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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)1030号 判決 1977年2月25日

原告

(イギリス国)

ザ・ウエルカム・フアウンデーシヨン・リミテツド

右代表者

エム・ビー・ジヤクソン

右訴訟代理人弁護士

山下朝一

外三名

右原告輔佐人弁理士

赤岡迪夫

被告

帝国化学産業株式会社

右代表者

長瀬英之助

右訴訟代理人弁護士

内山弘

外一名

右被告輔佐人弁理士

斎藤二郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一原告が、特許第二七五九九一号、その発明の名称「ピラゾロー(3、4―d)―ピリミジン誘導体の製法」、出願日昭和三一年八月一〇日、出願番号(分割前)特願昭三一―二〇八四一号、(分割後)特願昭三四―二三〇〇一号、出願公告日昭和三五年一〇月二六日、出願公告番号特公昭三五―一六二三五号、原簿登録日昭和三六年五月一五日、優先権主張昭和三〇年八月一〇日(イギリス国)、特許請求の範囲

「4位置または6位置にメルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンをラネーニツケル触媒を使用して脱硫化することにより4位置または6位置のいずれかに水素原子を有する1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンを製造する方法」

とする特許権の特許権者であること、

被告が、昭和五〇年三月一日から同年一〇月二六日まで、業として、4―ヒドロキシー1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン(アロプリノール)を製造し、これを主成文として含有する製剤「ノイフアン」(商品名)を製造販売したこと、

右特許第二七五九九一号の原出願である昭和三一年特許願第二〇八四一号は、一九五五年(昭和三〇年)八月一〇日イギリス国に対しなした特許出願の仮明細書に基づき日本国に対しなされたものであるが、右原出願昭和三一年第二〇八四一号の審査の過程において審査官が原出願明細書には多種多岐に亘る方法が記載されているから、一に限定し、他は削除若しくは分割出願されたい旨の訂正指令を発したのに応じて、出願人は原出願を親出願として維持すると共に二つの分割出願をなし、親出願は出願公告昭三五―九四〇九号(乙第一三号証特許公報)の公告を経、特許第二六八九六号として特許され、分割の一は本件特許であつて出願公告昭三五―一六二三五号(甲第一号証の二、特許公報)の公告を経て特許第二七九九一号として特許され、本件特許と姉妹関係にある分割の他の一は出願公告昭和三五―一六二三四号(乙第二四号証特許公報)の公告を経て特許第二七五九九〇号として特許されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

第二本件特許発明の方法は、特許請求の範囲の記載によると、

(イ)  原料は「4位置または6位置にメルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン」

(ロ)  処理手段は、右原料を「ラネーニツケル触媒を使用して脱硫化する」

(ハ)  目的化合物は、「4位置または6位置のいずれかに水素原子を有する1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン」である。

第三1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンは、つぎの構造式を有する含窒素縮合複素環を有する化合物である。

すなわち、1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンは、元来4位置にも、6位置にも共に置換基を有しない化合物である。

ところが、特許請求の範囲には、原料物質につき、前記の如く、1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンの4位置又は6位置のいずれか一方について、メルカプト基または低級アルキルメルカプト基を有することを規定しているが、その他方の位置について何ら規定していない。

同様に、特許請求の範囲に、目的物質につき、前記の如く規定していて、他方の4位置または6位置については何ら規定していない。

そして、成立に争いない甲第一〇号証(ザ・ジヤーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ誌第七六巻一九五四年五六三三ないし五六三六頁)によると、本件特許の優先権主張日当時、既に、6―メルカプトプリンにラネーニツケルを加えて脱硫化することによりプリンが得られることが知られていたことが認められるのである。

原告は、本件特許発明は化学的類似方法であるという。

化学的類似方法とは、一般に、公知化合物に構造的に類似する化合物を既知の方法で製造するときに、生成物が公知の類似化合物からは予期されないような優れた性質を持つとき、その製造法は方法それ自体には特許性はなくても、生成物の効果をもつて、方法の効果として特許性があるものとされている。

そうすると、本件特許発明の目的化合物の特定ならびに、目的化合物の有用性が重要な意味を持つて来る。

4―ヒドロキシー1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン(アロプリノール)は、4位置に水酸基、6位置に水素原子を有する1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンであるが、本件特許発明の目的物質に含まれるかどうかは、前記の事由により、特許請求の範囲の記載だけでは一義的に断定することができず、更に検討を要する。

原告は、本件特許発明の本質ならびに開示についてつぎの如く主張する。

本件特許発明は、プリン代謝拮抗物質としての、モノ置換ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン誘導体を製造する方法に関する点にその発明の本質があり、4位置または6位置はメルカプト基又は低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンを脱硫化して、かかるモノ置換ピリミジン誘導体を得るものである。その有用性については、本件特許の分割前の原出願明細書に、「或る新規な1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジン類がプリン合成に於ける抗新陣代謝物質として有用な性質を有することを知つた。例えばこれらの化合物はアデニンの4―アミノ誘導体、ハイポキサンチンの4―ヒドロキシ誘導体及びグアニンの4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体の様な相当するプリンの抗新陣代謝物質である。前記化合物は同様に乳酸及びバクテリアの作用を阻止する」と記載してある。アロプリノールの本件特許方法による製法は、4―ヒドロキシー6―メルカプト―1ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンを原料として、これをラネーニツケル触媒を使用して脱硫化することにより得られるのである。右原料の製造方法は本件特許明細書に記載してある。尤も、4、6―ジヒドロキシー1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することにより直ちにはアロプリノールの原料である4―ヒドロキシー6―メルカプト体を生成せしめることができないが、右の原料は前記方法により得られる4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンを加水分解することによつて得られ(別紙第二径路)、あるいはまた、右4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンをアンモノリシスして、4―アミノ―6―メルカプト―1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンを生成せしめたうえ、この物質を水酸化ナトリウム処理することによつても得られる(同第三径路)。更にまた、右原料は、4、6―ジヒドロキシー1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンを塩素化して、4、6―ジクロロ化合物となし、これを加水分解して4―ヒドロキシ―6―クロロ化合物となし、これを硫化することによつても得られる(同第一径路)。そして右出発物質の4、6―ジヒドロキシー1―ピラゾロー(3、4―d)ピリジンや4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンはいずれも本件特許の明細書の詳細な説明に記載されており、これを出発物質として右第一ないし三の径路によりアロプリノールの原料を製造する各手段は、本件特許の優先権主張日自明のものであり、ピリミジンン誘導体の製造に関する技術分野における公知の化学反応についての一般理論を知り、そのプラクテイスを身につけ、右技術分野における通常の技術文献を自己の知識としている者であれば、本件特許の明細書の記載のみに基づいて直ちに了知し得るものである、と。

被告は、右原告の主張を争い、つぎの如く主張する。

本件特許明細書には、アロプリノールの有用性ならびにその製造方法についてなんら具体的に記載されていない。のみならず、原告主張の原料を用いてアロプリノールを製造する方法は、本件特許の分割前の原出願の明細書にも、更にまた本件特許の優先権主張の基礎とするイギリス国特許出願仮明細書中にも記載されていない。もつとも右原出願明細書ならびにイギリス国特許仮明細書中にいずれも実施例9にアロプリノールを目的物質とする製造が記載されていたが、それは、本件特許発明の実施例の目的物質である。4―アミノ―1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンを原料とし、これに〇、二N硫酸中で亜硫酸カリウムを加え、更に反応混合物に水酸化アンモニウムを添加して製造するという方法であつた。すなわち、本件特許発明の方法により、直ちにアロプリノールを製造するという方法とは異なる。そして本件特許の実施例は、原出願明細書ならびにイギリス国特許出願仮明細書中には、実施例8として、別に記載されていた。また、本件特許発明明細書に、その目的物質の有する薬効として「プリン合成における抗新陳代謝物質」と記載しているが、それは核酸代謝を意識したものであり、これにより期待される薬効は核酸の代謝が旺盛なことによつて生じる悪性腫瘍ないし癌に対する治療効果である。したがつて、アロプリノールに対応するプリン誘導体であるヒポキサンチンは、キサンチンを経て尿酸に変化して排泄されるから、この機序からみてアロプリノールに抗腫瘍剤や制癌剤としての強力な作用は到底期待しえないので、本件特許明細書にアロプリノールの薬効について触れずその物質を本件特許発明の中に含めて出願しなかつたのは意識して削除したものである、等。

特許法第一〇四条は、「物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られるものでないときは、その物と同一の物は、その方法により生産したものと推定する。」と規定している。

ところで、特許法三六条四項は、明細書の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないと規定し、同第五項には、特許請求の範囲には、「発明の詳細な説明に記載した発明」の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないと規定している。

右の規定によれば、特許請求の範囲の記載が意味する内容は、発明の詳細な説明の項に記載された発明の開示の射程距離の範囲を越えてはならないことが明らかである。換言すれば、特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明により支持されていなければならない。

特許法一〇四条の推定の規定は、右の事項を当然の前提とするものと解すべきである。

アロプリノールが本件特許の優先権主張日、日本国内において公然知られていなかつた事実については、被告は明らかに争わないので、これを自白したものとみなされる。

しかし、本件においては、アロプリノールについて、適法に特許法一〇四条の推定を適用し得るためには、右の事実のほか、アロプリノールが単に文言上、本件特許請求の範囲に記載の目的物の表現に包含されるというだけではなく、その有用性ならびに、アロプリノールを本件特許方法により製造するための原料、処理手段、目的物からなるその製造方法が、その分割出願たる本件特許の明細書に明記してあるか、少くとも優先権主張日平均的当事者が容易に理解し得る程度に開示してあり、且つその開示内容が分割前の原出願明細書にも記載されているか、少くとも開示されていると解される記載があり、更に、原出願が優先権主張の基礎とするイギリス国出願仮明細書の全体のなかに明らかにされていて、これに根拠を置くものでなければならない。

第四そこで、先ず本件特許の優先権主張日における技術水準についてみる。

(1)  成立に争いない甲第七号証(ジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ第七一巻二二七九ないし二二八二頁)によると、その(4―アミノー2、―チオールピリミジン類」と題する報文に、2―4―ジチオールキナゾリンをアンモニアで処理することにより、4―アミノー2―チオールキナゾリンが得られ、該4―アミノ―2―チオールキナゾリンのアミノ基を塩酸を用いて加水分解すれば4―ヒドロキシー2―チオールキナゾリンが得られることが記載されている。

これは、ピリミジン環の2位と4位とにチオール基すなわちメルカプト基を有する化合物をアンモニアで処理する場合4位のメルカプト基が優先して攻撃を受け、4―アミノ―メルカプト化合物を生成することを知ることができる。そして、右の反応はメルカプト基の、アミノ基による芳香族求核置換反応であり、4位のメルカプト基が優先して攻撃試薬であるアンモニアにより置換されるという事実は、ピリミジン環の4位の炭素原子は2位の炭素原子よりも構造上一層活性化されており、求核置換反応がおこり易い部位であることを示していると解することができる。

(2)  成立に争いない甲第八号証の一ないし三(ケミカル・レビユース第四九巻表紙、二七五頁、二七六頁および三四〇頁)によると、芳香族置換反応における大よその反応性減少の順序に配列した重要な求核試薬の表が記載されており、これによると、アミドイオン……水酸イオン……アンモニアの順に求核試薬として反応性が小さいことが示されている。

そうすると、2、4―ジメルカプトピリミジンに水酸イオンを攻撃試薬として使用すれば、芳香族求核置換反応がおこり、右原料の4位のみを選択的に水酸基に置換できることを知ることができる。

(3)  成立に争いない甲第一三号証の六(ジヤーナル、オブ・ザ・ケミカル・ソサイエテイ誌、一九四三年五七四、五七五頁)によると、4、6―ジヒドロキシピリミジンをオキシ塩化リン、ジメチルアニリンで処理すると、4、6―ジクロルピリミジンが得られる旨記載されており、

成立に争いない同号証の七(同誌一九四四年六七八ないし六七九頁)によると、5―ニトロ―4、6―ジヒドロキシー2―メチルピリミジンをオキシ塩化リンとジメチアルリニンで処理すると、5―ニトロ―4、6―ジクロルー2―メチルピリミジンが得られることが記されており、

成立に争いない同号証の八(同誌一九五三年一六四六頁)による、5―ブロムウラシルをオキシ塩化リンとジメチルアニリンで処理すると、5―ブロム―2、4―ジクロピリミジンが得られることが記されており、

成立に争いない同号証の九(ジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ誌、一九五一年、二九三六、二九三七頁)によると、尿酸をオキシ塩化リンとジメチルアニリンで処理すると、2、6、8―トリクロルプリンが得られることが記されている。

また成立に争いない同号証の一一(ジヤーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサイエテイ誌一九三八年六九二ないし六九四頁)によると、2、6―ジクロル―9―メチルブリンを水酸化ナトリウムで加水分解すると、2―クロル―6―ヒドロキシー9―メチルブリンが得られることが記されており、

成立に争ないない同号証の一二(ベリヒテ誌三〇巻一八九七年二四〇〇ないし二四一九頁)によると、2、6―ジクロル―7―メチルプリンを水酸化ナトリウムで加水分解すると、2―クロルー6―ヒドロキシ―7―メチルプリンが得られることが記されている。

更に、成立に争いない同号証の一三(ベリヒテ誌三一巻一八九八年、四三一頁ないし四四六頁)によると、7―メチル―2、6―ジクロルプリンを硫化水素カリウムで処理すると7―メチル―6―メルカプト―2―クロルプリンが得られ、更にこれを硫化水素カリウムで硫化すると7―メチル―2、6―ジメルカプトプリンが得られることが記されており、

成立に争いない同号証の一四(ベリヒテ誌、三二巻、一八九九年二九二一ないし二九三五頁)によると、4―メチル2、6―ジクロルピリミジンを硫化水素カリウムで硫化すると、4―メチル―2、6―ジメルカプトピリミジンが得られることが記されており、

成立に争いない同号証の一五(ベリヒテ誌一九〇一年三四巻三九五六ないし三九六三頁)によると、4、6―ジメチル―2―クロルピリミジンを硫化水素で硫化すると、4、6―ジメチル―2―メルカプトピリミジンが得られることが記されており、

成立に争いない同号証の一六(ジヤーナル・オブ・ザ・アメリカン・ケミカルソサイエテイ誌、七二巻、一九五〇年、四八九〇ないし四八九二頁)によると、2―クロルピリミジンを、硫化水素、水酸化ナトリウム、メタノールを用いて硫化することにより2―ピリミジンチオールが得られることが記されている。

(4)  また、既述の如く甲第一〇号証(ザ・ジヤーナル、オブ・ザ・アメリカン・ソサイエテイ誌七六巻一九五四年五六三三ないし五六三六頁)によると、6―メルカプトプリンにラネーニツケルを加えて脱硫化するとプリンが得られることが記されており、その実施例が示されている。

第五本件特許公報(甲第一号証の二)により、その発明の詳細な説明の項の記載を検討する。

一冒頭の「本発明はピリミジン誘導体の製法に関するものである。」との記載は、本発明が属する技術分野を言つたに過ぎず、本発明の目的物質が、ピリミジン誘導体のすべてに及ぶものと解せられないことは明らかである。

ついで、「本発明者は研究の結果或る種の新規1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体がプリン合成における抗新陳代謝物質(antimetabolite)として有用な性質を有することを知つた。例えば相当する4―アミノ誘導体はアデニンの抗新陳代謝物質であり、また相当する4―アミノ―6ヒドロキシ誘導体はグアニンの抗新陳代謝物質である。これらの化合物はまた乳酸バクテリアの生長を阻止する」と記載し、本発明に係る目的物質の有用性について説明している。ところが、その有用性ありとして説明するところの物質は、「或る種の新規1―ピラゾロー(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体」であつて、アロプリノール、すなわち、4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンはアミノ基を有せず、右有用性ありと記載された物質に含まれない。その他のアロプリノールの有用性については触れた記載はない。

二つぎに、「これらの化合物は新規な中間体ピラゾール―3、4ジカルボキサマイドを次亜塩素酸ナトリウムで処理することによつて4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを有利に合成することが出来、而してこの化合物は例えば五硫化燐と加熱することによつて核水酸基の一方又は双方をメルカプト基に変えることが出来、更に低級アルキルハロゲン化物によつてアルキル化して該メルカプト基の一方又は双方を低級アルキルメルカプト基に変えることが出来る。」と記載し、本件特許発明の製法に用いる原料の製造方法について教示している。

右記載によれば、4、6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することにより、該水酸基のうち、何れか一方がメルカプト基に変つた化合物として

(イ)  4―メルカプト―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(ロ)  4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

の二種類と、前記水酸基の双方がメルカプト基に変つた

(ハ)  4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

が得られる趣旨になる。

三つぎに、「本発明者は研究の結果4位置または6位置のいずれかにメルカプト基または低級アルキルメルカプト基が置換されている1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをラネーニツケル触媒を使用して接触脱硫化することによつて、その4位置または6位置のいずれかが置換されていない1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを製造し得ることを知つた」と記載されているが、これは特許請求の範囲の記載と同旨のもので、ここでも、メルカプト基または低級アルキルカプト基が置換されていない他方の6位置あるいは4位置については触れられておらず、この点について明確に定義した一般式の如き記載は他になされていない。

そうすると、本件特許発明者は、研究の結果優先権主張日公知の、「6―メルカプリンにラネーニツケルを加えて脱硫化することにより、プリンが得られる」との知見により、「4位置又は6位置にメルカプト基又は低級アルキルメルカプト基を有する1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン」についても、これを原料とし右の手段を施すと、右置換基を水素に変換した1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを製造し得ることを知つたということ以上には、何ら開示していないことになる。

四そして、実施例として記載されているところのものは、4―アミノ―1ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを目的物質とする製造方法であつて、原料には、4―アミノ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを用い、処理方法はラネーニツケルを使用し脱硫化するものだけである。

五以上を仔細に検討するに、本件特許明細書の記載には随所に、不統一な点がみられる。

化学類似方法において発明として最も重要な意味を持つのは目的物の構造とその有用性である。従つて、目的物の範囲と有用性の記載は明確になされていなければならない。本件特許の明細書には、有用性ある目的物質として、或る種の新規1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体と記載してあるのである。これはモノ置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン誘導体のすべてを含むものではなく、そのうち、アミノ基にてモノ置換されたピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン誘導体を意味することは明白である。

本件特許の実施例として掲げてある目的物質は、4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンであるから、正に1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体に該当する。

ところが、本件特許方法により製造される有用性のある生成物はアミノ基にて置換されたモノ置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンである筈であるに拘らず、本件特許発明の有用な物質の例として、相当する4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体というジ置換体をも挙げている。また、「4位置または6位置のいずれかにメルカプト基または低級アルキルメルカプト基が置換されている1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン」という本件特許方法の原料物質の表現が不正確であるため、具体的にどのような物質を意味するのか明確を欠くのであるが、その直前の本件特許発明の実施に用いる原料の製造方法として記載された物質のうち特定のものを指示するものとすれば、同項に記載せられている生成物は4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―ピリミジン、その水酸基の一方又は双方をメルカプト基に変えた、4―メルカプト―6―ヒドロキシ体と、4―ヒドロキシ6―メルカプト体、ジメルカプト体がそのすべてであつて、その中には、アミノ基で置換されたモノ置換ピラゾロ―ピリミジンの直接の原料となるべき物質、すなち、「メルカプト基または低級アルキルメルカプト基が置換された位置以外の、他方の6位置または4位置にアミノ基が置換された物質」は含まれていない。しかし、詳細な説明に記載された各種物質は前記アミノ誘導体の直接の原料を示すものではなく、その原料となるべき中間体を示したものでその中間体から優先権主張日公知の方法を用いて原料物質を生成せしめる趣旨であると読み得る余地はあるであろう。

そこで詳細な説明中の、「4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを五硫化燐と加熱することによつて、該水酸基の一方をメルカプト基に変えることが出来」との表現に示された4―ヒドロキモ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料に選ぶならば、これに本件特許の処理手段を施して得られるものは、4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンであつても、1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンのアミノ誘導体ではない。

要するに、本件特許発明の特許性が、名実共方法自体に存するとすれば、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料とするアロプリノールの製法は含まれることになるが、本件特許の優先権主張日に、6―メルカプト―プリンを原料とする本件特許の処理方法によるプリンの製法が公知であつたから、本件特許方法の特許性に疑問が生じ、原告も本件特許の方法自体に特許性があるものとは主張せず、本件特許は化学的類似方法であると主張しているのである。

また、本件特許が化学的類似方法の特許であるとすれば、その出願人が開示した有用性のある化合物にはアロプリノールは含まれない。

そうすると、本件特許の発明の詳細な説明の記載からは、アロプリノールが本件特許の目的物質に包含せられるとは解し得ない。

第六イギリス出願仮明細書における記載

尤も成立に争いない乙第一九号証(英国特許第七九八、六四六号明細書)によると、本件特許の優先権主張の基礎たる英国特許出願仮明細書には、一般的記述としてつぎの記載がなされていることが認められる。

「この発明はピリミジン誘導体とその製法に関するものである。

ある種の新しい1―ピラゾロ―(3、4―d)―ピリミジンは、プリン合成における抗新陳代謝物質として有用な性質を有していることが見い出された。この化合物は種々の生物について、選択性のある活性を特つた成長阻害剤として価値がある。

この発明の化合物は、一般式(1)のピラゾロ―(3、4―d)―ピリミジンから成立つている。ここにおいてR1とR2は水酸基、メルカプト基、アルキルメルカプト、アミノそしてアルキルアミノ基から選ばれる。

この化合物は、新規中間体ピラゾール3、4―ジカルボキサマイドから、それを次亜塩素酸ソーダと処理することにより有利に合成される。その結果生成する4、6―ジヒドロキシ―ピリミジン〔式(1)、R1=R2=OH〕は成長阻止剤として有用でり、上に述べた一般式に含まれる別の化合物の合成の中間体としても有用である。即ち、ヒドロキシル基は、知られた方法によつて他の基に変換され、上に述べた一般式に含まれる他の化合物を与える。

従つて、この発明は一般式(1)の化合物とその酸付加塩よりなるものである。」

そして、実施例とし1ないし9を掲げているが、その内容は後に判示する本件特許の原出願(乙第一号証)の明細書に示す実施1ないし9と同一である。

右イギリス国特許出願は、化学物質を特許の対象として出願せられたものである。

ところで、成立に争いない乙第二五号証の一、二(ジヤーナル・オブ・ザ・アメリカン・ソサイエテイ第七八巻一三号一九五六年七月五日刊三一四三頁)によると、右報文に、本件特許発明者自ら、本件特許の優先権主張日以後、4、6―ヒドロキシピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンをピリジン中で、五硫化燐で処理すると、主として4―メルカプト―6―ヒドロキシ―6―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンと同時に少量の4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンが生じた旨記載しており、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンが生成することについては何ら触れていない。つまり本件特許発明の方法によりアロプリノールを製造する原料となるべき右(ロ)の物質は得られなかつた趣旨を報告している。

しかしながら、本件特許の優先権主張日当時には前記第四において認定した技術水準にあつたので、同所に記載の公知文献は平均的当業者が自由に用いることができた。

成立に争いない甲第一九号証(乙第三三号証に同じ)(ハンブルグ大学有機化学教室教授、カーハインス博士作成鑑定書)には、本件特許の優先権主張の基礎たる英国特許第七九八六四六号仮明細書の記載から、ラネーニツケルにより4―ヒドロキシ―6―メルカプトピラゾロピリミジンの製造という課題および解決が優先権出願日に当業者に認識し得るとしても、平均的知識の化学者が4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンがアンモノリシスの場合のように加水分解で挙動するかどうかについては簡単な若干の実験を実施するであろう、従つて、右仮明細書の本文から、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―ピラゾロピリミジンの、ラネーニツケル還元反応による4―ヒドロキシピラゾロピリミジン(アロプリノール)の製造は直ちには導き出せない旨記載せられているけれども、成立に争いない甲第四号証の一(西ドイツ国コンスタンツ大学教授ウオルフガング、プフライダー博士宣誓供述書)に、「アロプリノールは、英国特許出願第二三〇五五/五五号仮明細書ならびにこれを優先権主張の基礎として日本特許出願昭和三一年特許願第二〇八四一号(本件特許の分割前の原出願)の最初の明細書に記載されていた、出発物質4―ヒドロキシ―6―メルカプトピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンは、英国特許出願一九五五年二三〇五五号仮明細書により、ならびに当業者の一般的知識とピリミジン誘導体化学の知識に基づいて当業者に容易に入手し得た(was available)、当時既に所望の化合物を予想し得る様に得るいくつかの方法を当業者は自由に使用することができた」旨鑑定の結果が記載されている。

鑑定人池原森男教授、同加治有恒教授は当公廷で本件特許の優先権主張日当時、ピリミジン誘導体製造に関する技術分野における平均的当業者は自己の専門的知識ならびに経験により、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを、別紙第一ないし三の径路により、4、6―ジヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンあるいは、4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンから容易に製造できた旨供述した。

物質特許を認めているパリ条約加盟国に対しなした物質を対象とする特許出願の場合は、その明細書に記載すべき製法の実施例は、通常一で足り、特許されると、その物質について保護されるけれども、この出願に基づき、物質特許禁止を採用している第二の加盟国へ、同条約四条の優先権を主張して特許出願をするには、同一の発明につき、「物を生産する方法の発明」として特定の製法を対象として特許出願をせざるを得ず、特許されると、この特定の製法について特許権が発生するに過ぎない。ところが、新規な物質の構造が開示されると、その技術分野における専門家は、特許方法以外の他の製法を見出すのは比較的容易であるのが普通である。したがつて、特許出願人は自己の権利を十分確保するには、方法自体発明性がないのに拘らず、自己の権利の確保のため、止むを得ず、およそ考えられるあらゆる製法について特許を得て置く必要に迫られる。しかも複数種の製法について特許出願をなしその製法毎に実施例を示すことが要求されるとこれには相当の時間と費用を要することになる。これは制度上巳むを得ないとは言え、聊か公平を失し、出願人に不当な負担を強しるおそれなしとしない。そこで、右第二国に対しなす製法特許の出願については、パリ条約の精神を尊重して、特許出願に係る製造方法、もしその後右出願について分割出願された場合にはその分割出願に係る製造方法と、優先権主張の基礎たる第一国に対する出願との間における製造方法の同一性については、優先権を不当に害することなきよう、相当の柔軟性が認められるべきであろう。

このような見地に立つて考えると、イギリス出願仮明細書の全体には、アロプリノールを、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料とし、これをラネーニツケル触媒を用いて脱硫化して生成せしめる製法の構成部分の明記はしてないが、その内容は明らかにされていると解することができる。

第七また成立に争いない乙第一号証の本件特許の分割出願前の原出願の最初に添付された明細書によると、その記載内容は大凡つぎの通りである。

一特許請求の範囲

ピラゾロ―3、4―ヂカーボキサマイドを次亜塩素酸ナトリウムと反応せしめて4、6―ヂヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを形成せしめ、そして若し必要ならば水酸基の一方或は両方をR1及びR2について定義した他の基に変換せしめることを特徴とする一般式

(式中R1或R2は水素であるそして一方或は両者が水酸基、メルカプト、低級アルキルメルカプト、アミノ或は低級アルキルアミノ基である)

のピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを製造する方法

附記

1  水酸基の一方或は両方を五硫化燐と加熱することによつて、メルカプト基に変換せしめる特許請求の範囲記載の方法

2  前記メルカプト基をアルコール性アンモニア熔液と反応せしめることによつてアミノ基に変換せしめる附記一項記載の方法

3  前記メルカプト基を低級アルキルアミンのアルコール性熔液と加熱することによつて低級アルキルアミノ基に変換せしめる特許請求の範囲記載の方法

4  メルカプト基をラネーニツケル触媒によつて水素に変換せしめる附記第一項記載の方法

5  メルカプト基を低級アルキルハロゲン化物によつてアルキル化する附記第1項記載の方法

6  実質的に明細書に記載した特許請求の範囲記載の一般式の化合物を製造する方法

二発明の詳細なる説明の冒頭に、つぎのように記載されている。

「本発明はピリミジン誘導体及びその製法に関するものである。或る新規な1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン類がプリン合成に於ける抗新陳代謝物質として有用な性質を有することを知つた。例へばこれらの化合物はアデニンの4―アミノ誘導体、ハイボキサンチンの4―ヒドロキシン誘導体及びグアニンの4―アミノ―6―ヒドロキシ誘導体の様な相当するプリンの抗新陳代謝物質(antime-tabolites)である。前記化合物は同様に乳酸及びバクテリアの作用を阻止する。

本発明の化合物は一般式(1)

(式中R1或はR2は水素であるそして一方或は両方が水酸基、メルカプト、低級アルキルカプト、アミノ或は低級アルキルアミノ基である)のピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン類からなる。「低級アルキル」なる語は1〜4個の炭素原子を有するアルキル基を示す。」

そして、実施例としては、例1ないしⅡが示してあり、それぞれ目的とする化合物はつぎのとおりである。

(例1) ピラゾール―3、4―ヂカーボキサマイド

(例2) 4、6―ヂヒドロキン―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例3) 4―メルカプト―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例4) 4、6―ヂメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例5) 4―アミノ―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例6) 4―ヂメチルアミノ―6―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例7) 4―アミノ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例8) 4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例9) 4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例10) 4―ヒドロキシ―6―メチルメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

(例11) 6―アミノ―4―ヒドロキシ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン

右例9が目的物質はアロプリノールであるが、実施例の記載によれば、その製法は、例8の目的物質を原料とし、これを0.2N硫酸中で右原料に亜硝酸カリウムを加え、更に反応混合物に水酸化アンモニウムを添加することによりジアゾ化して得る方法である。例8の目的物質は例7の目的物質を原料とし、これをラネーニツケル触媒を使用して脱硫化することにより得るものであり、右例8は本件特許の実施例と全く同旨である。例7の目的物質は例4の目的物質を原料とし、これをアンモノリシスして得るものであり、例4の目的物質は例3の目的物質を原料とし、これを五硫化燐と加熱することにより得るものであり、例3の目的物質は例2の目的物質を原料とし、これを五硫化燐と加熱することにより得るものであり、例2の目的物質は、例1の目的物質を原料とし、これを次亜塩素酸ナトリウムと反応せしめて得るものであり、例1の目的物質は、本件特許明細書の詳細な説明に記載せる本発明の化合物の製法の出発物質、「新規な中間体ピラゾール―3、4―d)ピリミジン」であり、右例1に原料としてピラゾール―3、4―チカルボン酸を用いる製法が示してある。

右実施例2ないも7および10、11の目的物質は、いずれもジ置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン誘導体であり、実施例8、9の目的物質は、いずれもモノ置換ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジン誘導体である。

このように、アロプリノールについて、前記の如く、薬効の記載があるが、右化合物は実施例1の原料物質を出発物質とし、例1、2、3、4、7、8、9の一連の製法を用いることにより製造し得べきことが示され、例1の目的物質が新規な中間体であることが記されている。

三原出願の明細書に記載されたアロプリノールの製法として示された実施例は、既述の如く4―アミノ―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料とするものであり、その処理方法も本件特許の処理方法とは全く異なるのであるが、右原料は、例1、2、3、4、7、8の一連の処理手段により得られるものである、なお本件特許方法の原料たる4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンは、原出願の明細書に示す例1、2、3、4の処理方法より得られる目的物である4、6―ジメルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを公知の手段により(別紙第二の経路)、あるいは、右例4の目的物を例7の処理手段として得た4―ミノア―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを公知の水酸化ナトリウム処理により(同第三の経路)、更にまた例2の目的化合物を公知の塩素化、加水分解、硫化の手段により(同第一の経路)、得ることができたと認められるのである。そして、例8の方法は本件特許発明の処理手段と一致するものであるが、その開示は、本件特許の優先権主張日において既に公知であつた前記6―メルカプトプリンにラネーニツケルを加えて脱硫化することによりプリンが得られるという知見(甲第一〇号証)と相俟つて、4―ヒドロキシ―6―メルカプト―1―ピラゾロ―(3、4―d)ピリミジンを原料に選び、これにラネーニツケルを加えて脱硫化するという同一処理手段を用いても、同様にモノ置換ピラゾロ―ピリミジン誘導体であるアロプリノールが得られることを示唆していると認めることができる。

そうすると、アロプリノールを目的物質とする本件特許方法による製法の発明の構成は、分割前の原出願の明細中には、明白な文言では記載されていなかつたけれども、原出願の明細書中における前記指摘の記載から、優先権主張日当時ピリミジン誘導体の製造に従事する技術分野の専門家は、その分野における化学反応に関する公知の一般的理論ならびにそのプラクテイスについての知識から容易に了知し得る内容のものとして記載されていたと認められ、結局その内容は原出願の明細書の記載の枠内の発明ということができると解せられるので、例8の実施例を中心に、アロプリノールについてもその実施例に準じて実施しうるよう原料、目的物を拡張して分割出願する余地はあつたと解することができる。

第八ところで、本件特許の優先権主張の基礎たるイギリス出願仮明細書、これに基づきなされた日本国特許出願である分割前の特許出願の明細書にはアロプリノールの物質をならびにその有用性について明記されていたけれども、その分割出願である本件特許の明細書にアロプリノールの物質ならびにその有用性について全く記載がなされていないと認めざるを得ないことは既に判示したところである。化学的類似方法の特許発明においては目的物質の有用性に専ら発明性が存するのであるから、アロプリノールに関する記載が分割前の明細書に記載されているとしても、これを残して、分割出願としてなされた本件特許の明細書にはアロプリノールに関する記載なき以上、これについて特許出願をしなかつたものと解するの外なく、分割前の記載をしんしやくせんとするも、本件特許明細に記載あるものと認めるに由なきものといわなければならない。若し、これを認めるとすると、著しく第三者の利益を害する結果となるからである。

第九以上によれば、本件特許発明の目的化合物にはアロプリノールは含まれないと認めるべきである。

そうすると、本件につき特許法一〇四条を適用する余地なく、被告のアロプリノールの製造、販売等の行為はなんら本件特許権を侵害するものではないといわなければならない。

第一〇よつて、これと反対の見解に立つ本訴請求は理由なしとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(大江健次郎 小倉顕 北山元章)

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