大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)72号 判決 1976年11月26日

大阪市東成区東小橋二丁目一一番二〇号

原告

内外不動産株式会社

右代表者代表取締役

良本道孝

右訴訟代理人弁護士

鳩谷邦丸

大阪市北区南扇町一六番地

被告

北税務署長

前川登

右指定代理人検事

宝金敏明

右指定代理人法務事務官

田村正已

右指定代理人大蔵事務官

曽我康雄

久保田正男

仲村義哉

川崎一

山下功

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告の申立て

1  被告が、原告に対し、原告の昭和四五年一〇月一日から昭和四六年九月三〇日までの事業年度(以下本件事業年度という。)の所得に対する法人税につき、昭和四七年六月三〇日した

(一) 所得の金額を二、二三六、二九二円とする更正のうち欠損金額三、九五一、九七六円をこえる部分

(二) 過少申告加算税三一、三〇〇円の賦課決定は、いずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の申立て

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  原告は、不動産売買、賃貸業者である。

2  原告は、被告に対し、原告の本件事業年度の欠損金額を三、九五一、九七六円として確定申告をした。

3  ところが、被告は、昭和四七年六月三〇日、原告の本件事業年度の所得の金額を二、二三六、二九二円とする更正および過少申告加算税三一、三〇〇円を課する決定をし、そのころ、原告に対し、その旨の通知書を送達した。

4  しかし、被告がした右更正には、

(一) 原告の本件事業年度の所得の金額を過大に認定した違法。

(二) 後記6に記載するように原告が多大の努力と費用を払つて別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を駐車場にしようとした事情および原告が本件土地について有していた持分二分の一(以下本件資産という。)の譲渡について租税特別措置法第六五条の二の適用を受けることができると信ずるに至つた事情を考慮せず、原告の利益を著しく侵害した信義則違反の違法

があるから、右更正、決定はいずれも取消しを免れない。

5  被告の主張事実第2項は認める。

同第3項は否認する。原告において本件土地が近く阪神高速道路公団に買い取られるものであることを知らなかつたことは、

(一) 原告が本件資産を取得した昭和四四年三月二六日当時、阪神高速道路大阪西宮線について都市計画決定がされていたとしても、それは行政庁の内部的な行為にすぎないこと、

(二) 昭和四四年一二月八日、路線認定の公示がされたとしても、本件土地がその路線にかかるかどうかは定まつていなかつたこと、

(三) 大阪地方裁判所昭和四三年(ヌ)第九二号不動産強制競売事件記録に編綴された鑑定評価書にも、本件土地について、「現況は商店街につづく宅地にすぎないこと、しかし、都市計画尼ヶ崎堺線あたり、近き将来は面目を一新するであろう。」としか記載されていなかつたこと、

(四) 訴外藤戸ですら後記調停、訴訟において「原告の請求は居住権をおびやかすもので、権利濫用である。」と主張していたこと等によつても明白である。

なお、たしかに原告は本件資産を取得したときから売却するまでの一切の経費を本件資産の取得原価に算入し、確定申告書添付書類のたな卸資産の欄に本件資産を計上しているが、それは原告が税法についての知識に乏しく、書類の作成に習熟していないため、いわゆる事業用資産とたな卸資産とを混同して処理したためにしたものである。

6  ところで、本件資産の譲渡について租税特別措置法第六五条の二が適用される事情(すなわち、本件資産がたな卸資産でない事情)ないし同法条が適用されると原告が信ずるに至つた事情は、次のとおりである。

(一) 原告は、もともと不動産売買業を営んできたが、経営の長期的な安定をはかるため不動産管理業を営むことについて検討してきたところ、訴外沢競(以下沢という。)が昭和四四年三月二六日、大阪地方裁判所昭和四三年(ヌ)第九二号不動産強制競売事件競落許可決定によつて本件土地の所有権を取得したため、同日、沢からその持分二分の一を譲り受け、沢とともに、本件土地を駐車場として使用し、恒常的な収入を得るという事業計画を立てた。

(二) ところが、右昭和四四年三月二六日当時、本件土地の大部分は訴外藤戸一治、同藤戸留吉ら七名によつて不法に占有されていた(別紙図面参照。なお、本件土地のうち約一五〇平方メートルは、訴外藤戸一治が駐車場として使用していた。)。

(三) そこで、原告は、昭和四四年八月一日、沢からその持分二分の一を賃借し、同年同月一五日その賃貸借契約証書に公証人の確定日附を得る一方、同年四月ごろから、訴外藤戸一治、同藤戸留吉ら七名に対し、建物収去土地明渡しを求め、さらに、沢名義で、同年九月調停の申立て(大阪簡易裁判所昭和四四年(ユ)第四九〇号)、昭和四五年二月訴えの提起(大阪地方裁判所昭和四五年(ワ)第七七一号)をしたほか、本件土地について処分禁止の仮処分決定を得た。

(四) このように、原告は、前記事業計画を遂行するために真摯な努力を続けてきたが、昭和四六年七月一六日、右訴訟当事者間で和解が成立したため、遂に前記事業計画を断念せざるをえなくなつた。

そもそも、原告は、右訴訟において勝つことが確実であつたばかりでなく、和解に応じることによつて不利益を受けることとなる(本件和解が成立すると、阪神高速道路公団は、訴外藤戸留吉に対し、「借地権消滅に伴う補償金」名義で五、五〇〇、〇〇〇円を支払うこととなるから、本件土地の売買代金二四、一三四、七六四円は一八、六三四、七六四円に減少し、原告の受領すべき売買代金はその二分の一である九、三一七、三八二円となる。)ところ、阪神高速道路公団の強い勧奨もあり、公共の福祉を増進しようとしている道路行政に反する私的な事業計画を遂行することは適当でないと考え、さらに、公共の利益となる事業をつかさどる阪神高速道路公団の職員が原告に対し本件資産の譲渡について租税特別措置法第六五条の二が適用される旨教示して税額免除に関する証明書を交付し(原告は被告に対し前記確定申告をしたときにこの証明書を提出している。)、大阪国税局税務相談「テレフオン・サービス」も同趣旨の回答をしたため、あえて右和解に応じたものである。

7  なお、原告が被告に提出した本件事業年度の確定申告書に「特定公共事業用資産の買取り等の申出証明書」および「公共事業用資産の買取り等の証明」が添付されていたかどうかは不明である。

二  被告の主張

1  原告の主張事実第1項は認める(もつとも、原告が不動産賃貸業者であることは否認する。)。同第2、第3項は認める。同第4項は争う。

2  原告は沢と本件土地を共有していた(持分の割合各二分の一)が、都市計画に基づいて阪神高速道路公団に本件資産を譲渡し、六、一八八、二六八円の利益を得た。

そして、原告は本件資産の譲渡について租税特別措置法第六五条の二の適用があるとして、右利益の額を本件事業年度の益金の額から控除し、確定申告をした。

3  しかし、本件資産の譲渡について租税特別措置法第六五条の二は適用されない。なぜならば、

(一) 本件資産は、法人税法第二条第二一号に規定するたな卸資産にあたるから、租税特別措置法第六五条の二を適用する実体的要件が欠けている(租税特別措置法第六四条第一項)。

すなわち、本件土地は、都市計画街路尼崎堺線(昭和二五年三月三一日建設省告示第四三九号)に含まれ、しかも、右都市計画街路尼崎堺線の上には、高架で阪神高速道路大阪西宮線(昭和四四年三月二二日建設大臣付議、同年同月三一日都市計画審議会可決、同年五月二三日都市計画決定建設省告示第二八五六号)が建設されることとなつていた。とくに、右阪神高速道路大阪西宮線に関する都市計画決定が告示された際には、大阪府庁、大阪市役所において計画路線地図等が縦覧に供されたうえ、その後においても路線認定の公示(昭和四四年一二月八日大阪府告示第一一一〇号)がされるまでの間、阪神高速道路公団に対する問合せ等を通じて直接にあるいは大阪府議会議員、大阪市議会議員等を通じて間接に、本件土地付近の住民等に対して阪神高速道路大阪西宮線が建設されることが伝えられていた(なお、阪神高速道路公団は、昭和四五年三月二七日、本件土地の所在する地区について、第一回目の土地買収契約を締結している。)。

したがつて、本件土地が近く阪神高速道路公団に買い取られるものであることは、原告が本件資産を取得した昭和四四年六月一六日当時から周知の事実であつた。

しかも、原告は、昭和四二年一〇月一二日設立されて以来、いわゆる競落物件の取得とその売却のみを業としており、競落物件以外の不動産を取り扱つたことがないのであるから、通常その取り扱う資産を取得する際に十分調査し、右各事実を知つていたと考えられること、

原告が沢と取り交した賃貸借契約証書には、駐車場として使用するために本件土地を賃借する旨の記載はないこと。

本件土地の共有者である沢が訴外藤戸留吉ほか七名を相手方として建物収去土地明渡しを求める調停の申立ておよび訴えの提起をしたのは右都市計画決定の告示がされた後であり、最終的に和解が成立するに際しては阪神高速道路公団の買収担当職員が相当積極的に協力していること、原告は本件資産を取得したときから売却するまでの一切の経費を本件資産の取得原価に算入し、確定申告書添付書類のたな卸資産の欄に本件資産を計上していること等にかんがみると、原告が不動産売買業の一環として本件資産を譲渡して利益を得るためにこれを取得したことは明らかである。

(二) 原告が提出した確定申告書には租税特別措置法第六五条の二第四項所定の書類が添付されていないから、同法条を適用する手続的要件が欠けている。

すなわち、原告が被告に提出した本件事業年度の確定申告書には「特定公共事業用資産の買取り等の申出証明書」および「公共事業用資産の買取り等の証明」が添付されていない。

したがつて、原告は、本件資産の譲渡による利益の額六、一八八、二六八円を本件事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入することができないこととなる。

4  そうすると、原告の本件事業年度の所得の金額が欠損金額三、九五一、九七六円に本件資産の譲渡による利益の額六、一八八、二六八円を加えた二、二三六、二九二円となることは明らかである。

5  その他、被告が原告に対してした更正、決定にはなんら違法な点は存しない。

6  なお、阪神高速道路公団が原告に対し租税特別措置法第六五条の二の適用がある旨教示したことおよび税額免除に関する証明書を交付したことは知らない、原告が被告に対し本件事業年度の確定申告をしたときに、阪神高速道路公団が発行した税額免除に関する証明書を提出したことは否認する。また、大阪地方裁判所昭和四三年(ヌ)第九二号不動産強制競売事件に編綴された昭和四三年六月二四日付鑑定評価書には「都市計画尼ヶ崎堺線の予定地に当り、近き将来面目を一新するであろう。」と記載されている。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第一四号証を提出した。

2  原告代表者尋問の結果を援用した。

3  乙第二号証、第九号証の各成立は知らないが、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

二  被告

1  乙第一ないし第六号証、第七、第八号証の各一ないし四、第九号証を提出した。

2  証人久保田正男、同岩水明の各証言を援用した。

3  甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一  原告が不動産売買業者であることは当事者間に争いがない。

二  原告の主張事実第2、第3項はいずれも被告の認めるところである。

三  被告の主張事実第2項は当事者間に争いがない。

四  そこで、本件資産の譲渡について租税特別措置法(昭和四六年法律第二二号による改正前のもの。昭和四六年法律第二二号附則第一一条参照。)第六五条の二が適用されるかどうかについて検討する。

ところで、同法第六五条の二第一項または第二項の適用を受けるには、(一)確定申告書等にその旨を記載し、(二)当該確定申告書等に、(1)損金の額に算入される金額の計算に関する証明書および(2)同法施行規則(昭和四六年大蔵省令第一五号による改正前のもの。昭和四六年大蔵省令第一五号附則第二項参照。)第二二条の三第二項で定める書類(「買取り等の申出があつたことを証する書類」「買取り等があつたことを証する書類」「収用証明書」等)を添付しなければならないことは同法条第四項の定めるところである(なお、同法条第五項参照)。

しかして、右各書類は、当該法人が法人税の特例である同法条第一項または第二項の適用を受ける要件、すなわち当該法人が同法条第一項または第二項の場合に該当し、同法条第三項の場合に該当しないこと等を明らかにするために必要な書類であるから、当該法人名義の前記各書類そのものを添付(同法条第四項)ないし提出(同法条第五項)しなければならないというべきである。

これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第一四号証、乙第一号証、証人岩水明の証言によつて真正に成立したと認められる乙第九号証、証人岩水明の証言、原告代表者尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、

(一)  原告が、被告に対し、昭和四六年一一月二九日、原告の本件事業年度の欠損金額を三、九五一、九七六円として確定申告をした際、右確定申告書に「収用換価地等の場合の損金算入に関する明細書」を添付して、同法条第一項により損金の額に算入される金額の計算を明らかにするとともに損金算入に関する申告をしたが、同法条第四項、同法施行規則第二二条の三第二項で定める「買取り等の申出があつたことを証する書類」「買取り等があつたことを証する書類」を添付しなかつたこと、

(二)  被告は、原告に対し、担当職員を介して、再三にわたり、右各書類の提出を求めたが、原告は、遂にこれを提出せず、わずかに本件更正、決定についてされた異議申立ての審理を担当していた職員岩水明に対し、昭和四七年九月中旬ごろ、沢名義の「特定公共事業用資産の買取り等の申出証明書」「公共事業用資産の買取り等の証明」の写しを提示したにすぎないこと、がそれぞれ認められる。

そうだとすると、本件の場合、同法条第四項所定の要件についてはもちろん、同法条第五項所定の要件についても欠けるところがあることは明らかであるから、たとえ原告が多大の努力と費用を払つて本件土地を駐車場にしようとした事情が存在したとしても、本件資産の譲渡につき同法条が適用されないことはやむをえないというべきである。

五  したがつて、原告の本件事業年度の所得の金額は、原告の確定申告にかかる欠損金額三、九五一、九七六円に本件資産の譲渡による利益の額六、一八八、二六八円を加えた二、二三六、二九二円となる。被告には所得の金額の認定につき誤りはない。

六  原告は、原告が被告らの行為によつて本件資産の譲渡について同法条の適用を受けることができると信ずるに至つた事情があるのに、被告がこれを無視したから、本件更正には信義則に反する違法があると主張する。

しかし、原告が主張するように租税法の分野においても信義誠実の原則が妥当するかどうかは、租税法律主義とのかかわりあいにおいて、問題の存するところであるが、この点は暫く措く。

前記各証拠によれば、

(一)  原告は、阪神高速道路公団に本件資産を譲渡した昭和四六年五月一一日より前に、阪神高速道路公団の職員から、同法条について説明を受けていたが、その説明は同法条の一般的な説明の域を出るものではなく、たな卸資産の譲渡について同法条が適用されるかどうか、また、本件資産がたな卸資産にあたるかどうか等について教示したものではないこと、

(二)  さらに、原告は本件資産を譲渡した後である昭和四六年七、八月ごろ、大阪国税局のいわゆるテレフオン・サービスによつて、同法条の概括的な説明を受けたこと、

(三)  しかし、その結果、原告は、その趣旨を正解せず、本件資産の譲渡について同法条第一項の適用を受けることができるものとたやすく信ずるに至つたことがそれぞれ認められ、右各事実によれば、たとえ租税法の分野において信義誠実の原則が適用されるとしても、本件更正(ひいては本件決定)が信義誠実の原則に反する違法なものということは到底できない。

七  その他本件更正、決定に違法な点が存することは、原告が指摘しないところである。

八  よつて、原告の本訴各請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 増井和男 裁判官 春日通良)

目録

大阪市福島区中江町一五五番

宅地 三〇三・六三平方メートル

(以上)

<省略>

木鉄板2F(五二・八九m2  〃 m2)

木鉄板平(三三・〇五m2)

トタンガレージ物(三三・〇五m2)

トタン・ガレージ(三三・〇五m2)

トタン2F(三三・〇五m2  〃 m2)

トタン平・ガレージ(三三・〇五m2)

空地(約四九・五八m2)

駐車可能面積

=148.73m2

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例