大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)60号 判決 1975年5月09日
原告 クレバー物産株式会社
被告 天王寺税務署長
訴訟代理人 岡準三 中井宗敏 ほか一名
主文
被告が原告に対し、昭和四六年六月二五日付をもつてした、自昭和四〇年一〇月一日至同四一年九月三〇日事業年度以後、法人税の青色申告の承認を取消す処分は、これを取消す。
被告が昭和四六年六月三〇日付法第四四〇号をもつてした、原告の自同四〇年一〇月一日至同四一年九月三〇日事業年度分、および同日付法第四三九号をもつてした原告の自同四一年一〇月一日至同四二年九月三〇日事業年度分の、各法人税についての更正処分ならびに各重加算税賦課処分を、いづれも取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一 申立
1 原告 主文と同旨の判決を求める。
2 被告 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。 一 請求の原因
1 原告はもと大阪市天王寺区に本店を有し、昭和四八年一月肩書地に本店を移した、資本金二、〇〇〇万円(同四七年八月までは六〇〇万円)の株式会社であつて法人税法六七条一項(留保金課税)の適用上同族会社に当り、コーヒー豆の焙煎加工、喫茶材料の製造並びにこれら商品の販売を業とし、その外同四四年一〇月一六日まで喫茶部門として数ヶ所の喫茶店、菓子販売コーナー等を経営していたもので、同三八年一二月被告から青色申告提出の承認を受け、同四〇年一〇月一日至同四一年九月三〇日事業年度(以下四一年九月期という。)自同年一〇月一日至同四二年九月三〇日事業年度(四二年九月期)分の各法人税について期限内に青色申告を提出していたところ、被告からこの二期分の法人税について同四四年三月、原告の代表者である訴外吉村岩夫が個人的に営業している近鉄百貨店内子供遊戯場の負担に期すべき人件費が原告の預金として申告されていた等と認定され、別表(イ)、(ロ)、更正前の金額欄記載の通り、更正処分を受けた(その代り否認された人件費等は、個人の営業所得計算上必要経費として控除された。)。
2 被告は原告に対し、昭和四六年六月二五日付をもつて四一年九月期以後法人税の青色申告の承認を取消す旨の処分(以下、本件取消処分という。)を、また、法人税について同月三〇日付法第四三九および四四〇号をもつて別表(イ)(ロ)のb本件更正の金額および重加算税賦課額欄記載の通り、それぞれ更正処分および重加算税賦課処分をした。
3 原告は被告に対し同年七月一六日、本件取消処分および前項の各更正処分ならびに重加算税賦課処分の取消を求める旨それぞれ異議申立をしたが、被告から同年一〇月一六日付をもつて全部棄却されたので、更に同年一一月一日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、同四八年五月三一日付をもつて右請求を棄却する旨の裁決をした。
4 しかしながら、本件取消処分、各法人税更正処分、各重加算税賦課処分は、いずれも次の理由により違法であつて取消されるべきである。すなわち
(1) 本件取消処分の通知書には「取消処分の基因となつた事実」として「所得計算上収入に計上すべきものを除外し、仮装名義で銀行に預金をし、所得を過少に申告している。
なお、売上、仕入に関する記録等の保存ならびに記帳が不備であることは法人税法第一二七条第一項第一号および第二号に該当します。」とのみ記載し、これが法人税法一二七条一項一、三号に該当するから取消す旨述べている。
しかし、右事実の記載は同条二項において要請する青色申告承認取消通知書の理由附記の程度を充たすものとはいえない。
同法条に理由附記を命じる趣旨は、承認を取消すに際して、税務署長に慎重な考慮を期待し、みだりに取消すことのないよう取消しの公正妥当を担保して税務署長の恣意を抑制するとともに、取消された納税者が処分の当否を判断して、これに服するか否か、争うとすれば如何なる点を攻撃の対象とすればよいのか、また、如何なる争訟手続によるべきか等取消処分について再考できる様にするためのものであるというべく、そうであるとすれば、如何なる事実が同法一二七条一項各号に該当するものであると認定したかがわかる様に具体的事実を記載することが要請されているといわねばならない。
従つて、その記載のない本件処分通知書はその理由附記に不備があり、違法として取消されなければならない。
(2) 被告は、本件取消処分の理由として、四一年九月期において、原告が収入に計上すべきものを除外し、仮装名義で銀行に預金をし所得を過少に申告し、かつまた、売上、仕入に関する記録の保存ならびに記帳が不備であるとするけれども、この様な事実は全然ない。よつて、本件取消処分は違法として取消を免かれない。
(3) 被告がした前記法人税の各更正処分通知書には、更正の理由が何ら記載されていないが、本件取消処分は右の通り違法であつて取消されざるを得ず、取消された上は、原告は依然として青色申告提出の承認を受けた者であるから原告に対する更正通知書には理由を附記しなければならないところ、各更正通知書には理由が附記されていないから、前記更正処分はすべて違法として取消を免かれない。
(4) 被告は、原告の本件二期分法人税について、同四六年六月三〇日付で更正処分をしたものであるところ、右各期法人税の法定申告期限はそれぞれ同四一年一一月三〇日、同四二年一一月三〇日であるから、その日から三年を経過した日以後は更正処分をすることができないのであるから、この点において本件各更正処分は取消されざるを得ない。
なお原告は右両期について、別表(イ)、(ロ)のa更正前の金額欄記載の金額を超える所得金額および課税留保金額を有さないから、この二期分の更正処分は違法であつて取消されねばならない。
(5) 以上の通り、本件各更正処分は違法であり、かつまた原告は、右更正処分のなされた対象事業年度中、所得金額、課税留保金額、法人税額その他の計算の基礎となるべき事実の一部なりとも隠ぺいしたり仮装したりしたこともなく、もとより隠ぺいし、仮装したところに基づき申告書を提出したこともないから、本件各重加算税賦課処分は賦課の要件を欠き違法であつて取消を免がれない。
三 請求原因に対する答弁
請求原因1ないし3の事実、4のうち本件青色申告承認の取消通知書に原告主張の文言が記載されている事実(但し、文言中「第二号」とあるのは「第三号」の誤記である。)。4(3)のうち本件各更正処分に更正の理由が記載されていない事実は、いずれもこれを認めるが、その余の主張を争う。
四 被告の主張
被告は、被告が昭和四六年六月二五日付でした青色申告の承認の取消処分、同年六月三〇日付でなした法人税額等の更正および加算税の賦課決定処分が適法であることについて次のように主張する。
1 青色申告の承認の取消処分について
原告は、被告のした本件取消処分について、同通知書の理由附記が不十分であるから違法であると主張するところ、以下述べる理由により右取消処分は適法である。
(1) 法人税法一二七条二項の文理解釈
承認取消処分について、法人税法一二七条二項は「税務署長は、前項の規定による取消しの処分をする場合には、同項の内国法人に対し、書面によりその旨を通知する。この場合において、その書面には、その取消しの基因となつた真実が同項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない。」と規定し、同条一項各号は取消事由として具体的な事実を列記している。
右条文は、理由附記に関し、租税法の分野における他の処分についての理由附記を要する旨の規定とその趣きを異にしている。
すなわち、青色申告の更正処分(以下「青色更正処分」という。)の場合は、「更正通知書にその更正の理由を附記しなければならない」(法人税法一三〇条二項)旨を定めているが、それは、単に理由を附記すべき旨を抽象的に規定しているのみで、その附記の程度についてはなんら規定していない。また、異議決定および裁決の場合は、「異議決定書または裁決書には決定または裁決の理由を附記し、………右理由においては、その維持される処分を正当とする理由が明らかにされていなければならない」(国税通則法八四条四、五項および同法一〇一条一項)旨を定めており、理由附記の必要なことおよび理由附記の程度について規定しているが、その程度に関しては、承認取消処分の場合に比して具体性を欠き、抽象的である。
このように、承認取消処分の場合については、法律は、明白に他の場合と趣きを異にし、理由附記の程度についてまで具体的に規定を設け、理由附記として必要な記載事項を明示しているのである。そして、その内容は、取消の基因となつた事実がどの条項号に該当するのか、つまり該当条項号だけを記載すれば足りると規定しているのであり、理由附記の程度について法律によつてこれを明らかにしているのである。
(2) 法人税法一二七条二項の立法経過
承認取消処分の理由附記の程度について、該当条項号だけを記載すれば足りると解すべきことは、前に述べたとおり、条文の文理に照らして何よりも明らかなことであるが、このことは、立法経過からも明らかである。
すなわち、承認取消処分の理由附記およびその程度に関する規定は、昭和三四年法律第八〇号による法人税法の一部改正の際、議員修正により設けられたのである。その際「(青色承認を)取消すについては当然理由があるに違いない。それは法律はちやんと規定しているけれども、取り消す通知にその理由をつけなければならぬということを法律に明記することによつて今度は不当に取り消された者が税務当局に異議を申し立てられる道を開くことになるから、その意味においてはやはり条文改正をしなければならぬ、かように思うのです。……」という質問(昭和三四年二月二五日衆議院大蔵委員会税制ならびに税の執行に関する小委員会議録第三号一〇頁)がなされ、これに対して、政府側は「先生からお話のございました青色申告を取り消す場合の理由附記の問題でございます。御承知のように、青色申告の取消し、これは任意裁量の行為ではございません。法定の条件が備わつたときに、初めてできる羈束された行為でありまして、しかも、一定の場合、たとえば帳簿が備えつけていないとか、あるいは取引の全部または一部を隠蔽仮装して記載するとか、そういつた具体的な条項を法文にはつきり掲げておりますので 要するに相手方にどれによつてやつたんだという説明がわかれば、私はそれでいいじやないかというふうに考えております。」という質疑応答がなされ、その結果、承認取消処分の理由附記およびその程度に関する規定が設けられたのである。
このように右小委員会における質疑の結果をみれば、青色申告の承認の取消しの理申附記の問題は、取消通知書に「該当条項号の附記」をなすべきことを法文上に明文化するごとによつて解決することができるものと、双方において互いに了解されるに至つたことをうかがうことができる。
以上のように当該条項の立法経緯に鑑みるならば、同条項は「該当条項号を附記」すべきことを定めたものにほかならない。
(3) 承認取消処分の性質と法入税法一二七条二項の立法趣旨
承認取消処分の理由附記の程度について、該当条項号だけを記載すれば足りるものであることは、前に述べたとおり、条文の文理あるいは立法経過に照らして明らかなことであるが、このことは承認取消処分の性質からも明らかにできることであつて、承認取消処分の性質からいつて、理由附記として該当条項号を記載するだけで、一般的な理由附記の趣旨に十分に適合しているのである。
青色更正処分との対比において、承認取消処分の性質について考えてみるに、まず前者は、納税者が帳簿書類に基づいて提出した納税申告書の課税標準もしくは欠損金額または法入税額の計算が国税に関する法律規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等がその調査したところと異なるときに、当該申告書に係る課税標準等を更正するものである。したがつて、青色更正処分は、税務官庁が当該納税者において記帳した帳簿書類を尊重し、これに基づいて所得の計算をする建前となつているのに、それにもかかわらず、右帳簿書類の記載を信用しないのであるから、右帳簿書類の記載をいかなる理由で信用しないかを、帳簿の記載以上に信憑力のある資料を摘示して説明することが必要とされるのである。したがつて、更正の理由附記としては、「いかなる勘定科目に幾何の脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものか」をその記載自体から了知できる程度に明示されねばならないといえるのである。
これに対して、承認取消処分は、帳簿書類の備付けとその記帳が法人税法一二七条一項各号所定の取消事由に該当するものとして、承認を取り消すものであつて、個々の具体的数額が直接問題となるものではない。
元来、青色申告の承認は、事業年度開始の日までに所轄税務署長に法定の事項を記載した申請書を提出することにより、通常承認が得られる建前になつている。すなわち、法人税法一二三条の却下要件に該当しない限り、税務署長は、右申請を承認しなければならないし、また当該事業年度終了の日までに、当該申請の承認または却下がなかつたときは、当該申請の承認があつたものとみなされる(法人税法一二五条)のである。
しかしながら、納税者において、全事業年度を通じ、法所定の帳簿書類を完備し、誠実にこれが記帳を続け、それに基づく正しい会計処理と所得計算をするのでなければ、この帳簿書類に即して課税標準等を算定することはもはや期待できないのであるから、そのような期待のできない場合には、青色申告の承認が取り消されるのもやむをえないといわねばならない。
このように、承認取消処分は、信頼性のある帳簿書類を完備、記帳していない納税者に対し、その帳簿書類の信頼性の欠如を理由にこれが承認を取り消すものであり、個々の科目や数額をその帳簿書類に直接関連させながら、遂一こくめいに摘示しなければならない必要性はまつたくないものである。
したがつて、承認取消処分と青色更正処分とはその性質を異にしているのであるから、これが処分通知書に理由を附記しなければならない程度も当然に異なり、前者の場合は、後者の場合よりも理由が簡単であつてさしつかえないのである。
ところで承認取消処分は、青色更正処分のように種々の態様のものがあるのでなく、前に述べたとおり、帳簿書類の信頼性が欠如するに至つた場合に行なわれるものであるので、法律は、その取消理由を四つの類型に分けて具体的に明文化し、この類型のいずれかに該当するときでなければ承認取消処分が許されないものとしているのであり、その取消しについては厳しいチエツクを加えているのである(法人税法一二七条一項)。
このように、法は取消理由を類型化し、取消を制限的に規定しているのであるから、承認取消処分の理由附記の程度としては、どの条項号(取消理由)で取り消されたのかを明示しさえすれば、税務官庁の恣意は十分に抑制されることになり、また、納税者に対して不服申立のための便宜もつくされているものといえるのであつて、一般的に不利益処分に関し、理由附記を要求する法の趣旨にも充分合致しているのである。
以上のように、法人税法一二七条二項の立法趣旨は取消処分を制限し、そして取消理由を類型化している建前を前提として、理由附記の程度としては該当条項のみで足りることをまさに明定しているものである。そして、このような解釈こそ、前に述べた文理解釈にも、また、立法の経過にもきわめてよく合致するものといえよう。
(4) 青色申告の承認を取消すことができる場合のうち、法人税法一二七条一項一号(以下一号という。)は、同法一二六条一項(以下法一二六条一項という。)にかかる帳簿書類の「備付け違反」「記録違反」を取消要件としており、これらの取消要件は帳簿書類の内容の適否等の実質面を問題とするのではなく、その形式面のみをとらえて取消要件としており、そのいずれかに該当すれば青色申告の承認を取消すことができるのである。
原告は被告より青色申告の承認を受けていたのであるから法一二六条一項に規定する帳簿書類を備付け、記録し、保存する義務があるのは当然のことであるのにかかわらず、現金売上げに関する記録の正当性を裏付ける唯一の証ひよう書類である現金売上げに関する売上伝票および現金売レジー記録紙を原告の一方的都合により廃棄し保存しておらず、また法人税法施行規則別表二〇の(十一)に定める青色申告法人の帳簿の記載事項に関する被告の承認を受けることなく、係争事業年度の売上の記帳につき日々の現金売上の総額のみを記載していたものである。
ところで法定化された帳簿書類の「備付け違反」「記録違反」「保存違反」という形式面のみをとらえて取消要件としている一号該当については、被告の恣意の入る余地は全くなく、また法一二六条一項の帳簿書類の保存違反(現金売上げに関する売上伝票および現金売レジー記録紙を廃棄したこと)並びに記録違反(承認をうけることなく日々の現金売上の総額のみを記載したこと)を自ら認識している原告にとつては、理由附記の程度として該当条項号のみの記載があれば不服申立てに何ら差支えるはずがなく、かつ条項号の記載からいかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用してなされた処分であるかを知ることができる。
したがつて、一号該当についてはその理由附記の程度として該当条項号のみを記載するをもつて足りるといわねばならない。
ところが被告は甲一号証のとおり基因となつた具体的事実をも記載しており適法な青色申告の承認の取消処分であることは明白である。
今仮りに三号該当についての取消しの理由附記の記載に不備があるとしても、一号該当の理由附記が前述のとおり適法であるから、本件取消処分には何ら違法はない。
(5) 以上述べたとおり法人税法一二七条二項の理由附記の程度としては該当条項号の記載のみで足りるのであるところ、本件取消通知書には、取消しの基因となつた具体的事実をも記載しており、適法な承認取消処分であることは明らかであり、また、右取消処分は原告が何ら関知しないときに卒然として取消通知書が届けられたものではない。当該処分に先立ち、原告の備付け帳簿書類について税務調査が行なわれ、調査の過程において、税務署の調査担当係官は、昭和四六年三月八日、同年三月一三日、同年四月七日原告法人の旧本社事務所にて、また同年五月八日天王寺税務署において原告の代表取締役と面接し、架空名義預金の発生、経過、内容等取引の一部について隠ぺい、仮装して記帳したこと等会計処理の問題点について議論がかわされるとともに、原告法人の帳簿書類の保存の不備等についても議論がなされたのである。
しかも同四六年四月二八日には天王寺税務署において、原告の顧問税理士に対して調査の概要と見込増差所得金額が当該納税者の取引のうちいかなる取引、勘定科目の計算により生ずるかという詳細な資料を手交し説明を行なうとともに、相手方からの質問についても説明を行なつている事実よりみて、本件取消処分がいかなる理由に基づきなされたものであるかは、原告において十分判断できるのである。以上のことからみても本件取消処分は明らかに適法である。
2 更正通知書の理由附記について
1で述べたとおり被告のした本件取消処分は適法であるから、原告の提出した納税申告書は青色申告書以外の申告書である(法人税法一二七条一項)というべきところ、法人税法一三〇条二項(更正通知書の理由附記)は青色申告書に係る法人税の課税標準等について更正通知書を発する場合に、当該通知書にその更正の理由を附記すべき旨を定めているものであり、青色申告書以外の申告書にかかる更正通知書には理由附記を要しないのであるから、被告がした本件各事業年度分の更正通知書に更正の理由が附記されていなくても何ら違法ではない。
3 本件各事業年度分の所得金額等について
(1) 原告の各事業年度分の所得金額、課税留保金額、課税留保金額に対する税額および重加算税額は、別表b本件更正の金額欄記載のとおりである。
(2) 更正の期間制限について
原告は、本件各事業年度分の更正処分は法定申告期限から三年を経過した日以後にされたものであり、違法であると主張するところ、被告がした本件各更正処分は、国税通則法七〇条二項四号に規定する「偽りその他不正の行為によりその一部の税額を免れた国税」についてしたものであり、法定申告期限から五年を経過する日まですることができるのであるから、その期限内になされた本件更正処分は適法である。
五 被告の主張に対する原告の主張
1 被告主張(4)のうち、原告が昭和四一年九月期分「現金売上に関する売上伝票および現金売レジー記録紙」を同四五年頃廃棄したこと、法人税法施行規則別表二〇の(十一)備考(1)による税務署長の承認を受けていないことおよび原告の「売上日記帳」に、日々の売上げの総額のみを記帳していたことを認め、その余の主張は全部争う。
なお後述の通り、原告は売上に関し売店売上帳および売上集計日報綴帳を備え、売上に関して必要な事項を記帳している。
2(1) 被告は、本件青色申告の承認の取消通知書に記載した理由附記をもつて、法人税法一二七条一項一号違反の具体的事実を原告をして十分に認識させることができるから適法である旨主張するけれども、後述の通り原告は多部門の営業を行ない営業場所も数ヶ所に及ぶのであつて、右の記載からは原告のどの店のどの記録等の保存、記帳がどのように不備であつたのか全く判らない。原告がこの様な主張を納得するわけにはいかない。
(2) 原告が右に違反ありとする点は、原告が神戸三宮サンチカタウン内に設けていた喫茶店「花」の同四一年九月分喫茶伝票とレジ記録紙が同四五年頃廃棄された点と、原告の「売上日記帳」(売上に関する帳簿は他にもある。)に右同店の日々の売上総額だけが記帳されていた点であるが、殊にこの後の点は被告の本訴第四準備書面に於て初見して原告が帳簿を調べた結果判つたことであり、また、前の点も原告が国税不服審判手続中に仄聞してあるいはと思つたことがあつたに過ぎず、明確に知つたのは右準備書面により、調査した結果なのであり、前記の附記理由から察知する余地はなかつた。
(3) 後述の通り、喫茶伝票もレジ記録紙も法人税法施行規則五九条一項により整理保存の義務ある帳簿書類に該当しないし、原告には同規則別表二〇の(十一)備考(1)による税務署長の承認を受ける義務もないのであるから、そもそも、法人税法一二七条一項一号違反ということがないのであるが、それはともかくとして、原告は右附記理由からも、その他の関係からも、被告がいうような点に同号違反があると考えたこともなかつた。
(4) そもそも、青色申告承認の取消通知に理由附記を命じる規定の趣旨は前記二、4、(1)に述べたとおりであるから、右第一号該当の場合であつても、如何なる帳簿書類の備付け、記録または保存が大蔵省令のいかなる規定に従つていないのか具体的に明らかにされる必要がある。
法人税法施行規則五三ないし五九条において帳簿についての規定があり、取引に関する記載事項について同別表二〇に、貸借対照表および損益計算書に掲げる科目について、同別表二一にそれぞれ詳細な規定があるので、具体的事実が示されない限りどの点に違反したのか全く判らないのである。
(5) 原告には法人税法一二七条一項一号違反の事実がない。
a 原告が同四〇年一〇月一日から同四一年九月三〇日に至る事業年度中に行なつていた営業は、(イ)本店における、ミツクスパウダー、コーンカツプ、珈琲豆練乳、缶詰その他喫茶店向けの材科の御売り、(ロ)近鉄百貸店、近幾大学および近映における喫茶店受託営業と(ハ)神戸三宮サンチカタウン内所在の喫茶店「花」の営業の三部門に分れ、その売上比率は同事業年度売上合計一六八、四一六、九八八円(一〇〇%)に対し、(イ)部門一〇七、一八四、三一九円(六三・六%)(ロ)部門五二、七一七、九二九円(三一・四%)(ハ)部門八、五一四、七四〇円(五・〇%)であつて喫茶店自営部門の比重は極めて小さい。
而うして主要部門である右(イ)の卸売り部門には現金売上げに関する売上伝票もレジスターもなく、帳簿書類の備付、記録および保存は適正である。
また、(ロ)の喫茶店受託営業の各店舗では、近鉄百貸店等の委託者が自己の従業員を使つて販売活動を行なつており、原告の現金売上げに関する売上伝票もレジスターもない。原告は委託者から毎日の売上げ(委託者に帰属する委託者の売上である)の通知を受け、通知に基づく売上日報を作成し、委託者から一定の日に原告の銀行口座に振込み送金してくる委託料の金額により、原告自身の売上を計算して記帳する。もとより、この部門の帳簿書類の備付、記録および保存は適正である。
(ハ)の喫茶店「花」ではキヤツシユレジスターを用いて自分で現金商売をしているから、被告のいう現金売上に関する売上伝票(これを喫茶伝票とよんでいる)もレジー記録紙も存在する。右伝票は、来客に対しコーヒー等を提供する時原告のウエイトレスが品名をメモして渡し、後刻勘定の際の便宜に供するものである。
b 法人税法施行規則第五九条第一項第三号によると、青色申告法人は取引に関して相手方から受取つた注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類および自己の作成した書類で、その写しのあるものはその写しを整理し、五年間保存しなければならないから、これを怠れば法人税法一二七条一項一号に該当することになる。
しかし、喫茶伝票は先ず取引の相手から受取つた書類ではなくまた、喫茶店ではテーブルに置かれたメニユーすなわち値段表により、口頭で現金引換取引がなされるのであつて、喫茶伝票は注文書、契約書送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類に該当しないことは明らかであり、また何よりも自己作成書類の写でもない。
従つて、喫茶伝票は、そしていうまでもなくレジ記録紙も前記規則五九条一項三号の書類でなく、青色申告法人である原告が五年間整理保存する義務を全然負わない。
また被告は、日々の現金売上について法人税法施行規則別表二〇の(二)備考(1)により要求される税務署長の承認を得ることなく右別表二〇の(十一)に定める事項を記帳していないというけれども原告は、二以上の事業所を有し、かつ喫茶店「花」の如きは、その業態上右別表二〇の(十一)記載事項本文が要求する「取引の年月日、売上先、品名その他給付の内容、数量、単価および金額を遂一記載し難いこと」が自明であるから、別表二〇の(十一)備考(2)に基づき一事業所ごとにその事業所における売上総額を記載すれば足りるのである。
c 原告は、売上日記帳(喫茶店「花」については日々の売上の総額のみを記帳)売店売上帳(同店舗については、品種別売上金額、現金売金額、掛売金額等を日々記帳)および売上集計日報綴(個々の品目別に売上個数に至るまで詳細に記載してある)を本店に備えており、喫茶店「花」には掛売メートを備えているので、前記別表二〇の(十一)の定める記載事項は、現金売についても完全に記帳され、法定の期間保存されている。また被告は、現金売上伝票とレジ記録紙が現金売上げに関する記帳の正当性を裏付ける唯一の証ひよう書類であるというのでこれが誤りであることを次に付言する。
原告の喫茶店「花」の様に本社を離れた現金販売を行なう店舗の場合、実は税務上の問題よりも前に、本社としてはどの様にして売上を正確かつ速やかに把握し、売上金について従業員の着服その他による間違いのないように本社に納金させるかが、経営上不可欠の課題なのであつて、売上と現金の管理のためにも最大の努力を払つており、喫茶伝票とレジ記録紙はそのための手段の一つに過ぎない。
喫茶「花」の場合、喫茶伝票と売掛ノートに基づき即日売上集計日報表に五三品目に及ぶメニユーの個々についてそれぞれ売上げの個数と現金売り、掛売り別の金額を記載し、各合計金額を算出記載して終業整理後直ちに神戸銀行三宮支店の原告口座に入金し入金副票を右売上集計日報表に添付して共に、本社に送付させる。もとより右集計に際してレジ記録紙による当日売上金額と日報表現金売上金額とをチエツクしているが、更に必要に応じて本社は入金副票と銀行勘定帳を照合し、喫茶店「花」に保管中の喫茶伝票と日報票を照合している。
このようにして売上の現金の管理を行なつているので、実は前記売上集計日報表こそもつとも信頼できるところの、現金売上げに関する記帳の正当性を裏付ける証ひよう書類なのである。
3 本件取消処分は、被告において権限を濫用したものであり、裁量権の範囲を逸脱した違法がある。
原告は、前記の通り喫茶店「花」の四一年九月期分喫茶伝票とレジ記録紙を昭和四五年頃まで整理保存していたのであるが、被告は原告の四〇年及び四一年九月期分の法人税に関し、昭和四二年一月末頃調査を行ないその結果に基づき、同年二月二四日付をもつて更正処分をした。被告は、原告に対する調査を、二年毎に二年分を、決算終了の翌年一月末か二月の初めに行なうのを例とし、これに備えて原告は保存義務のない喫茶伝票およびレジ記録紙を嵩張るのを我慢して書庫に整理格納し被告の調査の便宜に供していたのであるから、被告は定期的な調査に際しこれらを調べたか調べ得たのであり、その保存が問題になつたことは一度もない。
しかも、喫茶店「花」の原告の営業に占める比重は前述したとおり極めて小さいのであつて、仮に喫茶伝票等の保存義務が五年であるとしても、調査済みである僅かの書類が廃棄されたことにかこつけて、青色申告の承認を取消す如きは、被処分者に与える影響の重大性を考えれば裁量を誤つた違法があること明白である。
(証拠)<省略>
理由
一 請求原因1ないし3の事実(原告の業態、本件青色申告承認の取消処分、本件各更正処分、重加算税賦課処分および異議、審査、裁決の経緯等)、本件取消処分の通知書に「取消処分の基因となつた事実」として、「所得計算上収入に計上すべきものを除外し、仮装名義で銀行に預金をし所得を過少に申告している。なお、売上、仕入に関する記録等の保存ならびに記帳が不備であることは、法人税法第一二七条第一項第一号および第二号(第三号の誤記と認める)に該当します」とのみ記載していること、および、本件各更正処分に更正の理由が記載されていないことは当事者間に争いがない。
二 本件取消処分の適否
1 法人税法一二七条一項は、青色申告書提出承認(以下単に承認という)の取消事由を同項一号ないし四号に掲げる事項に限定し、同条二項において、右承認の取消をする場合にはその旨を当該法人に通知し、その通知書面には取消の基因となつた事実が一項各号のいずれに該当するかを附記しなければならないと規定されている。
同法が承認の取消通知書に右のような附記を命じた趣旨目的は、承認の取消が承認を得た法人について認められている種々の特典、すなわち、前五事業年度内の欠損金額の操越し、推計課税の禁止、更正理由の要附記等の特典を剥奪する不利益処分であることにかんがみ、取消事由の有無について処分庁が慎重かつ公正妥当な判断を行なうべきことを担保して、その恣意を抑制するとともに、取消事由を処分の相手方に知らせることにより、これに対する不服申立の要否その他についての便宜を与えるためであると解せられる。したがつて、取消通知書に記載すべきことが要求される附記の内容および程度は、相手方において、当該取消処分がいかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用してなされたかを記載自体から了知しうるものでなければならず、単に抽象的に処分の根拠規定を示すだけでは、それによつて当該規定の原因となつた具体的事実関係をも当然に知りうるような例外の場合を除いては、法の要求する附記としては不十分であるといわねばならない。また右附記の内容として右各号を掲げるほかに、若干の文言が記載されていたとしても、それが抽象的なものであつて単に号数を掲げたのと異ならないとみられる場合にも、附記の内容が不十分であるといわねばならないことはいうまでもない(もつとも、同条一項のうち四号については、単に条項号数を記載することをもつて、附記理由として十分であるとみうるであろう)。
ところで、取消処分の理由として同条項各号のうち二つ以上の号数が掲げられている場合において、その一つでも理由附記として十分であると認められるときは、他の理由が附記として不十分であつても、結局当該取消処分は---裁量権の濫用にあたる場合は格別---適法であるといわねばならないから、以下において、本件取消処分の理由附記の適否を一号と三号のそれぞれについて考えてみる。
2 一二七条一項三号の附記の適否
便宜上先づ三号の附記の適否について考えてみる。
本件取消通知書には、同号による「取消処分の基因となつた事実」として、「所得計算上収入に計上すべきものを除外し、仮装名義で銀行に預金をし所得を過少に申告している」旨記載しているのみであることは前示のとおりであるところ、右のような記載は単に同号数のみを記載しただけの場合と実質的に異なるところがないというべきでありこのような理由附記の内容が取消理由の附記として不十分であることについては多言を要しないであろう(最判昭和四九・四・二五民集二八・三・四〇五、最判昭四九・六・一一判例時報七四五・四六)。
3 一二七条一項一号の附記の適否
同号は、内国法人がその事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が一二六条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従つて行なわれていないことと規定しているところ、一二六条一項の委任に基づく法人税法施行規則(昭四〇大蔵省令一二号)は、帳簿、書類の備付け、記録保存の具体的内容につき、その五三条ないし五九条、別表二十、二十一に規定している。即ち、法人はその資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引につき、複式簿記の原則に従い、整然かつ明瞭に記録すべきことを命じ(五三条)作成すべき帳簿、書類として仕訳帳及び総勘定元帳(五四条)、たな卸表(五六条)、貸借対照表及び損益計算書(五七条)の五種類を定め仕訳帳及び総勘定元帳の関係については、別表二十の(一)ないし(一四)に、たな卸表については五六条二項に、貸借対照表及び損益計算書については五七条、別表二十一に、それぞれ記載すべき事項を詳細に規定している。また、帳簿書類の整理保存について五九条一項は、右各帳簿、書類のほか、資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引に関して作成されたその他の帳簿(一号、二号)、ならびに「取引に関して相手方から受け取つた注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類及び自己の作成したこれらの書類でその写しのあるものはその写し」を整理し、五年間保存すべきことを規定している。
右のように、備付けるべき帳簿、書類等の種別が多様であり、かつそれらに記載すべき内容も多岐にわたつているのであるから、一号による取消処分をするに当つては、その理由附記の内容として、単に号数のみを記載するのみでは足りず、具体的に、いつからいつまでの期間内におけるいかなる帳簿、書類の備付けないし記録が不備であるのか或いは保存がなされていないのかを特定しうる程度に記載されるべきであり、右のような具体的記載を欠く理由附記は違法として取消されるほかはないと解すべきであつて、かく解することが一二七条二項による取消に理由附記を求めた法の趣旨、目的に合致すると考えられる。そして、このように解したからといつて、取消庁に苛酷な負担を課するものとは考えられない。
これを本件についてみるに、被告が取消理由の附記として一二七条一項一号を掲げたほか、「売上、仕入に関する記録等の保存ならびに記帳が不備である」と記載しているに過ぎないことは前示のとおりであつて、右記載は単に当該条項号のみを記載したのと同視すべきものであるから、かかる附記が取消通知書に記載すべきことを要求されている内容として不十分であることはいうまでもなく、従つて一号に該当することを理由とする被告の本件取消処分もまた違法であるといわねばならない。
被告は、本件取消処分がなされる以前に、原告に対し、帳簿、書類の備付、記録の不備ないし保存の不備について説明しているから、理由附記に欠けるところがないというところ、右事実を認めるに足る証拠がないのみならず、仮に処分前に若干右のような事項について説明された事実があつたとしても、これにより、処分が最終的判断としていかなる事実が取消事由と認めたのかを知りうるものではないから、これをもつて取消処分通知書の理由附記を補うことが許されないところである。
結局、本件取消処分には、被告がその理由とする一二七条一項一号及び三号のいづれについても理由附記が不十分であつて、これを違法として取消すほかはない。
三 本件各法人税更正処分ならびに各重加算税賦課処分の適否
被告が本件各法人税更正処分の通知書に更正の理由を附記していないことは前示のとおりであるところ、本件取消処分が違法として取消された以上、原告は依然として青色申告の承認を受けている法人であるというべく従つてこれに対する更正処分通知書には更正の理由を附記する必要があつたのであつて、この附記を欠く本件各更正処分は、右事由のみによつて違法として取消されるべきものである。そして、更正処分が取消された以上、更正が適法になされたことを前提とする本件重加算税賦課処分は、その前提を欠く違法な処分として取消されねばならない。
四 以上の理由により、本件取消処分、本件各更正処分ならびに本件各重加算税賦課処分の取消を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく正当であるからこれを認容し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)
別表
(イ) 41年9月期
a更正前の金額
b本件更正の金額
所得金額
1
10,744,269円
20,744,016円
法人税額
2
3,566,890
7,173,840
課税留保金額
3
2,206,000
5,220,000
同上に対する税額
4
220,600
522,000
控除所得税額
5
10,057
10,057
差引所得に対する
法人税額
6
3,777,400
76,685,700
本件更正により納付
すべき税額
7
3,908,300
重加算税賦課の基礎
となる税額
8
3,908,300
重加算税賦課額
9
1,172,400
(ロ) 42年9月期
a更正前の金額
b本件更正の金額
所得金額
1
12,593,608円
40,484,835円
法人税額
2
4,108,060
13,864,660
課税留保金額
3
1,792,000
5,954,000
同上に対する税額
4
179,200
595,400
控除所得税額
5
19,307
19,307
差引所得に対する
法人税額
6
4,267,900
14,440,700
本件更正により納付
すべき税額
7
10,172,800
重加算税賦課の基礎
となる税額
8
10,172,800
重加算税賦課額
9
3,051,600