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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)6219号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

本件の事実経過の概要は以下のとおりである。大阪大学教養部は仏語担当教官の欠員補充のため、昭和四八年四月一九日、選考委員会(委員長岸本通夫教授)を発足させ、同年七月二四日付教養部長川口慎二名義の文書で仏語担当教官の募集を発表し、原告(当時帝塚山学院大学助教授)は同年一〇月九日これに応募した。右委員会は昭和四九年一月三日、原告だけを第一候補者として推せんすることに決定して審査を終了し、岸本委員長は同年一月二六日原告と面談し、採用の正式決定が遅れているが、四月一日には採用の予定である、割愛要請状が遅れるので、帝塚山学院大学へは一身上の理由ということで退職願を提出するようにと指示を与えた。そこで原告は同年二月六日退職願を郵送し、同年三月三一日付で帝塚山学院大学を退職した。ところが大阪大学では同年四月一一日言語文化部(部長事務取扱川口慎二)が新設され、同年五月一五日、同部教授会に代る機関として運営委員会が、同年五月二二日、右運営委員会に上程する重要案件を事前に審議する任意的機関として言語文化部教官協議会が、それぞれ設置された。そして同年九月一〇日言語文化部教官(仏語教育講座担当)選考のための選考委員会(委員長岸本通夫教授)が設置され、右委員会は昭和四八年七月二四日付教養部長名義文書により行つた前記募集を引き継ぎ、別途追加募集は行わないことを申し合わせ、昭和四九年九月二四日候補者に原告を選出し、教官協議会は同年一〇月九日、最終決定機関である運営委員会に原告を候補者として推せんすることを了承した。ところが川口部長は右決定に疑問をもち、原告について特段の調査をしないまま同年一〇月一七日の臨時教官協議会の席上、一〇月九日の決議を再検討すべき旨の提案をなし、同協議会は採決の手続をとることなく、反対意見がないということで一〇月九日の決議を白紙に還元した。原告は同年一一月一六日岸本委員長から、川口部長が教官協議会の決議を運営委員会に上程することを拒否しており、本件人事が行き詰つているということを知らされ、さらに昭和五〇年五月三〇日に、本件人事が白紙還元された旨記載された大阪大学言語文化部長事務取扱川口慎二名義同年三月三一日付文書を受け取つた。以上の経過により原告は国に対し、逸失利益八二二万〇七六四円、慰籍料金三〇〇万円、弁護士費用金一〇〇万円の支払を求め、裁判所はこれを認容した(ただし金三〇〇万円の担保を条件とする仮執行免脱宣言付)。

【判旨】

二(被告の責任)

ところで、大阪大学の本件募集に関する行為が、被告の優越的意思の発動としての作用であつて、公権力の行使に該当することはいうまでもないところ、原告は、被告の違法行為として、(一)原告に対し採用を前提とする様々の働きかけを行つたこと、とわけ原告に勤務校を退職するよう指示したこと、(二)原告に対する採否の決定及びその通知が著しく遅延したこと、(三)教官協議会の白紙還元の決定は、その理由および手続が著しく不合理であること、の三点を主張するので、以下検討する。

1 まず、右(一)の点について判断する。

(一) 前叙説示のとおり、岸本委員長が、四九年一月二六日原告に対し、当時原告が勤務していた帝塚山学院大学に一身上の理由による退職願の提出を指示したこと、また同年一月初旬以降岡野助教授や原委員が、大阪大学における新学期の時間割や教科書、さらには講義内容等につき原告に対し種々の連絡をしていることは、いずれも事実である。

そのうち、岡野助教授らがした連絡は、いずれも原告の採用を前提とするものではあるが、採用された場合の原告の受入れを円滑にして新学期に備えるためにとられた措置であつて、候補者に対し採用への事実上の強い期待を懐かしめることは動かし難いにせよ、この点だけをとらえて違法というのは当を得ないというべきである。

ところで、岸本委員長が退職を指示したことは同委員長としては、採用(採否ではない)の正式決定が遅れ、延いては帝塚山学院大学への割愛要請状の提出が時機を失して、四月一日付で原告の転入が獲保できなくては困るという職責への忠実さと、原告を教官として迎え入れたい一心の吐露と察せられるのであつて、その心情には諒とし得るものがある。

しかし、それにしても岸本委員長は、せいぜい選考委員会を主宰して候補者を選考し、その結果を決定機関へ報告する権限・職責を有していたに過ぎないうえ当時の客観状勢として、原告が採用されるか否かは不確実な段階にとどまつていたから、慎重な取扱いを必要とした。にもかかわらず同委員長は、確たる根拠や見通しがあつたとも窺えないのに、採用されることを願う余りとはいえ、漫然と採用を軽信して、原告に退職を指示したことは節度を欠いた違法な行為と評さざるを得ない。

(二) 右の点について報告は、原告が大阪大学側から帝塚山学院大学を退職しないようにと注意を受けたにもかかわらず、退職願を提出して退職したことを非難し、且つ原告の退職は、その任意の意思に基づくものと主張する。

なるほど、前記のとおり原告が文書による退職願を提出したのは四九年二月六日郵便に付する方法によつてであり、しかもそれを撤回しないまま退職に至つたのであるが、その提出前の二月三日には大高委員からまた同月四日および六日には岸本委員長から、さらに投函直後のことではないかと察せられるが、川口部長からも、それぞれ退職しないように注意を受けている。したがつて、時期的な観点だけからいえば、退職願の提出を思い止まり、或いは退職願を撤回することも可能であつたといえようし、それにもかかわらず原告が退職に及んだのは、その任意の意思に基づくといつて、いえなくはない。

しかしながら、岸本委員長のそれまでの言動を含めて大阪大学側の、さきに説示したような働きかけがあれば、原告ならずとも、採用への確信にまで高められるほどの期待を懐くであろうことは、推測するに難くないのであつて、原告が岸本委員長に対し全幅の信頼を寄せていたとしても、それを責めることは相当でない。まして大学側が採否の決定権を背景に圧倒的優位な立場にあるのに比し、原告は第一候補者とはいえ、飽くまで受身の弱い立場にあつたから、募集の衝にある岸本委員長の指示や連絡があれば、それに忠実に従うことも、蓋し当然のことといえよう。このようにみて来ると、さきに認定した原告が帝塚山学院大学を退職するについて、同大学側との間に行われた応接、原告の退職の申出を受けて同大学側で既に後任人事を進めていたことに鑑みるなら、この期に及んで原告に引き返せと迫まるのは、特段の事情が認められない本件にあつては酷というものであり、原告が退職以外に方途がないと考えたのも、やむを得ないことというべきである。

してみれば、被告の主張は、皮相の論として、排斥を免れない。

(三) なお、被告は、帝塚山学院大学当局において、以前から原告を解雇したい意思があり、また原告も同大学を退職したい強い意思を有していたために、大阪大学における本件人事を契機として、共にその意思を実現したのにすぎない、と主張するが、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告の右主張も失当というべきである。

以上の説示によれば、本件募集の一環を担う岸本委員長が被告の公権力の行使に当る公務員であることは疑がなく、同委員長がその職務を行うに当り、原告に指示して帝塚山学院大学からの退職を余儀なくさせたことは、過失による違法行為と評さざるを得ない。

2 次に右(二)及び(三)の点について判断する。

(一)  本件募集要綱によれば、採用年月日が四九年四月一日(予定)とされている。仮に、四月一日は一つの目安であつて、相当の期間の遅滞が当然に予定されていると解すべきものとしても、大阪大学側としては、信義則上その遅滞を避けるための真撃な努力を重ねるべき義務を負うものと解すべきであるし、またいかなる意味においても六か月あるいはそれ以上にも及ぶ遅滞を相当な期間のそれとは解し難い。

これを本件につきみるに、<証拠>によれば、選考委員会において原告を第一候補者に選定したので、岸本委員長は四九年一月一七日に開催される教養部教授会に本件人事を議題として提出しよういしたところ、川口部長が首肯するに足る理由もないのに本件人事をしばらく待つように主張したため、岸本委員長は本件人事を右教授会にかけることを断念し、また教授会に報告するための報告書等を川口部長に提出しなかつたことが認められる。

本来、可及的速かな処理を推進すべき立場にあつた川口部長の右認定の措置が、本件人事の遅滞丁る切掛となるのであるが、こういつた点について同部長は証人として、新設される言語文化部への移管問題を背景に、人事案件の機微に触れ、思い通りに進行するものでない等とるる証言するのである。もとより同証言が指摘するような隘路が存することは事実であろうし、これに前叙認定の言語文化部新設に伴う過渡期、学内粉争、さらには選考委員会の改組等の事情も介在したのであつて、これ等は決して無視されるべきものではない。しかし、それにしても本件では四九年一月三日に選考委員会の選考が終り、原告が一候補と決定されているのであつて、比較的容易に最終審議をなしうる状況にあつたことを看過できないところ、その後、最終審議の遅滞を避けるための如何なる措置が講じられたかをみるに、なに一つとして首肯しうるものを窺うことができないのである。

してみれば、大阪大学では審議もしないまま日時を徒過したものと断ぜざるを得ない次第である。

加うるに、原告の選考が何時、正式のどの機関によりどのように処置されたことになるのかは、必ずしも明らかといえないが、いずれにしても結末らしき措置がつけられたのは、四九年四月一日より六か月以上を経過した同年一〇月一七日より以前でないことは確かであつて、明らかに相当期間経過後というべきである。

(二)  しかも、原告が大阪大学側の表示に信頼して、既に帝塚山学院大学を退職し、待機していたという事実に思いを至せば、右審議の遷延は違法というべきであるし、またさきに認定した原告の採否を沙汰やみにした経緯を観察すると、手続的にはもとより、理由として挙げられる点も極めて不可解であり、いわば大阪大学側の働きかけを信頼して、その指示に従つた原告に対し、首肯するに足る理由を挙げるなら格別、その信頼した行動を逆手にとり、それを主たる根拠として、簡単に原告の採否を沙汰やみにしたのであるから、右の信頼に対する侵害以外の何ものでもない。

3  以上を総合すれば、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、大阪大学側の右一連の行為によつて原告が被つた損害を賠償すべき責任があるというべきである。

(石田眞 島田清次郎 土屋文昭)

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