大阪地方裁判所 昭和49年(ミ)6号 決定 1975年2月10日
申立人 エアロマスター株式会社
右代表者代表取締役 松井雄之亮
右代理人弁護士 大原篤
同右 大原健司
主文
エアロマスター株式会社に対し更生手続を開始する。
理由
第一申立の要旨
一 申立会社は昭和三九年五月二三日設立され、その目的は主として冷暖房機器であるエアロマスターの製造販売であり、現在の資本金は四億円、発行済株式総数は八〇〇万株である。
二 申立会社は昭和四七年に静岡県駿東郡に第一ないし第三工場を建設し、近時ようやく冷暖房機器の必要量の生産が可能になったものであり、その設備投資の償却や在庫品の資金回収は未了で、むしろ今後に期待をかけて営業をなしていたものである。
三 申立会社は、日本熱学工業株式会社(以下日本熱学と略称する。)の子会社であり、資金および営業の面で同会社に従属する関係にあった。例えば、昭和四八年度の年商約一四〇億円のうち同会社の取引は約八〇億円であり、昭和四九年三月三〇日現在の受取手形約七〇億円の大半が右会社からの受取手形である。しかし、日本熱学は昭和四九年五月一七日手形の不渡りを出したので、もはや同会社からの金融を得ることができず、申立会社も同月一八日が支払期日の手形金九億一、九七一万二、七九九円の支払いができず、不渡りとなり、今後引続いて支払期日の到来する手形を決済する資金に不足することは明らかである。
四 そのうえ、申立会社の資産としてみるべきものは、前記各工場における営業的存在と在庫商品であり、これを生かすには営業を継続する外はなく、右在庫商品もリース形式をとるため資金固定化の強いコインクーラーであり、そのリースにつき昨今の金融難からリース会社が取扱いを拒絶したため、一層の資金難を招いたのである。
五 しかし、申立会社は、特殊の特許権を使用した同種機器としては最優秀のエアロマスターを製造し、日本熱学以外の取引先としても、住友商事株式会社、島貿易株式会社、湯浅金物株式会社、東京三洋電機株式会社、松下精工株式会社、東洋空気調和株式会社などの大手会社をもち、その評価も受けている。従って、日本熱学と離れても、経営を健全化し、前記冷暖房機器の製造販売を地道に行えば、相当の収益をあげ、再建することは可能である。そして、債権者、従業員、株主のためにも更生が必要であり、かつ協力が得られる筈であるから、申立会社に対し更生手続を開始する旨の決定を求める。
第二当裁判所の判断
一 本件疎明資料、本件調査委員による調査報告書および当庁昭和四九年(ミ)第五号会社更生申立事件の調査委員による日本熱学工業株式会社に関する調査報告書、申立会社代表取締役牛田正郎(但し昭和四九年六月一八日代表取締役を辞任)、取締役松井雄之亮(但し同年五月三〇日代表取締役に就任)の審尋の結果および検証の結果その他当裁判所の調査の結果によれば、次の事実を認めることができる。
1 申立会社は昭和三九年五月二三日設立されたが、株式の額面を五〇〇円から五〇円に変更するため、昭和四九年三月一日、休眠会社であったエアロマスター株式会社(昭和二五年八月二九日設立、同四八年七月七日商号を寿硝子工業株式会社よりエアロマスター株式会社に変更)に吸収合併される形式をとり、その後増資の結果現在の資本の額は四億円、発行済株式総数は八〇〇万株である。日本熱学はその株式の約半数を有し、役員も両会社兼任の者が多く、当初より申立会社は日本熱学の子会社として、日本熱学が必要とする水冷式エアロマスターその他の冷暖房機器の製造部門として設立されたものである。
そして、申立会社はその営業活動のすべての面において日本熱学の支配下にあり、独自の業務の執行は設立以来倒産に至るまで殆んどなかったといっても過言ではない状況であった。
2 申立会社の目的は、(一)電気機器類および冷暖房機器類の製造および販売ならびにその取付工事(二)冷暖房機器付属品の製造および販売(三)前各号に付帯する一切の事業である。
申立会社は、前記の如き設立の経緯から、設立当初より水冷式エアロマスターの製造、販売を行ったが、当時は自己の工場をもたず、その製造は松下精工株式会社および東洋空気調和株式会社に委託して行った。
この水冷式エアロマスターは日本熱学が開発したものであるが、従来の集中的な空調方式と異り各室における個別的制禦を可能にした外多くの優れた性能をもち、建築物の空調方式に新しいシステムを導入するものであったため、申立会社は先発メーカーとして市場における独占的な優位な地位を占めるに至った。その後他のメーカーも類似の空調機器の生産を始めたが、昭和四八冷凍年度においても市場の占有率は二五・一パーセントで第一位であり、その優秀な性能は業界で広く認められているところである。
3 申立会社は、実質的には日本熱学の決定に基づき、昭和四七年に静岡県駿東郡小山町に三つの工場を設け、第一および第二工場で家庭用ルーム・クーラー(愛隣)の生産を開始し、また第三工場で自ら水冷式エアロマスターを製造することを計画した。第一および第二工場の生産能力は年間最大約二〇万台であり、また、第一工場の生産設備を利用して、水冷式エアロマスターの生産も可能である。
なお、これらの工場の敷地はすべて賃借地であり、第一工場の建物も賃借物件であり、第三工場は一部未完成で、かつ、建物および生産設備の所有権について申立会社と日本熱学外二社との間で争いがある。第二工場の建物および生産設備は申立会社の所有である。
4 この家庭用ルーム・クーラーの主体は一〇〇円硬貨を投入すると一時間運転するいわゆるコイン・クーラーであり、その販売は、日本熱学が開発したいわゆるエアロ・セル・システムによりなされたが、この方式において、申立会社はその生産したルーム・クーラーをすべて日本熱学に対して売渡すことになっていた。ところが、このエアロ・セル・システムは元々資金の回収に長期間を要するため膨大な運転資金を必要とするうえに、コイン・クーラーのタイマーの部分に故障が続出してこの商品に対する信用を失墜させ、その売上高は予定を遙かに下まわるものとなった。そして、前記エアロ・セル・システムにおいて日本熱学がリース会社に多額の値引きを行ったり、各エアロセル会社に対し予定外の支出を余儀なくされたりしたうえに、昭和四八年にリース会社が日本熱学との取引を拒絶するに及び、日本熱学および申立会社の資金繰りは著しく圧迫されるに至った。そして、日本熱学の空調部門での採算の悪化と相まって、同会社が昭和四九年五月一七日に手形の不渡りを出すと共に、申立会社も同月一八日に金九億一、九七一万二、七九九円の手形の支払いができずに不渡りとし、以後支払期日の到来する手形を決済する資金もない状態となった。
5 申立会社の昭和四九年五月三一日現在の財政状態は、資産が約一三一億六、六七二万円に対し負債は約一八三億八、一七七万円で著しい債務超過の状態にある。
二 以上の事実によれば、申立会社について会社更生法三〇条一項に定められた更生原因のあることは明らかである。そこで申立会社の更生の見込の有無について前掲資料により検討する。
申立会社の再建をはかるには、さしあたり手持の各種在庫品の販売と前記各工場の生産設備によって、コイン方式ではない通常の家庭用のルーム・クーラーを生産して販売する外はないが、そこには多くの困難が予想される。
申立会社の生産する右ルーム・クーラーは騒音の程度、電力消費量、冷房力等の点において、他社の同種の製品に比較してその性能が劣るとはいえないが、家庭用ルーム・クーラーのメーカーとして申立会社は後発メーカーであり、コイン・クーラーの失敗と相まって、その信用を回復することは容易なことではない。そして、従来の販売組織であるエアロ・セル・システムは完全に崩壊しているので、新たな販路を開拓しなければならず、また生産に必要な材料も相当量の在庫品はあるものの完成品にするには不足の部分も多く、更にルーム・クーラーが季節商品であることからも、相当額の運転資金の調達を必要とする。これらがいずれも現在の経済情勢の下で非常に困難な問題であることは明らかである。
しかし、申立会社の従業員の会社再建への意欲は現在においてもなお強く、多数の有力な債権者も申立会社の更生を希望すると共に材料の供給や製品の販売についてもできる限りの協力をする意思を表明しているし、また工場の生産設備はすべて最新式のものである。
そこで、有力な管財人の努力によって、経営組織および経営管理システムを整備し、特に資金計画ならびに製品の原価計算および品質管理を厳格に行いつつ、前記の困難な諸問題を徐々に解決し、更に水冷式エアロマスターや季節商品である家庭用ルーム・クーラーの間隙を補うような新たな製品の生産も行えば、申立会社の更生の見込はないとはいえない。
三 そして、その他に会社更生法三八条各号所定の申立を棄却するべき事由は認められないので、申立会社について更生手続を開始することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 首藤武兵 裁判官 菅野孝久 岩谷憲一)