大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)4489号 判決 1979年12月24日
原告
天田弘子
右訴訟代理人弁護士
海川道郎
同
河村武信
同
井上善雄
被告
湯浅電池株式会社
右代表者代表取締役
湯浅佑一
右訴訟代理人弁護士
守室美孝
同
北川邦男
同
松本俊正
右当事者間の頭書事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
1 原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。
2 被告は原告に対し、金四〇六万三六七六円及びこれに対する昭和四九年一〇月五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は原告に対し、昭和四九年八月二一日以降毎月二五日限り金一二万〇二八五円宛の金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 第2、3項につき仮執行宣言。
二 被告
主文と同旨。
第二主張
一 請求の原因
1 被告は、肩書地(略)に本社を置き、約三〇〇〇名の従業員を擁する蓄電池の製造等を業とする株式会社である。
原告は、大阪医科大学附属准看護婦学校を卒業し、准看護婦の資格を有する者であるが、昭和三九年九月四日、被告会社に雇傭され、昭和四五年一〇月まで被告会社本社の診療所(以下、本社診療所という。)に、同年一〇月から同社城西工場の診療所(以下、城西診療所という。)に看護婦として勤務していた。
2 ところが、被告は、原告に対し、昭和四六年一二月三日、諭旨解雇する旨の意思表示をし、同月四日以降の賃金の支払をせず、原告の就労を拒否している。
3 原告は、被告から昭和四六年一二月当時一か月金五万九九二五円の賃金の支払(支払期日毎月二五日)を受けていた。
被告は、従業員に対し、昭和四六年度(年末)、昭和四七年度、昭和四八年度、昭和四九年度(夏季)の各一時金を支払い、昭和四七年度以降定期昇給、ベースアップを実施したので、原告も他の従業員と同様に右一時金の支払と定期昇給、ベースアップに従った賃金の支払を受けることができるところ、昭和四六年一二月四日から昭和四九年八月二〇日までの賃金は金四〇六万三六七六円(内訳は別紙(略)(一)のとおり)であり、昭和四九年八月二一日以降の一か月の賃金は金一二万〇二八五円(内訳は別紙(二)のとおり)である。
4 よって、原告は被告に対し、原告が被告の従業員たる地位を有することの確認並びに昭和四六年一二月四日から昭和四九年八月二〇日までの賃金四〇六万三六七六円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年一〇月五日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金及び同年八月二一日以降毎月二五日限り一か月金一二万〇二八五円宛の賃金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2は認める。
2 同3は争う。
《以下事実略》
理由
一 請求原因1、2については当事者間に争いがない。
二 そこで、本件解雇処分の理由たる事実の存否について検討する。
抗弁事実のうち、被告が昭和四六年一二月三日、原告を諭旨解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないところ、原告は、右解雇理由となった事実の存在を争い、又は右事実が賞罰規程一〇条七号に該当しない旨抗争する。そこで、まず、右解雇理由となった事実の存否及び本件解雇決定までの経過について検討する。
1 解雇理由となった事実について
(一) 処分理由(一)の事実について
(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
原告は、昭和四三年一〇月から昭和四四年五月まで本社診療所外科部門において、同診療所長である田井医師のもと看護婦業務に従事していた。同診療所外科部門においては、従来外科器具等の消毒方法として、使用直前に当該器具を煮沸して消毒する、いわゆる煮沸消毒方法を採用していたところ、原告は、同診療所の特殊健康診断部門において、同部門担当者が昭和四三年頃からホギー滅菌バッグによる消毒方法を採用していることを知り、昭和四四年二月、田井所長の了解を得ることは勿論、何ら相談することもなしに、従来行なっていた煮沸消毒方法を改め、同診療所薬局に保管されていたホギー滅菌バッグを使用して、ピンセット、メス、止血鉗子、ステンレス製鋏など外科器具を消毒した。ちなみに、ホギー滅菌バッグによる消毒方法とは、ホギー滅菌バッグという紙袋に消毒すべき器具を入れ、右紙袋を約三五分間蒸気消毒機に入れて蒸気消毒した後、右消毒機中の蒸気を瞬間的に抜いて瞬間乾燥をさせるというものであり、販売会社のカタログによると、消毒器具に応じた多種類の滅菌バッグがあり、あらゆる資材(注射筒、メス、止血鉗子、ピンセット、コッヘル込ガーゼ綿球、ゴム手袋、ピペットなど)の消毒に使用でき、中身が見える画期的な製品である旨宣伝されている。
ところで、田井所長は、前同月頃、原告がピンセット、止血鉗子をホギー滅菌バッグによって消毒していることを知るに至ったものの、これを黙認して右器具を使用していたのであるが、その頃、メスを使用すべく原告をして取出させたところ、右メスは黒く錆ついて使用に耐えず捨てざるを得ない状況を呈していた。そこで、同所長は、右消毒方法においては、前記のような乾燥方法をとったとしても水分が残留し、そのために長期間保存した場合、刃のある器具についてはその部分が錆びるものと考え、原告に対し、メスについては右のように錆びるから右方法を用いてはならず、従来どおり煮沸消毒で行うよう注意、指示した。しかるに、数日後、使用すべく原告に取出させたメスも右同様に錆びているのを発見し、再度原告に対し、右と同旨の注意を与えたのであるが、さらに、その後に使用したメスも右同様に錆びていたので、原告に対し、「まだやっているのか、いい加減に止めなさい。」と注意した。
以上の事実を認めることができ、(証拠略)のうち、いずれも右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) 処分理由(二)の事実について
(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
昭和四四年四月一八日、被告会社第一事業部第二技術課機械係に所属する従業員増田勇は、旋盤作業中右手を旋盤に巻き込まれるという大けがをし、右機械係係長平手信行に付添われて、本社診療所へ赴き、外科担当医である田井所長の診察及び処置を受けた。同所長は、まず、増田をベッドに寝かせたうえ、しばらくの間ショックによって脳貧血症状を起さないかどうかを観察したところ、右症状を起さないものと考えられたので、局所を診察し、示指及び中指の負傷、特に中指の基節骨に骨折、転位(折れた骨の端がすれること)を認め、手術を必要とする旨判断したので、右部位をレントゲン撮影し確認することとし、増田の状況から脳貧血症状を起さないものと考え、増田に対し、ベッドに起き上がり、もし右症状を起さないならばレントゲン撮影を行う旨伝えたところ、増田は、ベッドに起き上がり大丈夫である旨述べ、外科診察室の向い側にあるレントゲン室へ徒歩にて赴いた。ところが、増田は、右診察室を出た付近において脳貧血を起し倒れたので、同所長は即刻、増田を看護してレントゲン室へ同行したうえ、レントゲンの撮影台に同人を寝かせ応急措置をした後外科診察室へ戻った。
そして、田井所長が机に向ってカルテに記入していたところ、原告は隣室から右診察室へ入って来て同所長に対し、「何故あんな処置をしたんですか。」と増田に対する右処置について詰問し、同所長がその処置について説明を始めるやそれを遮って、さらに「医者は治療の事ばかり考えますけど、看護婦は患者の立場で物事を考えます。」「だから、医者の指示に従えないこともある。」と言捨てるように告げ、ドアを激しく閉め退室した。その時、右診察室には右平手信行外二、三人が居合わせていたが、同所長は、原告の右発言に非常に立腹し、平手に対し、「いつもああいう態度で困ります。」と述べた。
以上の事実を認めることができ、(証拠略)はいずれも前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
なお、原告は田井所長に対し、自己の希望又は意見を述べたにすぎない旨主張するのであるが、右発言が原告主張のような趣旨でないことは右認定事実より明らかであり、右主張は採用し難いところである。
(三) 処分理由(三)の事実について
被告は、原告が田井所長外六名の医師、薬剤師、看護婦らに対し、中傷的な言動を発することが多かったので、これを不快に感じた右の者らが昭和四四年四月頃から退職を申し出た旨主張する。
確かに、(証拠略)によれば、原告が被告主張の医師、薬剤師、看護婦らに対し、自らの立場をわきまえず、いささか度を過ぎた、相手に不快感を味わわせる言動をとったことを窺うことはできる(なお、藤平医師、藤田薬剤師、土佐野看護婦に対する言動については、後記二2記載のとおり)。しかし、それ故に、右の者らが被告会社を退職し、或いは退職を申し出たとの点については、右各証拠中にこれに副う記載又は証言が存在するが、右証拠は、(証拠略)に照らすとにわかに措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
(四) 処分理由(四)の事実について
(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
原告は、昭和四五年一〇月、本社診療所から城西診療所へ配置転換となった。丁度その頃、梅毒流行の兆があったことから、窪田所長は、同年一一月頃、城西診療所において、原告、北嶋看護婦及び横山薬剤師を集めて梅毒の院内感染の防止について話をしたが、その際、原告から被告会社従業員について梅毒の血液検査をしてはどうかとの意見も出され、他の目的のためにする血液検査に便乗して右検査をすることなどが話合われた。これに対し、窪田所長は、右のように一般的な又は本人の同意なしに右検査をすることはできない旨話して右検査は実行しないこととすると共に、診療所に来る患者は全員梅毒患者だと思って器具の取扱いに十分注意するよう話をした。
しかるに、原告は、窪田所長の了解を得ることなしに、同僚の北嶋看護婦と協力し、肝機能の検査など血液検査を実施する患者について、梅毒に罹病している疑いのある者、すなわち、発疹のある者、兵役を終えた者及び独身者について適宜選択して、右肝機能検査などにワッセルマン検査を加えて日本臨床に検査依頼することとし、昭和四六年三月一〇日森島弥一郎、同月一九日野中覚一、同年六月一日大塚喜久治、同月二日宮本美雄、同月一八日浜田明男に対し、いずれも本人の同意を得ることもなしに右方法によりワッセルマン検査を実施した。
窪田所長は、右浜田明男に関する検査結果を偶々見るまで、原告が右のようにワッセルマン検査を実施していることを全く知らなかった。ちなみに、城西診療所において、同所長が患者を診察した結果、血液検査の必要があるとしてこれを実施する場合の手続は、同所長が「肝機能」「コレステロール」など検査種目を特定したうえ、看護婦に右検査種目を口頭又はカルテに書込んで指示し、これを受けた看護婦は、右検査に要する血液を患者から採取し、日本臨床に対する検査依頼書の検査種目該当欄に必要事項を記入した後、採取した血液と右依頼書を日本臨床へ送付して検査依頼することになっている。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する(証拠略)のうちいずれも右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
なお、附言するに、原告は、ワッセルマン検査を行うについては、昭和四五年一〇月、窪田所長が原告らに対し、その旨指示したと主張し、(証拠略)には右主張に副う部分が存するのであるが、仮に、原告主張のような指示がなされていたならば、同月直後頃から、或いは浜田に対する検査以降においても被検者の同意を得ることのないワッセルマン検査がたびたび実施されていても不思議ではないのに、同年一一月に一件が存する以外は前記認定にかかる検査以外に実施されておらず、浜田に対する右検査以降においては一件も実施されていないこと(<証拠略>)、窪田所長は前記認定にかかわるワッセルマン検査が実施されていたことを発見するや、城西診療所外において問題化したという訳でもないのに、保健所に問い合わせるなど右検査実施に対する対応に苦慮したことが窺われ(<人証略>)、同所長が右検査の指示をしていたとするならば、右行動を合理的に説明し得ないこと、以上の諸点からしても、(証拠略)の原告の主張に副う証拠はにわかに措信し難いものといわなければならない。
(五) 処分理由(五)の事実について
(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
窪田所長は、前記ワッセルマン検査の件及び後記処方箋の件(処分理由(八)の事実)が発生したことから、城西診療所における秩序の乱れを感じ、昭和四六年一〇月一日頃、その対策について中川郁夫総務部長代理(人事課長)及び久一同部長代理並びに田井所長に相談した結果、業務分担を明確にしてはどうかとの助言を得た。そこで、窪田所長は、同月五日午後零時過頃、城西診療所の従業員全員(原告、北嶋看護婦、中井薬剤師)を集合させ、業務分担として次のように指示した。すなわち、(1)窪田所長不在の際の管理業務は中井薬剤師が同所長に代って担当する。ただし、同所長不在の時に緊急事態が発生した場合には、田井所長又は高谷事務長(衛生検査係長)に連絡し、指示を仰ぐこと、(2)看護婦は診察業務の介助を担当すること、(3)健康管理業務は中井薬剤師が、職業病対策業務は窪田所長がそれぞれ担当すること、というものであった。
原告は、右指示を聞くや、やや興奮の様を呈し、同所長に対し、「看護婦が薬剤師の指示に従うなんてことは看護婦に対するものすごい侮辱です。」「先生の返答いかんによったら、全看護婦を動員してでも反対する。」などと言って右指示に反対の態度をとるので、同所長は原告に対し、中井薬剤師に右のような職務を分担させる理由を説明し、原告の右のような協調性のない性格の問題点を指摘するなどして、右指示を了解するよう午後三時三〇分頃まで話合ったが、遂に原告は右指示に同意しなかった。
そして、原告は、同年一一月一五日、ささいな事から中井薬剤師と紛争を生じさせ、同人に対し、「以前は田井先生を殺してやりたいと思うほど憎たらしいと思っていた、今あんたをそれ以上に憎んでいる。」などと告げると共に窪田所長に対し、中井薬剤師と一緒に仕事ができないから、本社診療所の藤田薬剤師と交代させて欲しい旨申し出たのである。
なお、被告会社社則によると、診療所長は所属の従業員の業務分担を指示する権限を有する旨規定されている。
以上の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
なお、原告は、右業務分担の指示について発言したのは、窪田所長に対し、中井薬剤師に同所長不在の場合の代行業務を担当させることについて、その理由を質問したものである旨主張するが、(証拠判断略)、他に右事実を認めるに足る証拠はなく、かえって、原告の発言が原告主張のような趣意において発せられたものでないことは、前記認定事実から明らかといわなければならない。
(六) 処分理由(六)の(1)、(2)及び(七)の事実について
(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
原告は、昭和四六年一月頃、窪田所長に対し、被告会社工場における騒音調査を行いたい旨申し出た。同所長は、原告の右申し出を了承し、原告に対し、「労働衛生ハンドブック」という参考文献を貸与し、右文献を読んで学習すること、騒音計は本社から取寄せてその取扱い方を修得したうえ、工場の中の何処が騒音が高いかを観察し、そこを基準にして全体の騒音を測定し、周波数別に分析するよう指示した。
ところで、被告会社における騒音調査は、騒音を発する場所とそこに働く従業員の聴力障害の因果関係を見出すために行われるものであり、したがって、まず、騒音の高い作業場の騒音を測定し、周波数を分析した結果、許容基準を越える騒音を発している作業場に働いている従業員を選択して聴力検査を行い、これによって聴力が落ちていると判明した者について、年令、作業歴、健康状況などを調査し、また、耳のどの部分に障害があるか診断したうえ、騒音との因果関係を判断し、内耳性の障害で騒音によって起った疑いの強い従業員についてのみ大阪医科大学附属病院耳鼻科において精密検査を受ける(医大受診)こととなるのである。
なお、右のように医大受診との認定は、諸々の事情を総合判断する必要があるため、田井所長と窪田所長がその任にあたっていた。
原告は、同年七月頃までに独自に騒音調査について学習し、問診表の原稿を作成して窪田所長に提示し、同所長から質問事項が主観的な事柄に関するものが多いため、客観的な解答が得られるよう検討し直してはどうかとの助言を得た。しかし、原告は、右助言を受け入れることなしに右原稿をそのまま印刷したうえ被告会社蓄電池課所属従業員に配付し、記入させた。さらに、原告は、同年八月三〇日、北嶋看護婦及び中井薬剤師の協力のもとに右蓄電池課において、リオン指示騒音計を使用して騒音測定を行い、そのうえで窪田所長に対し、聴力検査をしてもよいか申し出たところ、同所長から、騒音調査をしたのかどうか、したのならばその結果を提出するよう求められた。そこで、原告は、右騒音調査の結果を「職場騒音測定成績表」にまとめて同所長に提出したが、同所長から、右測定がいわゆるABC特性によるものであって、騒音調査としては正確でないから、再度測定し当初指示したとおり周波数分析すること、そしてその結果をグラフに作成すること及び聴力検査をする前に右調査を完了することを指示され、周波数分析の方法及びグラフの作成方法とその意義について教示を受けた。
なお、その頃、窪田所長は、蓄電池課長に対し、同課従業員について近く聴力検査を行うこととなる旨連絡をした。
しかるに、原告は、窪田所長の右指示に従い再度騒音調査をするなどの作業を了することなしに、同年九月一三日、蓄電池課従業員に対し聴力検査を実施し、その結果を問診表に書込んで同所長の閲覧に供した。同所長は、右結果を閲覧し、原告に対し、騒音調査が同所長の指示通りできているかどうか質問し、原告からできている旨の返答を得た。そこで、同所長は、それ以上に騒音調査結果表を提出させるなど確認の方法をとることなしに、右聴力検査結果について、一〇〇〇サイクルで二〇デシベル、四〇〇〇サイクルで四〇デシベルの音が聞えない人は精密検査をする必要が生ずるであろうとの趣旨(ただし、これが即、医大受診を意味するものではないが、この点に関する説明が十分なされたとはいえない。)をもつものとして「ふるい分け基準」を示し、右聴力検査の結果中から右基準に該当する中沢昭雄、吉田安高、奥野久雄、佐藤米蔵を選び出し、原告に右の者らについて再検査することを命じた。さらに、原告は、同月一六日、引続いて聴力検査を行い、その結果、右ふるい分け基準に該当する者として、弓崎スミ子、田尾寛次郎を選び出した。そして、窪田所長は、右再検査の実施について、蓄電池課長に対しその旨連絡した。
原告は、同月二〇日、吉田安高(同人については、耳疾患(中耳炎)があるため除外)を除く中沢昭雄外四名について再検査を実施し、佐藤米蔵、田尾寛次郎、弓崎スミ子が右基準に該当したので、大阪医科大学附属病院において精密検査を要するものと即断し、窪田所長に右検査結果を報告し又は了解を得ることなしに、右佐藤らに対し、医大受診を要する旨伝えた。
そのため、右佐藤らは、不安を感じ、同所長に対し右検査結果が正確であるかどうか問い合わせて来た。
原告は、右聴力検査を終えた後である同月二二日、リオン指示騒音計及び周波数分析器を使用して騒音調査を行なったが、その結果は、測定周波数の数が少ないこと、音に巾がないこと、グラフを作成していないことなど、同所長の指示に十分従ったものとはいえない、不十分なものであった。
原告は、同年一〇月五日、右聴力検査の結果を「騒音職場従事者検査成績」と題する書面(以下、聴力検査表という。)にまとめ、再検査においても前記ふるい分け基準に該当した者三名については医大受診と記載したうえ窪田所長に提出し、蓄電池課、労務課に提出してよいかどうか尋ねたところ、同所長から右検査結果の処理については田井所長と相談する故、右聴力検査表を窪田所長の机の上に置いておくよう命ぜられた。しかるに、原告は、右命に従わず、右聴力検査表を書直したうえ、庶務的な連絡等の際に使用するため調剤室の机の引出しに保管されていた同所長の印鑑を右聴力検査表の「診療所」との記載の横に押印し、「高谷様 田井先生にお渡し下さいませ。この一覧表が安・衛係に提出必要か否かは、クボタ先生から連絡されます。天田」と記載した附箋を右書面に添付して、高谷事務長に送付し、さらに、同人をして田井所長に送付させた。ちなみに、窪田所長の右印鑑は、同所長の承諾を得たうえ、看護婦らが必要箇所に押印する取扱いとなっていたが、原告は右聴力検査表に押印するに際して同所長の承諾を得ていないこと勿論である。
原告の行なった騒音調査、聴力検査は不十分なものであったため、後日、窪田所長は中井薬剤師らの補助のもとに約一か月半を費して実施し直すのやむなきに至った。
以上の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(七) 処分理由(八)の事実について
(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
原告及び北嶋看護婦は、昭和四六年九月二二日、窪田所長に対し、処方箋は医師が書くべきであるから、今後、原告らはこれを書かないので、同所長において書いて欲しい旨申し出た。同所長は、原告らにその理由を聞いたところ、原告らは、法律にその旨定まっていること、カルテによる調剤は誤りが生じることがあること、或いは原告らは職業病や健康管理の方の仕事をしたいからである旨答えた。そこで、同所長は、原告らに対し、法律の規定等を調査するから、その結論が出るまでとりあえず今までどおり記入しておくよう命じたが、原告らはこれに従わず、結局、中井薬剤師が原告らに代って記入した。なお、その後、原告らは、同所長から右結論について告げられることがなかった。
ところで、城西診療所においては、医師が一人であることから、医師から薬剤師に対する投薬の指示は、処方箋を作成することなくすべてカルテに記載し、これに従って薬剤師が調剤して投薬する、いわゆる院内処方の方法をとっていたものであり、原告ら看護婦が記載していた「処方箋」は、薬剤師による調剤が終った後に記載することとしていた処方の明細の控え(投薬明細の控え)であり、かつて保健所による監査の便宜のために作成することを求められたことから、本社診療所において使用している処方箋用紙を使用して作成していた。
その後、城西診療所においても、複数の医師が診療業務に関与することがあるようになったため、正規の処方箋を作成し、投薬する扱いに変更された。
以上の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(八) 処分理由(九)の事実について
(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
城西診療所においては、一年間に二度、鉛検診を行うこととされていた。鉛検診とは、被告会社において製造しているバッテリーの極板に鉛を使用している関係上、その鉛の人体に及ぼす影響を予防的に検査するものであるが、右検診は、本社衛生課から派遣された衛生検査技師によって実施され、その内容は問診票の記入、握力検査、尿検査及び血液検査であり、城西診療所の看護婦は例年右検査の補助を行なっていた。
窪田所長は、昭和四六年一〇月九日、鉛検診を同月一一日から四日間にわたって実施することとしたところ、同月九日朝、原告から右検診を診療所の廊下において実施しようとの申し出があったが、その後、同所長は中井薬剤師と相談のうえ、廊下で右検診を行うことは環境上好ましくないなどの配慮から、休養室の一室(昭和四三年頃から健康管理室又は検診室と称し、検診データの整理などを行なっていた部屋)で鉛検診を行うことに決め、原告には右決定について中井薬剤師から説明するよう指示し、かつ、右決定した鉛検診場所を高谷事務長に通知した。さらに、同所長は、原告が右決定に承服せず右検診当日休むかもしれないこと、そうなった場合、北嶋看護婦一人では診察業務と検診の補助の両方を処理することは困難であることを慮り、右鉛検診期間中は救急患者以外の診察業務は休診することとし、同月九日が土曜日であったことから即時その旨を社内放送を通じて従業員に通報した。
原告は、右放送を耳にし、何故看護婦に説明する前に右のような措置をとったか、と窪田所長に強く抗議した。そして、原告は、診察業務を休診するのであれば、狭い休養室において鉛検診をするのではなく、処置室において行なってはどうかと考え、同所長にその旨申し出たが、同所長は、救急患者が出た場合処置室を使用することとなることから、鉛検診のために処置室を使用することができない旨説明した。しかし、原告は、同所長の右説明を納得せず、鉛検診を実施する吉田衛生検査技師に電話し、処置室で検診を行うことは都合が悪いかどうかなどと問い合わせた。右電話を受けた右吉田技師は、先に高谷事務長から知らされていた場所と異る場所についての問い合わせであったところから不思議に思い、同月九日午後一〇時頃、同所長に検診場所を確認する旨の電話をかけた。
原告及び北嶋看護婦は、右検診期間中休暇を取り、また、休養室に置かれた原告らの私物を整理しなかったので、休養室を使用することができず、やむなく、鉛検診は、本社診療所から看護婦の応援を得て処置室において実施された。
なお、被告会社社則一七一条一項によると、診療所長は所管業務の執行計画を立案する、と規定されている。
以上の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
2 本件解雇処分決定までの経過
(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
原告は、本件診療所に勤務中、前記1二(一)(二)記載のような行為を行なった外に、同(三)記載のごとく医師、看護婦又は薬剤師に対し、不快感を味わわせるなどの言動、すなわち、昭和四五年二月頃、本社診療所における成人病検査の打合わせの席上、診療所所員全員の面前において、藤平医師に対し、「心電図をすぐ読めますか。」との発言をし、また、他の打合わせの席において、同医師が健康管理室を担当することとなった時、同医師に対し、「それじゃ労働衛生、産業衛生の勉強もしてもらわんといけませんね。」と発言し、さらに、同医師が患者に対してなした処方について、患者の面前で「先生この薬の量がちょっと多いんじゃありませんか。」と発言したこと、昭和四四年一月に被告会社に入社した藤田薬剤師が従来事務室で行なっていた薬剤購入管理業務を担当することとなり、購入先の薬品会社として三星堂を新たに加えたことから、原告は高谷事務長に対し、何ら根拠もないのに、藤田薬剤師が三星堂から賄賂をもらっているのではないかと告げたこと、原告は、昭和四三年頃、土佐野看護婦が授乳時間をとっていることについて恩着せがましいことを言ったことなどがあった。
そこで、田井所長は、原告に対し、その都度注意し、協調性をもつよう配慮していたのであるが、昭和四五年七月頃、原告を本社診療所において勤務させた場合には、職場秩序、協調性が保てなくなるおそれがあるものと判断し、人事課長に原告の配置転換を申し出たところ、配置換えの場所として考えられていた安全衛生係で受入を断られ、結局、窪田所長が原告に理解を示し、同年一〇月、原告を城西診療所へ配置転換したものである。右配置転換に際しては、労働組合委員長、人事課長、田井所長及び原告が集って話合いが持たれ、その際、原告に対し、本社診療所においては他の従業員との協調に欠けるところがあったが、城西診療所では窪田所長はじめ皆が歓迎すると言っているから行くようにと説得され、原告は右配置転換に納得のうえ応じたのである。
原告は、城西診療所において、前記二1(四)ないし(八)記載の行為をなしたのであるが、窪田所長は、原告に対し、右行為の都度又はその他の機会において、職場秩序を守り協調性をもつよう指導、忠告した。そして、昭和四六年九月、原告らが投薬明細の控えを記入しないと言い出したことなどについて、中川総務部長代理らと相談した結果、同人らから強く従うよう指導すべきであるとの助言を得、さらに、前記二1(五)記載のごとく職場秩序回復の措置をとるなどしたが、依然として原告の言動は改まらなかった。
中川総務部長代理は、同年一〇月二〇日、窪田所長から原告の言動について相談を受けたこともあったことから、原告と面接し、業務分担指示の件、ワッセルマン検査の件、騒音調査の件、鉛検診の件などについて原告の意見を聞くと共に、同所長の指示に従うべきである旨注意し、さらに同月二七日、再度原告と面接し、原告に対し、「言動が改まらない以上は賞罰問題にまで発展しかねない、むしろ自分から身を引いたらどうか」と任意退職を勧めたが、原告は、「退職の意思は全くない、会社は賞罰審査委員会でも何でも好きなようにやったらどうか」と返答した。
原告は、中川総務部長代理からの右事情聴取後の同月二九日、原告の従来の行為についての自己の見解を書面(証拠略)にまとめ、労働組合本部書記長円実宛に提出した。
昭和四六年一一月一五日、窪田所長、中井薬剤師及び労働組合高槻支部谷川支部長、阿部書記長は、中川総務部長代理と面接し、窪田所長、中井薬剤師から、前記二1(五)記載の原告との紛争によって、「原告とは一緒に仕事ができない、しばらく休暇が欲しい、このような状況では医療に対する責任が持てない、原告を会社で処分して欲しい」との申し出がなされ、また、谷川支部長から、「一体会社は何を考えているんだ」と被告会社の処置の遅れていることを批判する趣旨の発言がなされた。
原告らに対する「業務阻害及び職場秩序破壊行為」を議題とする賞罰審査委員会は、同月二四日午後零時四〇分から同三時一〇分まで、被告会社側から今井総務部長、中川、久一両総務部長代理外一名、労働組合側から府川中央執行委員長、円実書記長外三名が出席して被告会社本社第五会議室において開催され、まず、中川総務部長代理から原告及び北嶋看護婦の非行事実について説明がなされ、次いで田井所長から原告の行動を中心として、業務命令違反の事実、同僚との協調性に欠け同僚の業務をしばしば阻害したこと、他人を教唆して職場の騒ぎを大きくするトラブルメーカーであったことなどについて、具体的事実をあげて補足説明がなされ、労働組合側委員と被告会社側との間で質疑応答がなされた後、被告会社から原告の非行事実は賞罰規程一〇条七号に該当するとして、原告を諭旨解雇とするとの案が提出され、出席委員全員一致をもって、原告を諭旨解雇とする、ただし、退職金及び一二月三日に支給予定の年末賞与はいずれも全額支給する、原告に右決定内容を申し渡した際に、本人から自主的に退職を願い出た場合には依願退職の扱いとし、懲戒処分の取扱いはしない旨決定された。
そこで、中川及び久一両総務部長代理は、同年一一月二五日、被告会社第一応接室において、原告に対し、賞罰審査委員会の右決定内容について告知したが、その際、原告から任意退職をすることについては若干時間が欲しいとの申し出がなされ、翌二六日まで猶予することとしたが、同日には退職願は提出されず、結局、原告の申し出により同年一二月一七日まで退職願が提出されることを待ったが、右同日、原告に対し退職願を提出する意思のないことを確認のうえ、同月三日付の諭旨解雇の辞令を手交し前記賞与及び退職金の者全額を支払った。
以上の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三 次に、本件解雇処分の効力について判断する。
(証拠略)によると、被告会社の賞罰規程一〇条は、「従業員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇または諭旨解雇の処分を行なう。但し、反則行為が軽微でありまたは情状酌量の余地があると認められるときは、出勤停止又は減給処分に止めることがある。
(1たいし6省略)
7 正当な理由なく職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱し、乱そうとした者。
(8ないし14省略)」と規定されていることが認められるところ、処分理由(一)ないし(九)の事実が右規定に該当するかどうかについて考察する。
1 処分理由(一)の事実について
前記認定にかかる右事実は、結局のところ、原告は田井所長からメスの消毒方法としてホギー滅菌バッグを使用してはいけないと指示命令されたにも拘わらず、これに反し、改めて煮沸による消毒方法をとることなく、ホギー滅菌バッグによって消毒したメスを田井所長に提出したという点において、賞罰規程一〇条七号(以下、七号という。)所定の「正当な理由なく職務上の指示命令に従わなかった者」に該当するものというべきである。
2 処分理由(二)の事実について
前記認定にかかる右事実は、その事実自体から明らかなように、原告は田井所長のとった処置に何ら非難されるべき点がないにも拘わらず、また、専ら医師の判断に委ねられるべき診察事項について、同所長の説明を聞くこともせずに、他人の面前において同所長の診療行為を非難し、同所長を侮辱する言動をなしたものというべきであって、その点において、七号所定の「職場の秩序を乱した者」に該当するごと明らかといわなければならない。
なお、原告は、右発言はことさら田井所長を侮辱する目的でなしたものではなく、自己の職務に熱心であったことから少々興奮して述べたものであり、右発言自体職場における複雑な人間関係の中で日常往往みられる性質のものであるから、右規定に該当しないと主張するので按ずるに、原告が右発言を同所長を侮辱する目的でなしたものでないとしても、原告が自陳するとおり、職場における人間関係が複雑なものであることからすると、右のような発言をした場合、いかなる結果を生ぜしめるか(他人を侮辱することとなり、他人に不快感を味わわせることとなるかどうかなど)については容易に判断し得るところであるから、同所長を侮辱し、もって職場の秩序を乱すという結果を生じた以上、それが侮辱する目的でなされたものであるかどうか、また、興奮した状況においてなされたものであるかどうかに関係なく、七号所定の右処分理由に該当するものというべきである。
3 処分理由(三)の事実について
前記二(1)(三)において判断したところによると、原告の行為は未だ七号所定の懲戒理由に該当しないものというべきである。
4 処分理由(四)の事実について
前記認定にかかる右事実によると、血液検査等の検査事項は、医師の指示があった場合に実施し得るものであり、とりわけワッセルマン検査という個人の秘密にかかわる事柄を対象とすることが明らかな検査については、それ自体医師の指示命令があった場合に初めて実施できるものであるところ、原告は、窪田所長の何らの指示命令がないのに勝手にワッセルマン検査を実施したものであり、右検査の結果及びその保管方法いかんによっては、被告会社従業員に対し不安を抱かせるものであったことからすると、原告の右行為は、七号所定の「正当な理由なく職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱した」場合に該当するといわなければならない。
原告は、諸々の事情をあげて、原告が右行為を行なったとしても秘密にしなければならない検査結果を他に漏らしたという特別な事情がないから特に強く非難されるべきではないと主張する(抗弁に対する認否及び反論2(四)後段)が、医師又は看護婦の指示を受けて、傷病者らに対する療養上の世話又は診察の補助をなす(保健婦助産婦看護婦法五条、六条参照)という准看護婦業務の性格からして、仮にそれが善意であったとしても、医師の指示を受けることなしに自らの判断でワッセルマン検査を実施することは到底許されるものではなく、窪田所長が不注意によって浜田以外の者に対するワッセルマン検査結果を発見し得なかったとしても、右検査を行なっていないことを前提として事務処理を行なっていたことからすると、この点をとらえて同所長を非難することはあたらず、まして、原告の行為を何らかの意味においても正当化する事情足り得ないし、手術を受ける時などにワッセルマン検査が実施されているとしても、右のような場合には、患者は医師に対し検査等に関して必要な範囲において包括的な承認を与えているものと解するのが相当であり(ただし、この場合にも看護婦が勝手に右検査を行なってよいという訳ではない。)、さらに、ワッセルマン検査を受けることが結果的に患者の利益になることがあるとしても、これをもって個人の秘密にかかわる検査を受けることを拒む自由を侵し得るということができないことからすると、原告の掲げる諸事情をもって未だ右行為を正当化する理由とはなし得ないのである。
以上説示したとおり、原告の行為は、何ら弁解の余地のない行為であって強く非難されるべきものといわなければならない。
5 処分理由(五)の事実について
前記認定にかかる右事実によると、原告は、窪田所長がその権限に基づいて指示命令した業務分担に関し、正当な理由もないのにあくまでも反対する姿勢をとり、同所長及び同僚である中井薬剤師に対し、明確に反抗・対抗する旨の言動をとったものというべきであるから、右行為は、七号所定の「正当な理由なく職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱した」場合に該当するものというべきである。
6(一) 処分(六)(1)の事実について
前記認定にかかる右事実によると、原告は、騒音調査及び聴力検査をするにあたり窪田所長から調査方法について一般的或いは個別的な指示を受けたにも拘わらず、これを忠実に実行することなく、独自の学習に従った調査方法をとるなどしたため、結局、同所長は右調査等をやり直しするのやむなきに至ったものというべきである。しかしながら、他方、同所長は、原告に指示を与えはしたものの、右調査等が右指示通りなされているかどうかについて十分確認することなしに、次の段階への指示をし、段取りをつけるなど、いわば原告の任意にさせた後、最終的に右調査等が不十分であることを認識したとの指摘を免れ難く、加えて、原告は右調査等を初めてなすものであり、また、同所長は原告の性格が独断的に物事を処理するきらいのあることを認識していたと推認し得ることからすると、看護婦を指導、監督する地位にある同所長として、十分その職責を果たしたものといい得るかどうか大いに疑問の残るところといわなければならない。
以上の諸点を総合勘案すると、原告の右行為をとらえて、七号所定の懲戒理由に該当すると即断することはできない。
(二) 処分理由(六)(2)の事実について
前記認定にかかる右事実によると、原告が自らの判断で医大受診と決め付け、これを被検者に告知したことは非難に値する行為といわなければならないが、他方、窪田所長は原告に対し、聴力検査の再検査を命ずるに際し示したふるい分け基準について、右基準の趣旨及び医大受診を要する者の判定手続との関係を明確に説明しなかったため、原告をして、右基準に該当する者は大阪医科大学附属病院における精密検査を要する者との誤解を生じさせるところがなかったとはいえないというべきであり、原告が積極的に独自の判断で物事を処理するところがあることを十分理解していた窪田所長としては、右の場合原告に対し、さらに十分に意を尽して指示を与えるべきであったということができる。
そうすると、原告の右行為をもって七号所定の懲戒理由に該当するものということはできない。
7 処分理由(七)の事実について
前記認定にかかる右事実によると、原告は、窪田所長が机上に聴力検査表を置いておくようにと指示したにも拘わらず、独自の判断に基づき、聴力検査表に同所長の印鑑を押捺したうえ高谷事務長を経由して田井所長に送付したものということができるから、原告の右行為は、七号所定の「正当な理由なく指示命令に従わなかった」場合に該当するものというべきである。
なお、原告は、窪田所長は本社診療所へ送付してはいけないとは指示しておらず、聴力検査表を労務課等へ送付するかどうかについて、田井所長と相談してみると言ったから、これを積極的に受け止めて、内部資料として田井所長に送付したとしても非難するにあたらない旨主張するので按ずるに、窪田所長が原告に対し、聴力検査表を机上に置いておくように指示したことは前記認定のとおりであるところ、その指示をなすに至った同所長の内心の意思がいかなるものであるか、原告に説明をしなければならないというものでないことはいうまでもなく、右意思を十分推察又は理解することなしに、本来窪田所長の権限と責任において作成すべき文書を、同所長の了解を得ることなしに同所長の印鑑を押捺して送付する行為は、仮に原告が積極的な姿勢から行なったものであるとしても、何ら正当化することはできないものである。よって、原告の右主張は採用することができない。
8 処分理由(八)の事実について
前記認定にかかる右事実によると、原告らが投薬明細の控えに記入することを拒否した理由は、要するに、城西診療所における処方の方法が違法であること、右方法によると調剤に誤りを生じるおそれがあること、原告らが右業務に代えて他の業務に従事したいからであるということができるところ、窪田所長は、原告の右申し出に対し、同人を十分納得させるだけの説明をなし得ず、ただ調査するから従来通り行なっておくようにと指示したにすぎず、またその後においても原告に対し右説明をしてはいないこと、さらに、投薬明細の控えは、主として保健所の監査の用に供するために作成しているものであることからすると、城西診療所における処方の方法が適法なものであったとしても、原告の右行為をもって七号所定の懲戒理由にあたるとまでいうことはできない。
9 処分理由(九)の事実について
前記認定にかかる右事実によると、原告は自らの意思に反するとはいえ、窪田所長がその権限に基づいて決定した鉛検診の場所について、何ら権限なくこれを変更することを企て、城西診療所内の従業員間で議論するに止まらず、第三者である右検診担当者に対し右検診場所の当否を問い合わせ、同人をして右検診場所につき疑問をもたしめたことは、七号所定の「職場秩序を乱し、または乱そうとした」場合に該当するといわたければならない。
そうすると、前記認定にかかる処分理由(一)、(二)、(四)、(五)、(七)、(九)の各事実は、賞罰規程一〇条七号所定の懲戒理由に該当するものというべきであり、右処分理由の各事実自体職場秩序を乱すことは明らかであるところ、加えて前記(二2)認定事実から明らかなごとく、原告は、田井所長、窪田所長らの度重なる助言、指導にも拘らず、自らの非を自覚することなく、また、職場という団体生活の場において自ら協調性を発揮しようとする姿勢に欠けるものというべきであるから、右規程同条号但書所定の場合には該当しないものといわざるを得ず、よって、被告が原告に対し、同条号所定の諭旨解雇の処分をしたことは理由があるといわなければならない。
四 次に、再抗弁(解雇権の濫用)について検討する。
1 再抗弁1について
原告は、被告が従業員を懲戒(解雇)処分に付する場合には、被処分者に処分理由を明らかにして、弁明の機会を与えることが条理上及び労使慣行上要請されている旨主張するので按ずるに、そもそも使用者は、従業員について懲戒事由が存する場合には、これに対し懲戒処分をなし得ることはいうまでもないところ、右の場合に原告主張のような手続を要するかどうかは、結局のところ、右懲戒権の適正な行使を確保し、その濫用を防止するためにいかなる手続を予定すべきであるかということであり、その手続は、まず、当該労使関係において定立された規範に従うべきであり、原告主張のごとく労使関係の条理上必然的に被処分者に弁明の機会を与えなければならないということにはならないし、また、一般的にも被告会社においても右のような機会を与えるとの労使慣行が存在すると認めるべき証拠はない。
そこで、被告会社における懲戒(解雇)処分手続について考察するに、被告会社における従業員の懲戒に関する必要事項は賞罰規程(証拠略)に規定されているところ、同規程二条一項は、「従業員を……懲戒する場合は、賞罰審査委員会の審議を経なければならない。」と規定し、第四章賞罰審査委員会の章において、一一条は、委員会の目的として「賞罰審査委員会は賞罰の公正を期するため、この規程の定めるところにより……懲戒に関して審議するものとする。」と規定し、一二条は、右委員会の構成について、被告会社及び労働組合より選出される六名(又は四名)以内の委員会をもって構成するとし、一五条は、「委員会は必要に応じ関係者の出席を求め、説明又は意見をきくことがある。」と規定している。
右各規定の趣旨を総合すると、被告会社の懲戒手続においては、被処分者の説明又は意見を聞くかどうかは、労使同数の委員によって構成される委員会の判断に委ねられていると解するのが相当である。
原告に対する本件解雇処分についても、右規定に従い賞罰審査委員会を開催し、所定の手続を履践していること前記(二2)認定のとおりであるが、(証拠略)によれば、原告及びその関係者(田井所長を除く。)を右委員会に出頭させるかどうかについては、右委員会審議の冒頭協議され、被告会社提出資料が事実を客観的に伝えているのであれば必要がない旨出席者全員が了承し、原告らの出席を求めることなく審議していることが認められる。
そして、前記(二2)認定事実から明らかなように、右委員会開催に先立ち、被告会社中川総務部長代理は、原告から二度にわたり事情聴取し、また、原告は、自らの弁明を記載した書面(証拠略)を右委員会委員でもある労働組合書記長円実に提出しているのであり(したがって、労働組合側委員としては、右書面を検討したうえ委員会審議に臨んでいることが容易に推認される。)、さらに、(証拠略)によれば、労働組合側委員と被告会社との間において質疑応答がなされたうえ、原告を諭旨解雇処分とする旨決定されていることが明らかである。
以上の事実関係からすると、賞罰審査委員会が原告の出席を求めることがなかったとしても、被告が本件解雇処分をなすに際し、懲戒権の適正な行使を確保し得ない程に公平を失するものということはできず、また、右委員会審議は労使それぞれの立場を尊重し適正になされたものというべきであるから、何ら手続的適正を欠くところはないものといわなければならない。
2 再抗弁2について
前記(二2)認定の事実と(証拠略)を総合すると、前記認定にかかる賞罰規程一〇条七号に該当する処分理由となる事実については、賞罰審査委員会において審議されたものと認めることができる。
よって、原告の右主張は理由がない。
3 再抗弁3について
被告が昭和四五年一〇月一日、原告を城西診療所に配置転換した理由については、前記(二2)認定のごとく、原告をして協調性をもって職務に専念させると共に職場秩序を確保するためであって、何ら原告に不利益を及ぼす懲罰的な処分ではなく、また、原告自身田井所長らの説得に応じ納得して右配置換えに応じているのである。
よって、右配置転換をもって懲戒処分ということは到底できないから、本件解雇が二重処分であるとする原告の主張は理由がない。
4 再抗弁4について
原告の勤務する被告会社の診療所は、多数の従業員の生命、身体の安全にかかわる医療行為等をなす場所であって、それ故に秩序正しい、安定した職場であることを要するものといわなければならない。しかるに、前記認定事実から明らかなように、原告は、本社診療所及び城西診療所を通じて、田井所長、窪田所長らの助言、指導を受けながら、同所長らの指示に従わず、職場の秩序を乱し、又は乱そうとする行為を行なったものであり、その責任は、ひとえに原告自身にあるということができる。そして、このような原告の行動は、右診療所が少人数の人間によって構成されるところであるだけに、職場の秩序を乱し、もって職務の遂行を阻害するに至ること明白といわなければならない。
原告は、原告の右のような行動の原因が管理者である診療所長の管理能力の欠如ないしは低劣さにあると主張するのであるが、田井、窪田両診療所長の管理能力の有無が原告の右行動を生ぜしめたものでないことは、前記認定事実から明らかという外ないし、また、自らの行動の原因を他に転嫁するともいうべき原告の姿勢自体厳に慎しむべきものである。
さらに、被告は、原告を解雇処分に付するにあたり、懲戒処分を避けるべく原告の申し出により長期にわたりその発令を猶予しているのであり、また、最も重い懲戒解雇とするのではなく、退職金、年末賞与金を支給したうえ、諭旨解雇としているのである。
右のような諸点を総合すると、本件諭旨解雇は、何ら過大な処分ということはできないのである。
そうすると、原告の解雇権濫用の主張は理由がなく、採用することができない。
五 以上の次第で、被告が原告に対してした諭旨解雇の意思表示は有効であり、原告と被告の雇傭契約関係は右諭旨解雇により終了したものというべく、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 松山恒昭 裁判官 下山保男)