大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2822号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

すなわち、原告ら越冬実は、昭和五〇年一二月二〇日ころより第六回越冬闘争の一環として釜ケ崎地区の労働者に対し夜食の弁当の支給を行つていた。昭和五一年一月三日は、雨天であつたため、右弁当支給は本件現場において行われた。同日午後九時ころ、越冬実の代表者稲垣は、弁当の支給に先だち、本件現場に並んでいた労働者約三〇〇名余りに対し、ハンドマイクを使用して大阪市当局を糾弾する旨の演説を行つていた。(以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。)ところで、本件現場は、社会福祉法人大阪社会医療センター前であり、右医療センターには多数の病人が収容されており、時刻も午後九時ころなので、稲垣の演説を放置しておけば右病人や付近住民に多大な迷惑がかかるうえ、本件現場に集つた労働者の中には酔つぱらいも多数おり、いわゆる釜ケ崎騒動に発展する可能性すら認められる状況であつた。西成警察署直轄警ら隊小隊長横山は、本件現場の北方のマイクロバス内で部下一一名とともに待機していたが、右状況から稲垣の演説を止めさせるのが相当であると判断し、マイクロバスを下車して同人の近くに行き、同人に対しトラメガや口頭で演説およびシュプレヒコールを止めるよう警告した。右警告に対し、越冬実のメンバー一〇数名が稲垣の周囲に集つてこれを妨害した。そのため、マイクロバス内で待機していた直轄警ら隊員(以下制服警官という)一〇名が横山小隊長を援護すべく同小隊長付近まで行き、その場で越冬実のメンバーと揉合になつた。稲垣は、右揉合の最中に、「警察官が炊き出しの妨害に出てきているので並んでいる労働者は前に出てほしい」旨ハンドマイクで扇動した。右扇動に応じて労働者が前記医療センターの庇の下から路上にあふれ出てきたため、横山小隊長の指揮により制服警官が一列横隊に並んで阻止線をはり、約四メートルの間隔で労働者集団と対峙する形になつた。両者が対峙するなか、現場で警戒にあたつていた私服警官浜本が労働者集団に近づいて、稲垣に対し、アジ演説をやめよなどと警告をしていたところ、越冬実のメンバー宮崎が浜本の背後に回りこんで同人を労働者集団の中に押しこもうとした。そこで横山小隊長以下の阻止線をはつていた制服警官が、浜本を救出すべく労働者集団に接近していつた。浜本は制服警官らの救出を受けるまでもなく、すぐに自力で脱出したが、同人を救出しようとして制服警官甲が、労働者集団の前列付近にいた原告に対し、その右眼付近を眼鏡の上から手拳で一回殴打してその場に転倒させ、原告に対し、全治まで二一日間を要する右上眼瞼部切創、右眼角膜異物、右眼外傷性虹彩炎および右眼網膜振盪の傷害を負わせた。

以上の事実が認められる。<反証排斥略>。ところで、被告は、原告を含む労働者集団と本件現場に居合せた制服警官との間には、身体の接触は全くなかつたから、制服警官が原告を殴打したということはあり得ない旨主張し、<証拠>中には、右主張に沿う供述が存するけれども、右各供述は左記1ないし4の事実に照らすと措信できず、所論は理由がない。そして他に右認定を覆すに足る証拠はない。

1 原告の創傷

<証拠>によれば、原告は、本件当日の午後九時ころ、本件現場において、横山小隊長以下の制服警官等が稲垣のアジ演説を止めさせようとした機会に、全治まで二一日間を要する右上眼瞼切創(当時原告が着用していた眼鏡のレンズの破片により生じたと推認される長さ約一センチの傷で、冨永脳神経外科病院において二針縫合したもの)、右眼角膜異物(レンズの破片が目に入つたもの)、右眼外傷性虹彩炎および右眼網膜振盪(眼球の鈍傷により起る網膜の変化で、視力障害と暗点を訴え、広い範囲にわたつて網膜血管より深層に灰白色の浸出液貯留が存在する。仁田正雄著「眼科学」第一版第五刷、四八九頁、五三一頁参照)の傷害を負い、かつ、着用していた眼鏡の右目のレンズおよび枠の右上角を破損されたこと、右原告の創傷および眼鏡の破損状況は、「ボクシングのストレートを受けるような形で眼鏡の上から右眼付近を一回殴打された」旨の原告本人尋問の結果と良く符合することがそれぞれ認められる。ところで、被告は、原告主張のような殴打の状況からすれば、原告は当然その右眼付近ないし右顔面に打撲傷、裂傷、擦過傷、内出血、挫傷等の損傷を受けているはずであるにもかかわらず、本件全証拠を検討しても原告が右のような損傷を負つたことは認められないから、原告の警察官に殴打された旨の供述は信用できない旨主張するが、原告が眼鏡の上から殴打された場合を考えると、被告が主張するような傷害よりも前記認定の各傷害を負つたと解する方が合理的であり、所論は理由がない。

2 原告負傷の前後の状況

<証拠>を総合すると、本件当日は正月の三日で里帰りしてきた労働者が街頭にあふれ、本件弁当の支給の際には、多数の酔つぱらいを含む約三〇〇名余りの労働者が本件現場に集つていたこと、右労働者らは、稲垣のアジ演説にあおられ、さかんに気勢をあげていたこと、本件現場は医療センター前であり、同センターに収容されていた病人や付近住民の迷惑およびいわゆる釜ケ崎騒動の発生の可能性などを考慮すると、警察としても稲垣のアジ演説等をそのまま放置しておくことは、とうていできず、横山小隊長以下の警察官が、稲垣その他の越冬実のメンバーに警告をするなどして右アジ演説を規制しようとしたこと、右規制にあたつた警察官に対し、越冬実のメンバーを中心とする労働者集団が抗議をし、両者が約四メートルの間隔で対峙する形になつたこと、右対峙の際私服警官浜本が労働者集団に近づき、稲垣に対しアジ演説をやめるよう警告していたところ、越冬実のメンバー宮崎が浜本の背後に回りこんで同人を労働者集団の中に押しこもうとしたことから、警察官と労働者集団との間が一段と緊迫したこと、本件現場の右不穏な状況から、西成警察署より増援の警官が派遣されたことがそれぞれ認められる。右のような本件現場の不穏な状況、警察官と労働者集団との対立関係から考察すると、両者の間で何らの身体的接触もなかつたとは認め難い。

また、被告は、本件当時警察官は制服、私服あわせて一四名しかおらず、約三〇〇名余りいた労働者らに対しては数の上からも実力行使をしにくい状況であつた旨主張するが、本件は前記認定のとおり一瞬の偶発的な出来事であり、警察官の組織だつた実力行使(アジ演説等の規制行動)とは違うものであつて、警察官が労働者らに対し数の上で極めて劣勢であることから直ちに右のような偶発的な事件の発生までないと考えることはできず、所論は理由がない。

3 原告の負傷に対する越冬実等の抗議

<証拠>によれば、原告の負傷について西成警察署に直接抗議がなされたことはないけれども、本件現場において、原告負傷の直後に、稲垣らにより、警官の暴行によつて原告が負傷した旨の警察に対する批難、抗議の演説がなされ、かつ、翌日付の越冬実のビラや、その他の本件越冬闘争に関連する団体発行のビラ等に右と同旨の記事が掲載されていることが認められる。

4 原告は、私服警官浜本と宮崎との間の悶着を機に、対峙していた制服警官が一斉に労働者の方に飛び出してきて、その中の警官甲がいきなり原告の顔面を手拳で殴打した旨主張し、右と同旨の内容の原告本人尋問の結果が存するところ、証人角正信、同稲垣浩の各証言によれば、角正信は、警察官による演説の規制に対し、稲垣の要請に応じて労働者が稲垣の周囲に出てきて、団子のような状態になつていた際、稲垣を軸にして反対側ぐらいに人の波が出来たのを目撃し、同時にやられたという声を聞いたこと、その直後に人の波があつた方を見ると、原告が倒れて目を押さえているのが判つたこと、稲垣は、私服警官浜本と宮崎の悶着の直後に警察官が二、三人労働者の側につつかかつてきて、そのうちの一人が白い手袋をはめた右手拳を労働者の方に突き出し、労働者の壁がくずれるのを目撃し、かつ、原告がポリ公にやられた旨の声を聞いたことがそれぞれ認められ、右両名の目撃状況は、原告の前記主張に良く符合していると認められる。なお被告は、原告主張の「殴打事実」は衆人環視のなかの出来事でありながら目撃者が一人もおらず、不自然である旨主張するが、原告が殴打された当時は、私服警官浜本と宮崎との間に悶着が発生した際かその直後であり、現場に居た人々の注意は当然浜本らの方に行つていたと考えられるから、原告が殴打された事実の一部始終を目撃した者が居ないとしても不自然ではなく、現に右殴打事実の断片的部分については稲垣や角も目撃しているものであることがそれぞれ認められ、右事実に照らすと所論は理由がない。

三 被告の責任

前記二記載の原告負傷の経過によれば、被告大阪府の公権力の行使にあたる公務員である警官甲が、その職務を行うについて故意により違法に原告に対し、前記負傷を負わせ、後記四の損害を負わせたことが明らかであるから、被告は、国家賠償法一条一項により損害を賠償する責任が存する。

(岡村旦 熊谷絢子 小林正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!