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大阪地方裁判所 昭和51年(ヨ)688号

申請人

山野淑夫

右代理人弁護士

上坂明

(ほか五名)

被申請人

株式会社酉島製作所

右代表者代表取締役

原田龍平

右代理人弁護士

笠松義資

(ほか四名)

右当事者間の地位保全、金員支払仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一、本件仮処分申請を却下する。

二、申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

一、被申請人は、申請人を被申請人の従業員として仮に取扱え。

二、被申請人は申請人に対し、昭和五一年二月七日以降毎月二五日限り金一〇万四五一一円を仮に支払え。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

第二、申請理由の要旨

一、被申請人は、肩書地(略)に本社を置き、従業員六二七名を擁し、ポンプその他諸機械の製作販売ならびに据付工事等を主たる業とする株式会社である。

申請人は、昭和四二年四月被申請人会社(以下、単に会社ともいう。)に入社し、旋盤工として勤務し、同年七月総評全国金属労働組合酉島製作所支部(以下、組合という。)の組合員となり、その後昭和四七年八月から組合の書記長の地位にあったものである。

二、被申請人は、昭和五一年二月七日申請人に対し、申請人が昭和五〇年六月二〇日団交の席上引き起した暴力行為が就業規則五六条一六、一七号に該当するとの理由で懲戒解雇する旨の意思表示(以下、本件解雇という。)をなした。

なお、被申請人会社の就業規則には、従業員の懲戒解雇に関して、次のとおり規定されている。

「五六条 従業員左の各号の一に該当する行為のあった場合は、懲戒処分を受ける。

一ないし一五(省略)

一六 刑法上の処分を受け又はこれと同等以上の不法行為のあったとき。

一七 その他前各号と同等以上の不都合な行為のあったとき。

五八条 懲戒は謝罪、謹慎及び解雇とする。

六一条 解雇は本人改善の見込みないと認めたとき、又は会社の統制上止むを得ないと認められたとき行なう。

六二条 懲戒は懲戒委員会に諮って社長が行なう。

懲戒委員会の規定は別に定める。」

三、しかしながら、本件解雇は次の理由により無効である。

1  解雇理由の不存在

(一) 本件解雇は、被申請人の昭和五一年二月七日付懲戒解雇通知書によれば、申請人が昭和五〇年六月二〇日午後七時三〇分ころ、昭和五〇年度の夏季一時金の支給をめぐる団体交渉の席上、会社側の労務担当重役である佐藤取締役総務部長(以下、佐藤部長という。)に対し、いきなり金属製灰皿を投げつけ、更に同人の着席していた椅子を奪い取り、安全靴をはいた足でその右大腿部を蹴るなどの暴行を加え、全治一五日間を要する右大腿部挫傷の傷害を負わせたことがその理由となっているが、右は明らかに事実に反しており、その真相は以下述べるとおりである。すなわち、

前同日会社の二階会議室において、会社側五名、組合側一三名の各代表者が出席して、夏季一時金に関する団体交渉が行なわれた際、会社側の原田専務取締役(以下、原田専務という。)が不穏当な発言をしたことから、組合側がこれに抗議をするや、前記佐藤部長が「協約四九条を読んでみなさい。ヤクザのような発言をするのは団交ではない。」と組合を侮辱するような暴言を吐き、更に「この中で団交のできるのは数名しかいない。」等と発言し、組合側出席者の分断を画策するような言動にでたことから、申請人が更にこれに抗議する意図のもとに、たまたま机上に置いてあったブリキ製の灰皿をつかんで同人の前に向けて横すべりさせたものにすぎず、ことさら佐藤部長めがけて投げつけたものでないことはもとより、同人の椅子を奪い取って転倒させたり、更に、足蹴にした事実は全くない。

(二) 被申請人会社の前記就業規則六一条によれば、会社が従業員を懲戒解雇するには、同規則五六条各号に掲げる懲戒事由のいずれかに該当する行為が存することのほか、本人に改善の見込みがないと認めたとき、又は会社の統制上やむを得ないと認めたときにはじめて許されるものであるところ、本件解雇は被申請人が組合の分断を図り、または申請人を会社から排除する目的で、前記のとおり虚構の暴力事件をねつ造したうえ、これを理由に申請人を解雇したものであり、仮に被申請人の主張するような暴力行為が認められるとしても、申請人には前記就業規則六一条所定の事由が存しないから、本件解雇は無効である。

2  解雇手続の瑕疵

(一) 被申請人の就業規則六二条によれば、従業員を懲戒処分に付する場合、表彰懲戒委員会に諮問することとされているところ、本件解雇は、以下述べるとおり、右委員会に対する諮問手続において重大な瑕疵があるから無効というべきである。すなわち、

まず、本件解雇は、前記のとおり、申請人に就業規則五六条一六号および一七号所定の懲戒事由が存するとしてなされたものであるが、当初被申請人は、申請人が団交における行為につき、暴行傷害罪により起訴されたことから、就業規則五六条一六号前段の「刑法上の処分」を受けた場合に該当するものと考え、表彰懲戒委員会に対し、申請人の処分について諮問したところ、同委員会も被申請人と同様、検察官の起訴処分を右「刑法上の処分」と同視したうえ、申請人について懲戒解雇に付するを相当との意見を答申した。その後、被申請人は、労働協約二二条但書に基づく団交の席上、組合側よりたとえ起訴されても有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受ける旨指摘されるや、突如本件解雇の時点において、懲戒事由として五六条一六号後段ならびに一七号を新たに追加したものである。

しかしながら、検察官による起訴処分と右一六号前段の「刑法上の処分」とは全く別個のものであり、しかも一六号後段および一七号の懲戒事由については表彰懲戒委員会の審議の対象となっていなかったのであるから、結局本件解雇は、その懲戒事由とされた事実について、表彰懲戒委員会の諮問手続を経由することなしになされたものといわざるをえない。

次に、被申請人会社の前記就業規則六二条を受けて制定された表彰懲戒委員会規則一四条によれば、同委員会は必要と認めた場合、調査員を指名して諮問事項について調査させたり、また本人もしくは参考人の出頭を求めて事情を聴取することができるとされている。

ところで、右の調査員の調査または本人もしくは参考人の事情聴取については、決して委員会の恣意的運用を許容しているものではなく、殊に委員会が懲戒処分のなかで最も重い制裁である解雇処分を相当とする決議をなすにあたっては、これを不必要とするに足りる格別の合理的理由が存しない限り、原則として調査員の調査または本人らに対する事情聴取は必らずなされるべきである。

しかるに、本件では申請人を懲戒解雇に処するを相当と決議した表彰懲戒委員会には、本件団交当時の会社側の出席者三名が委員として参加しているにもかかわらず、申請人をはじめ、組合側出席者については誰一人として事情聴取されておらず、結局会社側の主張のみを一方的に採用してなされた不当なものであって、かかる重大な手続上の瑕疵ある委員会の決議に基づいてなされた本件解雇は無効というべきである。

(二) 被申請人と組合との間で締結された労働協約二二条本文には、「会社が組合員を表彰又は懲戒するには表彰懲戒委員会に諮って之を行う。」と規定され、更に同条但書には「組合がその処分に対し、異議あるときは会社・組合と協議してその処置を決定する。」と定められており、右はいわゆる解雇同意約款と解されるべきところ、被申請人はなんら組合と誠実に協議し、その同意を得ることなくして申請人を解雇したものである。すなわち表彰懲戒委員会は、被申請人の諮問に基づき審議した結果、昭和五一年一月三一日申請人を懲戒処分に付するを相当とする決議をなしたことから、組合は前記労働協約二二条但書の約款に基づき、被申請人に対し、団交の申し入れをなし、その後四回にわたり交渉を重ねたが、組合側が協議の際の参考資料とするため、表彰懲戒委員会における討議資料を提示するよう求めたのに対し、被申請人がこれを拒否したことから、なんら実質的な協議に入らないままに被申請人は突然前記のとおり申請人を解雇したものであって、本件解雇は、右解雇同意約款に違反したものとして無効というべきである。

四、申請人の本件解雇当時における月額平均賃金は金一〇万四五一一円であり、これを毎月二五日限り支給されてきたものであるところ、本件解雇は前記のとおり無効であるにもかかわらず、被申請人は昭和五一年二月七日以降申請人の従業員としての地位を争って就労を拒否し、賃金も支払わない。

五、申請人は、被申請人から受ける賃金を唯一の生活の糧とする労働者であるから、本件解雇により右の賃金収入を失えば直ちに生活に窮し、回復し難い損害を受けることは明らかである。

よって、申請人は被申請人に対し、申請人を被申請人の従業員として仮に取扱うとともに、本件解雇の日である昭和五一年二月七日以降毎月二五日限り平均月額賃金相当額金一〇万四五一一円の仮払いを求める。

第三、当裁判所の判断

一、申請理由の要旨一、二項の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、本件解雇の効力

1  就業規則五六条該当事由の有無について

(一) 本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 組合は、昭和五〇年六月一〇日、会社に対し組合員一人当たり平均三・九ケ月分(五二万八〇九九円)の一時金の支給等を要求して団交交渉の申し入れをするとともに、スト権を確立し、昭和五〇年度夏季一時金闘争に入った。

これに対して、会社は同月一七日開催された第三回団体交渉において、深刻な不況による受注減を理由に組合の要求額をはるかに下回る組合員一人当たり平均二七万五〇〇〇円の回答をしたため、組合は直ちに右回答を拒否する一方、かねてからの方針に従い、同月一八日午後一時から四時三〇分ないし五時三〇分までの間、本社工場および各営業所においてそれぞれ半日の時限ストライキを行なった。その結果、会社は同日開催された第四回団体交渉において、同月二〇日開催予定の第五回団体交渉の席上右回答額の積み上げを行なう旨確約するに至った。

(2) 同月二〇日午後三時一〇分から会社の二階会議室において、会社側からは原田専務取締役、村田常務取締役および佐藤部長ら四名、組合側からは松雪執行委員長や大庭同副委員長のほか、書記長である申請人ら組合三役および執行委員一〇名がそれぞれ出席して第五回団体交渉が開始された。席上、会社側は組合の求めに応じて会社の当初回答額に更に二万円積み上げる旨修正回答をしたが、組合側は右程度の積み上げは問題にならないとして、大幅な増額を強硬に要求したのに対し、会社側は景気や営業状態の見通しが極度に悪いこと等を説明して右金額以上の積み上げには応じられない旨返答したため、両者の主張は平行線をたどり、なんら妥協点を見い出すことのできないまま数時間が推移した。そして、申請人や執行委員の一部は、団体交渉が右のように暗礁に乗り上げるに至った状況に次第に苛立ちを見せ始め、同日午後七時三〇分ころには「こらお前ら。」、「なめやがんな。」「おいどないすんや、早よ出さんか。」等会社側の出席者を罵倒ないし脅迫するような粗暴な言動を示すようになった。このため、原田専務が「労働協約の四九条をご存じですか。これによれば、団体交渉を行なうに当っては、信義誠実の原則に従い、お互いに紳士的な態度で円満に交渉して問題の解決をはからなければならないと書いてあるでしょう。私は一七日の団交の席上、菊地委員にも脅かされました。」等と労使の主張がかけ離れていても、あくまで団体交渉自体はおだやかに進めるべきものである旨を述べて申請人らをたしなめたところ、申請人はかえって右発言に反撥して興奮し、「会社は紳士的紳士的というが、今日の回答はなんだ。こんな非紳士的な回答をしくさって、紳士的回答をしてから文句をいえ。」等と語気荒く怒鳴った。これに対して、佐藤部長が「先程専務のいった労働協約四九条の紳士的態度と回答額の高いとか低いとかの問題とは次元が違うのではないか、回答額が高い低いということを議論し交渉していく過程において紳士的な態度をとらなければならないといっているんではないんですか。」といって申請人をさとしたところ、申請人は激昂し、突然「なにぬかす。」といって立ち上り、目の前の机上にあったブリキ製灰皿を右手でつかんで佐藤部長めがけて投げつけたが、たまたま同人が身体をそらしてこれを避けたため、右灰皿は左隣りで腕を組んで坐っていた村田常務の右腕の肘付近にあたって床に落ちた。

そこで、佐藤部長は、机上に散乱した吸いがら等を片付け、服にかかった灰を払い落したのち、「みなさん、この状態をよくみておいて下さい。」といいながら、再び着席したところ、更に憤激した申請人は「なにぬかす。」などと叫びながら立ち上り、佐藤部長のもとに足早に近づくや、ただならぬ気配を察した広川人事課長が申請人の右腕を両手で押えて制止するのも振り切り、やにわに左手で佐藤部長の坐っていた折りたたみ式パイプ椅子の背もたれ近くの支柱部分をつかんで右斜後方に強く引き抜き、同人をその場に転倒させ、更に安全靴をはいた左足先で同人の右大腿部付近を一回蹴りつけるなどの暴行を加え、同部長に対し、全治約一五日間を要する右大腿部挫傷の傷害を与えた。

なお、同部長は右受傷のため、翌二一日から同年七月八日まで会社を休み、南茂外科医院に通院するかたわら、自宅療養に専念することを余儀なくされた。

(3) 右暴行事件の発生した翌二一日原田専務より同日予定されていた団体交渉について、身体の危険があることを理由にこれを拒否されたため、組合側は再び同日団体交渉を継続するよう申し入れたのに対し、被申請人は、同月二三日現状においては団体交渉を再開しても会社側の交渉要員の身体の安全が保障されないことから、組合側が今後団交の席上において、再び六月二〇日のような不祥事を起こさない旨保障しない限り団体交渉には応じられない旨回答したにもかかわらず、組合側からは何んら具体的な回答を得られなかった。

そこで、会社側は、すみやかに団体交渉を再開し、懸案の夏季一時金交渉の早期妥結を図るために、組合側に対し、とりあえず団体交渉再開のための予備折衝を行なうことを提案し、その結果、同月二四日夜から同月二五日早朝にかけて組合との間で予備折衝を行なったうえ、団体交渉を再開し、同年七月四日組合員一人当たり平均三二万九〇〇〇円で労使間の合意が成立し、夏季一時金交渉は漸く妥結した。

なお、佐藤部長は右事件後数日を経ても、申請人よりなんら謝罪の意思が表明されなかったことから、同月二四日右事件を暴行傷害事件として高槻警察署に対し、申請人を告訴した(その後、申請人は同年一一月二一日起訴され、第一審の大阪地方裁判所は昭和五三年三月三一日申請人に対し暴行傷害罪により懲役五月、執行猶予一年の有罪判決を言い渡し、これを不服として申請人は大阪高等裁判所に控訴したが、昭和五三年一一月九日控訴棄却となり、更に最高裁判所に上告したが、昭和五四年六月六日上告棄却となり、その結果、右第一審判決は確定した。)。

(二) ところで、被申請人会社の就業規則によれば、従業員の懲戒事由として、同規則五六条一六号には「刑法上の処分を受け又はこれと同等以上の不法行為のあったとき」と規定され、同条一七号には「その他前各号と同等以上の不都合な行為のあったとき」と定められていることは当事者間に争いがないところ、右規則五六条一六号前段にいう「刑法上の処分を受け」たときという懲戒事由の意義内容が、懲戒処分当時すでに刑法上の犯罪行為を犯し、刑事裁判により有罪判決の言い渡しを受けていること(または確定していること)を要するのか、それとも検察官による起訴処分がなされていれば足りるのか必らずしも明確でなく、したがって、前記(一)(2)において認定した申請人の行為が被申請人の主張するように就業規則五六条一六号前段の懲戒事由に該当すると直ちにいい切ることができるか否かについては多少問題のあるところであるが、少くとも同号後段ないしは同条一七号の懲戒事由に該当することは明らかである。

したがって、本件解雇が就業規則五六条所定の懲戒事由のいずれにも該当しないとする申請人の主張は理由がない。

2  就業規則六一条該当事由の有無について

前認定のとおり、申請人が右暴行に及んだ動機は夏季一時金の支給をめぐる団体交渉の席上、原田専務や佐藤部長から交渉態度について注意されたことに反撥したからであるが、右団交は当初平穏に進められていたものの、会社側の修正回答をめぐり会社と組合の双方がお互いの主張を固執して譲らなかったため、しばらくこう着状態が続いていたところ、申請人や一部の執行委員のなかには、苛立ちの余り次第に言葉使いも乱暴になり、それに伴ない団交のふん囲気もかなり険悪な状況になってきたことから、原田専務や佐藤部長がみかねて申請人らに対し、交渉を平穏かつ冷静に行なうよう注意を与えたものにすぎず、それ自体なんら非難されるいわれはなく、また右注意の仕方やその内容がことさら申請人を挑発ないし刺激するようなものでなかったことは、その前後の状況から明らかであり、その他に申請人が右暴行に及んだことにつき格別同情すべき事情も認められない本件においては、申請人の前記暴行はいかなる意味においても正当化される余地はない。さらに、疎明によれば、申請人は、右暴行事件の翌二一日右団交に出席していた広川人事課長から佐藤部長に謝罪するよう説得されたが、「あんなことは暴力のなかに入らない。その程度のことをしないと会社は金を出してくれないではないですか。」といって、これに応じなかったほか、申請人の処分問題につき、後記表彰懲戒委員会が開催されていた昭和五一年一月下旬ころ、申請人の直接の上司である古賀工作部長から再び佐藤部長に謝罪するよう説得されたが、「個人としては謝ってもいいが、書記長としては謝るわけにはいかない。」等といって、結局謝罪せず、また、その後現在に至るまでも佐藤部長に対し謝罪は一切していないことが認められるから、申請人に改悛の情があると認めることもできない。

さらに、本件は会社と組合の各代表者が出席して行なわれた団体交渉の席上、組合の書記長として各組合員を指導監督し、組合員のなかに軽率な行動をとるものがあれば、これを是正していくべき責任ある地位にある申請人がさしたる動機理由もないのに組合員の先頭に立って会社の役員に暴力を振ったという事件であり、その暴行の態様も足を組んで椅子の背にもたれかかるという非常に不安定な姿勢にあるものに対し、背後からいきなりその椅子を引き抜いて転倒させたうえ、安全靴をはいた足で蹴りつけたというものであって、極めて危険な行為であることは今さら多言を要しないところであり、しかも佐藤部長の受けた傷害の程度も決して軽微でなく、また本件が労使関係に多大の悪影響を与えたことは明らかであるから、申請人の前記暴行は職場内の秩序を著しく乱したものといわざるを得ない。

そうだとすれば、被申請人が申請人につき就業規則六一条所定の事由があるとして、制裁規定中最も重い懲戒解雇を課すべきものとしたのは相当の措置というべきであり、右処分が格別苛酷にすぎたということはできない。

よって、就業規則六一条の適用を誤ったとする申請人の主張は理由がない。

3  表彰懲戒委員会における審議手続の瑕疵の有無について

前記就業規則六二条が「懲戒は懲戒委員会に諮って社長が行なう。懲戒委員会の規定は別に定める。」旨定めていることは当事者間に争いがないところ、本件疎明資料によれば、右規定を受けて制定された表彰懲戒委員会規則は、まず第一条において「本会は就業規則第五十五条及び第六十二条の規定により、従業員の表彰、懲戒に関する事項を審査することを目的とする諮問機関である。」と明示し、第七条には「本会は就業規則第五十二条又は第五十六条の規定に該当する者として会社側より文書を以て本会に申出あった場合開催する。」と定め、同第一四条には「本会が必要と認めた場合は調査員を指名して当該申立事項について調査させ、又は本人若くは参考人の出頭を求めて事項を聴取することが出来る。」と定めていることが認められるから、被申請人が従業員について就業規則五六条所定の懲戒事由に該当する行為があるとして制裁をなすにあたっては、労使双方により構成される表彰懲戒委員会に諮問し、その意見を聴取することが必要とされることは明らかである。

(一) 表彰懲戒委員会における審議対象

本件疎明資料によれば、前記暴行事件以後本件解雇に至る経緯は、次のとおりであったことが一応認められる。

(1) 被申請人は、組合の書記長として組合員を指導すべき地位にある申請人が会社との団体交渉の席上、会社の役員に対し、暴力を振い重傷を負わせたことは極めて悪質かつ重大であって、申請人の右所為が就業規則上の懲戒事由に該当することは明白であり、そのうえ右事件直後から会社内部では管理職はもとより一般職員のなかにも申請人に対し厳しくその責任を追及すべきであるとの意見が続出しているとして、申請人の処分につき、種々検討を重ねていたが、一方佐藤部長の告訴に基づき、捜査機関の捜査が進行していたことから、右捜査の成行きを見守っていたところ、大阪地方検察庁が昭和五〇年一一月二一日申請人を暴行傷害罪により起訴したこともあって、もはや申請人に対し、相当の懲戒処分を課すのもやむを得ないとの結論に達した。

(2) そこで、被申請人は就業規則六二条、労働協約二二条一項に基づき、昭和五一年一月一三日社長名により表彰懲戒委員会に諮問し、同委員会は、その構成員である会社側および組合側の常任委員各九名全員が出席したうえ(なお、当時佐藤部長も会社側の委員の一人であったが、事件の当事者であったため、会社側の臨時委員である北島総務部次長が代りに出席した。)、同月一九日、二二日の二回にわたり委員会を開催して協議した結果、申請人を懲戒解雇とするのを相当とする旨の決議が全員一致でなされたので、同月二七日表彰懲戒委員会規則一五条に基づき、申請人に対し右決議内容を告知して不服申立の機会を与えたところ、同月三〇日申請人および執行委員長の連名で書面により不服申立がなされたため、同月三一日三回目の委員会を招集し、申請人の出頭を求め、同人より口頭で再び不服申立の理由につき事情聴取のうえ、個々の理由について再度審議したが、結局結論の変更をみるに至らなかったので、同日その旨被申請人に答申した。

なお、被申請人は、申請人の処分につき表彰懲戒委員会に諮問するにあたり、申請人の団交における前記暴行が就業規則五六条各号所定の懲戒事由のいずれに該当するかについて、種々検討を重ねた結果、会社としては就業規則五六条一六号前段の「刑法上の処分」とは、有罪判決の言い渡しだけでなく、刑事法上の処分、すなわち検察官による起訴処分も含まれるとの解釈も十分可能であるとし、仮に右の解釈が困難であるとしても、一六号後段の「これと同等以上の不法行為のあったとき」に該当することは明らかであるから、結局、懲戒事由としては、一六号の前段、後段を区別することなく、一六号全体に該当するものと考えて諮問したところ、同委員会においても右一六号前段の「刑法上の処分」の解釈をめぐって、再び前同様の議論がむし返されたものの、最終的には会社と同一の見解を採ることとし、懲戒事由は右一六号全体に該当するものと判断したうえ、懲戒解雇相当との決議をなしたものである。

その後、右委員会の答申を受けて、被申請人は、申請人の懲戒処分につき更に協議した結果、懲戒事由として就業規則五六条一六号のほか、補足的に同条一七号を追加して本件解雇をなしたものである。

以上によれば、表彰懲戒委員会における審議の段階で、すでに懲戒事由として就業規則五六条一六号前段および後段とも問題とされ、十分審議が尽くされていたものであって、本件解雇の時点において、右一六号後段が懲戒事由として突如追加されたとする申請人の主張は、その前提においてすでに失当といわざるを得ない。

もっとも、同条一七号の懲戒事由については、申請人の主張するとおり、本件解雇の際、被申請人において一方的に追加されたものであるが、もともと右一七号の懲戒事由は、その規定文言から明らかなように、同条一号ないし一六号所定の行為に準じ、それと同等以上の不都合な行為について、これを一括して別個に懲戒事由として定めたものにすぎず、しかも本件においては、申請人に対する懲戒事由として、一応形式的には就業規則五六条一六号前段および後段ならびに一七号の三種類が掲げられているものの、右各懲戒事由に該当するとされている申請人の行為は、当初より昭和五〇年六月二〇日の団交の席上における前記暴力行為のみであり、したがって、本件解雇の段階で新たに懲戒事由として一七号を追加したからといって、ことさら申請人の弁明ないし防禦の機会を一方的に奪ったということはできず、むしろ実質的には右一七号の懲戒事由についてもすでに表彰懲戒委員会の諮問手続を経由しているものと解することもできる。

そうだとすれば、いずれにしても申請人の主張は理由がないというべきである。

(二) 表彰懲戒委員会における審議方法

表彰懲戒委員会において、申請人を懲戒解雇に付するのを相当とする意見を被申請人に答申するにあたり、申請人についてはその出席を求めて意見を聴取したものの、前記六月二〇日の団交に出席していた組合側関係者からは一人も事情聴取していないことは前認定のとおりであり、いやしくも従業員にとって最も重い制裁である懲戒解雇を相当とする決議をする以上、懲戒事由の存否はもとより、懲戒解雇の相当性につき十分審議を尽くしたうえ、慎重に判断することが望ましいことはいうまでもなく、また表彰懲戒委員会制度は、会社の従業員に対する懲戒処分が会社側の恣意や独断、偏見に基づいて一方的になされることを防止するため、処分に先立ち、事前に組合側の意向を打診する機関として設置されたものと解することもできるから、会社としてはできるかぎり右委員会の答申を尊重するのが制度の趣旨および運営上好ましいことは否定できない。しかし、右委員会は、会社内の単なる諮問機関にすぎず会社は、場合によっては全く独自の判断に基づき、表彰懲戒委員会の答申とは異なった内容の処分をなすこともできるのであって、その意味において従業員の利益保護の面で必らずしも十分な制度といえないことも明らかであり、このことは表彰懲戒委員会に諮問されても、同委員会規則上本人や関係者の事情聴取が必要的とされていないことからも明らかである。

しかも、本件は団交という多数の目撃者の面前で行なわれた暴力事件であるうえ、右事件の発生直後、会社が組合に対し、申請人のなした暴行の内容について具体的事実を明示して抗議するとともに、今後会社側交渉要員の身体の安全が保障されない限り、団交には一切応じられない旨通告したのに対し、申請人はもとより組合側においても、少なくとも右事件発生当時は積極的に右暴行の事実を否認したり、会社側による組合攻撃のためのデッチ上げであるとして抗議した事実は認められず、さらに、疎明によれば、組合はその後佐藤部長が申請人を告訴したことを知り、会社に対し、昭和五〇年八月一二日、同月二五日の二回にわたり右告訴の件について団交の申し入れをした際の質問事項にも申請人の暴力行為の存否については全く触れず、むしろ、申請人の暴行事実を前提としてその責任問題については同年六月二四日開催された会社との団交において一応の決着を図ろうと試みた形跡が窺われる。

そうだとすれば、その後申請人が右暴行の事実をほぼ全面的に否認し、会社側のデッチ上げであると主張するに至ったからといって、表彰懲戒委員会において組合側関係者からの事情聴取をしなかったことを把えて、これを非難することはできないというべきである。

よって、表彰懲戒委員会における審議手続の瑕疵に基づく申請人の主張も理由がない。

4  労働協約違反の有無について

会社と組合との間で本件解雇当時効力を有していた労働協約二二条が「会社が組合員を表彰又は懲戒するには表彰懲戒委員会に諮って之を行う。但し、組合がその処分に対し異議あるときは、会社・組合と協議してその処置を決定する。」旨定めていることは当事者間に争いがないところ、申請人は同条但書はいわゆる解雇同意約款である旨主張するのに対し、被申請人は単なる解雇協議約款にすぎない旨反論するので、まずこの点について検討する。

(一) 労働協約二二条但書の趣旨

従業員の解雇その他の人事条項に関する会社の意思決定手続において労働組合の関与を認める趣旨は、会社が従業員に対し、恣意的ないし一方的に人事上の措置をとることを防止し、もって従業員の正当な利益を擁護し、その地位の安定を確保しようとすることにあるが、実際の労働協約においては、各場合に応じて多種多様の形態があり、組合の同意または組合との協議決定を要するとするものから単なる諮問や了解で足りるとするものまで種々の態様が認められるのであって、結局はその条項が定められるに至った経緯や協約全体の規定との関連、労使慣行等を考慮にいれて、その性格を決定せざるを得ないものというべきである。

そこで、これを本件についてみると、本件疎明資料によれば、まず前記労働協約(以下協約という。)において組合の関与の程度についての具体的な規定の仕方をみると、例えば、従業員の生活、労働条件に影響をおよぼす事項の決定または変更については「組合と協議する。」(協約三条、以下条文のみを掲げる。)、また就業規則および附則に掲げる諸規程の制定改廃については「組合の同意なしには行なわない。」(四条)、更に組合役員の人事異動については「組合に諮って行なうものとする。」(一五条)等の条項が存し、右いずれの場合にも組合の関与の程度ないし態様については同意や協議、諮問等という文言を用い、他と明確に区別して規定されていること、過去において組合員を懲戒解雇するにあたり、組合の同意を得ないでなした事例も存することなどの事実が一応認められ、右事実を併せ考えると、労働協約二二条但書の規定は、被申請人の主張するように、使用者が人事上の措置をなすにあたっては、事前に組合側と誠意をもって協議を行なえば足りるとするいわゆる協議約款にすぎないと解することは相当でなく、さりとて人事に関して組合側の同意によって労使間に合意の成立することを条件にして人事権の行使を承認するいわゆる同意約款そのものと解することも文理解釈上多少困難といわざるを得ず、そうとすれば結局右規定の趣旨は、広義においては同意約款とほぼ同様であるが、労使間における協議が前提とされる点で、使用者の人事権行使に関する組合側の関与の程度が右同意の場合に比して若干弱いとされるいわゆる協議決定、すなわち、使用者が組合員を懲戒処分に付するにあたっては、協約その他に定められた正規の手続に従って、労使双方が信義則に基づき誠実に協議を尽くして意見の一致を図ることが要請されているものと解するのが相当であり、また文理解釈上も自然である。

(二) 協議決定手続の有無

本件解雇について組合側の同意を得て決定していないことは被申請人において自認しているので、以下前記協約にいう協議決定がどの程度尽くされたかについて検討する。

本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 被申請人は、前記のとおり表彰懲戒委員会において申請人につき懲戒解雇が相当との答申がなされたことから、昭和五一年一月三一日組合に対し、申請人の処分問題につき協約二二条但書に基づき、協議を行なうため団体交渉の申し入れをなし、その結果、同年二月二日から同月五日まで前後五回にわたり団体交渉が行なわれた。

(2) 組合側は、第一回、第二回団体交渉においては、本件は団体交渉の席上での出来事であって、申請人個人の問題ではなく、あくまで組合の責任に関することであり、しかもこの点についてはすでに解決ずみである。仮にそうでないとしても、就業規則は従業員の行為を規律するものであり、団交の席上における行為はその規律の対象外である旨主張したり、また表彰懲戒委員会の決議に対する不服申立期間を三日間とした根拠、理由を問い質すなど専ら事件自体よりもむしろ解雇を決定するに至った手続面に関する事項について議論を集中し、申請人の暴力行為の存否や懲戒解雇の相当性に関してはほとんど問題にしていなかった。ところが、二月四日開催された第三回団体交渉において、組合側は突然、申請人の暴力行為については、灰皿を投げたことを除いてすべて会社側のデッチ上げであり、組合組織に対する攻撃に他ならないと主張したうえ、懲戒解雇の白紙撤回を要求し、その対応を一変するに至った。

そこで、被申請人は、二月五日午前、午後にわたって開催された第四回、第五回団体交渉において申請人の暴力行為を認定した経緯および事件の重大性を説明して組合側の了解を求めたが、組合側はあくまで申請人の暴力行為を否認し、その後はお互いの主張を繰り返すのみで交渉もなんら進展せず、しかも会社組合の双方の主張が対立したまま相互に譲歩する意思のないことが明らかであり、客観的にも今後交渉を続ける意味がなくなったことから、被申請人は同日で協議を打ち切り、翌々日の二月七日申請人を懲戒解雇することに踏み切ったものである。

ところで、前記のとおり、申請人の暴行事件は、団体交渉席上といういわば衆人環視の中で敢行されたものであり、会社、組合の双方に多数の目撃者が存在しており、したがって、申請人のなした暴行の内容自体は客観的に明らかであり、しかも右暴行の動機や態様、被害の程度、労使関係に与えた影響等を併せ考えると、被申請人が申請人を懲戒解雇に付すべきものとする相当強固な態度に出てくることは当然予想された事案というべきである。

したがって、組合としては被申請人から協約二二条但書に基づき、申請人の処分について協議を求められた場合、まず被申請人の主張する解雇理由および解雇の相当性につき真剣に検討し、これに不服があれば具体的に不服の点を指摘して会社側に再度説明や資料の提供を求め、仮に、申請人の側に非があると判断したら、申請人に対し、被害者に謝罪するよう説得するとともに、被害の回復を図るための最善の措置を講ずることはもちろん、今後二度と団交の席上において、かかる不祥事が発生しないよう積極的に労使関係の正常化を図るため努力すべきである。

しかるに、組合は、前認定のとおり右協議の席上、当初申請人の解雇理由の存否に関しては格別不服を申し立てていなかったが、協議の中途において突然右解雇理由となった申請人の暴力行為についてほぼ全面的にこれを否認するに至り、すべて会社のデッチ上げであるとして、解雇の白紙撤回を要求してこれに固執したため、被申請人はもはやこのまま交渉を継続しても妥協点は見出しえないものと考えて協議を打ち切り、本件解雇におよんだものであって、組合の右のような態度に照らすと、被申請人にこれ以上組合側との協議の継続を要求したとしても、その同意ないし意思の合致が得られることは全く期待できなかったという他はない。したがって、かかる事態のもとにおいて、被申請人が交渉の途中で協議を打ち切ったことはなんら非難されるいわれはなく、協議が不調に終った責任の大半はすべて組合側の自己の立場に固執するかたくなな態度に起因していたものと断ぜざるを得ない。

申請人は、右団交の席上、組合側が表彰懲戒委員会における討議資料の提出を求めたのに対し、会社側がこれを拒否したため、申請人の処分問題について協議することができなかった旨主張するが、本件疎明資料によれば、会社は組合側の右要求に対し、表彰懲戒委員会に対する会社の諮問内容については口頭で説明しているものの、同委員会における議事録やその他の討議資料に関しては、もともと同委員会はその性格上非公開とされていることや右資料を一般に公開した場合、各委員の自由闊達な意見に基づく公正妥当な判断を期待することが著しく困難となることから、過去においてはもとより、今後とも右資料を公開する意思のないことを明示して、その提出を拒否したことが一応認められ、他方、会社が右資料の提出を拒否したことから、申請人の処分問題に関する協議が不調に終ったことを認めるに足りる疎明はなく、また、本件事案の性質に照らすと、表彰懲戒委員会の討議資料を検討しない限り、協議ができないというものでもないから、申請人の右主張も首肯しうるものとはいえない。

よって、労働協約違反に基づく申請人の主張も理由がない。

三、以上の次第で、申請人の主張する解雇の無効原因はいずれもその理由がなく、本件解雇は有効であるから、本件解雇の無効を前提とする申請人の本件仮処分申請は、その余の点について判断するまでもなく被保全権利の疎明がないことに帰し、また本件においては疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないから、いずれもこれを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大沼容之 裁判官 皆見一夫 裁判官 板垣千里)

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