大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)6452号 判決 1979年10月30日
原告
高木義治
訴訟代理人
村林隆一
訴訟復代理人
吉村洋
被告
吉岡照雄
外二名
右三名訴訟代理人
武田峯生
主文
一 被告らは原告に対し、各自金三、五〇〇万円と、これに対する昭和五一年一月一五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができ、被告らは共同して金二、〇〇〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
被告らは原告に対し、各自金七、二二七万二、九〇九円とこれに対する昭和五一年一月一五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決と仮執行の宣言。
二 被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 訴外宝株式会社(以下訴外会社という)は、肥料、飼料及び産業用機器の製造、販売及び輸出入等を業としている。
被告吉岡照雄は訴外会社の代表取締役、その余の被告らは訴外会社の取締役である。
(二) 原告は、訴外会社から別表第1ないし第3記載のとおり約束手形、為替手形及び小切手額面合計金七、二二七万二、九〇九円(約束手形及び為替手形を合せて本件各手形、全部を合せて本件各手形小切手という)を割り引いた。
(三) 本件各手形小切手は、支払いのため呈示されたが、いずれも資金不足または取引なしを理由にその支払いが拒絶された。
(四) 訴外会社は、昭和五〇年六月七日、支払いを停止して倒産したため、原告が訴外会社から本件各手形小切手金を回収することは事実上不可能である。
また、本件各手形は、別表第1及び第2記載の振出人が訴外会社のために振り出した融通手形であるため、原告がこれらの振出人から本件各手形金を回収することも事実上不可能である。
そのため、原告は、本件各手形小切手の額面合計と同額の損害を被つた。
(五) 訴外会社は、昭和四八年四月以降欠損が生じていたが、昭和四九年末ころには経営を改善すべき何らの具体的展望もないまま採算を無視した薄利多売で単に名目上の売上高を増大させ、一方では欠損を増大させるだけの状態であつた。
訴外会社の昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの決算における当期損金は、金三、七三八万二、六四〇円、前期繰越損金は、金二、九一八万四、九一四円、損金合計は、金六、六五六万七、五五四円であるのに対し、訴外会社の資本金は金三〇〇万円にすぎず、訴外会社所有の不動産にも多数の担保権が設定されていた。
したがつて、訴外会社は、本件各手形小切手の割引日以前の昭和四九年末の時点で、既に倒産が必至の状態であつた。
(六) 被告らの責任
(1) 被告吉岡照雄は、訴外会社が倒産必至の状態で支払能力がないことや本件各手形は融通手形であるためその振出人が決済しないことを知悉しながら、原告に対し、本件各手形は商業手形であると申し向け、また、訴外会社が本件各手形小切手を確実に決済するかのように装つて原告を欺罔し、訴外会社の代表取締役として原告から本件各手形小切手の割引きを受けた。
なお、同被告の娘婿訴外児玉博隆は、訴外児玉誉士夫の子であるが、同被告は、欺罔の一方法としてこの姻戚関係を強調し、児玉誉士夫の後楯があるから本件各手形小切手は確実に決済されるかのように原告に申し向けた。
(2) 被告吉岡登は、昭和五〇年一月当時、訴外会社の経営が悪化していることや訴外会社が融通手形による資金繰りをしていることを知りながら、被告吉岡照雄に訴外会社の業績や融通手形の取引内容を聞こうとせず、その点を協議するため取締役を開催することを要求しようともせず、被告吉岡照雄のなすがままに任せた。
被告向江新平も、訴外会社の経営が悪化していることを知りながら、同吉岡登と同様に同吉岡照雄のなすがままに任せた。
しかも、被告吉岡登及び同向江新平は、訴外会社の取締役として、取締役会を開催するなどして、同吉岡照雄の前記(1)の行為を阻止すべき義務があることさえ認識していなかつた。
(3) 被告吉岡照雄は、訴外会社の代表取締役として、その余の被告らは、訴外会社の取締役として任務を懈怠し、その結果、原告に前記損害を与えたもので、その任務懈怠について悪意または重過失があるから、商法二六六条の三の損害賠償責任がある。
また、被告らは、故意または過失により原告に本件各手形小切手を割り引かせて前記損害を与えたから、民法七〇九条の損害賠償責任がある。
(七) 結論
原告は被告ら各自に対し、商法二六六条の三または民法七〇九条に基づき、損害金七、二二七万二、九〇九円とこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の後である昭和五一年一月一五日から支払いずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告らの答弁と主張
(一) 請求原因(一)ないし(三)の各事実は認める。
(二) 同(四)の事実のうち、本件各手形が融通手形であることは認める。
(三) 同(五)の事実のうち、訴外会社の資本金が金三〇〇万円であることは認めるが、その余の事実は否認する。
なお、決算報告書は、原告の利益をかくすため、その要請によつて粉飾したもので、その内容は事実に反する。
(四) 同(六)について
(1)の事実のうち、被告吉岡照雄が訴外会社の代表取締役として原告から本件各手形小切手の割引きを受けたこと、同被告の娘婿児玉博隆が児玉誉士夫の子であることは認めるが、その余の事実は否認する。
(2)の事実は争う。
(主張)
(一) 訴外会社は、本件各手形小切手の割引きを受けた当時、不良債権の発生による累積赤字はあつたが、企業活動を停止すべき状態ではなかつた。そして、被告吉岡照雄は、訴外会社を存続させ、累積赤字を減少させるよう努力していた。
訴外会社は、倒産直前には受取手形が約三、七〇〇万円もあり、従前どおり原告から手形小切手の割引きの方法によつて金融が得られたなら、支払手形を決済することができ、企業として存続することができたのであつて、同被告もそう信じていた。
しかし、原告の協力が得られなかつたため、訴外会社は支払手形の決済ができず、倒産したのである。
したがつて、同被告には商法二六六条の三の悪意または重過失がない。
(二) 被告吉岡登及び同向江新平は、形式上の取締役にすぎず、訴外会社の経営には関与していなかつたから、同被告らに商法二六六条の三の責任はない。
(三) 原告は、本件各手形が融通手形であることや訴外会社の経営が悪化していることを知悉していながら、本件各手形小切手を割り引いたものであるから、被告らに損害賠償責任はない。少くとも原告にも過失がある。
(四) 原告の本件請求額金七、二二七万二、九〇九円は、利息天引前の金額であつて、訴外会社が現実に受け取つた金額は、合計金六、三七九万三、八二五円にすぎない。これを利息制限法の制限内で計算し直おすと、訴外会社の債務は金六、五六八万一、〇八〇円になる。その計算の詳細は別表第4記載のとおりである。
三 原告の答弁と反論
(一) 被告らの主張(一)について
原告が訴外会社にさらに金融の援助をしたとしても、それは、単に訴外会社の倒産時期を若干後にずらし、原告の損害を増大させる結果にしかならない。
(二) 同(二)について
被告吉岡登及び同向江新平は、訴外会社の取締役に就任した以上、訴外会社に対して善管注意義務及び忠実義務を負うのであつて、形式上の取締役であることは、これらの義務を免れる根拠にならない。右被告らが訴外会社の経営に関与していなかつたこと自体が自らの重過失を認めるものである。
(三) 同(三)について
原告が本件各手形が融通手形であることを知悉していたことは否認する。
原告は、訴外会社の経営が悪化するのを察知してからは、訴外会社が依頼する手形及び小切手の割引き総額を減少させた。
原告が直ちに訴外会社の割引き依頼を拒否しなかつたのは、訴外会社との長年に亘る取引を急に打ち切つて原告の手で訴外会社を倒産させることは情誼上忍びないし、何よりも被告吉岡照雄が児玉誉士夫との関係を吹聴し、過去に児玉博隆の援助によつて訴外会社の経営困難を切り抜けたことがあると言つていたことから、最悪の場合同様の援助があるものと考えたためである。
したがつて、原告に過失はない。
(四) 同(四)について
手形及び小切手の割引きの法律的性質は、これらの売買であつて、金銭消費貸借ではないから、割引料について利息制限法の適用がない。
したがつて、本件各手形小切手の額面合計額が原告の損害である。
第三 証拠<省略>
理由
一当事者間に争いがない事実
請求原因(一)ないし(三)の各事実、本件各手形が融通手形であること、訴外会社の資本金が金三〇〇万円であること、被告吉岡照雄が訴外会社の代表取締役として本件各手形小切手の割引きを受けたこと、同被告の娘婿児玉博隆が児玉誉士夫の子であること、以上のことは当事者間に争いがない。
二この当事者間に争いがない事実や<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る。>
(一) 訴外会社は、昭和二三年三月、被告吉岡照雄が中心になつて設立された株式会社であり、肥料及び飼料の製造及び販売等を業としている。訴外会社の商号は、当初、宝化成肥料株式会社であつたが、昭和四六年四月一〇日、現在の宝株式会社に変更された。
(二) 訴外会社は、設立以後しばらくは順調に業績を上げてきたが、取引先の訴外陰山商店が昭和二八、九年ころ、同じく訴外淀商事がその二、三年後、いずれも倒産したため、合計金約八〇〇万円の売掛金債権を回収することができなくなつた。しかし、訴外会社は、これを自己資金で補つて経営困難を切り抜けた。
(三) ところが、訴外会社が当時融資を受けていた訴外尼崎浪速信用金庫(杭瀬支店)は、訴外会社にこのような貸倒れ債権が発生したことからその信用度に疑問を持ち、訴外会社に対する融資枠を縮少した。そのため、訴外会社は、昭和三二、三年ころから訴外株式会社日証(以下日証という)から商業手形の割引きを受けて資金繰りをするようになつた。
(四) 訴外会社の取引先である訴外奥田種苗株式会社が昭和三八、九年ころ、同じく訴外信和肥料株式会社が昭和四一年ころ、いずれも倒産したため、訴外会社は合計約金六〇〇万円の債権を回収することができなくなり、経営が悪化した。訴外会社はようやくこれを切り抜けたが、その矢先の昭和四三年には取引先の訴外三協肥料株式会社が倒産したため、約金三、〇〇〇万円の売掛金が回収不能になつた。訴外会社の経営はこのころより次第に悪化した。
当時、原告は、日証の従業員として訴外会社が日証に持ち込む手形の割引き事務を担当していたので、被告吉岡照雄は原告に訴外会社の今後の経営について相談したところ、原告は訴外会社に資金援助することを約束した。
そこで、同被告は、以後訴外会社の取引先である訴外宮崎忠男や同関西肥糧株式会社(以下関西肥糧という)などから融通手形の交付を受けて日証に持ち込んだ。原告はこれを日証従業員としてだけでなく、原告個人としても割り引くようになつた。
右手形の割引料率は、日証が割り引く場合日歩七銭から一三銭位であり、原告が割り引く場合これより二、三銭高かつた。この割引料率は、市中銀行の利率を大きく上回るものであるため、訴外会社の経営状態は好転せず、昭和四三年以降の決算で損金を計上する状態が続いた。
(五) 訴外会社は、昭和四六年ころ、利益率の大きい機械類を販売して経営を改善しようとしてこんにやく自動製造機を開発し、訴外株式会社日本鉄進製作所(以下日本鉄進という)にこの機械を製造させて販売を開始した。しかし、訴外会社の取引先である訴外明治蛋白工業株式会社が昭和四八年五月倒産したため、約金九〇〇万円の不良債権が発生し、訴外会社の資金繰りは一層困難になつた。さらに、日本鉄進も昭和四九年三月倒産したため、訴外会社は、目本鉄進に対する約金四、〇〇〇万円の約束手形金債権を回収することが困難となり、資金繰りにも行き詰まると共に、以後こんにやく自動製造機の販売を継続して業務を改善することもできなくなつた。
(六) 訴外会社は、昭和四六年ころ、ゴカイ水槽畜養器を開発したが、その昭和五〇年三月以降の販売台数は月当り平均四台、売上高にして金一六〇万円程度であり、特にその売上げが増大する見込みはなかつた。また、肥料及び飼料の売上げも同月以降下向きになつていた。このころには、商品売上げを増加させて利益を挙げる見込はなくなつていた。
(七) このため、訴外会社は、昭和四九年三月迄に少なくとも金二、九一八万四、九一四円の損失を生じていたばかりではなく、新たに、同年四月より同五〇年三月までの間に少なくとも金三、七三八万二、六四〇円、同年四月より五月までの二か月間に少なくとも金一、七九二万八、五八六円の損失を生じさせるに至つた。
(八) また、訴外会社の法人税の申告書によると、昭和五〇年三月末の時点で訴外会社の資産は金一億二、九三七万九、五五九円であるのに対し、負債は金一億八、六九六万三、三三五円、累計損失は金六、六五六万七、五五四円(うち昭和四九年三月時点での損失金二、九一八万四、九一四円)になつている。
しかも、実際には負債は金三億円近くもあり、累計損失も同申告書の額を上回つていた。
(九) 訴外会社は、昭和五〇年六月七日、第一回目の、同月一〇日、第二回目の不渡手形を出して倒産した。原告は、同年一一月六日、訴外会社に対する破産の申立てをしたところ昭和五二年一月八日破産宣告があつた。
(一〇) 訴外会社の破産手続において、破産管財人訴外寺内則雄が調査したところでは、昭和五二年二月七日の時点で、訴外会社の負債は、公租公課合計金二五九万二、七五四円、担保付債務合計金一億四、六六四万七、七九一円、普通債務合計金二億四、六一五万九、二一四円、以上合計金三億九、五三九万九、七五九円であるのに対し、資産は不動産合計金一億二、〇〇〇万円(推定評価額)、債権合計金五、三七九万三、七三四円(ただし、うち金四、一四九万円は回収不能)、以上合計金一億七、三七九万三、七三四円にすぎない。
(一一) 本件各手形のうち約束手形の振出人である関西肥糧及び訴外廣商興産株式会社は、訴外会社の倒産後、いずれも倒産した。本件各手形のうち為替手形の振出人である訴外岡本商店こと岡本恒雄も資力がない。
(一二) 訴外会社の資金繰りその他経営上の決定は設立以来すべて被告吉岡照雄がしており、同被告は訴外会社の経営状態が慢性的に悪化していることを知悉していた。ところが、同被告は、具体的な根拠もないのに、ゴカイ水槽畜養器の売上げ増大、貿易関係の拡大や原告からの手形小切手の割引きによる資金援助によつて訴外会社の経営を改善することができるものと安易に考えて原告から本件各手形小切手の割引きを受けた。しかも、本件各手形はすべて融通手形である。
(一三) 被告吉岡登及び同向江新平は、訴外会社の資金繰りその他経営上の問題には関与せず、製品の販売だけを担当していた。
同吉岡登は、本件各手形小切手の割引日以前の時点で、同吉岡照雄が訴外会社の代表取締役として日証または原告から関西肥糧等が交付した融通手形の割引きを受けていることや訴外会社の経営が苦しいことを知つていた。しかし、被告吉岡登は、訴外会社の経営状態や融通手形の内容について同吉岡照雄に問い質したり、取締役会の開催を求めたりしたことはなく、ゴカイ水槽畜養器の売上げ増大に専念していた。
同向江新平は、昭和四二、三年ころ、同吉岡照雄が訴外会社の代表取締役として日証または原告から手形割引きを受けていることを知り、訴外会社の経理内容が良くないことに気付いた。同向江新平は、本件各手形小切手の割引日以前、被告吉岡照雄から、訴外会社の経営が悪化しているから製品の売上高を増大させるように指示された。同向江新平自身も販売担当者として昭和五〇年三月以降売上げが下向きになつていることを知つていた。しかし、同被告は、手形割引きの内容や経理状態について破告吉岡照雄に問い質したり、取締役会の開催を求めて協議するなどの措置を全くとらず、販売業務に専念していた。
同吉岡登及び同向江新平は、取締役として業務の適正を期するため取締役会の開催を求めるなどの措置をとらなければならないとも考えていなかつた。
三以上の事実から次のことが結論づけられる。
(一) 訴外会社は、昭和四三年ころから経営が次第に悪化していたが、昭和四九年三月、取引先の日本鉄進が倒産したため資金繰りに行き詰まるとともに、こんにやく自動製造機の販売による業績改善の望みを断たれた。以後、肥料、飼料及びゴカイ水槽畜養器の販売による利益増大の見込みもなく、訴外会社は欠損を著しく増加させるだけの状態であつた。したがつて、訴外会社は、本件各手形小切手のうち最初に割引きを受けた昭和五〇年三月一五日よりも前の時点で、近い将来倒産することが確実であつた。
(二) 本件各手形は、融通手形であるから振出人が決済しない虞れが多分にあり、また訴外会社も倒産が近い将来確実の状態であつた。したがつて、訴外会社は、自転車操業的に借入れを継続しない限り本件各手形小切手を決済できる見込みはなかつた。
(三) ところが、被告吉岡照雄は、本件各手形が融通手形であることや訴外会社の経理内容を知悉しながら、確たる根拠もなく訴外会社の経営は改善できるものと妄断し、原告から本件各手形小切手の割引きを受けたのである。
同被告のこのような行為は、重過失により代表取締役としての任務を懈怠したものといわなければならない。
(四) 被告吉岡登及び同向江新平は、訴外会社の取締役であるから、その経営状況を確認し、取締役会の開催を求めるなどして同吉岡照雄のこのような義務違反行為を事前に阻止することができたのに、何らこのような措置をとらなかつたばかりか、同被告の右行為を放任したのである。
そうすると、被告吉岡登及び同向江新平も重過失により取締役としての任務を懈怠したものといわなければならない。
(五) 以上の次第で、被告らは、その任務懈怠によつて原告が被つた損害に対し商法二六六条の三に基づき連帯して賠償する義務があることに帰着する。
四被告らの主張について判断する。
(一)(1) 被告吉岡照雄は、訴外会社は本件各手形小切手の割引きを受けた当時、企業活動を停止すべき状態ではなく、同被告も努力していたし、原告からさらに手形小切手の割引きの方法によつて融通が得られたなら、訴外会社は企業として存続することができた。したがつて、同被告に商法二六六条の三の悪意または重過失はないと主張している。
(2) しかし、前記認定事実によると、訴外会社は本件各手形小切手の割引きを受けた当時既に倒産が確実の状態であり、同被告は訴外会社がこのような状態にあるのに漫然と本件手形小切手の割引きを受けたのである。そして、訴外会社の倒産が確実であるのに、原告が手形等の割引きを継続することは割引料の負担を増加させて、かえつて原告の損害を増大させる結果になることは明白である。
そうすると、この主張は失当というほかはない。
(二)(1) 被告吉岡登及び同向江新平は、同被告らが形式上の取締役にすぎず、訴外会社の経営に関与していなかつたから商法二六六条の三の責任はないと主張している。
(2) 株式会社の取締役は、代表取締役が行なう業務執行について監視し、必要があれば自ら取締役会を招集し、または招集ずることを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行なわれるようにする義務がある。そして、取締役が経営に関与しない形式上の取締役であるからといつて、直ちにこの義務を免れるものではない。
(3) 前記認定事実によると、被告吉岡登及び同向江新平は、訴外会社の営業を担当していた者であつて、被告吉岡照雄が訴外会社の代表取締役として手形割引きを受けていることや訴外会社の経営が悪化していることを知つていたのであるから、本件各手形小切手の割引きを受ける前に、前記のような措置を容易にとることができ、そうすれば同被告が本件各手形小切手の割引きを受けるのを阻止することができたはずである。
そうすると、この主張も失当というほかはない。
(三)(1) 被告らは、原告は本件各手形が融通手形であることや訴外会社の経営が悪化していることを知悉しながら本件各手形小切手を割り引いたのであるから、被告らに損害賠償責任はないと主張している。
(2) しかし、原告が本件各手形が融通手形であることを知悉していたとの主張に沿う被告吉岡照雄の本人尋問の結果は、原告の本人尋問の結果に照らして採用することができないし、他にこのことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、原告が、訴外会社の経営が悪化しているのを知つていたことは、後記認定のとおりであるが、このことによつて被告らに商法二六六条の三の責任がないとする理由を見出すことができない。
五損害額
(一) 前記認定事実によると、原告が本件各手形小切手の額面合計金七、二二七万二、九〇九円の支払いを受けることは事実上不可能であるから、原告はこれと同額の損害を被つたものといわなければならない。
(二) 被告らは、原告の請求金額は利息天引前の金額であつて、現実に受け取つた金額に利息制限法を適用すると、債務は、金六、五六八万一、〇八〇円になると主張している。
ところで、原告と訴外会社間の本件手形小切手の取引きが手形小切手の割引きであることは当事者間に争いがない。
そして、手形小切手の割引きの法律的性質は、売買であつて、金銭消費貸借ではないから、割引料に利息制限法は適用されないと解するのが相当である。
そうすると、この主張は失当である。
(三) しかし、本件では、次のとおり原告にも過失があるから、過失相殺をすることにする。
(1) <証拠>によると、次のことが認められ<る。>
(ア) 原告は、昭和三三年二月一二日から、いわゆる街の金融業者としては大手の部類に属する日証に勤務し、昭和三七年ころからは日証で訴外会社が持ち込む手形の割引き業務を担当してきた。原告は、当初、この手形を日証の従業員として日証名義で割り引いていた。
(イ) 訴外会社の代表取締役被告吉岡照雄の娘が昭和四三年児玉誉士夫の子児玉博隆と婚姻したが、原告は、同被告からこのことを聞き、訴外会社が万一倒産しても児玉誉士夫の援助によつて債権を確実に回収できるものと妄断した。
そこで、原告は、同年ころから、振出人の信用度が低いため日証が割り引かないような手形を割引料を高くして訴外会社のために原告個人として割り引くようになつた。その後、同被告は原告に対し、児玉誉士夫との姻戚関係を強調したり、児玉博隆の資金援助を受けたことを話したりしたので、原告は本件各手形小切手を含む多数の手形小切手を訴外会社のために原告個人として割り引いていつた。
日証は、その従業員が個人でこのような割引きをすることを禁じていた。
同被告は、原告に対し、児玉誉士夫や児玉博隆が訴外会社を援助することを確約していると告げたことはなかつた。
(ウ) 原告は、訴外会社の業務内容や月商を概ね知つていたし、昭和五〇年初めころには訴外会社の経営が悪化していることも知つた。ところが、原告は、児玉誉士夫や児玉博隆に対して、訴外会社に援助する意思があるかどうかを直接問い合わせたことはなかつたし、同被告に対しても援助の可能性やその具体的内容について確認を求めたこともなかつた。
(エ) 原告は、本件各手形小切手を割引くについて、なんらの担保を訴外会社や被告らから取つていなかつた。
(2) 以上認定の事実によると、原告は、訴外会社の経営が悪化しているのを知りながら、訴外会社が倒産しても児玉誉士夫あるいは児玉博隆の援助によつて確実に債権を回収できるものと妄信して、本件各手形小切手を割り引いたものであるから、この点で原告には過失があるといわなければならない。
(3) そこで、この点を斟酌し、民法七二二条二項の類推適用により前記損害額の約五割に相当する金三、五〇〇万円を被告らが賠償すべき損害額と認める。
(四) 商法二六六条の三による損害金に対する遅延損害金には、商事法定利率は適用されないから、民法所定の年五分の割合による限度で遅延損害金を付すことにする。なお、本件訴状が被告らに送達された日がいずれも昭和五一年一月一三日であることは、本件記録上明らかである。
六むすび
原告の本件請求は、被告ら各自に対し、金三、五〇〇万円と、これに対する昭和五一年一月一五日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。
(古崎慶長 井関正裕 小佐田潔)