大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)2756号 判決 1976年1月30日
原告 山内孝
右訴訟代理人弁護士 遠藤寿夫
被告 切田昭彦
右訴訟代理人弁護士 駒杵素之
主文
一、被告は原告に対し、金一〇〇万円とこれに対する昭和四九年七月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告の主たる請求を棄却する。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、当裁判所が昭和五〇年(手ワ)第五三四号約束手形金請求事件につき、同年五月二三日言渡した手形判決を取消す。
五、この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
(主たる請求)
1.被告は原告に対し、金一〇〇万円とこれに対する昭和四九年七月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
2.訴訟費用は被告の負担とする。
3.仮執行の宣言。
(第二次的請求)
主文同旨
二、請求の趣旨に対する答弁
1.原告の請求をいづれも棄却する。
2.訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求の原因
(主たる請求について)
1.原告は別紙目録表示のとおりの記載がある約束手形一通(以下本件手形という)を所持している。
2.訴外加藤久代は右手形を提出した。
3.被告は右手形上に保証をすると共に拒絶証書作成義務を免除してこれに裏書した。
仮に、右保証を被告がしたものでないとしても、被告の従業員である訴外水上昇が被告のため被告から預っていた記名印等を押捺して保証をしたものであるところ、被告は従前より右水上に対し記名印及び実印を預け手形行為の代理をさせており、たとえ本件手形行為が右権限を越えてなされたものとしても、原告は同人に被告を代理する権限があり、その権限内の行為である旨信じ且つそのように信ずるにつき正当な事由があるから民法一一〇条により被告は本人として手形の保証人としての責任がある。
4.原告の裏書は隠れた取立委任裏書である。
5.原告は満期の日に支払場所で、支払のため右手形を呈示したが支払がなかった。
6.よって、原告は被告に対し右手形金元本一〇〇万円とこれに対する満期の日たる昭和四九年七月一五日から完済まで手形法所定率年六分の割合による利息金の支払を求める。
(第二次的請求について)
1.原告は昭和四九年四月三日訴外作野寛美に対し、支払期日同年六月二〇日の約で金一〇〇万円を貸付け、その支払を確保する目的で本件手形を受領したものであるところ、被告は同年四月一日か二日頃被告経営の株式会社大成共済の事務所において記名ゴム印及び実印を押捺して右手形面上に保証すると共に裏書をしたものであり、右は被告が右訴外人の原告に対する債務につき保証したことにほかならない。
なお右支払期日はその後同年七月一五日と延期された。
従って、原告は被告に対し、保証債務金一〇〇万円とこれに対する延期された支払期日の翌日である同月一六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求の原因に対する答弁及び主張
(主たる請求について)
1.請求原因事実1、2は認める。同3のうち、被告が本件手形に拒絶証書作成義務を免除して裏書したことは認め、その余は否認。同5は認める。
2.被告は訴外作野寛美が原告から金一〇〇万円を借用する際に同人より本件手形への裏書を依頼されてこれを了承し、訴外水上昇に自己の記名ゴム印及び印鑑を預けて右作野方へ持参させたところ、同人がこれを冒用して押捺し、右手形面上に被告の手形保証を偽造したものである。
従って被告には手形の保証人としての責任はない。
3.そのうえ、被告は満期日が昭和四九年六月二〇日と記載されている手形に裏書したものであるところ、その後被告の同意を得ないで原告と右作野とが通謀して勝手に満期日を同年七月一五日と書替えてこれを変造したものであり、書替え前の満期日には支払のための呈示がなされていないから被告には本件手形の裏書人としての遡及義務もない。
(第二次的請求について)
原告が訴外作野に金一〇〇万円を貸付け、本件手形の交付を受けたとの点は認め、その余の事実は全て否認する。
三、仮定抗弁
仮に被告に本件手形金の支払義務があるとしても、被告は前述の裏書当時の満期日である同年六月二〇日頃、訴外作野の依頼により同人に対し右手形の決済資金として金一〇〇万円を交付済であり、同じ頃原告との間において原告は右作野から手形金の支払を受け、被告の手形金債務を免除するとの合意をしているから手形金の支払義務はない。
四、仮定抗弁に対する答弁
否認。
第三、証拠<省略>
理由
(主たる請求について)
一、請求原因事実1、2及び被告が本件手形(但し満期日の点に関しては後述)に拒絶証書作成義務を免除して裏書したことは当事者間に争いがない。
二、そこで、まず被告が手形保証をしたか否かにつき判断する。
原告は被告が本件手形に裏書すると共に保証をしたと主張し、原告本人はこれに副う供述をするが証人水上昇の証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨に照らしにわかに措信し難く、かえって右各証拠によると被告は訴外作野寛美が原告から金一〇〇万円を借受けるに際して原告に差入れる手形に保証の趣旨で裏書して欲しいと依頼され、先きにこれを承諾していたもので、昭和四九年四月三日運転手の訴外水上昇に裏書行為を代行させるつもりで記名印と実印とを渡して右作野のもとに持参させたところ、同人が本件手形の第二裏書欄のほか振出人欄の横に右記名印等を押捺したこと、そして事情を知らない水上はことさらにこれを確認することなく再び受け取って株式会社大成共済の事務所で右手形を原告に交付して金一〇〇万円を受領し作野に手渡したことが認められ、右事実によると当初作野が被告に依頼したのは本件手形への裏書であって被告もこれを承諾したもので右両名は裏書することで十分金借の目的を達しうると考えていたと認められ、現実に裏書行為をする場に被告がいなかったため作野が勝手に被告の手形保証を偽造したものと認められる。
ところで、原告は右水上に被告についての代理権があり本件について表見代理が成立する旨主張し、確かに証人水上昇の証言及び被告本人尋問の結果によると被告が水上に記名ゴム印及び実印をたびたび預けていたこと及び手形の裏書行為をさせたことがあることなどが認められるものの、右各証拠と弁論の全趣旨によるとこれは運転手である水上が被告の指示で同人の印鑑証明書の交付申請をし、ないしは銀行へ使い走りに行くなどの際に一時被告の印鑑を預かるにすぎず且つ手形行為についても単に被告の指示のもとにこれを代行していたものであること、従って本件についても水上は何のためか分らないまゝ被告の印鑑を預っていったものであることが認められ、右事実によれば被告は水上が運転手として常に自己の身近にいたため、いわば自己の手足として右水上を使用していたものと認められ、なんらかの代理権限を与えていたとはとうてい認められない。
したがって、水上にはなんらの基本代理権も存在せず、これを前提とする原告の右主張は失当である。
とすると被告は本件において裏書人としての責任のみを負担したものというべきである。
三、次に被告は本件手形の満期日は変造されたものであり遡及義務はない旨主張するので判断する。
甲一号証の記載自体及び原・被告各本人尋問の結果によると、被告は訴外加藤久代振出、満期日昭和四九年六月三〇日と記載された手形の第二裏書欄に裏書した(但し水上ないし作野が代行)ものであること、そして本件手形の満期日は右同日とされていて、これを二本の線で抹消し、その上欄に同年七月一五日の日付印を押して訂正し、右箇所に上記振出人の訂正印が押印してあること、右抹消は同年六月三〇日以前に作野から期日を延期して欲しいとの申入れにより原告、右振出人加藤並びに作野の三名でしたもので被告にはなんら連絡しておらず、したがって被告は右事実を全く知らなかったことが認められる。とすると被告は訂正前の満期に従って遡及権保全手続がとられることを条件に遡及義務を負うものというべく、本件では右保全手続がとられていないことは原告本人尋問の結果明らかであるから被告に遡及義務はない。
したがって、原告の主たる請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
(第二次的請求について)
一、被告が本件手形に裏書するに至った事情は前述のとおりであり、被告本人尋問の結果によれば被告は裏書を依頼した作野において期日までに手形金を決済できない時は自らこれを支払うつもりで裏書したことが認められ、現に被告は前訂正前の満期以前に本件手形の決済資金一〇〇万円を作野に交付している旨自認していること、そして原、被告各本人尋問と弁論の全趣旨によれば、被告と作野の関係は被告が役員をしている株式会社大成共済に作野が融資を申込み、同社が同人に貸付けをした時以来の知合いであって、その後作野の自宅が債権者から競売の申立を受けたため、その債務弁済のための資金調達についての相談にのっていた(本件で原告が作野に貸付けた金一〇〇万円もその一部である)などの間柄であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで手形の裏書と当該手形の振出ないしは裏書等の原因である債務の保証とはその法律上の効果において種々異なり、手形の裏書が常にその原因関係上の債務をも保証する趣旨であると解するのは相当でないけれども、右で認定したとおりの裏書の事情、裏書人と原因関係上の債務者との関係、特に裏書人たる被告は原因関係上の債務金の使途までも知っており、最終的には責任を負うことを認識して裏書を同意したというのであるから、このような場合には手形の裏書により手形の原因債務についても保証したものと解するのが相当である
従って、被告は裏書により本件手形振出(なお振出人は前述のとおり訴外加藤久代であるが、弁論の全趣旨によると右は名義上のものであって、実際は作野と同一人格と認められ、右認定に反する証拠はない)の原因関係上の消費貸借契約に基づく債務を保証したというべきである。
そうして、本件においては前述したとおり支払期日が延期(前認定事実からすると原因関係上も延期したと解すべきである)されているがこれは保証人にとって責任を加重する不利益な変更とは認められないから保証人たる被告にとってもその効力を有するというべきである。
二、そこで被告の抗弁につき判断するに被告本人尋問の結果によれば前記訂正前の満期の二、三日前に作野が本件手形を決済できない旨被告に連絡してきたため、被告は作野に決済資金として金一〇〇万円を交付したことを認めることができるが、被告と原告との間において被告の主張する如き合意をした事実を認めうる証拠はない。
従って被告の抗弁は採用しない。
(結語)
よって、原告の被告に対する保証債務金一〇〇万円とこれに対する弁済期の翌日である昭和四九年七月一六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める第二次的請求は理由があるのでこれを認容することとし、民事訴訟法第四五七条二項、同八九条、同一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田中由子)
<以下省略>