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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5630号 判決 1975年2月18日

原告 東口武男

右訴訟代理人弁護士 佐々木敬勝

塚口正男

西村元昭

被告 秋田栄太郎

右訴訟代理人弁護士 桐山剛

鈴木康隆

佐藤欣哉

主文

一、被告は原告に対し金八三七四円を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1、被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物を明渡し、且つ、昭和四八年四月一日以降右明渡済みに至るまで一か月金五三二八円の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、仮執行宣言。

二、被告

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1、原告は、別紙物件目録記載の建物を所有しているところ、これを被告に賃貸した。

2、右建物の賃料は昭和四七年四月一日以降一か月金四〇三〇円であったところ、昭和四八年度には本件建物及びその敷地に対する公課が同四七年度の約一・三倍となり、消費者物価指数も同四七年より約一〇パーセント上昇し、土地・建物の時価も高騰した上賃料の統制額の改定等もあって従前の賃料額が不相当となったので、原告は昭和四八年三月中旬頃被告に対し同年四月一日以降の賃料を停止統制額どおり一か月五三二八円に増額する旨の意思表示をした。

3、然るに被告は同年四月以降毎月四〇三〇円を供託するのみであるので、原告は同年一〇月九日到達の書面で被告に対し同年四月分より九月分までの増額賃料額と供託金額との差額金八〇七六円を、右書面到達後五日以内に支払うこと、右期間内に支払なきときは期間満了を以って賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

4、本件建物の賃料は、地代家賃統制令の適用を受けるものであり、また原告の増額請求額は統制額どおりであるから、借家法附則八項により同法七条二項の適用は排除され被告は増額にかかる賃料全額を支払わない限り債務不履行の責任を負うべきこととなる。

5、然るところ被告は前記催告期間内に差額金の支払をなさなかったので、同年一〇月一四日の経過をもって本件賃貸借は解除された。

6、よって原告は被告に対し、本件建物の明渡及び昭和四八年四月一日以降同年一〇月一四日までは賃料として、同月一五日以降右建物明渡済みに至るまでは賃料相当の損害金としていずれも一か月金五三二八円の割合による金員の支払を求める。

二、請求の原因に対する認否

1、請求原因第一項の事実は認める。

2、同第二項中本件建物の賃料が昭和四七年四月一日以降一か月金四〇三〇円であったことは認めるが、右賃料が不相当になったこと及び原告が同四八年三月中旬頃被告に対し同年四月一日以降の賃料を停止統制額どおり一か月金五三二八円に増額する旨の意思表示をしたことは否認する。

3、同第三項の事実は認める。

4、同第四項のうち本件建物の賃料が地代家賃統制令の適用を受くべきものであることは認めるが、その余は争う。

5、同第五項のうち解除の効果は争う。

三、被告の主張

1、地代家賃統制令は憲法二五条を受け、国民生活の安定を図ることを目的として制定されたものであるが、昭和四六年一二月二八日建設省告示第二一六一号によって定められた内容は、これによって計算される具体的な統制額は、平均して従来額の二・七倍にもなり、さらには統制外賃料と同額もしくはそれ以上の額となる事態を招来するものとなった。また計算の重要な基礎に当該年度の固定資産税課税標準額が置かれたことにより、地価の急激な暴騰につれて評価額が年々増加し、これに比例して統制額が増加する結果となって、地代家賃を統制し、その昂騰を押さえて国民生活の安定を図るという統制令の目的に著しく反するものとなっている。

従って前記告示は統制令の実質的撤廃に等しく統制令一条に違反するのは勿論憲法二五条、二九条二項に反する無効のものである。

2、統制額までの賃料の支払がないことを理由とする賃貸借契約の解除は、権利濫用、信義則違反ないし背信行為と認めるに足る特段の事情の不存在により排斥されねばならない。即ち

(一) 本件建物の従前の賃料は、昭和四三年四月以降月額二七五〇円(統制賃料額一一一〇円)、同四四年四月以降同二八八〇円(同一一六九円)、同四六年五月以降同三七三〇円(同一四五〇円)、同四七年四月以降四〇三〇円(同四四五〇円)であって、これらはいずれも原被告間の協議により統制額を全く考慮せずにそれをはるかに超える金額で定められてきたものである。

(二) 然るに原告は昭和四八年四月初め頃突如として被告に対し同月分から家賃を月額一〇〇〇円増額する旨請求してきた。これは前回の増額から僅か一年しか経過せず、家賃を増額すべき事情の変更もない不当な請求であるが、被告は柔軟な態度でこれに対応し一か月五〇〇円の増額ではどうかと交渉したが原告は応ぜず決裂した。そして同年一〇月九日原告から内容証明郵便で月額五三七六円を支払えとの請求が始めて被告に対しなされたのである。

(三) 被告としては前記のとおり原告の増額請求は不当であると考えるので従前の賃料額金四〇三〇円を原告に提供したが、受領しないので、同四八年四月分以降月額四〇三〇円の割合で法務局に供託をしている。

(四) 賃借人としては自己の生活を守るため増額をなるべく低く押えようとするのは当然であり、被告としても前記のような事情のもとに正当と判断する従前賃料を供託しているのであるから何ら背信性はなく、借家法附則八項により統制額までの賃料の支払がないことを理由として賃貸借契約を解除することは許されない。

四、被告の主張に対する答弁

1、主張1は争う。

2、同2の(一)の事実は認める。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、本件建物の賃料が昭和四七年四月一日以降月額四〇三〇円であったことは当事者間に争いがないところ、原告本人尋問の結果によれば原告は昭和四八年三月中旬頃、被告に対し賃料を月額三〇〇〇円増額したい旨意思表示をしたことが認められる。≪証拠判断省略≫

三、そこで右増額請求の当否について判断する。

1、≪証拠省略≫によると、本件建物は国道二六号線千本通二丁目交差点より西へ約一五〇メートル入った住居地域の指定のある普通住宅区域に存在し、近くには商店街もあり交通の便もよく、日常生活には便利な環境であること、本件建物は大正末期に建築された木造二階建住宅で実測建坪は四二・三〇平方メートルあり、昭和四八年四月当時において時価は二七万九〇〇〇円であること、また右建物の敷地は、同地上に建物が現存する状態での時価が右同一時点で三二八万八〇〇〇円であること、右土地、建物の価額を投下資本とし、公租公課等の必要経費を控除して積算方式で計算すると、賃料額は月額九四七四円とするのが相当であることが認められる。

2、≪証拠省略≫によると、原、被告間の合意で決められた本件建物の賃料月額は昭和四三年四月以降二七五〇円、同四四年四月以降二八八〇円、同四六年五月以降三七三〇円であることが認められ、≪証拠省略≫を総合して認められる本件建物及びその敷地の固定資産税課税標準価格、固定資産税及び都市計画税を基にして建設省告示(昭和二七年告示第一四一八号)に従い算定すると、本件建物の統制賃料月額は、同四三年四月以降が一一一〇円、同四四年四月以降が一一六九円、同四六年五月以降が一四五〇円、同四七年四月以降が四四五〇円となることが明らかであるから、原被告間で合意された賃料は、昭和四七年四月以降を除くといずれも統制額の二・五倍位になっていたものということができる。

3、≪証拠省略≫によると、本件建物の昭和四八年度の固定資産税及び都市計画税の合計額は昭和四七年度のそれより三三パーセント増加していることが認められる。

4、以上認定の事実に、本件建物の賃料が統制令の適用を受くべきものであるとの当事者間に争いのない事実をあわせ勘案するときは、原告の前記増額の意思表示は、昭和四七年四月の増額時より一年しか経過していないことをも考慮に入れて、統制令の最高限度額である月額五三二八円の限度において増額の効果が生じたものと認めるのが相当であると判断される。

四、もっとも被告は、昭和四六年一二月二八日建設省告示第二一六一号は法の目的ないしは憲法に違反し無効であると主張するが、右告示により統制賃料額算定の過程において土地、建物の価格に乗ずべき倍率が増加したことと、固定資産税の課税標準価格の増大したこととが相まって賃料額が一挙に二、三倍となり、統制外賃料と大差のなくなる場合もあり得ることについては経験則上認めることができるが、然し一般的にはなお統制賃料は統制外賃料よりかなり低く、しかも統制額は最高限度額であって、その限度内で諸般の事情を汲み、適正な賃料額を定めることができるのであるから、右改正告示を直ちに法の本来の目的ないしは憲法に反する違法、無効のものと断ずることはできない。

被告の右主張は採用できない。

五、次ぎに原告の賃貸借契約解除の主張について判断する。

1、請求原因第三項の事実は当事者間に争いがない。

2、而して被告が前記認定の統制賃料額月額五三二八円と供託金額との差額を支払わなかったことは弁論の全趣旨に照らし明らかなところである。

然しながら、≪証拠省略≫を総合すると、原告から増額請求を受けた被告は、その額が高額であり、且つ、前回の増額後一年しか経過しておらないので、五〇〇円程度の増額なら承認してもよい旨主張したが原告においてこれを容れず結局当事者間で協議が整わなかったこと、被告は従前賃料額が相当であると考え、原告に提供したが受領するところとならなかったので、昭和四八年四月分以降口頭弁論終結時まで月額四〇三〇円の割合で原告のため供託していることが認められる。そして≪証拠省略≫及び前記三の2で認定した賃料の増額状況並びに今回も原告は月額三〇〇〇円の増額を請求したという前記二で認定した事実を総合勘案すると、原告及び被告においては、本件建物の賃料が統制令の適用を受くべきものであるとの認識はなく、これを全く度外視して増額の請求をなし賃料額を定めていたものと認めることができる。

このような事情のもとでは、本件建物が客観的に統制令の適用を受くべきものであるとの一事を以って借家法附則八項に則り、借家法七条二項の適用を除外されて、統制額金額に相当する金員の支払がなければ債務不履行になるとして賃貸借契約を解除し得ると解するのは妥当ではなく、統制令の適用のない物件に関する場合と同じく、賃借人において相当と認める額を支払えば債務不履行の責任は免がれるものと解しなければならないものと判断する。

然らば、原告の前記解除の意思表示は、その効力を生ずるに由なきものというべきである。

六、以上によれば、原告の本訴請求は、賃料請求のうち昭和四八年四月一日以降同年一〇月一四日までの増額賃料月額五三二八円と供託にかかる月額金四〇三〇円との差額金合計八三七四円(一か月金一二九八円の割合による六か月と三一分の一四日)の支払を求める限度において正当というべきであるからこれを認容し、その余の請求はすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安国種彦)

<以下省略>

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