大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)803号 判決 1979年3月26日
原告 ナニワ観光事業株式会社
右代表者代表取締役 加藤三千子
原告 金澤尚淑
原告両名訴訟代理人弁護士 近藤正昭
同 三瀬顕
同 野間督司
同 下村末治
被告 丸和観光株式会社
右代表者代表取締役 和田良馬
<ほか三名>
被告四名訴訟代理人弁護士 杉谷義文
同 曾我乙彦
同 西畑肇
主文
一 被告丸和観光株式会社は原告らに対し、別紙物件目録(二)、(三)記載の建物を明渡し、同被告、同和田良馬、同和田百馬各自は原告らに対し、昭和四九年一月一日から右明渡済みに至るまで一か月一三六万三七五〇円の割合による金員を支払え。
二 被告協栄兄弟株式会社は原告らに対し、同目録(三)記載の建物を明渡し、被告丸和観光株式会社、同和田良馬、同和田百馬と連帯して前項の金員のうち昭和四九年一月一日から右明渡済みに至るまで一か月四八万三七五〇円の割合による金員を支払え。
三 被告丸和観光株式会社、同和田良馬、同和田百馬は原告ら各自に対し、各自一億二一一八万四〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
六 この判決は原告ら勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告丸和観光株式会社は原告らに対し、別紙物件目録(二)、(三)記載の建物を、被告協栄兄弟株式会社は同目録(三)記載の建物をそれぞれ明渡し、被告らは原告らに対し、各自昭和四九年一月一日から右明渡済みに至るまで一か月一七〇万円の割合による金員を支払え。
2 被告丸和観光株式会社、同和田良馬、同和田百馬は、原告ら各自に対し、各自三億八三二五万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告ナニワ観光株式会社(以下原告会社という。)は、別紙物件目録(一)記載の建物(通称ナニワビル、以下本件建物という。)を所有し、原告金澤は、昭和四四年一月三〇日これを賃借した。
2 原告金澤は、原告会社の承諾を得て、昭和四四年六月二七日、本件建物のうち別紙物件目録(二)記載の部分(以下単に二階部分という。)を被告丸和観光株式会社(以下被告丸和という。)に、昭和四五年五月一日、本件建物のうち同目録(三)記載の部分(以下単に一階部分という。)を被告丸和及び被告協栄兄弟株式会社(以下被告協栄という。)にそれぞれ賃貸して引渡し、被告和田良馬、被告和田百馬は、右各転貸借契約の際、右被告両会社が同契約に基き原告らに対して負担する債務について連帯して支払う旨約した。
3 原告会社と原告金澤、同原告と被告両会社の間の右各賃貸借契約は、本件建物が滅失したことにより終了した。
(一) 本件建物は、昭和四八年一二月二八日午前一〇時五三分頃、二階南東部分から出火し、同日午後四時三八分頃鎮火したものの、二階、三階、四階を全焼した。
(二) 本件建物は、いわゆる一時間耐火の建築物であるが、少なくとも四時間以上右火災による高熱にさらされたため、建物外部は形を保っているが、コンクリート床及び鉄骨に被覆したモルタルは剥離し、主要構造材である鉄骨は全体にわたって、いわゆる焼きなまし現象が生じて折曲し、構造耐力が著しく低下した。これを通常の使用に耐える強度の建物にするには、解体して新築するほかなく、本件建物は右火災により滅失した。
(三) 仮に、解体せず補修して従前通り使用が可能であるとしても、その工事のためには建築基準法等の改正により改正後の法規が適用され、これに適合させねばならず、右補修工事費用は再建築に要する費用の約六割に及ぶ。しかも、このような巨額の費用を投じて工事をしてもその耐用年数は再建築した場合と比較にならない程短いものであり、本件建物は、社会経済上の観点からみて滅失したと評価できる。
4 被告両会社の債務不履行、信頼関係の破壊
(一) 本件火災は、被告丸和が賃貸人である原告らを排除して、もっぱら支配管理していた二階南東部分から出火し、同被告は賃借人としての善良な管理者の注意義務を著しく怠っていた。
すなわち、二階へ至る非常用出入口は内側から施錠され、同被告が一階に専任の守衛を置き表入口からの出入りの者をチエックしていたから外部から出火場所へ侵入できる状況になく、現場には放火を疑わせる痕跡はなく、しかも、出火場所は平素火気がなく、漏電の可能性もなかったから、出火原因は、一応不明であるが、出火当時現場にいた同被告の従業員による失火ないし放火によるとしか考えられない。
(二) また、被告丸和の本件建物の管理はルーズで、守衛代行の山先信光は本件火災発生まで熟睡して任務を放棄し、火源が出火当日の午前九時以後に放置されたとすれば、守衛の藤井利雄が漫然と出入りの者をチェックしただけで防火責任を果していなかったことになり、これが本件火災を招いたと言うべきであり、本件火災を発見した従業員伊藤浩は消火器の使い方も知らず、その初期消火活動に問題があった。したがって、被告丸和に本件火災につき重大な過失があることは明らかである。
(三) 右状況からすれば、原告金澤と被告丸和との本件建物二階部分の賃貸借契約における信頼関係は破壊されたと言うべきである。
(四) 原告金澤と被告丸和との一階部分、二階部分の賃貸借契約は、一応、別個の契約で、一階部分について被告協栄も契約当事者となっているが、被告協栄は税務対策上の存在にすぎず、被告丸和が賃借部分を管理していたから、両者は当事者同一の同一ビルについての同種契約であり、便宜上別個の契約をしたにすぎない。したがって、被告丸和は、一階部分の契約においても債務不履行があり、原告金澤にその契約の継続を強いることは余りに酷であって、契約における信頼関係が破壊された。
(五) 原告金澤と被告協栄との一階部分の賃貸借契約において、同被告は、被告丸和と共同賃借人であり、不可分債務者間の一方である被告丸和に債務不履行事由があるから、当然、被告協栄にもその効力が及ぶ。
また、右賃貸借関係は、被告丸和の賃借契約と同一ビルの同種の契約であり、被告両会社は、会社役員が大半同族の者で占められ、代表者も兄弟であり、実質上同一会社と認められ、被告丸和が前記のように本件火災の責を負うべき場合に、被告協栄との賃貸借契約を維持させるのは原告金澤にとって酷であって、右契約における信頼関係も破壊されたと言うべきである。
5 原告金澤は被告両会社に対し、昭和四八年一二月三〇日付書面で本件建物一階部分の賃貸借契約を解除する旨意思表示し、同月三一日、右意思表示は被告両会社に到達した。
6 前記のような本件火災による本件建物の被害状況、出火状況、被告両会社の債務不履行等の諸事情からすれば、原告金澤には被告両会社に対し賃貸借契約の解約を申入れる正当な事由があり、右解除の意思表示は解約申入の趣旨を含んでいる。
7 被告丸和は、前記のように本件火災を惹起し善良な管理者としての注意義務に違反し、本件建物を滅失させ、その再建築には三億八三二五万五〇〇〇円を要するから、原告らに同額の損害を与えた。
なお、右費用は、鑑定時を基準とし、改正後の建築基準法、消防法等の規制基準に合致するよう再建築するに要するものであるが、被告丸和は、本件建物滅失後の建築価格の騰貴、規制基準の改正により新たな工事を要することを熟知するか、当然に予測しえた。
また、本件建物は、登記簿上一棟の建物で、一、二階部分と被告丸和の賃借していない他の部分は構造上不可分一体であり、二階から出火すれば当然に火が回るのであるから、本件火災により他の部分に生じた損害は、同被告の債務不履行により通常生ずべき損害であり、仮にそうでないとしても、損害の発生は予見可能である。
8 被告両会社は、本件建物が滅失したにもかかわらず、本件建物の一、二階部分を明渡さないため、原告らは再建築工事をして毎月一七〇万円の収益をあげられるのに、これが得られず、右収益相当額の損害を受けている。
仮に本件建物が滅失していないとしても、原告らは右と同額の家賃相当額の損害を受けている。
9 よって、原告会社は、本件建物所有権に基き、原告金澤との賃貸借契約の賃貸人として転借人に直接に、原告金澤は、転貸借契約の終了により、請求の趣旨記載のとおり被告両会社に対し建物明渡及び被告らに対し(被告和田良馬、同和田百馬に対しては連帯保証に基いて)損害金として解除(解約申入)の意思表示が到達した日の翌日である昭和四九年一月一日から右明渡済みまで毎月一七〇万円の割合による金員の支払を求め、原告らは、(原告会社は賃貸人として転借人に直接に)債務不履行による損害賠償として被告丸和に対し、また連帯保証に基いて被告和田良馬、同和田百馬に対し、各自三億八三二五万五〇〇〇円及びこれに対する請求が到達した日の翌日である同日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実を認める。
2 同3の事実のうち、本件建物が主張の日に主張部分から出火し、二階ないし四階が被災したこと、本件建物が外形を保っていることを認め、その余は否認する。
本件火災は短時間で消火し、本件建物は堅固な耐火構造物で、構造主体である鉄骨には耐火被覆があり、原告ら主張のような損傷は生じておらず、適当な小修理により復原可能である。
3 同4の事実のうち、被告丸和が一階に専任の守衛を置き出入をチェックしていたこと、出火場所には平素火気がなく漏電の可能性もなく、出火原因が不明であること、同被告が一階部分と二階部分につき別個の契約をしたこと、被告協栄が一階部分につき共同賃借人であることを認め、その余は否認する。
4 同5の事実は認める。
5 同6の事実は否認する。
6 同7の事実は否認する。
本件建物は修理により復原できるから、本件火災による損害は右修理工事に要する費用で算定すべきである。また、本件火災による被害は二階から四階にわたるが、債務不履行による賠償義務の発生は、当然、被告丸和の賃借部分に限られる。
7 同8の事実は否認する。
三 抗弁
被告丸和は、以下主張するとおり善良な管理者としての注意義務を尽し、責に帰すべき事由がなく、また、賃貸借関係における信頼関係を破壊していない。
1 本件建物の利用状況
本件建物は四階建で、被告丸和が一階をスナック「プチ」、二階をサパークラブ「紅花」として使用し、原告金澤が三、四階でサウナバスを営んでいたが、出火当時は休業していた。そして、本件建物西側に出入口があり各階へ通じる階段があるほか、東側に非常用出入口及び階段が設置され、これを原告金澤と被告丸和が共用し、第三者も非常用出入口から各階への出入りが可能であった。
2 本件建物の管理状況
被告丸和は、賃借部分に消火器等の防火設備をしていただけでなく、守衛二名(うち一名は藤井利雄で二五年間消防署勤務歴がある。)を二交代で一日中配置し、守衛が一階入口奥の守衛室で出入りする者をチェックし、火気のある所を定期、不定期に見回っていた。また、営業終了後、従業員が守衛の補助代行をすることもあった。被告丸和は、機会あるごとに従業員に対し火気に注意するように指示し、防火訓練をしていた。
原告らは、本件建物四階ボイラー室兼守衛室に管理人一名を置いて、三、四階を管理させ、同人はもっぱら非常用出入口、階段を利用していた。
3 本件火災の出火状況、出火原因
本件火災は、当日午前一一時一五分頃、二階ステージ横の通路付近で、通路から四〇センチメートル位奥に入り、ベニヤ板壁とコンクリート壁の間の二〇セシチメートル余りの隙間で床から三〇センチメートル位の高さの部分から突然火が上がって天井に達し、瞬時に燃え広がったものである。守衛の藤井は、直ちにこれを発見し、消防署に状況を適確に知らせ消火体制を取った。
右出火場所は、全く火気のない所であり、漏電の可能性もない。そして、外来者をすべて一階出入口でチェックしており、そこから不審者が入った事実はなく、従業員、客の不始末による失火とは考えられず、出火原因は不明であるが、誰かが出入りして失火したとすれば、非常用出入口から入ったとしか考えられない。
4 以上のとおり、被告丸和は、本件建物について賃借人としての善管義務を尽しており、本件火災の原因は不明であって、強いて言えば、原告らも共用して管理し第三者も出入りできた非常用出入口からの侵入者による不審火としか考えられず、賃借人にとって通常防止できない火災であって、このような原因不明もしくは防止できない火災についても被告丸和の責を問うことは、正義に反し信義則上酷に失すると言うべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実のうち、本件建物が四階建で、主張のとおり出入口、階段が設置され、被告丸和、原告金澤が主張のように使用し、非常用出入口、階段を共用していたこと、被告丸和が守衛を一階出入口奥に置き出入りをチェックさせていたこと、原告らが管理人を一名置き同人が非常用出入口、階段を利用していたこと、主張の場所付近から出火したこと、出火場所に火気がなく、漏電の可能性もなく、出火原因が不明であることを認め、その余は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
そこで、原告金澤と被告両会社間の本件建物一、二階部分の賃貸借契約が終了したか否かについて判断する。
二 まず、本件建物が昭和四八年一二月二八日、二階南東部分から出火し二階ないし四階が被災したことは当事者に争いがないので、右火災により本件建物が滅失し、右賃貸借契約が終了したかを検討する。
《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件建物は、鉄骨ブロック及びコンクリート造陸屋根一部亜鉛メッキ鋼板葺四階建店舗一棟であり、鉄骨造三階建(一部四階建)でナイトクラブとして使用するように計画され、昭和三八年九月一三日竣工し、その後浴場及びサウナ室を設けるべく、昭和四四年一一月二四日、四階の拡張増築工事が完工した。また、本件建物は、建築基準法上の耐火建築物であって、柱、床、梁等は通常の火災時の加熱に一時間以上耐える性能を有するいわゆる一時間耐火の建築物であり、鉄骨造の両面にモルタルを塗ることによりその性能を確保していた。
2 本件火災は、昭和四八年一二月二八日午前一一時一五分頃二階南東部分から出火し、同日午後四時三八分頃鎮火したものであり、二階内部を焼毀し、階段室の区画が木造であり防火戸がなかったため階段を通じて三、四階に延焼した。また、従前二階東側の天井の一部が吹上げになっていたものを被告丸和が賃借した際天井を造り仕切っていたが、その一部が焼け落ち、二階天井部に幅約一〇センチメートルで南北にのびる隙間が生じ、そこから火炎が上がり三階へ延焼した。
3 そのため、二階ないし四階の窓ガラスが割れて残存しないものの、本件建物の外形はそのままであるが、内部の木質部分は、二階ではほとんど、三階のかなりの部分、四階の一部が燃え落ち、二階全体、三階、四階の東側部分で被覆したモルタルが一部剥離し、亀裂が入り、鉄骨に直接火炎があたった。
その結果、二階ないし四階の主要構造材(主として大梁)を構成する鋼材の力学的性能については、引張試験の結果によれば、本件建物から採取した試験片は、おおむね、降伏点、引張強さ、伸びのJIS規格値を満足しているが(但し、採取した試験片一三のうち三階から採取した二つのものは、降伏点、引張強さでこれを満足しない)、引張歪度を測定して得るヤング係数の値については、日本建築学会制定の鋼構造設計基準(昭和四五年度)の制定値を満足せず、特に三階床大梁は大きく低下しており、右鋼材は力学的性能が低下した。
しかしながら、本件建物は、外形を保っており、地震、台風などの異常事態がなく、鉛直荷重だけの場合は倒壊するおそれがなく、従来通り再使用するため、建築基準法に合致させて復旧工事をする際、駆体構造上の安全性を欠く主要構造材は補強により再使用可能であり、本件火災による右のような鋼材の材質の弱質化は、これを理由に本件建物を取り毀わし再建築しなければならない程とは認められず、本件建物全体に補強を含む復旧工事をすれば、現行の鋼構造設計基準に準拠する構造計算によっても構造の安全を確かめることができ、従来通り本件建物を使用できる。
そして、従来通り使用に耐えるようにする復旧工事には、本件火災当時の評価で費用として、一億二一一八万四〇〇〇円を要し、従来通りの建物に再建築するに必要とする再建築費用は二億七一六万六〇〇〇円である。
なお、被告丸和は、本件火災後も本件建物一階部分で引き続き、スナック「プチ」を営業している。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
右認定の事実によれば、本件建物は、本件火災により長時間火熱にさらされ、二階から四階にわたって内部は相当毀損し、本件建物の主要構造材は材質の弱化をきたしたと認められるが、外形を維持し倒壊のおそれがなく、主要構造材は補強により再使用が可能であり、しかも、復旧工事をする方が再建築をするよりもかなり経済的であり、復旧工事費用は高額に及ぶものの、社会経済的な観点からは復旧工事が望ましく、それによって本件建物を従来通り使用できるから、本件建物は、本件火災により全体としてその効用を失い滅失したとは認められない。
したがって、原告らの本件建物が滅失したとの主張は失当である。
三 次に、被告丸和の本件建物賃借部分の管理状況、本件火災発生に至る経緯、出火原因について検討し、同被告に賃借人としての著しい義務違反があるかについて判断する。
本件建物が四階建で、被告丸和が一階をスナック「プチ」、二階をサパークラブ「紅花」として使用し、原告金澤が三、四階でサウナバスを営んでいたが、出火当時は休業していたこと、本件建物西側に出入口、階段があり、一階入口奥で被告丸和の守衛が出入りの者をチェックしていたこと、東側に非常用出入口、階段があり、これを原告らも共用していたこと、原告らが管理人を置き同人が非常用出入口、階段を使用していたこと、本件火災は本件建物南東部分から出火し、出火場所には平素火気がなく漏電の可能性もなく、出火原因は不明であること、以上の事実は当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 被告丸和の本件建物賃借部分の管理状況
被告丸和は、守衛二名を雇い二交代で勤務させ、守衛の藤井利雄は、勤務時間が午前九時から午後五時までで、一階西側玄関入口奥のクロークで業者等出入りの者をチェックし、盗難、火災予防のため賃借部分を見回り、各入口の鍵を保管し、出勤してきた従業員に仕事を引き継ぎ、同じく守衛の西本政雄は、午前零時から勤務を始め、午前九時に藤井に仕事を引き継ぐことになっていた。また、電気、照明係の従業員三名のうち一名が交代で中二階の照明室で宿直し、電気関係の事故に備えており、守衛が休むときに従業員がその代わりをすることもあった。
本件建物一階部分については、被告丸和がもっぱらこれを利用し、同所でスナック「プチ」を営業し、二階部分ではサパークラブ「紅花」を営業し、営業時間はともに午後六時から午前四時までであり、被告丸和は、それぞれに支配人を置いて防火責任者とし、営業時間中は各従業員が管理していたが、ともに西側入口を共用していることもあって、一階部分には専任の守衛を置かず、営業時間外は同一の守衛に看守させていた。
また、被告丸和は、従業員に月一回防火訓練をし、火気に注意するよう指示し、営業終了後には、キャンドル、灰皿に火気がないことを確認させ、灰皿の灰は専用の容器に捨てさせていた。消火設備として約二〇メートルの長さのホース二組と消火栓が二つあり、消火器約一五本を紅花店内各所に備えつけていた。
2 原告らの本件建物管理状況
原告らは、本件建物四階に管理人室を設け、管理人山田を常駐させ、山田は東側非常用出入口、階段を利用し、同出入口及び西側入口の鍵を預り管理していた。
3 本件火災に至る経緯
本件火災発生当日、守衛の西本が休み、営業の終了した午前四時から電気係の紅花従業員山先信光がこれを代行し、午前五時前頃、紅花支配人の塚越一乗が店内を見回り火気のないことを確認し、東側出入口の鍵をかけ山先に引き継ぎ、山先は、店内を見回り異常のないことを確認し、紅花店内から裏階段へ通じる入口、西側入口の鍵をかけたうえ照明室で就寝した。また、電気係の浜崎満平が当日宿直し、同じく照明室で就寝していた。翌朝午前九時、守衛の藤井が出勤し、山先が就寝したままなので引き継ぎを受けることなく、西側入口の鍵を開き、二階部分を見回ったが何の異常もなく、二階裏階段に通じる入口、裏出入口の鍵をあけて、本件建物東側へ出てゴミを入れるポリバケツを中へしまい、元通り裏出入口、裏階段からの入口に鍵をかけ、一階クロークに戻り出入りの者を看守していた。クリーニング屋、鮮魚商など業者四名が出入りしたが、いずれも用を済ませてすぐに帰った。また、紅花の調理人伊藤浩が同日午前四時店を閉じてから店を出て、寝ないでマージャンをした後午前一一時頃、浜崎と買い物に出かけるべく待ち合わせのため、紅花照明室を訪れた。伊藤は、喫煙癖があったが、浜崎の仕度ができるまでの間、二階トイレに入り、店内に置いてある楽器をいじって待っていたところ、午前一一時一五分頃、突然、二階店内南東角のボックス上、ベニヤ板壁に張りつけてあるビロードのカーテン上に、二〇センチメートル四方ぐらいの火を発見し、浜崎、藤井に出火を知らせ、浜崎に電気設備の通電を止めるよう連絡し、自ら厨房に行き備えつけていた消火器を持って出火場所に戻り、まだ出火の初期段階である状況を見て消火器による消火作業で消火が可能であると判断し、その操作にかかったが、その操作方法を知らず、手間どっているうちに火がカーテン上に広がったため消火をあきらめ現場を去った。藤井は、火事と聞いてクロークに備えつけていた消火器をもって現場へ駆けつけたが、火がすでにカーテン上で幅四メートル、高さ二メートルぐらいに広がり、天井に張っていた幕に燃え広がろうとしていたので、消火器による消火は不可能と判断し、直ちに一階へ降りて消防署への連絡を取った。山先は、就寝中に火事と聞いて直ちに避難した。出火当時、原告らの管理人山田が本件建物内にいたが、従業員以外の不審者を目撃した者は全くいない。
4 本件火災の出火原因
右出火場所に電気系統の設備はなく、漏電による出火の可能性はない。また、火気のある厨房とは壁をへだて、同所へは他から火が回ったことが焼燬状況から明らかであり、店内でもう一か所火気のある喫茶カウンターから出火場所はかなり離れている。出火場所付近を見回った藤井、近くにいた伊藤が煙、臭いなどの異常を出火を発見する以前に感じていないことから、長時間かけて燻焼して出火に至ったという可能性もなく、瞬時に燃え広がったことから接炎出火の可能性が強いが、現場には放火、失火の原因を認めるに足りる痕跡は残っておらず、出火場所の天井部に幅約一〇センチメートルの隙間があるが、これは本件火災により生じたと認められ、ここを通って三階から火源が来たとは考えられず、本件火災の出火原因は不明である。その後、伊藤は喫煙癖があったことから、失火の疑いで三回警察から任意の取調を受けた。
以上の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない(但し、証人伊藤浩の証言中、同人が最初天井から五〇センチメートルぐらい下方のカーテン上に火が見えたとの部分は、証人藤井の同人が見たカーテンの焼燬状況についての証言、証人大塚成昭の証言に照らし、たやすく措信できない)。
そこで、被告丸和に賃借人としての義務違反があるかについて考えるに、右事実によれば、本件火災の出火場所は、被告丸和が賃借し管理していた紅花の店内であり、原告らも共用する裏出入口階段から店内に入ることはできるが、裏階段から店内に入る入口は施錠され、同被告が鍵を保管し、出火当日も営業終了後施錠されたままで裏出入口から不審者が侵入できる状況にはなく、本件火災は、原告らを排除して同被告がもっぱら管理していた部分から出火したものである。
被告丸和は、賃借人として善良な管理者の注意をもって賃借物である本件建物一階部分、二階部分を保管する義務があり、右のように自己の賃借し排他的に支配する部分から出火し、前記二で認定したように構造上不可分である本件建物全体(一階、二階部分を含む)に、復旧に大修理を要するような被害を与えた場合には、その責を免れるためには、同被告において善良なる管理者としての注意を尽くし右火災が不可抗力によるなど責に帰すべき事由によらざることを立証しなければ右保管義務に違反したと認められるところ、右認定の事実の程度では、同被告が賃借部分について善良なる管理者の注意を尽くし、本件火災が不可抗力によるなどその責を負わせることが正義に反し信義則に反し責に帰すべき事由によるものではないと認めるに足りないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
なお、本件建物一階部分と二階部分の各賃貸借契約は、一棟のビルを主として一階部分と二階部分に分けて賃貸したもので、それぞれ明確に区分され各別に利用しうべきものであり、《証拠省略》によれば、賃貸借契約の時期も異なり、各別に賃料が定められていることが認められ、原告ら主張のように実質上一個の契約で便宜上別個の契約にしたにすぎないとは認められない。しかしながら、本件建物一階部分と二階部分は構造上不可分であり、その一方に火災が生じ重大な毀滅が生じた時は当然他方に影響が及び、一方を管理するにはこれと密接な関係にある他方についても管理上充分な注意を払うべきであり、しかも、被告丸和は、営業時間外には同一の守衛に看守させ、事実上一体として管理していたのであるから、本件建物二階部分で出火させこれを毀損し、その当然の結果として一階部分をも毀損したときは、その出火による毀損につき責に帰すべき事由によらざることを立証することを要し、その立証なきかぎり一階部分の賃借人としての保管義務、附随的な注意義務に違反しているか、信義則上保管義務違反と同視できるのであって、前記のように、同被告は、一階部分についても、保管義務違反の責を負うべきである。
そこで、右債務不履行が賃貸借契約を継続しがたい事由にあたるかについて検討する。
右認定の事実によれば、被告丸和は守衛を常駐させていたが、当日守衛の西本が休みその代行をした山先は、店内を見回り戸閉りをしたものの、午前五時頃就寝して任務を放棄し、出火まで眠ったままで守衛の藤井が出勤し勤務を解かれていたとはいえ、出火場所付近にいながら何ら消火活動をせず、第一発見者の伊藤は、私用で店内に入り、出火当時出火場所のもっとも近くにおり、出火直後にこれを発見しながら、消火設備を適切に使用せず、厨房にあった消火器の操作方法さえ知らず、失火の嫌疑をかけられる状況にあり、被告丸和の従業員に管理上の落度があって、同被告は、月一回防火訓練をするなどしていたとはいえ、防火に関する従業員への教育は不十分であったと認められる。そして、出火原因は不明であるが、当日の状況からすれば同被告の守衛が看守していた一階西側入口から店内に入った者による失火による可能性がもっとも強いと推認されることも合わせて考えると、同被告は、賃借部分の管理に落度があり本件火災を惹起したことにつき多大の責を負うべきであり、本件建物の毀損という結果の重大性からしても、同被告は、賃借部分の保管義務に違反したばかりか、賃貸借関係における信頼関係を破壊し、これを継続しがたい重大な事由があるというべきである。
四 次に、被告協栄に解除すべき事由があるかにつき判断する。
前記認定のように、被告協栄は、被告丸和とともに本件建物一階部分の共同賃借人であるが、被告丸和がもっぱらこれを利用し管理していたのであって、被告丸和が被告協栄の履行を代行していたと認められ、被告丸和に前記のような保管義務違反、不信行為が認められる以上、被告協栄も当然その責を負うべきであり、同被告にも賃貸借契約を継続しがたい重大な事由があるというべきである。
したがって、原告金澤は、被告両会社に対し本件建物一階、二階部分の各賃貸借契約を直ちに解除できると解するのが相当である。
五 原告金澤が被告両会社に対し、昭和四八年一二月三〇日付書面で、右各賃貸借契約を解除する旨意思表示し、同書面が同月三一日到達したことは当事者間に争いがない。右解除は有効であり、原告会社は、賃貸人として直接に転借人である被告両会社に対し転借物の返還を請求できるから、原告らに対し、被告丸和は本件建物一階、二階部分を、被告協栄は一階部分を明渡す義務があると認められる。
六 右明渡義務不履行による損害金について判断する。
《証拠省略》によれば、被告丸和は本件建物二階部分を賃料一か月八〇万円で、被告両会社は一階部分を賃料一か月四五万円で賃借し、賃料について、二階部分は昭和四四年七月一日から、一階部分は昭和四五年五月一日から五年間いずれも、公租公課、物価の変動にかかわらず毎年二・五パーセントずつ増額することを約していたと認められ、前記解除時の賃料は、二階部分につき一か月八八万円、一階部分につき一か月四八万三七五〇円であると認められ、他に右認定に反する証拠はない。したがって、被告丸和が本件建物二階部分を明渡さないことによる損害金は一か月八八万円、被告両会社が一階部分を明渡さないことによる損害金は、一か月四八万三七五〇円をもって相当と認められる。
原告らは、本件建物滅失を理由に再建築して利用することができないことによる損害金を主張するが、前記のように本件建物は滅失せず、修復可能であるから、原告らには被告両会社の賃借部分占有による家賃相当額の損害だけが認められ、その主張は理由がない。
よって、原告ら各自に対し、被告丸和は、解除の意思表示が到達した日の翌日である昭和四九年一月一日から本件建物一階、二階部分明渡済みに至るまで一か月一三六万三七五〇円の割合による損害金、被告協栄は被告丸和と連帯で、右金員のうち同日から本件建物一階部分明渡済みに至るまで一か月四八万三七五〇円の割合による損害金の支払義務が認められる。
七 原告らの主張する善管義務違反による損害賠償請求について判断する。
前記三で認定したところによると、被告丸和は、賃借人として善良な管理者の注意義務を怠り保管義務に違反して本件建物を毀損し、同被告は適法な転借人であるから原告金澤に対してだけでなく、賃貸人の原告会社に対しても直接に転借物を返還すべき義務を有し、善管義務を負っており、この義務に違反したというべきであるから、原告ら各自に対し本件火災による本件建物賃借部分の被害について賠償すべき義務がある。
そこで、損害額について検討する。前記二で認定したように、本件建物は本件火災により二階ないし四階が被災し、本件建物全体が毀損し、これを従来通り使用するためには、本件建物全体に復旧工事が必要であり、その費用として出火当時の評価で一億二一一八万四〇〇〇円を要するから、右額の賠償を命ずることにより、本件火災による毀損がなかったと同様の状態に復原することができる。したがって、被告丸和は、原告ら各自に対し本件火災により生じた毀損による被害につき賠償すべきであるから、右額の賠償義務が認められる。
なお、原告ら主張の損害額は再建築を前提とするもので相当ではなく、その主張に沿う《証拠省略》の記載は採用しがたい。また、原告らは現行の建築基準法、消防法等の規制基準に合致させるための新設備等の工事も含めて損害額を算定すべき旨主張するが、その賠償を認めるなら、原告らは復旧工事により従前通り使用できる建物に復原することにより利益を得られるばかりか、さらに規制基準に合致する新設備等を得てさらに利益を得ることになり、これは損害賠償を認める趣旨に反し、相当ではない。
他方、被告らは、賠償すべきは賃借部分に生じた被害に限定されるべき旨主張する。しかし、本件建物において一、二階部分と他の三、四階部分は構造上互いに維持存立していく上で不可分一体であり、本件火災は本件建物の防火構造上からみても不可避的に三、四階へ延焼し被害を生じたのであって、一、二階部分を従来通り使用するためには本件建物全体の復旧工事が必要であるから、被告丸和は賃借部分に限らず本件建物に生じた被害について賠償するのが相当である。
したがって、《証拠省略》によれば原告らが被告丸和に対し損害賠償を請求し、その意思表示が昭和四八年一二月三一日到達したことが認められるから、被告丸和は原告ら各自に対し、一億二一一八万四〇〇〇円及びこれに対する請求の到達した日の翌日である昭和四九年一月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
八 被告和田良馬、同和田百馬に対する請求について判断する。
右被告らは、被告両会社が本件建物一、二階部分の賃貸借契約において契約上負担すべき債務について連帯保証をしたから、被告丸和が負担する前記七認定の損害賠償債務について担保責任を負い、連帯して支払うべき義務が認められる。また、賃借物の返還義務も賃貸借契約上の義務であり、右被告らが担保責任を有するから、前記六認定の損害金債務についても連帯して支払うべき義務がある。
九 よって、原告らの被告両会社に対する本件建物一階、二階部分の明渡を求める請求は理由があるからこれを認容し、被告らに対する明渡遅延損害金請求は前記六で認定した限度、被告丸和、同和田良馬、同和田百馬に対する損害賠償請求は前記七で認定した限度でそれぞれ理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言について同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下郡山信夫 裁判官 辻忠雄 犬飼眞二)
<以下省略>