大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)3689号 判決 1977年6月30日
原告
宮内貴
右訴訟代理人
西川太郎
同
新宅隆志
被告
長谷川正一
被告
松工建設株式会社
右代表者
平井隆雄
右被告ら訴訟代理人
藤原光一
同
高階貞男
主文
被告らは、原告に対し、各自金七二二万九、〇一五円及びうち金六五二万九、〇一五円に対する被告長谷川正一は昭和四九年八月二四日から、被告松工建設株式会社は同年同月二七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金一、二五八万一、九八六円及びうち金一、一三八万一、九八六円に対する被告長谷川正一は昭和四九年八月二四日から、被告松工建設株式会社は同年同月二七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二、請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 原告の請求原因
一、原告、被告らの相互関係
1 原告は、別紙目録記載(一)の土地(以下、原告土地という)及び原告土地上に存する同目録記載(二)の建物(編注、<鉄筋コンクリート造陸屋根一部木造亜鉛メッキ鋼板葺四階建病院兼居宅>以下、原告建物という)を所有し、原告建物において診療所を経営している。
原告建物のうち、鉄筋コンクリート造四階建部分(以下、原告第一建物という)は、一階を診療室、二階を看護婦宿舎と入院患者室、三階を住居としてそれぞれ使用し、木造モルタル二階建部分(以下、原告第二建物という)は、一階を入院患者室、二階を看護婦宿舎としてそれぞれ使用していた。
2 被告長谷川正一(以下、被告長谷川という)は、原告土地の南側に隣接する別紙目録記載(三)の土地(以下、被告土地という)を所有し、被告土地上に同目録記載(四)の建物(<編注、鉄筋コンクリート造地下一階付六階建店舗兼住宅>以下、被告建物という)を建築する計画をたて、右建築工事(以下、本件工事という)を被告松工建設株式会社(以下、被告会社という)に請負わせた。
3 被告会社は、建築業者であり、被告長谷川から本件工事を請負い、昭和四八年一一月中旬から基礎工事に着手し、土留シートパイル(鉄矢板)の打込みと地下掘削を翌四九年一月下旬ごろ完了し、ひきつづき基礎配筋及びコンクリート打込みを同二月ごろ完了し、同年三月中旬シートパイルを抜取り(ただしごく一部四、五枚は地中に埋没)、以後順次建物本体の建造をし、同年七月末現在、建物本体はほとんど竣工して内部造作工事を残すのみとなつている。
二、本件工事による原告の被害
1 本件工事着手後間もない昭和四八年一一月下旬、原告土地との境界付近においてシートパイルの打込みが開始されるや、原告第二建物の一階コンクリート床に亀裂が生じ、工事の進行につれて亀裂が増大かつ拡大し、さらに外壁モルタルに次々と亀裂が生じ、増大かつ拡大し、原告第二建物全体が無気味な音をたててきしみはじめた。
2 そこで原告は、原告第二建物一階の入院患者に対する生命の危険を感じ、被告らに対し本件工事の即時中止方を申入れたが、被告らは誠意ある態度を示さず工事を続行したので、原告は、やむなく同年一二月八日、右入院患者全員を原告第一建物二階の入院患者室に移転させた。
3 原告は、被害がますます増大かつ拡大していくため、さらに被告らに対し、本件工事の中止方を申入れたところ、被告会社は、被害を少なくする新工法としてペントナイト工法を採用したとして工事を続行した。しかしこの新工法を採用した後も、建物の亀裂は各所で進行し(とくに原告第二建物コンクリート床には、幅六センチメートル及び二センチメートルの東西方向に走る大きな二本の亀裂が発生するに至つている)、生木を裂くような音が度々発生するようになつたばかりか、原告第二建物全体が徐々に被告土地側(南側)に傾斜しはじめ、その南側基礎部分が15.1センチメートル沈下(一部は破壊)して南側壁体が4.5センチメートル空中に浮き上がり、さらに新工法を用いて打設したシートパイルに接する付近においても、ガレージのコンクリート床に亀裂が生じ、ブロック塀は南方向に傾斜して倒壊寸前の状態となり、原告第一建物東南端の門柱も基礎部に亀裂が発生し南方向に傾斜するに至つている。
三、原告の被害の原因
1 被告土地及び原告土地一帯の地盤は、いわゆるシルト層のきわめて軟弱な地盤であり、地下水位も地下二メートルできわめて多量の水分を含有する地帯である。
2 被告会社が本件工事のため打設したシートパイルは地下一〇メートルの深度まで打込まれ、被告建物の地下一階及び基礎部分施工のための地下掘削は地下5.25メートルの深度まで掘削されるものであるが、被告建物は被告土地一杯に建造され、右打設及び掘削場所は、被告土地北端において、原告第二建物とは六〇センチメートル、原告土地南端のブロック塀とは三〇センチメートルの間隔を有するにすぎない。
3 そのうえシートパイルの打設は、あらかじめアースオーガーにより直径四〇センチメートル、深さ一〇メートルの穴を掘り、この穴の中にコ字型に形成された板状のシートパイルを打込む方法により施工されるものであり、地中から掘出される土砂の体積と打込まれるシートパイルの体積との間には大きな体積差があるため、境界付近地盤中には約二六立方メートルの大規模な空隙が生じた。
4 右のように地下水位が高く軟弱な地盤におけるシートパイルの打設、地下掘削は、隣接地である原告土地からの地下水の流出やこれに伴う多量の土砂の流出を生ぜしめ、さらにアースオーガーにより境界付近地盤中に生じた大規模な空隙を埋めるべく原告土地の地下水と土砂が被告土地の方向に移動流出し、これによつて原告土地の地盤が沈下して地上建物の傾斜や損壊など生じた。
5 またシートパイルを支えるための山留支保工(原告土地方向にシートパイルを支える構造)が原告土地地盤中の土圧を支えるに足りる十分な強度を有しなかつたため、地下掘削が進行するとともにシートパイルが被告土地方向に押出され、そのため原告土地の地盤沈下が増大した。
6 さらに、地下工事完成後シートパイルは引抜かれたが、この引抜きが、土砂流出によつて生じていた原告土地地盤中の空洞を一挙に崩壊させ、一時に強度の地盤沈下を発生させて、原告建物の被害を一挙に増大させた。
四、被告らの共同不法行為責任
1 被告土地付近一帯の前記のように軟弱な地盤において鉄筋コンクリート造地下室設置の高層建物を建築施工するにあたつては、深層に至る地下掘削、シートパイルの打込み・抜取りなどの工事が当然に伴い、この工事が隣接地である原告土地からの地下水及び多量の土砂の流出を生ぜしめ、しかもアースオーガーによつて穴を掘つてその穴にシートパイルを打込む工法を採るのであるから、これにより地中に生じた大規模な空隙を埋めるべく原告土地の地下水及び土砂がさらに流出移動し、これによつて原告土地の地盤が沈下し、地上の原告建物等の傾斜や損壊などの被害が生ずることは、経験則上当然に予想されるところであつた。
2 したがつて本件工事を施工するにあたつては、被告らは、被告間において、さらには原告との間において被害発生の予防措置を十分協議し、つぎのような方策をとるなどして被害の発生を防止する義務があつた。
(一) シートパイル打設にあたつては、あらかじめ原告土地境界付近一帯の地盤中に薬剤を注入して地盤の硬化及び水密性を完全にしたうえ、境界から十分離れた地点に打設する。
(二) 地下掘削にあたつては、ウエルポイント工法等の地下水面を低下させる工法を採用し、地下掘削面がつねに地下水位面より上部にあるような状態で施工する。
(三) 少なくとも被告建物を原告土地との境界から十分離した位置に建設し、土砂の流出移動に伴う原告建物等に対する影響を緩和する方策をとるか、境界付近において地下水と土砂の流出移動を完全に防止するシートパイル等を打設し、これを抜取らないで埋没させる方法をとる。
(四) いずれの方策を採用することも不可能であれば、工事施工前に原告の建物等を十分補強する防護措置を講じたうえでシートパイル打設及び地下掘削等の基礎工事に着手し、かつ、右防護措置は工事施工用のシートパイル抜取後も地盤が完全に安定するまでこれを保持する。
3 ところが被告らは、被害発生の予防措置について協議せず、右のいずれの被害防止策をもとらないまま工事施工に着手し、あまつさえ、シートパイル打設が開始されるや直ちに発生した被害をも無視し、原告の再三にわたる工事中止の要望をもかえりみず本件工事を強行し、その後被害の甚大さに驚いた原告からの強硬な工事中止の申入れによりやつと採用した新工法も効果がなく、さらに山留支保工の欠陥もあつて被害を増大させ、地下工事が完成した際にも、原告建物の被害を少しでも軽減させるという何らの配慮を払うことなくシートパイルを引抜いて被害を一挙に増大させたのであるから、被告らは、前記義務を怠つた共同不法行為者として本件工事により原告が被つた後記損害を賠償する責任がある。
五、被告長谷川の工事注文者責任
被告長谷川は、本件工事の注文者として被告会社に前記のような異常な工事施工を強行させたのみならず、原告建物等に前記被害が発生するや原告より被害予防措置を講ずるよう再三要請されたにもかかわらず、これを無視して本件工事を続行させ、かつ被告会社に対して強力に被害予防措置を講ずるよう指示することを怠り、ために原告に前記被害を被らせたものであるから、本件工事の注文又は指図につき過失があつたものであり、本件工事による原告の後記損害を賠償する責任がある。
六、被告らの工作物責任
1 隣接地たる原告土地との境界に密着し、ほとんど敷地一杯にわたり地下5.25メートルの深さの巨大な空間たる「穴」が掘削された被告土地、並びに右巨大な空間たる「穴」の側面土砂壁の崩壊を防護するため打設されたシートパイル及びこれが原告土地側からの土圧により南側に倒壊するのを防止するために設けられた山留支保工等の仮設用工事施設は、全体として土地の工作物に該当する。
2 本件工事施工地のような極めて密集した市街地でしかも含水量の多い軟弱地盤においては、右巨大な「穴」には隣接地からの地下水・土砂の流出に基づく地盤沈下により該地盤上の人及び建物等に対して工事災害を発生させる極めて大きな危険性が内在していた。したがつて右「穴」の掘削にあたつては、隣接地たる原告土地の地盤から地下水及び土砂が流出することを防止する方策並びに打設されたシートパイルが原告土地側からの土圧により南側(被告土地側)に倒壊するための物的設備が必要であつた。
3 ところが前記のように、右「穴」は原告土地に密着して掘削されたばかりか、シートパイルも継目が不完全で原告土地地盤中から「穴」に向けて大量の地下水・土砂が流出し、山留支保工の施工も不完全でシートパイルの南側への移動を許して原告土地地盤が同様移動し、この流出移動に伴い断続的な地盤沈下が進行中であつたにもかかわらず、地下工事が完成するやシートパイルは直ちに引抜かれたため原告の建物等の損壊が一挙に増大した。したがつて前記の土地工作物は、原告土地地盤からの地下水及び土砂の流出防止策並びにシートパイル倒壊防止のための物的設備を欠いたものであり、その設置又は保存に瑕疵があつた。
4 被告会社は、工事施工者であり右工事用施設を一体として管理していたものであるから、工作物の占有者として、また被告長谷川は、本件工事の注文者であり建設中の被告建物の所有者であるから、第一次的には工作物の占有者、第二次的には工作物の所有者として、それぞれ右瑕疵により原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。
七、損害
1 原告第二建物本体及び付属設備(ガレージの床コンクリート、ブロック塀、原告第一建物付属門柱を含む)補修費 金四四〇万〇、八八六円
原告は、その後原告第二建物を取壊してそのあとに入院室等に使用する建物を新築したが、少なくとも原告第二建物本体と付属設備の補修費相当の損害を被つたものであるところ、原告第二建物の損傷、とくに柱及び基礎の不等沈下並びにそれに基づく建物の傾斜を修復するには、一たん内外の壁を取除いて建物全体をジヤツキにより水平に持ち上げ、在来の基礎を掘出し、地盤を深く掘下げ十分な栗石をかませ突き固める改良をしたうえで、新基礎をなお進行中の地盤沈下に耐え得るような強固なものにし、さらに新築同様の左官工事等をする必要があり、その費用は、付属設備の補修をも含めて、合計金四四〇万〇、八八六六円を要する。
2 診療所経営の逸失利益等
金五九八万一、一〇〇円
原告は、原告第二建物の損壊により、昭和四八年一二月八日その一階に入院していた患者を原告第一建物の入院患者用病室に移転させ、かつ翌四九年六月一〇日には原告第二建物二階に寄宿させていた看護婦を収容するため他に寄宿を賃借したが、原告第二建物の使用不能期間中の損害は、昭和四八年一二月一〇日から翌四九年一〇月一〇日(建物修復の竣工予定日)までの一〇か月間で試算しても、少なくとも、(1)原告第二建物の一階入院室が使用不能となつたため、八名の収容能力ある病床を使用しなかつたことによる損害が金四二三万三、六〇〇円(一床一日当り一、七六四円)、(2)原告第二建物に入院していた患者五名を原告第一建物の上級室に収容し、これによつて上級室に入院する予定の患者の入院を断わつたことによる入院料差額の損害が金一五〇万円(一名一日当り一、〇〇〇円)、(3)建物修復のため看護婦宿舎を他の場所に求めたことによる増加経費が金二四万七、五〇〇円(賃料月額四万九、五〇〇円)の合計五九八万一、一〇〇円となる。
3 慰謝料 金一〇〇万円
原告は、被告らの本件工事により建物等に前記のとおり損傷を受け、とくに原告第二建物は完全に近いほど破壊されたため、同建物の入院患者を原告第一建物に避難させざるを得なくなり、その間患者からの苦情の処理、入院ベツト数の減少を来たしたための所管庁との折衝、並びに右建物改築等の手配などにより多大な精神的負担を受けた。さらに被告らは、本件工事により発生した被害の防止に対する交渉において誠意ある態度を示さず、その場のがれの主張を繰返し、本件工事を強硬に続行したため、原告は多くの時を浪費し、多大な精神的苦痛を受けた。これらの精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇〇万円を下らない。
4 弁護士費用 金一二〇万円
原告は被告らに対し、前記の建物復旧工事費について交渉をもつたが、被告らは誠意を示さなかつたので、原告は弁護士に本訴の提起を委任した。原告が本訴代理人らに支払う着手金・謝金・諸費用の合計は、少なくとも金一二〇万円を下らない。
八、よつて原告は、被告ら各自に対し、右損害合計金一、二五八万一、九八六円及びこのうち弁護士費用を除く金一、一三八万一、九八六円に対する本訴状送達の日の翌日(被告長谷川は昭和四九年八月二四日、被告会社は同月二七日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 請求原因に対する被告らの認否と主張<略>
第四 証拠関係<略>
理由
一事案の経過
請求原因一のうち原告建物の使用区分及び基礎工事・地階コンクリート打ち工事の完了日の点を除いたその余の事実、同二のうち原告第二建物に毀損が生じ被告がペントナイト工法を採用したこと、同三のうち被告土地付近の地下水の水位が地下二メートルであり、シートパイル打設箇所と原告ブロック塀との間隔は三〇センチメートルであつたことは、当事者間に争いがなく、この争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、つぎの事実が認められ、<証拠判断略>。
1 原告土地と被告土地とは、原告土地を北として19.3メートルの東西にわたる境界線により互いに隣接しているが、両土地付近の地盤は、地下一六メートル付近まで砂やシルトなどで構成される軟弱な地質をもち、地下水位も地下二メートルの位置にある含水量の多いところである。
2 原告は、原告土地上に昭和四四年建築にかゝる原告建物を所有し、ここで外科診療所を経営する医師であるが、そのうち原告第二建物は、原告土地の南西部に所在し、その南側壁面は右境界線から北へ約三〇センチメートルの位置にあつて、一階部分はコンクリート床の入院室、二階部分は看護婦宿舎として使用されていた。
被告長谷川は、被告土地上に木造二階建の建物を所有し、ここで家具商を営んでいたが、昭和四八年、これを取壊してそのあとに貸事務所として被告建物を建築する計画をたて、本件工事を被告会社に請負わせた。
そこで被告会社は、同年一〇月二五日ごろから右木造建物の取壊しを始め、同年一一月一九日には被告土地南東隅から西に向かつて基礎工事の土留シートパイルの打設を始めたが、被告会社が本件工事において採用した工法は、被告土地の前記地質を調査勘案して決められたものであつた。その間原告は、被告長谷川及び被告会社代表者平井隆雄より本件工事を施工する旨の挨拶を受けたので、日照の関係で被告建物と原告土地境界線との間隔を広くとり、かつ三階建の建物として四ないし六階部分は削除するよう設計変更されたい旨の申入れをし、これに対し被告らも検討する旨を答えたが、けつきよく設計変更はなされないまま本件工事が着手されるに至つた。
3 右シートパイルは、基礎工事部分の地下を掘削するに際し土留のためその周囲に打設されるものであるが、その打設方法は、あらかじめアースオーガー(らせん状の刃を回転させて地中に穴を掘る機械)により直径四〇センチメートル、長さ一〇メートル程度の穴を掘つたうえ、その中ヘシートパイルを挿入し最後に打撃を加えて固定させるものである。このシートパイル打設は、同月二六日には被告土地北端部(境界線から南へ約九〇センチメートル)を西隅から東へ約六メートルの位置にまで進行したが、そのころ右打設箇所に近い原告第二建物一階入院室の厚さ約一二センチメートルのコンクリート床に東西にわたつて幅五ないし六ミリメートルの割目が生じ、同建物外壁や境界付近に設置のブロック塀、その北側(原告第二建物の東側)のガレージのコンクリート床周辺にもひび割れが生じた。
そこで原告は、入院患者の訴えもあつて、同日、本件工事現場にいた被告長谷川の長男長谷川清及び被告会社現場監督の斉藤注也に対し、工事の中止を申入れたところ、斉藤注也は「社長に話して検討するが、工事は続けさせてほしい」旨を答え、被告会社は、翌二七日にはシートパイルの打設をいつたん中止し、被告会社代表者平井隆雄が被害現場を見分に来た。原告は同人に対し安全な他の施工方法をとることを申入れたが、その間にも割目の幅は徐々に広がつていつた。
しかし被告会社は、翌二八日朝、同じ工法でひきつづきシートパイルの打設を再開したため、原告は、入院患者数人とともに現場へ行き、これを中止させるとともに斉藤注也に対し安全な工法をとることを再度申入れた。これに対し斉藤注也は、謝罪するとともに「あと少しだから工事を続けさせてほしい」旨を再度述べ、また長谷川清は、同日午後、原告第二建物の入院患者に対して直接に、他の病室への転室を勧めるなどもしたが、被告会社は、原告の右申入れに応じてしばらく工事を中止した後、翌一二月二日、アースーオーガーにより掘つた穴の中へペントナイト(凝結剤)を注入する工法でシートパイルの打設を再開し、前記原告ブロツク塀に沿い境界線から約三〇センチメートルの位置を西から東へ打設を進め、同月五日右打設工事を完了した。しかしこの時点では、原告第二建物には前記割目などのほか、南側基礎部分が沈下して建物壁体との間に隙間が生じ、建物周囲のコンクリート(犬走り)や原告第一建物との接合部など各所に新たなひび割れ・隙間が生じ、ガレージ床とブロツク端の接合部にも隙間が生じるなどの被害が発生していた。
4 被告会社は、同月八日、基礎コンクリート杭(直径三五又は四五センチメートル、長さ二〇メートル)の打設を開始したが、打設開始箇所が原告第二建物に最も近い被告土地北西部であり、前記アースオーガー・ペントナイト工法を採るも杭打設の場合はかなりの回数の打撃を加えるため、強い振動が原告第二建物にも及び、建物がきしり、一階床の割目もさらに広がり、室内壁のベニヤ板がはがれるなどした。そこで原告は、入院患者中には歩行の困難な患者もあつて建物倒壊の恐怖心を訴えるなどしたため、建築技術者の小河原文夫に相談のうえ、これ以上ここに患者を収容しておくことは危険であると判断し、原告第二建物の入院患者を原告第一建物の入院室へ分散収容した。
そして原告は、同月一一日、被告長谷川を被申請人とし、さらに工事が進められれば建物倒壊のおそれがあるとして建築続行禁止仮処分を大阪地方裁判所に申請し、同月一三日の審尋の結果、被告長谷川は同月一五日までとりあえず工事を中断することとなつたが、同月一五日には、原告第二建物のコンクリート床の前記割目の幅は1.5ないし2センチメートルにまで広がり、同割目の南側床面は北側床面より一センチメートル沈下していたほか、その北側床面には新たな東西にわたる割目が生じ、東側入口の扉枠には扉を閉めたときその南側上端で〇センチメートル、下端で幅三センチメートルの三角形の隙間ができる歪みが生じるなど被害が拡大していた。
5 被告会社は同月一七日杭打設を再開、同月二一日にはこれを完了し、翌四九年一月六日から同月二五日までの間に地下を5.25メートルの深さまで掘削したが、その間にも原告第二建物等の前記割目やひび割れが広がり、また原告第二建物付近のシートパイルの継目からは掘削された穴の中へ地下水が土砂とともに流出していた。その後、被告建物の基礎及び地下一階部分のコンクリート工事が終つて、被告会社は同年三月一四日ころ、北西角の一部を残しシートパイルをほぼ全部撤去したが、右撤去にあたつては予めシートパイルに振動を加えたため、そのころ原告第二建物の南東角付近のモルタル壁が一部割れ落ちたりした。
6 被告長谷川と被告会社代表者平井隆雄は、地下関係の工事が終了したので、同月一八日原告方を訪れ、原告に被害を与えたことを謝罪するとともに、被害箇所の修理を申入れた。そこで原告は建築の専門家である山田幸男にその交渉を依頼したが、この交渉は具体的には進展せず、ただ当初問題となつた日照権の点については、同年一月一八日に原告が申請した仮処分事件において、同年五月一五日、被告長谷川が原告に対し金二〇〇万円の補償金を支払うことで裁判上の和解が成立した。
原告は、入院室の必要から原告第二建物をいつまでも放置することができないので、同年六月ごろ、これを取壊してそのあとに鉄筋コンクリート造三階建の建物を新築することとし、同月一〇日、二階に寄宿していた看護婦の当面の宿舎として原告土地西側にあるマンシヨンの一室を賃借した。そして同月八日及び一八日、小河原文夫らが原告第二建物等の被害状況を再度調査したところ、前記コンクリート床の割目の幅は、南側の一本が三ないし六センチメートル、北側の一本が二ないし2.7センチメートルに広がり、南側基礎はコンクリート床の南端から六センチメートル南に移動するとともに、上部の壁体との間に七センチメートルの隙間をつくり、一階東側出入口の扉枠の歪みは前記三センチメートルの箇所が8.5センチメートルとなり、南東角付近は基礎が破壊状態となつて周辺のモルタル壁も割れ落ちていたほか、建物各所のひび割れも大きくなつていた。そしてコンクリート床全体をみると、北端を基準として南端は10.2(南西角)ないし15.1(南東角)センチメートルもの沈下をしていることが判明した。
このあと原告は、原告第二建物を取壊して前記三階建建物を新築するとともに、ガレージのコンクリート床・ブロツク塀・門柱などの損傷部分を補修し、同年一二月一日からこの新築建物が使用できるようになつた。
二被告らの責任
右認定事実によれば、原告第二建物やその周辺及びガレージ床のコンクリートブロツク塀等の前記損傷は、被告会社の施工した本件工事(基礎工事)に起因する原告土地の地盤沈下により発生したことは明らかである。
そして被告会社は、右工事現場付近の地盤の軟弱な土質及び隣接地における原告第二建物等の存在・態様につき、右工事着工前に十分知悉しており、しかも工事施工中には原告から再三にわたり被害の模様を通告されて善処方を求めれら、被告会社代表者らも被害の実情を見分しているのであるから、建築業者としては、本件工事を施工するにあたつて隣地上の建物等に与える影響の有無・程度を予見し、さらに工事の施工中においても原告に及ぼす被害を可及的に防止・軽減・回避するため、高度の専門的な配慮・技術を駆使して、設計・施工をし、原告第二建物等の補強策を立て、また必要に応じて設計・施工方法の変更をするなど、適切な措置を講じなければならない義務があるものといわなければならない。ところが被告会社は、原告に被害が発生しはじめてからシートパイルの打設方法につき一部変更したのみで、それも原告の被害を軽減・回避するに効なく、そのほかに何らの適切な措置を講じたものとは認められず、ただ工事の続行を急ぎ、さらには地下掘削後シートパイルの継目の隙間から原告土地の地下水・土砂が流入していたなど施工方法の不備さえ見受けられるのであるから、前記義務を怠つたものといわざるを得ず、被告会社は民法七〇九条により、本件工事により原告の被つた後記損害の賠償責任を免れない。
また前記認定事実によれば、被告長谷川は、被告土地で家具商を営み原告第二建物等の存在・態様やその使用方法を知悉しており、また原告の右建物に接近して被告土地一杯に被告建物を建築することになれば、隣接地である原告土地及びその地上にあつて入院室等として使用されている建物などに被害が生ずるおそれのあることは、容易に知り得たはずであり、さらに基礎工事が着工されて間もなく、原告第二建物付近においてシートパイルが打設されたころに同建物に被害が生じたこと及びその後も工事の進行に伴い拡大していつたことは、同被告の長男長谷川清や被告会社を通じて逐一知り得たはずであるから、ただ専門家である被告会社に一任すれば足りるものではなく、原告に及ぼす被害を可及的に防止・軽減・回避するため、被告建物の設計段階においても、その後の施工段階においても、注文者として、被告会社の専門的知識を徴しつつ自ら積極的に本件工事の設計・施工に関与し、必要に応じて原告第二建物等の補強策を立て、さらに被害の発生した場合には設計・施工方法の変更を申入れるなどして、適切な注文をなすべき義務がある。ところが被告長谷川は、原告土地との境界線にきわめて近接した地点にシートパイルを打設する設計を容認し、しかも工事着工後もその施工方法等に積極的に関与したものとは認められず(<証拠>によつても、このことが窺われる)、むしろ<証拠>によれば、原告に生じた被害については後日補償することとして、工事費用節減のため工事の進行を急がせた気配さえ窺われるのであるから、前記注文者の義務を怠つたものといわざるを得ない。よつて原告のその余の主張について判断するまでもなく、被告長谷川は民法七〇九条、七一九条により、被告会社とともに、本件工事により原告の被つた後記損害の賠償責任を免れない。
三原告の損害
1 原告第二建物等の補償費
金四四〇万〇、八八六円
前記認定事実によれば、原告は、昭和四九年六月ごろ原告第二建物を取壊しそのあとに鉄筋コンクリート造三階建の建物を新築するなどしたのであるが、そのうち原告第二建物及びガレージの床コンクリート・ブロツク塀・門柱の補償費相当額は、本件工事により原告の被つた損害というべきである。そして<証拠>によれば、右補修費の額は金四四〇万〇、八八六円と認めるのが相当である。
もつとも<証拠>によれば、すでに地盤の沈下は収まり木造建築に通常必要とされる程度の基礎工事を施せば足りるとの趣旨から、金一一七万一、〇〇〇円で補修しうるというのであるが、<証拠>によれば、右新築建物の建築にあたつては相当大規模な基礎工事をしたにもかかわらず、右新築建物の一階周辺コンクリート(犬走り)には原告第二建物当時と同様の箇所にひび割れが生じたことが認められるから、必ずしも原告土地の地盤沈下が収まつたものとは認められず、また前記認定の被害の態様に照らしても、<証拠>は採用できない。
2 診療所経営の逸失利益等
金一六二万八、一二九円
前記認定事実によれば、原告第二建物の損壊により、原告は、昭和四八年一二月八日、その一階に収容していた入院患者を原告第一建物の入院室に収容し、翌四九年六月一〇日、原告第二建物を取壊・新築するにつき、その二階に寄宿していた看護婦の当面の宿舎として他に部屋を賃借し、同年一二月一日より新築建物が使用しうるようになつたのであるが、右入院患者の転室はその収容の性質上相当な措置であり、また看護婦宿舎の賃借は原告第二建物の補修の際にも当然必要な措置である。したがつて、同建物を補修したものと想定した場合、その竣工までの間同建物が使用できなかつたことによる損害は、本件工事により原告の被つた損害というべきであり、<証拠>に照らせば右竣工予定の日は早くとも同年九月末日と認めるのが相当である。
ところで、<証拠>によれば、原告第二建物入院室にはベツトが八床あり、昭和四六年一二月から同四八年一一月までの二年間では一日平均7.0床使用されていて、少なくとも一床一日あたり金一、七六四円の入院料収入があつたこと、原告第一建物入院室にはベツトが合計一〇床あり、右期間中一日平均5.4床使用されていて、右入院料のほかに上級室の差額として少なくとも一床一日あたり金一、〇〇〇円の収入があつたが、原告第二建物の入院患者を受入れた後の昭和四八年一二月から翌四九年一一月までの一年間では、一日平均9.7床使用され、そのうち右差額が徴収しえなかつたもの(本来は原告第二建物に収容すべきものとみなす)が4.8床、徴収しえたもの(もとより原告第一建物に収容すべきものとみなす)が4.9床であつたことが認められる。そうすると、原告第二建物の使用不能期間中においても、同建物で使用さるべきベツド数は一日7.0床、本来原告第一建物で使用さるべきベツド数は一日5.4床と認めるのが相当であるから、原告第一建物においては一日0.5床につき右差額を徴収しうる患者を、原告原告第二建物においては一日2.2床につき入院料だけの患者をそれぞれ収容できず、その分だけ入院料及び差額の収入を得られなかつたことが原告第二建物の使用不能による原告の逸失利益というべきであり、昭和四八年一二月九日から翌四九年九月三〇日までの二九六日間では、その額は金一五五万七、七八八円となる(2,764円×0.5床×296日+1,764円×2.2床×296日)。もつとも、医療法一三条が、診療所の管理者は、診療上やむを得ない事情がある場合を除いては、同一患者を四八時間をこえて収容しないようつとめなければならない旨を定めているにかかわらず、やむを得ない事情の存在について何ら主張立証のない本件において、<証拠>によれば、原告は同一患者を四八時間をこえて長期間収容し、右法条に違背していた事実が明白であるから、前示損害中少なくとも一割を下らない額は相当因果関係を欠くものと認めてこれを減額すべきであり、したがつて、相当因果関係のある逸失利益の額は金一四〇万二、〇〇九円(円未満切捨て)となる。
つぎに看護婦宿舎の賃借については、<証拠>によれば、原告は右賃料として昭和四九年六月より敷金なしで五か月分金二八万二、六五〇円を支払つていることが認められるから、そのうち同年九月分までの四か月分の賃料金二二万六、一二〇円が原告の被つた損害である。
3 慰謝料 金五〇万円
前記認定事実によれば、原告は、診療所を経営する医師として、本件工事により病室として使用している建物等に大きな被害を受け、そのため精神的に多大な苦痛を受けたことは容易に認められ、前記認定の諸事情を考慮すれば、これに対する慰謝料は、金五〇万円をもつて相当と認める(なおこの慰謝料は、前記認定の日照権関係の補償とは別個に考えるべきこと当然である)。
4 弁護士費用 金七〇万円
以上により、被告らは原告に対し、各自金六五二万九、〇一五円を支払う義務があるところ弁論の全趣旨によれば、被告らにおいて任意にその支払に応じないため、原告は本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、報酬等の支払を約したことが認められる。そして本件訴訟の経緯、認容額、その他諸般の事情を考慮すると、弁護士費用として被告らに賠償を求めうる金額は、金七〇万円が相当である。
四結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し前記損害額合計金七二二万九、〇一五円及び、そのうち弁護費用を除く六五二万九、〇一五円につき、被告長谷川に対しては昭和四九年八月二四日から、被告会社に対しては同年同月二七日から(本件記録上明らかな、各被告に対し本件訴状が送達された日の翌日)支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(仲江利政 高橋水枝 片山良廣)
目録<略>