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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5638号 判決 1976年7月15日

原告 谷田享子

右法定代理人親権者父 谷田益男

同母 谷田アサ子

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 岸田功

同 浜本丈夫

同 粟津光世

被告 坂良夫

右訴訟代理人弁護士 細川喜信

被告 黒川吉次

被告 黒川美知子

右被告黒川吉次、同黒川美知子訴訟代理人弁護士 伊藤増一

主文

一  被告坂良夫および被告黒川吉次は各自原告谷田享子に対し、金七八六万四三四九円およびうち金七一六万四三四九円に対する昭和四五年一二月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員の、原告谷田益男に対し、金四〇万二九九一円およびうち金三五万二九九一円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

二  原告谷田享子、同谷田益男の被告坂良夫、同黒川吉次に対するその余の請求および被告黒川美知子に対する請求ならびに原告谷田アサ子の被告ら三名に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中原告谷田享子と被告坂良夫、同黒川吉次との間に生じたものはこれを一〇分しその三を同原告の負担としその余を同被告らの負担とし、原告谷田益男と被告坂良夫、同黒川吉次との間に生じたものはこれを一〇分しその七を同原告の負担とし、その余を同被告らの負担とし、原告谷田享子、同谷田益男と被告黒川美知子との間に生じたものは同原告らの負担とし、原告谷田アサ子と被告ら三名との間に生じたものは同原告の負担とする。

四  この判決は原告谷田享子、同谷田益男勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告らは各自原告谷田享子に対し、一〇七八万二三〇二円およびうち金九七八万二三〇二円に対する昭和四五年一二月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告谷田益男に対し、一二〇万九七四一円およびうち一一〇万九七四一円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告谷田アサ子に対し、五五万円およびうち五〇万円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二原告らの請求原因

一  事故の発生

原告享子(当時一〇歳)は昭和四五年一二月一〇日午前七時四五分ころ級友の訴外井上成子と共に岸和田市立山直北小学校へ登校の途中、当日学校で使用するボンドを買うため同市摩湯町三三九番地の一所在の被告美知子の経営する黒川商店に立ち寄ったが、店がしまっていたので、明けてもらうため同店の奥にある同被告宅前まで行ったところ、突然「太郎」という名の犬(以下太郎という。)が激しく吠えながら原告享子らに襲いかかった。このため同原告は井上と共に黒川商店前の道路(以下本件道路ともいう)の方向に逃げたうえ、自己は同店前の幅員四五センチメートルの側溝を越えて約四〇センチメートル下の右道路上に降りたところ、折柄右道路を北東に向かって進行中の被告坂の運転する普通貨物自動車(以下事故車という。)に衝突され跳ねられた。

二  責任原因

1  被告坂

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告坂は事故車を保有し、自己のため運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

本件道路は幅員七メートルで学童通学道となっている公道であり、事故現場から約四五メートル手前のカーブの地点にも摩湯町青年団の設けた「町内徐行」の立看板があり、運転者に注意を呼びかけていたにも拘らず、被告坂は平素より慣れた道路でもあって漫然と運転走行していたものであり、太郎に追われてきた原告享子を発見したのに徐行も急制動の措置も取らずに本件事故を惹起させた。

2  被告吉次

動物の占有者の責任(民法七一八条一項)

被告吉次は太郎の飼主であって、その占有者である。

なお、右事実に関する後記被告吉次の自白の撤回には異議がある。

3  被告美知子

一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告美知子は太郎を自己の支配領域下に置き、かつ極めて容易に制動できる立場にあったから、太郎による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに次のとおりこれを怠って本件事故を惹起させる一因をなした。すなわち、同被告は太郎の旧飼主であって、その獰猛なことを熟知していたにも拘らず、太郎が毎日自己に付いてくるのを放置していたが、事故当日も牛乳配達の途中から太郎が付いてくるのに任せ、配達を終えて自らは太郎を放置したまま自宅に入ってしまったものである。

三  損害

1  原告享子の受傷、治療経過等

(一) 受傷

頭部挫創、頭蓋骨骨折、頭蓋内出血等の傷害

(二) 治療経過

昭和四五年一二月一〇日から昭和四六年二月二〇日まで七三日間和田病院に入院した後、同病院に五三四日間のうち三二日間、北野病院に三〇〇日間のうち一〇日間、大阪大学医学部附属病院(以下阪大病院という。)に一二〇日間のうち五日間各通院した。

(三) 後遺症

顔面に大きな傷痕が残り、視力が低下し、頭痛・左前頭部に知覚異常を来たし、記憶力が減退した(後遺障害等級七級)。

2  原告享子の損害額 合計一二八七万二三〇二円

(一) 逸失利益 八三一万九八〇二円

原告享子は昭和三五年一〇月二四日生れで、前記後遺障害のためその労働能力を五六パーセント喪失したところ、同原告の就労可能年数は一八歳から六七歳までの四九年間と考えられるから、昭和四八年の賃金センサスに基づいて同原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、八三一万九八〇二円となる。

(二) 慰藉料 三五五万二五〇〇円

原告享子は顔面の傷痕によってその美貌を著しくそこない、近時においては死にたいと泣くことすらあり、本件事故による精神的苦痛は計り知れないものがあるのであって、同原告の慰藉料額は三五五万二五〇〇円(入通院分一四六万二五〇〇円、後遺症分二〇九万円)とするのが相当である。

(三) 弁護士費用 一〇〇万円

3  原告益男の損害 合計一七〇万九七四一円

(一) 原告益男は原告享子の父であるところ、本件事故のため原告享子が要した次の金員を支払った。

(1) 治療費 六二万九七六一円

治療費として、前記和田病院における入院のため五九万四四〇〇円、通院のため一万八五三〇円、北野病院における通院のため一万一六六〇円、阪大病院における通院のため五一七一円を各要した。

(2) 入院付添費 三一万四四〇〇円

前記入院中の昭和四五年一二月一〇日から同年一二月二〇日までの間家政婦が付添い、このため二万二四〇〇円を要したほか、入院中の七三日間原告享子の父母である原告益男、同アサ子が付添い、このため一日四〇〇〇円(一人分二〇〇〇円)の割合による七三日分二九万二〇〇〇円の付添費用相当の損害を被った。

(3) 入院雑費 三万六五〇〇円

入院中一日五〇〇円の割合による七三日分

(4) 通院交通費 六万五六〇〇円

和田病院三八四〇円、北野病院三万九八四〇円、阪大病院二万一九二〇円

(5) 入退院付添交通費 二万二四〇〇円

(6) 写真代 五七八〇円

(7) 眼鏡代 一万一三〇〇円

(8) 洋服、靴等の破損 一万四〇〇〇円

(二) 慰藉料 五〇万円

原告益男は一人娘の原告享子の将来が本件事故のため如何に暗いものになるかを憂い、夜を徹することすらあり、その精神的苦痛は計り知れず、原告益男の慰藉料額は五〇万円とするのが相当である。

(三) 弁護士費用 一〇万円

4  原告アサ子の損害 合計五五万円

(一) 慰藉料 五〇万円

原告アサ子は原告享子の母であるところ、原告アサ子の慰藉料額は前記3(二)の原告益男と同様の理由で五〇万円とするのが相当である。

(二) 弁護士費用 五万円

四  損害の填補

自賠責保険から、原告享子は二〇九万円、原告益男は五〇万円の支払を受けた。

五  本訴請求

よって、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし、弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求の原因に対する被告らの答弁

一  被告坂

1  請求原因一の事実は黒川商店前から本件道路までの高さの点を除き認める。

原告享子は高さ約七五センチメートル、溝の幅員四五センチメートルの階段と本件道路の左端に積み上げてあった竹竿一束を飛び越して落下する途中に事故車に衝突したものであって、右は同原告の自爆行為に等しい。

2  同二の1(一)の事実は認める。

3  同二の1(二)の事実は否認する。

4  同三の事実は否認する。

5  同四の事実は認める。

二  被告吉次、同美知子

1  請求原因一のうち原告享子が原告ら主張の日時場所で被告坂の運転する事故車に、跳ねられたことは認めるが、その余の事実は不知。

なお、仮に原告享子が太郎に吠えられて襲われたとしても、周囲には避難場所がいくらでもあった筈であるから、そのことと本件事故車による事故との間には因果関係がない。

2  同二の2の事実は当初認めたが、それは真実に反する陳述で、かつ錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。

太郎の飼育者は被告吉次ではなく、その父である訴外黒川善吉であった。

3  同二の3の事実は否認する。

4  同三の事実は否認する。

5  同四の事実は認める。

第四被告らの抗弁

一  被告坂

1  免責

本件事故は原告享子の自爆行為に等しい行為によって生じたものであって、被告坂には何ら過失がなく、また事故車には構造上の欠陥または機能の障害がなかったから、被告坂には原告損害賠償責任がない。すなわち、

被告坂は本件道路を徐行し、前方を十分に注視しながら運転していたところ、突然原告享子が道路左側の横道(本件道路より約七五センチメートル高い。)から事故車のボンネット付近目がけて異常な速さで、必死の形相をして飛び降りてきたものであり、およそ避けられない状態であった。

2  一部弁済(仮定抗弁)

被告坂は原告享子に対し見舞金として五万円を支払った。

二  被告吉次、同美知子

一部弁済(仮定抗弁)

被告坂は原告享子に対し見舞金として五万円を支払った。

第五抗弁に対する原告らの答弁

一  被告坂の抗弁1の事実は否認する。

二  同2の事実は認める。

三  被告吉次、同美知子の抗弁事実は認める。

第六証拠関係≪省略≫

理由

第一事故の発生

一  被告坂について。

請求原因一の事実は黒川商店前から本件道路までの高さの点を除き当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によると、右の高さは約八〇センチメートルであったことが認められる。

二  被告吉次、同美知子について。

請求原因一のうち原告享子が原告ら主張の日時場所で被告坂の運転する事故車に跳ねられたことは当事者間に争いがないところ、その余の請求原因事実は≪証拠省略≫によって認めることができる(ただし、黒川商店前から道路までの高さは約八〇センチメートルであった。)。

なお、被告吉次、同美知子は原告享子が太郎に吠えられて襲われたとしても、周囲に避難場所がいくらでもあった筈であるからそのことと本件事故との間に因果関係はない旨主張するので、以下この点について判断する。成程、≪証拠省略≫によれば、同被告方敷地は北東・南西に通じる本件道路と側溝を隔てて隣接する約三〇〇坪の土地であり、本件道路側に面して文房具、牛乳等を販売する店舗(黒川商店)が、その奥に居宅がそれぞれ存するところ、店舗の四囲は通行可能であり、また同土地の北西奥にも他に通じる道が存していたことが認められる。しかし、≪証拠省略≫によると、原告享子らは同店舗の北東横の空地を通って奥の居宅に向ったものであるところ、突然面前から太郎が激しく吠えながら襲いかかり、逃げる同原告らを、本件道路に出るために側溝の上に設置されている階段のそばまで追ってきたものであること、太郎は本件事故前においても付近の住民に吠えついて追いかけたり噛みついたりしたことがあり、原告享子自身数回に亘って吠えつかれ、追われたことがあったので、同原告は、平素太郎に恐れを抱いていたことが認められ、右認定事実に原告享子の年齢等の事情を合わせ考えると、同原告は平素恐れていた太郎に突然面前から襲いかかられたため極度に驚愕してもときた本件道路の方へ逃げ戻り、追跡してくる太郎から必死に逃がれるため本件道路上に飛び降りたものであると認定することができる。そうすると、同原告が本件道路上に飛び降りたのは誠に止むをえない成り行きであったものといわざるをえず、その原因は挙げて太郎側にあったものというべきであり、しかもかかる状態で道路上に飛び降りた者が交通事故に遭遇することも犬の占有者にとって通常予測しえないことではないから、結局太郎が同原告に吠えつき襲いかかったことと本件事故との間には相当因果関係があるものと認定するのが相当であり、右認定に反する証拠はない。

第二責任原因

一  被告坂について。

被告坂が事故車を保有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、同被告は自賠法三条により、後記免責の抗弁が認められない限り、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

二  被告吉次について。

被告吉次は、同被告が太郎の飼主であってその占有者であることを当初認めたが、後にこれを撤回して右事実を否認したのに対し、原告らは右自白の撤回につき異議を申立てたので、以下右自白の撤回の許否について判断する。

被告吉次本人尋問の結果中には、太郎は同被告の父善吉が被告美知子から譲受けて飼育していたものであって、被告吉次が飼育していたものではない旨の供述部分が存するが、他方同被告本人尋問の結果中の他の供述部分によると、本件事故当時被告吉次方は同被告夫婦と子ら三名のほか同被告の父善吉および母が同居していたところ、右家族の生計は被告吉次の青果業による収入で支えられていたものであることが認められることおよび被告美知子本人尋問の結果中には同被告が太郎を弟の「吉次のところへやった」旨の供述部分が存すること等に徴すると、前記被告吉次の供述部分はたやすく措信し難いものといわなければならない。そして、成立に争いがない乙第一号証の一ないし四によっても事故当時被告吉次が太郎の占有者でないことを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない(なお、右乙第一号証の一中の「昭和四三年四月一一日」の記載部分は≪証拠省略≫によると「昭和四八年四月一一日」の誤記であることが認められ、また被告吉次本人尋問の結果中昭和四三年四月一一日に右乙第一号証の一の交付を受けた旨の供述部分は≪証拠省略≫に照らしたやすく措信できない。)。以上によれば、被告吉次の前記自白が事実に反することを認めることができないから、錯誤の点について判断するまでもなく、右自白の撤回は許されないものというべきである。

よって、被告吉次が太郎の飼主であって、その占有者であることは当事者間に争いがないことに帰するから、同被告は民法七一八条一項により、太郎によって被った本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

三  被告美知子について。

被告美知子が太郎の旧飼主であったことは同被告本人尋問の結果によって認められるが、同被告において平素太郎が自己に付いてくるのを放置していたことおよび事故当日も牛乳配達の途中から太郎が付いてくるのに任せ、配達を終えてから太郎を放置していた旨の原告ら主張事実はこれを認めるに足りる証拠がない。

よって、原告らにおける同被告の不法行為責任の主張はその前提を欠き理由がない。

第三損害

一  原告享子の受傷、治療経過等

≪証拠省略≫によると、原告享子は本件事故により頭部挫創、頭蓋骨骨折、頭蓋内出血、左下肢打撲症等の傷害を被ったため、昭和四五年一二月一〇日から昭和四六年二月二〇日までの七三日間和田病院に入院した後、昭和四六年二月二二日から昭和四七年八月七日までの間に三〇日同病院に通院し、また昭和四六年一月一八日から昭和四七年七月二二日までの間に一一日北野病院に通院し、さらに昭和四六年二月二五日から同年七月二八日までの間に五日阪大病院に通院したこと、原告享子は本件事故のため、後遺症として、前額部から顔面中央にかけて複雑な創痕(最大のもの五・二センチメートル)を呈し、該創痕周囲は変色が著名で、その外貌に著しい醜状を残すに至った(自賠法施行令後遺障害等級七級一二号に該当)うえ、右創痕周囲は知覚異常を来たし、また特に天候不順な折などに強い頭痛が残存し、さらに視力が従前の〇・五から左眼〇・〇七、右眼〇・二に低下していること、以上の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  原告享子の損害額

1  逸失利益 六三〇万四三四九円

事故当時一〇歳の女児である原告享子は、経験則によれば、第一三回完全生命表によって認められる同年齢女の平均余命に該当する六五・九一年間生存し、その間の一八歳から六三歳まで四五年間稼働し、本件事故がなければ稼働を始めるときの年齢である一八歳の一般女子労働者の得ている平均賃金すなわち昭和四九年度賃金センサス(第一巻第一表)により認めることができる年間八七万六七〇〇円の賃金を得ることができるものと認められるところ、前認定後遺障害の部位、程度、労働省労働基準局長の労働能力喪失率表の記載等の諸事情を総合すると、同原告は右後遺障害のためその労働能力を五〇パーセント喪失し、それは一八歳から少くとも三〇年間継続するものと認められるから、同原告の右逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、六三〇万四三四九円(円位未満切捨、以下同じ。)となる。

(算式876,700×0.5×(20.970-6.588)=6,304,349)

2  慰藉料

本件事故の態様、原告享子の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、年令、親族関係、その他諸般の事情を考えあわせると、同原告の慰藉料額は三〇〇万円とするのが相当であると認められる。

三  原告益男の損害

1  ≪証拠省略≫によると、原告益男は同享子の父であることが認められるところ、≪証拠省略≫を合わせ考えると、原告益男は同享子が本件事故のため要した次の損害金を同原告の父として負担したことを認めることができる。

(一) 治療費 六二万九二一一円

≪証拠省略≫によれば、前認定治療のための費用として、和田病院において入院費五九万四四〇〇円、通院費一万七九八〇円、北野病院において通院費一万一六六〇円、阪大病院において通院費五一七一円を各要したことが認められるが、和田病院における通院費として右認定金額を超える金額を要したことを認めるに足りる証拠はない。

(二) 入院付添費 九万六八〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告享子は前認定入院期間中付添看護を必要としたため、右期間のうち昭和四五年一二月一〇日から同月二〇日まで職業付添看護人上園マツエが付添看護に当り、その費用として二万二四〇〇円を要したほか、右入院中の七三日間原告の父である原告益男ないし母である原告アサ子が付添看護に当ったことが認められるところ、経験則によれば、右父母が付添看護をした期間のうち前記職業付添看護人を依頼した日と重なる部分を除いた六二日間について原告益男らの付添看護により一日一二〇〇円の割合による七万四四〇〇円の付添看護費用相当損害を被ったことが認められる。

(三) 入院雑費 二万一九〇〇円

経験則によれば、原告享子の前認定七三日間の入院に伴う雑費として一日三〇〇円の割合による右金額を要したことが認められる。

(四) 通院交通費 六万五六〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告享子は前認定通院のため和田病院につき三八四〇円、北野病院につき三万九八四〇円、阪大病院につき二万一九二〇円の交通費を要したことが認められる。

(五) 入退院付添交通費 二万二四〇〇円

≪証拠省略≫を総合すれば、原告享子の和田病院への入退院付添交通費として二万二四〇〇円を要したことが認められる。

(六) 写真代 五七八〇円

≪証拠省略≫によれば、写真代として五七八〇円を要したことが認められる。

(七) 眼鏡の損害 一万一三〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告享子は本件事故のため当時着用していた眼鏡を紛失してしまったので、事故後の昭和四六年三月三日代用の眼鏡を一万一三〇〇円で購入することを余儀なくされ、同額の損害を被ったことが認められる。

(八) 洋服、靴等の損害

≪証拠省略≫によれば、原告享子は本件事故のため当時着用していた洋服、靴、鞄等が一部損傷されたことが窺われるが、しかしその具体的内容、程度、価格については右各証拠によってもこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

2  慰藉料

≪証拠省略≫によれば、原告享子の父母である原告益男、同アサ子は一人娘である原告享子が本件事故によって受けた前認定傷害および後遺障害のため同原告の将来を慮り、多大の精神的苦痛を蒙っていることが認められる。しかしながら、一般に不法行為により身体を傷害された者の父母は、そのために被害者が生命を害されたときにも比肩すべきかまたは右の場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けた場合に限って自己の権利として慰藉料を請求しうるものと解するのが民法七〇九条ないし七一一条の解釈上相当である(最高裁昭和三三・八・五判決民集一二・一二・一九〇一、同昭和四三・九・一九判決民集二二・九・一九二三等参照。)ところ、原告享子の被った傷害および後遺障害の内容程度、治療経過等諸般の事情を考慮すると、いまだ同原告の父母において同原告が生命を害された場合にも比肩すべきかまたは右の場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたものとは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

よって、原告益男は自己の権利として本件事故に基づき慰藉料を請求することができない。

四  原告アサ子の損害

原告享子の母である原告アサ子が自己の権利として本件事故に基づき慰藉料を請求することができないことは、先に原告益男について説示したところと同様である。

第四被告坂の免責の抗弁について

一  ≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実が認められる。

1  本件事故現場は北東・南西に通じる府道三林岡山線上の黒川商店前付近であるところ、右道路は幅員七メートルの歩車道の区別がないアスファルト舗装道路で、センターラインの表示がなされていること、

2  事故現場付近は直線道路で、南西方面から北東方面に向かって(以下道路の右、左というときはこの方向からいうものとする。)右側は池であるが、左側は幅員四五センチメートルの側溝をはさんで道路より約八〇センチメートル高い土地上に黒川商店等の人家、電柱等が立ち並んでおり、黒川商店前の側溝上には道路面の高さに合わせて長方形のコンクリート製渡しが設置されているほか、道路から同商店に向かって左右各一箇所には階段が設置されていて、これらを経て道路に出るようになっていること、

3  南西方面から北東方面に向かって現場付近にさしかかる車両運転者にとって前方の見通しはよいが、左側は前記のとおり高くなっていて人家、電柱などがあるため見通しが悪いこと、

4  事故現場から南西約五〇〇メートルの地点に原告享子の通学先であった岸和田市立山直北小学校が存し、右の間を含む岸和田市摩湯町地内と同小学校との間は同市教育委員会の承認に基づき学童の通学道路に指定されているほか、本件現場から南西約四五メートル手前の道路左側には摩湯町青年団による「徐行」と記載された立看板が、本件現場から北東約六〇メートルの道路右側には同市教育委員会による「学童通学道路、徐行」との趣旨が記載された立看板がそれぞれ設置されて事故現場付近の徐行を呼びかけており、また現場付近は制限速度として時速四〇キロメートルの規制がなされていたこと、

5  本件事故当時の現場付近の道路状況は乾燥状態で、かつ黒川商店に向かって右側(北東側)の階段前付近の道路左端に沿って長さ七、八メートルの竹材五本が置かれていたこと、

6  被告坂は敷物加工業の仕事上、配達のため本件道路をしばしば通行し、本件道路が通学道路として指定されていたことを知悉していたものであるところ、事故車を運転し、センターラインより左側で道路左端から約一・三メートルの間隔をあけて時速約三〇キロメートルで、南西方面から北東方面に向けて進行中、黒川商店前付近にさしかかった際、同商店に向かって右側の階段うえの空地上の側溝付近で、自車から約七・七メートル左前方に、道路左側の奥から道路に向かって走ってきた原告享子および井上成子を同商店越しに発見した後約四・五メートル進行した地点で同原告が飛び降りてきたのを認めたが、さらに約三・六メートル進行し、前記階段のすぐ前の道路左端から約一・三メートル中央寄りの地点で自車左前側部を同原告に衝突させ、同原告を約一・一メートル左前方に跳ね飛ばした後漸く制動をかけて衝突地点から約一〇・七メートル進行して停止したこと、なお被告は右のとおり原告享子らを発見した後衝突に至るまで事故発生回避のためのハンドル操作ないし制動措置を全くとらなかったこと、

7  一方、原告享子は前記のとおり太郎に追われて相当の速さで階段を飛び降りて道路に出たこと、

8  被告坂が原告享子らを最初に発見した位置(衝突地点から約七メートル南西寄りの地点)からは、衝突地点から同原告が逃げてきた左側の方向に引いた垂線上、側溝の左端から約二メートル(衝突地点からは約三・七五メートル)空地の左奥が、また衝突地点から約一一・五メートル南西寄りに車両を置いた場合は同様に前記垂線上、側溝の左端から約一・三五メートル(衝突地点からは約三・一メートル)空地の左奥が、さらに衝突地点から約一三メートル南西寄りに車両を置いた場合は同様に前記垂線上側溝の左端から約一・一六メートル(衝突地点からは約二・九一メートル)空地の左奥がそれぞれ見通し可能であること、

以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二  右認定の各事実に、本件事故が学童の登校時間帯に発生したものであり、現に原告享子らの登校途中の事故である点を合わせ考え、かつ損害の公平な分担を目的とする民事損害賠償制度の基本理念に立って判断すると、次のとおり認定することができる。

1  本件事故発生時において南西方面から北東方面に事故現場付近を走行する車両運転者としては、現場付近の道路事情が歩車道の区別がなく、比較的挾隘であり、しかも道路左側は側溝をはさんで約八〇センチメートルも高くなっている土地上の人家の出入口と接していて見通しが悪かったものであり、そのうえ学童の通学道路に指定されていて徐行が呼びかけられていたのであるから、制限速度(時速四〇キロメートル)を相当程度減速しつつ道路左側の人家から学童等の住民が道路上に飛び出してくる場合のあることも予測して人家出入口付近を特に注視して進行し、不測の事態が発生したときは直ちに事故発生の回避措置をとるべき注意義務があるというべきである。

2  しかるに、被告坂は本件現場付近を従前しばしば通行していて通学道路の指定等の道路事情を知悉していたにもかかわらず、時速約三〇キロメートルで漫然進行し、原告享子が空地の奥から太郎に追われて側溝付近まで出てきた段階に至って始めて同原告を発見したものであって、このときには同原告と約七・七メートル(衝突地点から約七メートル)も接近していたのであるが、同原告の出てきた付近を特に注視していれば、同原告が相当の速さで逃げてきたことを考慮したとしても、より相当早い段階で同原告を発見することが可能であり、乾燥のアスファルト舗装道路における時速約三〇キロメートルの車両が通常停止しうると考えられる距離(一一メートル前後)に徴すると、右早期発見後適切なハンドル操作および制動措置を講ずることによって原告享子との衝突を回避しえた余地があったものというべきであるから、被告坂は前記前方注視義務を怠らなかったということはできない。そのうえ、被告坂は衝突地点から約七メートル手前で原告享子が道路に向かって走ってくるのを発見していながら何らの衝突回避の措置も講じなかったものであるところ、成程右の距離は本件事故当時における事故車の停止距離内にあったことが認められ、かつ道路左端には竹材が存したことは前認定のとおりであるが、しかしながら車両運転者としてはいち早く事故発生の危険を察知してハンドル操作ないし制動措置等により能う限り事故発生を回避することに努めるべきであって、道路上に飛び出してくる筈がないなどと軽信したり、自車の停止距離内に飛び込んできたものとして傍観するに任せたりしてよいものとは到底いえない。そして、事故車の速度、二人の女児が道路に向かって走ってきたという異状を目撃している点、その目撃した位置と衝突地点までの距離、道路の形状等に徴すると、被告坂としては、いち早くハンドル操作をしつつ制動措置を講ずることが可能であったものであり、その結果原告享子との衝突を回避しえなかったと断ずることはできない。

以上によると、被告坂は前方注視義務および事故発生回避措置義務の両面においてこれを怠らなかったことすなわち事故車の運行について過失がなかったものということはできず、従って、その余の免責の要件について判断するまでもなく、事故車の保有者である被告坂は自賠法三条但書による免責を受けることができない。

三  よって、被告坂の免責の抗弁は理由がない。

第五損害の填補、被告坂、同吉次の一部弁済の抗弁について。

請求原因四の事実および被告坂が原告享子に見舞金として五万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

よって、原告享子の前記損害額から右填補分合計二一四万円を差引くと、残損害額は七一六万四三四九円、原告益男の損害額から右填補分五〇万円を差引くと、残損害額は三五万二九九一円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、被告坂、同吉次に対し賠償を求め得る原告享子の弁護士費用の額は金七〇万円、原告益男のそれは五万円とするのが相当であると認められる(原告アサ子については認められない。)。

第七結論

よって、被告坂、同吉次は、各自原告享子に対し七八六万四三四九円およびうち弁護士費用を除く七一六万四三四九円に対する本件事故の日である昭和四五年一二月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告益男に対し四〇万二九九一円およびうち弁護士費用を除く三五万二九九一円に対する前同日から支払ずみまで前同割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告享子、同益男の被告坂、同吉次に対する本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、原告享子、同益男の被告坂、同吉次に対するその余の請求および被告美知子に対する請求ならびに原告アサ子の被告ら三名に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大田黒昔生)

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