大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)3615号 判決 1978年1月12日
原告 株式会社大建工業所
右代表者代表取締役 川村清
右訴訟代理人弁護士 井野口勤
右訴訟復代理人弁護士 川合宏宣
被告 富士火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 渡辺勇
右訴訟代理人弁護士 阪口春男
同 中川清孝
同 望月一虎
右訴訟復代理人弁護士 野田雅
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告の請求の趣旨
1 被告は原告に対し金一、〇〇〇万円及びこれに対する昭和四九年一二月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 右1につき仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する被告の答弁
主文一、二項と同旨。
第二原告の請求原因
一 原告は、昭和四九年九月四日被告との間で、原告を保険契約者、被告を保険者として左記内容の一般自動車保険契約(保険証券番号AA三〇〇九四五号。以下本件契約という。)を締結し、同日被告に対し保険料三万八三一〇円を支払った。
記
1 担保種類及び保険金額
(一) 対人賠償 一名につき一、〇〇〇万円、一事故につき一、〇〇〇万円
(二) 対物賠償 一〇〇万円
2 記名被保険者 原告
3 被保険自動車 原告が保有するし尿汲取車(大阪八八そ二四〇五号。以下本件車両という。)
4 保険期間 昭和四九年九月四日から一年間
二 昭和四九年一二月二五日午後四時三〇分頃、吹田市泉町二丁目三番地先路上において、原告の使用人訴外野村茂が本件車両を運転中、同車を右カーブ地点で道路右側のガードレールに激突させて左を下にして横転させたため、助手席に同乗していた訴外亡中島悌愛(当時三〇歳。以下悌愛という。)を同車両の下敷にならしめ、脳挫傷により同人を即死させる対人事故(以下本件事故という。)が発生した。
三 悌愛の相続人である訴外中島てつ子、同中島哲愛、同中島悌次は、昭和五〇年一一月六日原告を被告として自賠法三条に基づき本件事故による四一一七万七九〇五円(自賠責保険金及び労災保険金合計一一五七万八四七〇円を差引いたもの)の損害賠償請求の訴を大阪地方裁判所に提起したところ(同裁判所昭和五〇年(ワ)第五四八四号)、同裁判所は、昭和五二年五月二〇日本件事故による損害賠償として合計一〇〇〇万円を超える金額を右相続人らに支払うべきことを命じる旨の判決(以下別件判決という。)をした。
四 原告は、本件事故発生と同時に被告に対し事故発生の事実を告知して保険金を請求したが、被告は悌愛が自賠法三条所定の「他人」に当たらないとの理由で保険金の支払を拒絶した。しかし、別件判決において、悌愛は「他人」に該当する旨の判断がなされている。
五 よって、原告は、被告に対し本件契約に基づき保険金一、〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和四九年一二月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する被告の答弁
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二の事実は不知。
三 同三のうち訴外中島てつ子、同中島哲愛、同中島悌次が昭和五〇年一一月六日原告を被告として原告の主張する訴を大阪地方裁判所に提起したことは認め、その余の事実は不知。
四 同四のうち原告が被告に対し保険金の請求をしたこと及びこれに対し被告が支払を拒絶したことは認め、右支払拒絶の理由については否認する。
被告が原告に対し右支払を拒絶した理由は後記抗弁のとおりである。
第四被告の抗弁
本件契約の約款(自動車保険普通保険約款)二章五条四号には、対人賠償保険の免責規定として、当該被保険者の業務に従事中の使用人の生命又は身体が害された場合には、それによって被保険者が被る損害については、保険者はてん補しない旨定められている(この規定を以下本件免責規定ともいう。)ところ、本件事故は、原告の使用人である悌愛が原告の業務に従事中に発生したものであるから、保険者である被告は、右契約の規定により保険金支払義務を負担しない。
第五抗弁に対する原告の答弁
抗弁のうち本件契約の約款(自動車保険普通保険約款)二章五条四号に被告の主張する内容の規定が存することは認める。
しかし、右五条各号によって免責の対象とされる被害者は、被保険者との関係で保険金の支払をすることが不当であり若しくは妥当でないと考えられる者、すなわち被保険者との関係で第三者性を有しない、被保険者自身又はこれと同視しうる者に限定されている点に徴すると、一般的に同条各号に該当する者であっても、具体的事情のもとにおいて第三者性が肯認される者が被害者であるときは、当然被保険者に対して保険金が支払われて然るべきであって、右免責の適用がないものと解すべきであり、このように限定的に解することが保険の存在理由にも合致するものと考えられるところ、別件判決において本件事故の被害者である悌愛は第三者に該当する旨判断されているのであるから、結局被告は原告に対するてん補責任を免れない。
第六証拠関係《省略》
理由
一 請求原因一の事実は当事者間に争いがなく、同二の事実は《証拠省略》によって認めることができる。
二 そこで、その余の請求原因事実についての検討はさておき、被告の抗弁について判断する。
本件契約の約款(自動車保険普通保険約款)二章五条四号は、対人賠償保険の免責規定として、当該被保険者の業務に従事中の使用人の生命又は身体が害された場合には、それによって被保険者が被る損害については、保険者はてん補しない旨定められていることは当事者間に争いがない。そして、本件事故は、原告の使用人である悌愛が原告の業務に従事中に発生したものであることは、原告において明らかに争わないから、自白したものとみなす。
ところで、原告は、右五条各号によって免責の対象とされる被害者は被保険者との関係で第三者性を有しない、被保険者自身又はこれと同視しうる者に限定されているとして、対人事故の被害者が一般的に右五条各号に該当する者であっても、具体的事情のもとにおいて第三者性が肯認されるときは、同条の免責の適用はないものと解すべきである旨主張する。しかしながら、成立に争いがない乙第一、第二号証によって認められる本件契約の約款にはその五条各号所定の被害者については原告主張のごとくこれを特に限定する約款上の文言はなく、そもそもが、右乙第一、第二号証によれば、本件契約の約款二章一条一項には、対人賠償保険における保険者のてん補責任は、被保険自動車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害すること(対人事故)により被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって損害を被った場合に発生すると定められていることが認められるところ、対人事故の被害者が被保険者との関係で第三者(他人)性をもたなければ、当該被保険者に法律上損害賠償責任が発生しないものであるから、保険者にてん補責任も発生せず、したがって、この場合には、前記五条の免責規定の適用の有無を問題とする余地はないことに帰する。にもかかわらず、右五条について、原告の主張するように第三者性が肯認されるときは同条の適用がないとの解釈をすべきであるとすれば、反対にもともとてん補責任の発生しない、第三者性の肯認されない場合にのみ同条の適用があるということになり、かかる解釈は、前述のてん補責任の発生要件を定めた約款二章一条一項のほかにわざわざ免責規定として前記五条を設けた意義を没却し、同条を空文化する結果を招来するのであって、到底採用し難いものというべきである。以上の諸点と本件免責規定(右五条四号)の内容自体を総合して勘案すると、同規定が設けられた趣旨は、端的に、企業内の事故については、使用者と使用人という密接な関係に着目して対人賠償保険の対象から除外し、労災責任ないし労災保険の分野に委ねることとしたものであって、同規定所定の、当該被保険者の業務に従事中の使用人とは、これに対し右被保険者が法律上損害賠償責任を負担するに足りる第三者(他人)性を有することが当然の前提となっているものと解するのが相当である。そうすると、原告の前記主張は失当であり、採用しえないものといわなければならない。
以上によれば、被告は、本件免責規定により原告に対し損害てん補の責任を負わないものというべく、被告の抗弁は理由がある(なお、悌愛が自賠法三条所定の「他人」に当たることは《証拠省略》によって認められる。)。
三 よって、損害賠償責任額の確定等爾余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木弘 裁判官 大田黒昔生 内藤紘二)