉄株式会社
代表者
森薫
訴訟代理人
河合宏
主文
被告は原告白山清英に対し、金一一八万五、〇〇〇円と、うち金一〇八万五、〇〇〇円に対する昭和四八年一二月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被告は原告白山忍に対し、金一一二万五、〇〇〇円と、うち金一〇二万五、〇〇〇円に対する同日から支払いずみまで同割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は六分し、その五を原告らの、その余を被告の各負担とする。
この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができ、被告は金八〇万円あての担保を供して仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、原告ら
被告は原告白山清英に対し金八〇六万七、七〇〇円、同白山忍に対し金七八六万七、七〇〇円と、これらに対する昭和四八年一二月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決と仮執行の宣言。
二、被告会社
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二 当事者の事実上の主張
一、請求の原因事実
(一) 本件事故の発生
原告らの長女訴外亡白山珠美は、次の事故で死亡した。
(1)日時 昭和四八年八月六日午後八時三〇分ころ
(2)場所 兵庫県宝塚市栄町一丁目一番五七号
宝塚フアミリーランド内本館中庭噴水池(ニシキゴイ釣池)
(3)態様 宝塚フアミリーランドの本館には、噴水池のある中庭があり、建物と中庭はガラス戸によつて遮断されていた。
ところが、この戸の一枚が、本件事故のとき、故障して閉まらず、約0.5メートルの間隙が生じていたので、原告白山清英に連れられてきていた同訴外人は、この間隙から中庭に入り、噴水池に落ちて溺死した。<以下略>
理由
一原告らの長女訴外亡白山珠美が、原告ら主張の日時に被告会社が経営する宝塚フアミリーランドの本館中庭の噴水池で溺死したことは、当事者間に争いがない。
<証拠>によると、次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。
同原告は、本件事故の日の午後六時三〇分ころから義妹らと白山珠美を連れて宝塚フアミリーランド内を一巡したあと、本館内で義妹らが買物をしている間、ベンチに腰かけていた。その時刻は同日の午後八時二〇分ころである。
白山珠美は、同原告のいた本館北側の通路上を行つたり来たりして遊んでいた(添付図面参照)が、同原告が目を離した間隙に、白山珠美が本館内の中庭に入り(その往路は不明)、誤つて本件噴水池に落ちて溺死した。
なお、<証拠>によると、本件事故発見当時、白山珠美の靴の片方が地上に、他方が本件噴水池上にあつたことが認められるが、この靴の位置関係が必ずしも被告会社がいうように不自然であるといえないし、被告会社の主張する「投込み」の事実が推認できる証拠はない。
二被告会社の不法行為責任(民法七一七条の責任)についての判断
(一) <証拠>を総合すると、次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 宝塚フアミリーランドの本館、中庭、噴水池の模様は、別紙添付図面のとおりである。
本件噴水池は、中央に噴水装置があるが、故障のため、釣り池として使用されていた。また、防火用水池としての役目もはたしていた。
本件噴水池の水深は、周辺部分が約0.5メートル、中央部分が約0.9メートルである。
本件噴水池の東側半分の外側には、高さ約0.9メートル、長さ1.8メートルの鉄柵が約0.1メートルの間隔で一四個設けられていた。しかし、西側半分の外側には、柵がなかつたので、本件噴水池の縁まで行くことができた。
(2) 中庭に面している本館の部分は、通路となつていて、北側、西側、南側の各部分(ただし、南側は四半分だけである)は、開閉が可能なガラス戸で仕切られていたが、西側のガラス戸は、本件事故発生当時、約0.3メートル開いていて、大人でもその隙間から中庭に入ることができた。中庭の東側部分には、ガーデンパーラーと売店があり、南東、又は東側から中庭に自由に出入りできた。このように中庭に出ることができる以上、本件噴水池の周辺に行くことも可能であつた。
(3) 本件中庭の照明設備は、北、西、南側の本館通路の柱六か所に、中庭に面して一灯四〇ワツトの二灯式のガス灯型電灯が取り付けられていたが、この電灯は、ようやく新聞が読める程度の明るさしかなかつた。もつとも、この電灯は、本館内に照明がある間は、点灯されないから、本件事故当時、中庭の光源は、本館内の照明だけであつた。
本件事故発生時には、本館南側通路の照明は、消えていた。原告白山清英は、白山珠美を捜しながら北側通路から中庭を見たが、本件噴水池は見えなかつた。
(二) 以上認定の事実から、次のことが結論づけられる。
(1) 本件事故のとき、本館の通路西側のガラス戸の約0.3メートルの間隙又は南東か東側から中庭に出て、本件噴水池に接近することは容易であつた。
(2) 本件噴水池の東側半分には鉄柵があつたが、西側には鉄柵がないから、危険回避能力のない幼児が西側から本件噴水池に接近すると、誤つて本件噴水池に転落する危険があり、水深が周辺部で約0.5メートルであるから、幼児が溺死する可能性が十分にあつた。
(3) 本件中庭には、特別の照明設備がなかつたから、夜間は暗く、幼児が本件噴水池に接近すると、その存在が判らず、誤つて転落する危険性が大きい。
(4) 一般に遊園地では、幼児は保護者の監督下におかれるのが普通であるが、屋外と異なつて危険性の少い本件本館では、保護者も一種の安心感から幼児の監督に油断が生ずる可能性がある。特に、本件のように、夜間のため本館通路から本件噴水池が容易に見ることができない場合には、保護者が幼児から目を離す可能性が強い。そして、保護者の監督から離れた幼児は、中庭に出て本件噴水池に転落する危険性がある。
(5) 防火用水池としての用もなす本件噴水池は、大人が容易に接近できるようにする必要があるが、反面、幼児も容易に本件噴水池に接近できるのであるから、本件噴水池への転落防止の措置を十分とる必要がある。
(6) このようにみてくると、本件噴水池は、その西側に東側と同様の防護柵がなかつた点と、本件噴水池に夜間接近する者に対し、その存在を告知するに足りる照明設備がなかつた点で、判断能力に乏しい幼児にとつて、危険な状態にあつたことに帰着する。
(7) 被告会社が本件噴水池を設置、保存していることは当事者に争いがなく、本件噴水池が民法七一七条の「土地の工作物」に該当することは勿論である。そうすると、本件噴水池は、幼児が夜間転落しないようにするために必要な前述した措置がとられず危険な状態のままであつたのであるから、この点で本件噴水池の設置、保存に瑕疵があつたとしなければならない。
(8) 白山珠美が本件事故当時三歳であつたことは当事者間に争いがないから、被告会社が本件噴水池に前述した危険防止措置を講じていたなら、白山珠美の転落事故は避けられたと推認できる。従つて、本件噴水池の瑕疵と白山珠美の死亡とには相当因果関係があるといえる。
(三) 以上の次第で、被告会社は、民法七一七条により、本件事故にもとづく損害の賠償をしなければならない。
三損害
(一) 白山珠美の逸失利益
金二八九万円
死亡時の年齢 三歳(当事者間に争いがない)
就労可能年数 一八歳から六三歳まで四五年
収入 月収金五万円、ほかに賞与金七万六、二〇〇円(昭和四八年賃金センサス第一巻第一表女子労働者学歴計一八〜一九歳の平均賃金)
生活費 二分の一控除
(50,000円×12月+76,200円)×0.5×(18,9292−10,3796・ライプニツツ系数)≒2,890,000円(1万円未満切捨て)
(二) 相続
原告らは、白山珠美の右損害賠償請求権をその二分の一に当る金一四四万五、〇〇〇円あて相続によつて承継取得した(原告らが相続人であることは当事者間に争いがない)。
(三) 原告らの固有の慰藉料
金二〇〇万円あて
(四) 葬儀費用(原告白山清英)
金二〇万円
(五) 過失相殺
さきに認定したとおり、原告白山清英は、不注意にも白山珠美を見失つてしまい、その結果本件事故が発生したのであるが、同原告は、危険回避能力のない幼児の保護者として、常に幼児を監視して事故が発生しないようにすべき注意義務を怠つたことが明らかである。この過失が本件事故の一原因になつたのであるから、当裁判所は、同原告の過失を被害者側の過失として七割と評価し、被告会社に対し、損害額の約三割の負担を命じることにする。
そうすると、同原告の損害は、金一〇九万円(一四四万五、〇〇〇円+二〇〇万円+二〇万円の約三割)原告白山忍の損害は、金一〇三万円(一四四万五、〇〇〇円+二〇〇万円の約三割)になる。
(六) 損害の填補
金五、〇〇〇円あて
原告らが被告会社から金一万円の交付権を受けたことは、当事者間に争いがないから、原告らの各損害額から金五、〇〇〇円あてを控除する。
(七) 弁護士費用 金一〇万円あて
原告らが、本件原告ら訴訟代理人に訴訟委任をしたことは、当裁判所に顕著であるから、被告会社に負担させるべき弁護士費用の損害は、金一〇万円あてが相当である。
四むすび
被告会社は、原告白山清英に対し、金一一八万五、〇〇〇円と、弁護士費用の損害をのぞく金一〇八万五、〇〇〇円に対する不法行為の日より後である昭和四八年一二月一八日(本件訴状が被告会社に送達された日の翌日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告白山忍に対し、金一一二万五、〇〇〇円と、弁護士費用の損害をのぞく金一〇二万五、〇〇〇円に対する同日から支払いずみまで同割合による遅延損害金を、それぞれ支払わなければならないから、原告らの本件請求をこの範囲で認容し、これを越える部分を失当として棄却し、民訴法第八九条、九二条、九三条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。
(古崎慶長 下村浩蔵 春日通良)